第181話 花弁、色々
───オリジナルとアギトの激戦は終わりを迎え、再びオリジナルは進み始める。
アギトの拳でさえ止める事は出来ず、アギトの装甲でさえ攻撃を耐える事は出来なかった。
もはや人類の兵器で生み出した兵器でオリジナルを倒す事など不可能であるのは明白と思ってしまう状況でも、人類には戦う選択しか残されていない。
紫色に輝く翼を広げオリジナルの頭上に現れる紫陽花。
エリルは目に涙を浮かべながら睨み、HRBの照準を合わせていく。
「よくも愁を……愁をぉっ!!」
今はERRORの強さに絶望している場合ではなく、愁達の仇を取る為に湧き上がる怒りを爆発させるエリルはオリジナルに向け容赦なくHRBを放つ。
「ERRORさえいなければ皆一緒に居れたのに……誰も死なずに済んだのに───ッ!」
紫陽花の両翼から放たれる閃光に飲み込まそうになるオリジナルだが、頭上に魔方陣を作り再び光の壁を作り出すと、平然とした様子でHRBを防ぎながらゆっくりと基地へと進んでいく。
すると紫陽花の分身達が全機両翼を広げオリジナルの前に立ち塞がると、十機を越える紫陽花の分身から一斉にHRBが放たれた。
「世界をERRORの思い通りになんてさせないッ!世界を……絶対に平和にするんだからぁっ!!」
紫陽花はたった一体のERRORに向けて全火力を集中させる。
眩い閃光が戦場を飲み込む程に広がり、その力は魔法で壁を作り攻撃を防ぐオリジナルの進行のほんの僅かに止める事が出来た。
しかし、それは紫陽花の火力に押されたからではなく、ただ単に紫陽花に乗る人間を殺す為の方法を少し考える為に過ぎず、オリジナルは背部の触手を広げ一瞬でその場から消えると、HRBを放つエリルの乗る紫陽花の背後へと移動してみせる。
「そんなっ!?」
オリジナルの高速移動に動揺しつつも瞬時に腰に掛けてある刀を抜き取りその刃を相手の首目掛け振り下ろすが、刀は簡単に触手一本で破壊されると、オリジナルの背部から伸びている無数の触手が一斉に伸び、紫陽花の全方位を囲むように集いはじめる。
包囲されてしまい最早逃げ場など無く、触手の先端は鋭利に尖り何時でも突き動かせるように向けられていた。
「あっ、くぅッ───!」
オリジナルの攻撃からは逃れきれない、全包囲からの攻撃にエリルは死を覚悟しつつも両翼をオリジナルに向け最後の一撃に掛けようとしたが、ある事実に気付き引き金を引く事を躊躇ってしまう。
引き金から指を離し悔しそうにエリルはオリジナルを睨み続ける。引き金を引けない理由、それはオリジナルが基地を背にしており、今ここでHRBを放てば基地や格納庫を巻き込んでしまうのは確実だったからだ。
「卑怯よ……、そんなの……!」
攻撃、防御、回避……全ての自由を奪われエリルを待つのは、『死』という単純な結果だけだった。
紫陽花の全包囲を囲っていた触手は一斉に突き動き紫陽花の全身を貫こうとした直後、エリルの額に魔方陣が浮かび上がり機体の全身が紫色に発光すると、紫陽花は一瞬にして無数の花弁と化し全ての触手の攻撃を回避し、花弁は安全な場所まで移動した後再び元の紫陽花の形を作り始める。
「えっ……今の、何……?」
操縦席にいたエリルは全身が光に包まれ何が起きたのか理解出来なかったが、絶望的状況を免れ、死を回避した事に気付き涙を零した。
「これが紫陽花の魔法の力……不可能を、可能にする力……!」
まさか戦場で嬉し涙を零す事になるとは思ってもいなかったが、エリルは温かい涙が自分の頬に伝う感触を感じ自分がまだ生きている事を再認識すると、八枚の翼を高らかに広げてみせる。
「もう掴まらない!今度こそERRORを───っ!」
倒す。だが紫陽花の攻撃は一切オリジナルに通用せず、この化物の倒す方法を考えていると、突如脳内にアビアの声が聞こえてくる。
『倒せないよー』
オリジナルと戦うエリルと、基地周辺に群がるERRORを薙ぎ払っている赤城に聞こえてくるアビアからの念話に二人は反応すると、アビアは更に言葉を続けた。
『あのERRORは倒せない。でも、封印する事なら出来る』
封印という言葉に赤城は周囲のERRORを薙ぎ払った後、基地にいるアビアの方に機体を向け直した。
すると基地の屋上に両手を合わせ目を瞑るミシェルと、その後ろでミシェルの両肩に手を置き光り輝く巨大な魔方陣の中に立つアビアの姿が見えた。
「封印だと……?」
『そう。エルルの制約の力が有れば完璧な封印には程遠いけど半永久的にERRORの力を制約し続け封印する事が可能なの』
封印。オリジナルに勝つ事は出来ないが、その力を抑える事は可能。
オリジナルに勝てなくても人類が生き残る唯一の方法でありこの世界の最後の希望とも言える。
アビアの話を聞いたエリルはその希望に縋る思いで声を荒げ、その方法を聞きだす。
「それを早く言いなさいよっ!それで、どうすればERRORを封印する事が出来るの!?」
『オリジナルのERRORをアビア達の前に連れて来て。そうすれば後はエルルが制約の力を発動させるから』
「あのERRORを、連れて来いですって……?」
アギトですら一歩も動かす事が出来なかったオリジナルを基地の屋上に連れて来るという行為がどれ程無謀であり無茶な事なのかエリルは理解している。
それでもエリルは目に涙を浮かべながらも笑ってみせると、更に八枚の翼を広げ戦場に紫色の花弁を舞い散らせた。
「上等よッ!!」
不可能を可能にしてみせる。
人の心はレジスタルとなり、その思いは魔法を生み、不可能を可能にする。
既に基地周辺にまでERRORは近づいており、地下から進入したERRORにより基地内は既にERRORに侵食されつつある。
もはや躊躇っている時間などない、ERRORが甲斐斗達の居る格納庫やミシェル達のいる屋上に辿り着く前にオリジナルを封印しなければならなかった。
「エリル!協力してERRORを連れて行くぞッ!」
「はい!」
天極鳥と紫陽花がオリジナルを挟むように動くが、オリジナルは二体の機体よりも基地の屋上から感じる強力な魔力に気付き顔を向けていた。
人類が何かを起こそうとしている事に気付いてはいたが、オリジナルは特に気にする事もなく力を振るい続ける。
焦りもしなければ迷いもしない。ただただ、過程の為に行動するのみ───。
───基地の至る場所にERRORは侵入し、人間を一人残らず殺していた。
医務室のベッドや、その部屋の前にある通路には多くの負傷した兵士達が横になり並んでいたが、既にその兵士達を守る兵士も、傷を治す医師もERRORに殺され、負傷している兵士達も成す術なく殺されていく。
ERRORは地下格納庫から地上に上がり、地上からも次々にERRORが基地内に進入してくる。
そして、遂に甲斐斗達のいる格納庫にもERRORが進入しようとしていた。
全ての隔壁を下ろし少しでも時間を稼ごうとしたが、一つの隔壁に亀裂が入り始めていた。
「とうとう来たわね……ふぅ」
煙草を吸い続ける神楽は咥えていた煙草を足元に落とすと、徐々に穴の大きさが広がっていく扉に向けて短機関銃を撃ちはじめる。
穴の前にいたERRORに弾丸は命中し夥しい血が穴から飛び出してくるが、それでも隔壁に空いた穴からは無数のERRORが手や触手を伸ばし無理やり穴を広げようとしていた。
「レジスタルのエネルギー充電率は残り十パーセント……あと少しで魔法を発動させられるわ。それまで一匹たりともERRORを進入させないで」
『分かっている』
一つの隔壁が完全に破壊され入り口からERRORが進入しようとした直後、龍は大きく口を開けると火炎を放ち入り口から進入するERRORを軽々と灰にしてみせる。
「あらやるじゃない、頼もしいわね」
『油断をするな。これしきの攻撃で怯むERRORではない』
「そんな事百も承知……っ!?」
背後に感じる異様な気配、神楽は瞬時に後ろに振り返り銃口を向けるが、目の前の光景に思わず目を見開いてしまう。
「伊達、君……?」
NFの制服を身に纏った武蔵がそこには立っており、神楽と目を合わせた後、優しく微笑んでみせる。
それは神楽の思考を止め、動揺させるには余りにも簡単な事だった。
武蔵だと思ってしまったのはERRORであり、笑ってみせた顔は簡単に弾け飛び首から出てきた無数の触手が一斉に神楽に襲い掛かる。
「あっ───」
真実に気付き引き金を引こうとした時には何もかも遅く、触手は神楽の目の前にまで迫っていた。
溢れ出る血飛沫、無数の触手は地面に落ちていくと、武蔵の形をしたERRORは全身を切り刻まれ倒れてしまう。
「やれやれ、最後の最後で約束を破ってしまった。俺にはもう、この刀を握る資格なんて無いのにな……」
そこには一本の刀を握り締め、一人の男が神楽の前に立っていた。
「騎佐久!?どうして此処に……!」
二人目の思いもよらぬ人間の登場に神楽は戸惑いながら騎佐久に尋ねると、騎佐久は通気孔を指差し刀に付いた血を振り払う。
「通気孔から入ってきたんだよ。尤も、ERRORも別の通気孔を利用して進入してきたみたいだしね」
「そうじゃなくて貴方は基地の防衛をしていたはず、なのにどうして……!」
「基地の防衛は不可能、と言うより不要さ。完全にERRORに制圧されている、基地内で生き残ってるの人間はもう俺達ぐらいだよ」
「私達……だけ……?」
地上にいる人類は追い詰められた。もう何処にも逃げ場などない。
このまま甲斐斗を過去に帰したとしても自分達が助からない事は覚悟していた、この世界に見切りをつけていたはずの神楽だったが、もう直逃れられない死が自分に降りかかると思うと恐怖で微かに震えてしまう。
「俺達が死んだら人類は絶滅してしまうが何もせず死ぬつもりはない。今、赤城達はオリジナルを封印する為に動いているらしい、それが成功すれば俺達も生き残る可能性も出て来るが、どうだろうなぁ。少なくとも最後まで抗い続けるしか俺達には出来ないな」
そう言って刀を手にERRORが進入してきた通気孔に向かおうとする騎佐久だったが、その言葉を聞いた神楽は青ざめた顔で騎佐久を呼び止めた。
「……ちょっと、今……何て言ったの……?」
神楽の震える声に騎佐久は足を止めるが、振り向く事はない。
何故ならその問いに答える意味も必要も、もう何処にも存在しないのだから。
「私達が死んだら人類が絶滅って、どういう事なの?……この世界にはまだ、NNPに参加した人類が残っているじゃない……」
理解したくない現実。無言の騎佐久の背を見れば神楽は全てを悟ることも出来たが、信じたくない現実を振り払うように神楽は言葉を続けていく。
「まさか……EDPでERRORが見せたあの映像も……言っていた話も、全部本当だったの……?冗談、よね。ほんと、笑えない……冗談……」
全身の力が抜け、思わずその場に座り込んでしまいそうになる神楽だが、突如格納庫の隔壁が爆発し吹き飛ぶと、もう一つの入り口からERRORが進入しはじめる。
『何をしている。戦わなければ何も守れはしないぞ』
そう言って龍が別の入り口から入ってくるERRORにも火炎を放ち一掃するが、通気孔から出てきた人型のERRORが龍の背後に回り襲い掛かろうとしていた。すると無言で立ち尽くしていた騎佐久は素早くERRORの前に立ち塞がり構えていた刀を振り下ろし容易くERRORを切り捨てる。
もう騎佐久は考える事を止めていた。今はただ、己の運命に抗う為に戦い続けるのみ。
神楽はそんな騎佐久を見て薄らと涙を零すが、直ぐに拭い両手の短機関銃を新しく出来た入り口へと向け、引き金を引き続けた。
だが、神楽の他にもう一人、その真実を知り絶望する男がいた。
(嘘……だろ……?)
神楽と騎佐久の会話を聞いていた甲斐斗は闇の中で思い出す、あの時NNPのシェルター内で起きていた事が真実と言うなら、もうこの世界に残された人類はここにいる僅かな人間しかいない。
人類が滅亡するのは、既に時間の問題だった。