第174話 黙示、相称
───アステルを葬り、自分の弱さを克服した甲斐斗。そして新たな力を発揮した『魔神』の存在。
もう心の何処にも『カイト』はいない、これからは自分の本心で全ての傷を背負っていく。
しかし今、甲斐斗が勝利の余韻に浸る暇などない。地下から現れたERRORに皆が釘付けになり言葉を失うが、甲斐斗だけは違っていた。
「何だ?ただの血肉の塊じゃねえか」
地下から現れたERRORは、ERRORと呼べるのかどうかすら分からない生命体だった。
いや、生命体なのかすら分からない。それは生物と呼べる程の容姿ではないのだから。
巨大な肉の塊の登場に誰もが様子を見ていたが、甲斐斗は魔神を動かし剣を構えてみせる。
「待て甲斐斗!迂闊に近づくなッ!」
赤城が甲斐斗を止めようと通信を繋げ呼びかけるが、甲斐斗は聞く耳もたず機体を走らせようとする。
「見てて気分の良いもんでもねえだろ?どうせERRORで敵なんだ、さっさと終わらせるぞ!」
今更躊躇う必要は無い。ここにはERRORを滅ぼす為に来たのだから、本来の目的を果たすだけのこと。
甲斐斗が操縦桿を握り締め魔神を走らせようとした瞬間、ミシェルの奇声が甲斐斗の耳に入ってくる。
「だめぇっ!!!」
それは本当にミシェルが発した声なのか疑う程大きく、そして震えていた。
「ぜったい、だめ……ぜったい……」
「ミシェル……?」
あのERRORを見た途端、ミシェルは目を見開き自分を抱き締め震えながらERRORを見つめていた。
その姿に見覚えが有る訳ではない。だが、そのERRORから感じる『力』には覚えがあった。
ミシェルの声に甲斐斗は魔神を止めると、手に持っていた剣を地面に突き刺し右腕を前方に突き出した。
「分かった。だったら遠距離から魔神の魔法で奴を消滅させる」
甲斐斗からしてみれば剣を使ってERRORを嬲り殺したかったが、ミシェルの異常な怯え方を見て一撃必殺の魔法へと攻撃方法を変更する。
その時、甲斐斗達の前に現れた肉塊は突如全身から血飛沫を飛ばしながら圧縮されていくように肉が蠢き始めていくと、血肉の塊は人の形に似た血管や筋肉を剥き出した赤く醜い化物へと変貌を遂げた。
Dシリーズと同等の大きさをしており、その背中からは無数の赤い触手がゆらゆらと動いている。
顔には口のようなものしか付いておらず、二本の足で地面に立ち、目はないものの甲斐斗達の様子を窺っているように感じ取れる。
意思の疎通が取れるのかは分からない、赤城がERRORに向けて何か言葉を投げかけようとした瞬間、甲斐斗の発した呪文が聞こえてくる。
「レジェンド・ゼロ」
それはアステルの攻撃を無に帰した魔神最強の魔法。
触れれば消滅、防御は不可能。回避するしか対応する術はないが、その魔法が放たれた範囲は今から動いた所で避けれるものではない。
魔神の前方にある全てを掻き消すかのように魔法は拡大し、甲斐斗は問答無用でERRORを消しにかかった。
「残念ながらERRORの出る幕はねえ、魔神の力さえあればこっちのもんなんだよ」
魔法を終える魔神、余裕の表情を浮かべた甲斐斗。
その場にいた赤城や紳、機体から送られてくる映像で様子を見ている神楽はその力に圧倒されてしまう。
そして、それは甲斐斗も同じだった。
「……は?」
魔法を終え消滅させたはずのERRORは存在していた。
背部から伸びる触手を赤い盾へと変え、あの魔神の魔法を防いでみせたのだ。
ERRORは魔神が魔法を終えた事に気付くと、盾の形を作っていた触手を解き再び元の姿に戻し何食わぬ態度でその場に立っている。
魔神による魔法の攻撃を受け止めてみせた、ERRORの防御力はそれ程まで高いのか……などと、甲斐斗を除く者達が思っているが、それはは大きな誤りだった。
防御力や再生能力といったものでこの魔法を受け止められるはずがないのだ。
数多の戦いでこの魔法が避けられる事はあったが、魔法を受け止めた者など誰も存在しなかった。
魔神の力を使い、特性を知っている甲斐斗だからこそ誰よりもERRORの力に圧倒されてしまう。
「い、今のは……まぐれだろ……」
何故ERRORが消滅しないのかは分からない。
今までこの魔法で消えなかった存在はいない、信じられない現実に甲斐斗は再び魔神の魔法を発動させようとしたが、それを止めたのはエラだった。
「無駄だ。止めておけ」
「無駄だと?確かに攻撃は防がれたが、あいつが盾を使った所を見ると生身に当てればいいだけの事だろ……!」
「お前の魔法、あのERRORなら回避する事も出来たはず。それをしなかったのは何故だか分からないのか?」
あの状況でもERRORは魔法を回避する事が出来た───甲斐斗はそれに気付けずエラの言葉に歯を食い縛ると、ERRORが避けなかった意味を悟ってしまう。
「力の差を見せつけ。お前達人間がどう足掻いても勝てないと分からせる為だ」
エラの言葉にその光景を見ていた者達に戦慄が走る、しかし赤城だけはその言葉を聞いて確信した。
「だがこれで分かった。奴には意思が有り、感情も有る」
このERRORは自らの意思で判断し、行動している。オリジナルのERRORで間違いないが、甲斐斗は赤城の言葉を聞いて戸惑ってしまう。
「まさか今更ERRORと対話するつもりか?」
「勿論だ。奴が超越した存在なのは理解した、だからこそ尚更気になる。その力が有りながら何故直接人類を滅ぼそうとしないのか、そして何故数多くのERRORを作り人類と戦わせるように仕向けたのかをな」
ERRORが地上に姿を見せた後、真っ先に攻撃してこない所を見ると、このERRORは少なからず人間と対話を望んでいるはずと赤城は考えていた。
そうでなければ態々地上に出て来る意味などなく、人類を滅ぼす事だけが目的なら態々自身が姿を晒す必要など無いのだから。
「ERROR、貴様に問う。何故人間を殺す、お前の目的は何だ?答えろ」
その赤城の問いに誰もがERRORの返答を待っていると、感情を感じられない一人の女性の声が聞こえ始める。
───「なくてはならないから」
聞き覚えのある声が聞こえてきたが、それは目の前のERRORからではない。
自分達の側にいるエラが、赤城の乗る機体を見つめ喋り始めていたのだ。
エラの眼は光を失い虚ろな瞳になっていたが、その一言が終えると再び目が輝き正気を取り戻し、今自分が発した言葉を理解したエラは微かに笑い始めた。
「ふ……ふふふっ、そう、そうか……やはり、そうなのか……ふふっ……あはははは!!」
これでエラは全てを理解した。
自分の存在が如何なるものかも、何の為に生まれてきたのかも、どうして存在しているのかも、全て。
涙を流しこの世の全てに絶望しながらもエラは笑っていた。
エラの言葉と表情に皆は困惑していたが、甲斐斗は真っ先にエラに向けて疑問を投げかけた。
「おいエラ、どうなってやがる。何でお前が答えてんだよ、まさか、お前が全てを裏で操ってた訳じゃねえだろうな?」
今更本性を現したのかと思い甲斐斗は焦りながらもエラの返事を待っていると、エラは片手で顔を覆いERRORを見つめながら口を開いた。
「半分正解だ、甲斐斗」
「っ……笑えない冗談じゃねえか。てめえ、俺達を騙して本当はERRORのスパイか何かで───」
甲斐斗がどういう事なのか説明を求めようとしたが、その言葉が終わるよりも早くエラが語り始める。
「一体のERRORは、自身が人間を殺す為の存在だと思っていた」
一体のERRORは、と言われても甲斐斗達に思い当たる節が無い。それでもエラは淡々と喋り続けた。
「一体のERRORは、自身が生物の頂点となる為の存在だと思っていた」
生物の頂点に立つ?それも何のERRORの事を指しているのか分からない、だが次のエラの言葉で今までの言葉の意味が繋がりはじめた。
「一人のERRORは、自身が新人類だと信じ、新世界を作り旧人類を滅ぼす為の存在だと思っていた」
誰だってこの一人のERRORがセレナの姿をしたERRORだと理解出来た。
だとすれば今までエラが言っているERRORと言うのはEDPの開始地点にいたオリジナルのERRORを指している事だと予想がつく。
「そして私は、自分がオリジナルであり人類の行く末を見届ける為の存在だと思っていた。この世にいるERRORの中でも私は特別な存在だと思い、人間とERRORによる戦いの観察者を気取っていた……しかし、それは大きな誤りだった。私は……いや、『私達』はオリジナルなどでは無く、ただ過程の為に造られた木偶に過ぎなかった」
そう言って目の前に立つ本物のオリジナルのERRORを見つめ続ける。その目に涙を流そうと、例え世界の運命が決まっていようと、それでもエラは観測を続けていく。
「私が人類と接触する事も、人類と共に行動する事も、全てはERRORの望む過程の為。私達は……なんて純粋で、愚かなんだ……」
まるで尊敬するかのようにエラはその眼差しをERRORに向けて語り終えると、話を聞き終えた赤城達はしばし沈黙が続いた。
無くてはならないから……確かにERRORはそう言ったが、何故人類を滅ぼすのか根本的な理由が明らかになっていない、何故ERRORはそこまでして人類とERRORを戦わせる必要があったのか……それに答えたのは又もオリジナルのERRORではなかった。
『それは人類が滅びる結果の際、人類にとって最悪の過程を作り出す為……だろう?』
突如全員の頭の中に聞いた事のない声が聞こえてくる。
誰もが自分の頭に手を当て先程聞こえてきた声に困惑するが、甲斐斗だけはそれが誰の声なのか知っていた。
「龍、お前は知っていたのか?ERRORの目的を……!」
甲斐斗の言葉を聞きエラの側に立っている龍のマルスに視線が集まると、龍もまた静かに語り始める。
『我のいた世界も、ERRORによって戦争が起こり人類は滅びる結果となった。だが、その世界には一体の意思の疎通が出来るERRORが存在していた。丁度このように、絶対的な力を見せ付けたERRORがな』
そう言って龍もまたERRORを見つめると、この場にいる人間達、そして神楽とアビアにさえ聞こえる念話をしはじめる。
『そして我はそのERRORと対話し目的を知った。そこで我は提案したのだ、もし人類が最悪の結果で滅びる為に行動しているのであれば、ロアを見逃してくれないか、と。結果は決まっている。他世界に逃げた所で何れERRORに殺されるのだ、恐怖に怯え、絶望した後にロアは死ぬとERRORは思っていた。ERRORからしてみれば人間の命を一瞬で消すより、絶望に叩き落した後に殺す事が最優先となっているからな。だから我はロアが命を落とすまでの間、他世界のERRORと人類の戦いに干渉しないのが条件でERRORに見逃してもらったのだ、この事はロアにも伝えてはいない。我はどうしてもロアを最後の最後まで生かし続けたくてこの世界に来たが、それは正しかった。命を失う結果が決まっていたとしても、その過程はロアにとって決して絶望的なものではなかったのだから……』
龍はロアの死の過程に満足していた。
例えその死が無駄だとしても、報われなくても、他の人間に絶望を与える結果だったとしても、ロア自身は満足して死ねたのだから。
『甲斐斗、何故我が戻ってから語るはずの話しを今になって語ったか分かるか?』
不意に甲斐斗に話を振った龍だが、甲斐斗は愕然としたまま龍の話を聞き続ける。
『もう、何もかも手遅れだからだ』
龍の言葉が終えた直後、オリジナルのERRORは両腕を高らかに挙げると、光輝く結晶のようなものを凝縮し始める。
ERRORによる魔法の攻撃───誰もがその攻撃に備え反撃を行おうとするが、ERRORは両腕でその結晶を握り潰すと、ERRORの拳を中心とした輪を描いた波動が世界に向けて拡散していく。
その波動は光の速さで世界に広がるが、その波動に触れた者たちには至って外傷などはなく、人間や機体に向けて放たれた攻撃ではなかった。
むしろ、このERRORの行動は人類にとって希望を与える為に行われた事だった。
誰よりも早く異変に気付いたのは負傷した白義に乗る紳だった、魔力が無くなり体力の限界が近づいていた紳だが、突如体の内から湧き上がる魔力により徐々に体力も回復しはじめる。
それだけではない、地面に落ちていた双剣を回収していた白義だが、双剣は光輝き始めると、潰れた白義の両腕を瞬く間に修復していく。
「これは、どういう事だ……?」
完全に修復を終えた白義だが、それは白義だけではなく、戦場から離脱した紫陽花も同じだった。
機体が光り輝くと、紫陽花もまた自動で機体が修復されていき、エリルは困惑しながらも機体に異常が無い事を確認する。
その白義の異様な再生、そしてERRORが光の結晶を潰した直後に感じた力の波に甲斐斗は気付いてしまう。
「魔力の回復を制約していた力が、解かれただと……?」
各機体のレジスタルから感じる魔力。制約が解かれた事により本来の力を取り戻し、更なる力を発揮しつつあった。
この場にいる天極鳥、白義、魔神の三機もエネルギーが自動で回復し、出力の増加によって機体の性能が大幅に上昇していく。
それは人類にとって喜ばざるを得ないはずだが、戦場にいた者達が喜ぶはずなどなかった。
ERRORの行為が何を意味するのか、それは先程のエラと龍の話を聞いていれば直ぐに分かる。
人類を、最悪の過程で滅ぼす為。
ERRORから見れば幾ら人間が力を取り戻した所で何の障害もなく、むしろ力を取り戻した事により希望を湧かせる為に世界に広がっていた『制約』の力を解いたのだ。
甲斐斗も直ぐに自分の力の制約も解かれたのではないかと魔法を試みたが、どうやらERRORが解いたのはレジスタルの回復を制約する力のみらしく、未だに甲斐斗自身の魔法を使う事は出来なかった。
だが、それでも甲斐斗は余裕の表情で笑みを浮かべると、魔神は剣を構え臨戦状態となる。
「世界のレジスタルを制約していたのは神でもミシェルでもなくお前だったのか……で、お前が俺達の前に姿を現したのも、態々力を取り戻させたのも、全力の俺達を捻り潰して絶望させる為だろう?……上等だ。言っとくが、たかが魔法を一撃防いだ所で最強面してんじゃねえぞ!」
白義が双剣を構え、天極鳥が刀を構える。更に力を高めた三機が一斉にERRORに襲いかかろうとしていた。
「紳!赤城!これが人類とERRORの最後の決戦だ、気合入れていくぞッ!!」
甲斐斗の掛け声と共に三機が一斉に動き始める、力を合わせれば必ずERRORに勝てると甲斐斗は信じ戦おうとした直後だった。
振り下ろされた天極鳥の刀は魔神の両腕を切り落とし、白義が振り切った双剣は魔神の両足を切り落とす。
それが、追い詰められた人類の選択だった。