第171話 天照、翼
───赤城は目を覚ました。
医務室のベッドの上で赤城は神楽を抱き締め、神楽もまた赤城を抱き締める。
「おかえりなさい、赤ちゃん」
「ああ、ただいま。神楽」
二人は互いの温もりを感じながら腕を放すと、神楽は足元に落ちていた青白く光るナイフに目を向けた。
すると先程まで光り輝いていたナイフはまるで役目を終えたかのように光りを失うと、塵となって跡形も無く消えてしまう。
「神楽、急ですまないが人類の状況を教えてほしい」
「……人類は今、最後のEDPを始めているわ。でも、戦局がどうも怪しいの……まぁ、詳しい説明は後よ。それより一緒に来てもらいたい所があるの、着いてきて」
「ああ、分かった。だが、何処に連れて行くと言うのだ……?」
「夢から覚めた赤ちゃんに、私からプレゼントがあるのよ」
そう言って机の上に置いてあったノートパソコンを手に取り医務室から出て行こうとした神楽だったが、白衣を掴まれ足を止めてしまい後ろに振り返って見ると、そこには目に涙を浮かべるミシェルが立っていた。
「ミシェルちゃん?」
「おねがい。わたしも、つれていって……!」
神楽が赤城の夢の中に入っていた時、実はミシェルもその夢の世界に入っていたのだ。
夢の中に登場はしていなかったものの、ミシェルは揺らぐ赤城と神楽の思いを知り、そして自分に問いかけた。
自分も、このままで良いのかと。
赤城は自らの過ちを自覚し、答えを出す事で目を覚ました。
だがミシェルはまだ答えが出ておらず、未だに心は揺らいでいる。
しかし、それでもミシェルの心は、赤城の『世界の為に戦う』という熱意に突き動かされていた。
だからこそこの場に残り守られ続けるのは嫌だった、自分にも何か出来る事はないのか、その可能性を求めミシェルは神楽達の後についていくことにしたのだ。
「ミシェルちゃんをここに一人残すも心配ね……ええ、良いわよ。着いて来て」
足早に医務室を後にする神楽、その後ろから赤城とミシェルも付いていくと、神楽の私室へと戻り出口へと向かっていく。
するとそれをソファの上で寝そべっていたアビアも見ており、興味本位で三人の後を付いていきはじめた。
そのことに神楽は気付いたものの、特に気にする事なく格納庫へと向かった。
そしてエレベーターに乗り地下一階にある機体格納庫へと向かうと、神楽は今乗っていたエレベーターとは別のエレベーターに乗り換える。
神楽以外の三人には何故態々エレベーターを乗り換える必要があるのか分からなかったが、神楽はそんな三人に説明をすることなく、突如エレベーターの別の階のボタンを一定のタイミングで押し始める。
「神楽?何をしている」
神楽の不可解な行動に赤城が視線を向けるが、神楽は気にせずボタンを押し続けた。
「見ていれば分かるわ」
そして最後の階のボタンを押した直後、止まっていたエレベーターは存在するはずの無い地下二階へと下りはじめる。
「どう?赤ちゃん。面白いでしょ」
そんな神楽の言葉に赤城はどういう表情をしていいか分からず惑っていたが、それは後ろに立っているミシェルとアビアも同じだった。
「まさか地下二階が有るとはな……私の方が長くこの基地にいたが。全く知らなかった……」
「それもそうよ。この地下二階の格納庫は極秘で機体開発を進める為に極少数の人間しか知らないもの。恐らく騎佐久すら知らないでしょうね。ちなみに本部の地下にも似たような格納庫があるわ、そしてそこであのデルタは作られたの」
「デルタか……」
カイト・アステルが乗る最強の機体『デルタ』。
甲斐斗とERRORの細胞、そして魔石の力を用い開発されたその力は、今ではERRORではなく人類に向けられている。
アステルの事が赤城の脳裏に過った直後、地下二階へと辿り着き扉が開く、格納庫内には照明が点いておらず暗闇に包まれていた。
構わず神楽はエレベーターを下り、それに続いて赤城とアビアも降りるが、ミシェルはその暗闇に一瞬躊躇ってしまうものの、勇気を振り絞り歩き始める。
そしてミシェルがエレベーターから降りた直後、格納庫内が眩しい光りに照らされた。
誰もがその眩しさに目を細め手を翳すが、徐々に目がその光りに慣れてくると、一体の機体が自分達の目の前に立っているのが見えた。
「これはっ……」
それは機体かと疑ってしまう程神々しい姿をしており、二枚の巨大な紅い翼を広げた機体の美しさに三人は目を奪われていた。
「名前は『MFE-天極鳥』。神のレジスタルを使用して私が開発、そして小型フェアリーを用いて設計した貴方の為の機体よ」
そう言って神楽は機体の前に有る装置にノートパソコンを繋ぐと、機体の最終調整に入り始める。
「デルタとは全く違う、ERRORの細胞を一切使わずレジスタルを全身に使用した機体なの。その分再生能力も無ければ耐久力も低いけど、全身が機体の動力になるから火力と機動力は桁違い……のはずなんだけど、レジスタルの制御に苦戦していて今までまともに動いた事は無かった。けど……」
その時、天極鳥の眼が光り輝くと、二枚の翼から光り輝く粒子が溢れ始める。
「今は違うわ」
アビアの持っていた機体やレジスタルの知識は今、神楽の手の中に有る。
そしてその知識と長い時を得て。今まで眠り続けていた機体が目を覚ます。
機体は順調に稼動し始め、神楽はエネルギーを安定させようと調整を続けていく。
それを見ていた赤城は操縦席に向かおうと目の前にある機体の胸部に掛けてある橋に近づこうとした時、神楽が右にある部屋を向いて口を開いた。
「赤ちゃん。あの部屋にパイロットスーツが有るわ。それを着てこの機体に乗りなさい、行く先は言わなくても分かるわよね」
「当然だ」
それを聞いて急いで赤城は神楽が視線を向けた部屋へと走っていくと、機体の前に立っていたアビアは腕を組み目の前に立つ眩い機体を眺めていた。
「ふーん。これがあのレジスタルなんだ。ふふっ」
興味津々でアビアは機体を見つめた後、調整を続ける神楽の後ろ姿を見て微かに笑うと、これから何が起きるのかを楽しみにしていた。
パイロットスーツに着替え終えた赤城は、赤い長髪を何時ものように括り神楽の前に現れると、今度こそ機体へと乗り込みはじめる。
操縦席に乗る感覚が懐かしく、赤城は操縦桿を握り軽く深呼吸をしていく。
機体は起動した。後は出撃するのみ───だが、ここに来て問題は起きた。
「神楽、機体の様子がおかしいぞ……」
今まで感じていなかった機体の揺れが増し始め、操縦席に座る赤城の体にも振動が伝わってくる。
モニターに表示されている機体の全箇所の出力ゲージは大きくブレており、機体のエネルギーが全く安定していない。
「少し待ちなさい。今私が調整してるから……っ……!」
知識は有る、データも有る。今の神楽には特異質のレジスタルも制御が可能だろう。
だが、今ここに有るのはあの神から取れたレジスタル。容易く制御出来ると思っていたが神楽だったが、機体を起動させる事は難無く出来たものの、その力を完全に制御する事が出来ない。
動力源である背部には神の動力と同じレジスタルの塊を使用しており、そのレジスタルからは無限とも思える程の強大なエネルギーが溢れ始め、機体の全身に伝わり始めていく。
このままではレジスタルの力が暴走し、増大し続けるエネルギーの逃げ場が無くなった機体は耐え切れず爆発する恐れがあった。
その威力は『ELB』の引けを取らない程だと推測出来る程の高エネルギーに、神楽は焦りながら調整を続けていく。
すると、その様子を今まで見ていたアビアが神楽の横に立つと、無邪気な子供のような笑みを浮かべた。
「貴方には無理無理~。神のレジスタルを制御するなんて、付け焼刃の知識と技術じゃぜーったい無理だよ~」
「っ!」
アビアの言葉を聞いても神楽の指は止まらない、焦りながらも調整を続けていく。
その様子を横からまじまじと見詰め続けるアビアは、端から神楽が神のレジスタルを制御出来ない事を分かりきっていた。
だが、アビアはあえて口を出さず。こうなる事を望むかのように神楽を泳がせていた。
調整が間に合わない。増大し続けるエネルギー、赤城は神楽を信じ目を瞑る事なく待ち続ける。
対する神楽は額に汗を滲ませながら機体の調整を続けていくが、既に限界が来ていた。
「くっ……神のレジスタル、それは世界を救う為の力なんでしょ……?お願い……私達に力を貸して……ッ!」
まるで神のレジスタルに語りかけるように神楽が言葉を吐く、それは調整が間に合わず機体の限界が来た事を暗示していた。
もう駄目だ。神楽がそう思い手を止めそうになった瞬間、突如機体の出力が安定し始める。
操縦席に乗っていた赤城にもそれは目に見えて分かった。機体の激しい揺れは収まり、機体の全部位のエネルギーが安定していく。
「っ……?」
まさか自分の思いが通じたのか───神楽は一瞬でも神の存在を信じそうになったが、目を開き見えてきた光景を前にその思考を払いのけた。
天極鳥の胸部。その前には、光り輝く魔法陣の上に立つミシェルが目を瞑りながら手を翳し続けていた。
「ミシェルちゃん……?」
今まで見た事のなかったミシェルの力に神楽は動揺し、機体の制御をしていた指を止めてしまう。
手を翳し続けるミシェルは、自分の力である絶対名『制約』の力を発動し、機体のエネルギーを一部制約し、制御しはじめていく。
すると機体の出力の制約を続けていたミシェルが目を開くと、今まで弱々しくしか喋らなかったミシェルが大きな声を上げた。
「あかぎ!わたしもつれていって!」
涙を流し思いを訴えたミシェル。名前を呼ばれた赤城はそんなミシェルの姿を驚いた様子で見つめていた。
その意思がどれ程強く、そして堅いものなのか。揺ぎ無いミシェルの瞳を見れば一目瞭然だった。
今から向かうのは地獄とも言える最悪の戦場。そこにミシェルを連れて行くのは余りにも危険であり、命の保障は出来ない。
だが、だからと言って。そんな状況なら自分は戦場に行くのを拒むのかと赤城が自身に問えば、迷う事なく戦場に向かうだろう。
今のミシェルも同じだ。自分と似たような感情、そして志を胸に、甲斐斗の元へ行く事を望んでいる。
「……分かった。乗れ、ミシェル!」
「うん!」
赤城の返事を聞いたミシェルは力強く頷くと、操縦席の扉を開けた赤城が中から手を伸ばす。
ミシェルは足早に操縦席に乗り込むと、赤城は自分の膝の上にミシェルを座らせ、ベルトを締めて自分の体とミシェルの体が離れないように固定していく。
その様子を見ていた神楽が赤城とミシェルのとった行動に驚かされ、思わず手を出し声を上げた。
「赤ちゃん!正気なの!?ミシェルちゃんを連れていくなんて……!」
「ああ、これはミシェルの意思だ。それに機体の出力が不安定になった時、ミシェルがいれば心強い。だろ?」
「た、たしかにそうだけど……」
「心配無い。約束だ、必ず戻ってくる」
「約束って……もう、分かったわよ!約束よ、必ず戻ってきなさい!」
今は赤城を信じるしかない。神楽は機体の前に有る装置とは別の装置の前に立ち出撃の準備に執りかかると、天井にある地上へと通じる扉が開き始めた。
「ああ、行ってくる」
地下一階の床、そして天井も開き、地下二階から地上への通路が完成すると、天極鳥は膝を曲げ出撃の準備に入り、二枚の翼を広げ大空へと飛び立った。
雲一つ無い美しい青空に、天極鳥は神々しい二枚の紅い翼を広げ飛翔しはじめる。
その高さから見える世界の美しさに赤城は今一度世界を守る為の決意を思い出し、機体をEDPの場所へと向けて羽ばたかせた。
「夢が……叶ったわね」
そう呟いて一瞬でレーダーから消えたのを確認した神楽は、戦場の様子を知る為に格納庫にある部屋に向かおうと振り向いた時、自分の横に立っていたアビアの表情がふと目に入った。
その表情は何時ものような悪戯に笑ような表情ではなく。飛び立った天極鳥を見届け、満足そうに笑みを浮かべていた。