第168話 混交、頂点
───苦渋の選択で唯と甲斐斗を見捨て、羅威の元に駆けつける愁。
あと一歩で戦艦に触れられる距離にまで来た直後、デルタがアギトの前に現れ右手を突き出し波動を放つと、そのアギトの巨体を軽々と吹き飛ばしてしまう。
「ぐうっ───!」
デルタの攻撃にも耐え抜いたアギトは体勢を立て直し地面に着地しようとするが、アギトが落ちるよりも早くデルタは接近し再び波動によって吹き飛ばされる。
その攻撃により徐々に戦艦から距離を離されていくアギト。アステルの狙いはアギトの破壊というより、操縦者である愁の無様な姿だけを待ち望んでいた。
「無意味無意味無意味ぃッ!お前もここで死ぬんだよ!?あいつと同じように誰も守れず無様に死ぬんだっ!」
「あいつ?───ッ!?」
甲斐斗の乗る魔神の背部に大剣が突き刺さっている姿を、辺りを見渡した愁は始めて気付いた。
応答もなく、機体からは生体反応も感じられない。機体は力無く横たわり、甲斐斗が殺された事が信じられず動揺を隠せない。
「そんなっ、甲斐斗さんが……!」
「だからお前も死ぬって言ってるだろぉおおおお!!?」
デルタの両手から作り出された黒い刃がアギトを襲う。
反撃しようにも両手の再生は未だに出来ておらず、振りかかる刃を避ける事しか出来ない。
艦に近づきたくてもデルタの猛攻から逃れる事は出来ず、このままでは愁もデルタの手によって死を迎えることになる。
どうにかして戦艦に近づけないか考えていると、戦艦から一体の機体が現れ、右手を伸ばし戦艦の装甲を掴み剥いで行く紫陽花の姿が目に入ってきた。
手足を一本ずつ失っているが両翼を広げ機体のバランスを安定させ水平に保つと、右手で次々に装甲を剥いでいく。
「エリル?何をしている、羅威達は無事なのか!?」
「無事よ!でも医務室に取り残されてるの!だから早く助けないと!!」
通信機から聞こえてきたエリルの鬼気迫る言い方に愁はたじろぎそうになる、モニターにエリルの映像が表示されるものの、エリルは愁を見ておらず一心不乱に戦艦の装甲に穴を開けようとしていた。
「お願い、無事でいて……!」
全ての装甲を剥ぎ終える紫陽花、目の前の天井と思われる鉄板を右手で引き裂いていくと、そこにはベッドの上で眠る羅威と、覆い被さるように羅威を抱き締めるアリスの姿があった。
二人は無事、まだERRORには進入されていない。エリルは笑みを浮かべ直ぐに二人を床ごと掬い上げる。
間に合うかどうか冷や冷やしたが二人を助ける事に成功した、アリスの容体は気になるが二人がまだ生きている事にエリルは安心していく。
助け出してくれたエリルに気付いたアリスも羅威を抱き締めていたのを止め顔を上げると、助けてくれたエリルに向けて笑みを浮かべるが、その笑みを理解出来る者はいなかった。
紫陽花の掌の上、床ごと救い上げたベッドの上で眠る羅威の首から下は無くなっており、抱き締めるように覆い被さっていた存在は、巨大な口で羅威の肉体を貪りつくしていた。
「ら゛、い゛……ら゛……ッ、イ゛……ア゛……」
羅威を助けに来てくれてありがとう。
そう言ってアリスは笑みを浮かべた後、再び羅威の方に振り向くアリスは、顔にある赤く充血した無数の眼球を無造作に動かしながら再び強靭な顎で羅威の肉体を食い千切っていく。
約束は絶対。アリスは左手で未だに羅威の引き千切られた右手を握り締めており、そんな健気なアリスを羅威は虚ろな瞳で瞬く事無く見つめ続けている。
「いやっ……」
無意識に紫陽花の手を振り払うエリル、ベッドごと羅威とアリスは地面へと落とされると、それに気付いた地上のERROR達が一斉に群がり始めた。
瞬く間に羅威の体を食い千切っていくERROR達、そんなERRORを気にも留めず、アリスもまた羅威を食べ続ける。
すると、その光景を見ていたエリルは突然何か思い出したかのように大きなリアクションをすると、口元だけ笑みを浮かべ羅威とアリスの周辺にいるERRORを踏み潰した。
「あ……待って、待って!大丈夫だから!まだ助かるもんね?治せる、治せるからっ!?」
片足でERRORを薙ぎ払い、肉片が散らばった羅威とERRORへと変わり果てたアリスを右手で掴もうとするが、周りのERRORは地上に降りてきた紫陽花目掛けて次々に飛びかかっていく。
「だって、私だって死んだことあるんだよ?きっと大丈夫、生き返る!治る!どいて、どいてよッ!!羅威に、アリスに触れないでッ!!」
羅威の肉片とアリスを回収を終えた紫陽花は両翼を羽ばたかせ回転すると、機体に纏わりついていたERRORを振り落としてみせる。
「愁、大丈夫だよ。二人は大丈夫、何とかなるよね?ねえ、早く帰ろう?早く帰ろうよ、愁!」
右手を広げ羅威と思われる肉片とアリスと思われる化物を見せ付けるエリル、空ろな目を見開き、愁に安心してほしいと笑みを浮かべる姿は、愁が絶望するのに十分な光景だった。
だが……足りない。人々の絶望を堪能し続けるアステルにはまだ満足いかず、デルタは紫陽花の背後に姿を見せると、右手から作り出された黒い刃を構え、紫陽花目掛け突き出した。
「うひゃひゃひゃ!……ん?」
目の前のいたはずの紫陽花がいない。そして次の瞬間、デルタは背後から強力な蹴りを喰らうと地面に叩きつけられながら吹き飛ばされていく。
魔力を帯びた風をその身に纏い、純白のマントを羽織り紫陽花を抱きかかえる一体の機体。
「白義……紳さん!?」
愁が驚き名を叫ぶ、間一髪で紫陽花を助けたのは紳の乗る白義だった。
脱出艇へと運ばれていた紳だったが、途中で意識を取り戻し白義に乗り込んでいたのだ。
大体の状況は把握している。デルタの登場、セレナの死、そして妹の唯や、羅威達が殺された事も。
それを全て承知の上で、紳の眼はまだ死んではいなかった。
「エリル、応答しろ」
取り乱し、混乱してもおかしくない状況でも、紳はいつものように話しかける。
そんな紳を見ていたエリルも、先程までの混乱が嘘のように少しずつ落ち着き始めた。
「は、はい……!」
「唯も、ダンも、羅威も、アリスも……多くの仲間が死んだが、現実は受け入れろ。俺達は散っていった仲間達の意思を継ぎ、平和の為に戦い続けなければならない。違うか?」
「い……いいえ、違いません……!」
「眼を背けずに現実を見ろ、そして機会を窺え……生き残る為にな」
「はいッ!」
紳から言われた言葉が一字一句エリルの心に刻まれる。
右手に掴んであった肉片も、エリルはその場に落とすと、零れ落ちる涙を拭い前を向いた。
「羅威……アリス……必ず世界を平和にしてみせる。皆で、優しい世界を作ってみせるからね……」
昔の頃を思い出し、干渉に浸りそうになるが、戦場に出ている以上エリルは雑念を振り払うように頭を振ると、力強く操縦桿を握り締めた。
その様子を見ていた愁も直ぐに機体を立たせ白義の元に向かうと、ようやくアギトの両手が完全に修復を終え元通り状態へと復活していた。
「作戦は継続しろ。脱出艇は直ちに発進し戦場から離脱、騎佐久、愁、エリル。お前達特機が先頭に立ち護衛しろ。俺は……奴を足止めする。異論は認めない、行け」
作戦の指示は伝えた、紳の命令通り各兵士達は動き始める。
艦隊からは次々に脱出艇が発進し、感覚を開けつつ三箇所に分かれて集まり始める。
先頭にはアギトが立ち、アバルロと紫陽花は左右に別れ、残っている量産機達も其々別れ護衛につく。
着々と脱出の為の準備が進められているが、その全てを台無しにてぶち壊したいと思うのがアステルだ。
「違うよ?全然違うよ?」
蹴り飛ばされ、項垂れていたデルタは瞬時に起き上がる背部に浮遊する魔法陣を光らせながらアステルは首を傾げてしまう。
「皆死ぬよ?誰一人ここから生きて帰さない、そんな事、最強であるこの僕が絶対に許さないッ!!」
「最強、か……」
アステルの言った最強という言葉に紳が反応すると、アステルは笑みを浮かべながら自分の強さを説明しはじめる。
「そう、僕は最強になったんだッ!もう誰も僕に敵いやしない、僕こそが最強!最強だ!うひゃひゃひゃひゃ!もう誰にも僕を止める事は不可能なんだよォッ!!ぎひゃはははははは!!」
戯言などではなく、確かにデルタの力は最強に等しいものと言える。
風のレジスタルを覚醒させた白義は強い、Doll態の特機ロウリンを一方的に倒してしまう程の力を持っているが、それでも今のデルタに勝てるかどうかは分からない。
そう、まだ分からないのだ。
絶対に負けると決まった訳ではない、確率は少ないが勝つ可能性だってある。
確定した未来など無い。今を変える事で必ずを未来を変える事が出来る。
少なくとも紳はそう信じており、白義の腰から掛けてある鞘から二本の剣を引き抜くと、デルタに向けて構えてみせた。
「自称最強を名乗る奴に碌な奴がいないな、そう言って惨敗した男を俺は知っている」
「甲斐斗の事?アイツは最強なんかじゃあない!ただの雑魚だよ!弱い癖に調子に乗るからああやって殺されるのさァッ!うひゃひゃヒャヒャひゃ!」
そう言って腕を伸ばし魔神の方に指をさすデルタ。
指された方向には背部から大剣で貫かれる無様な魔神が立っており、アステルはその姿を見て満足に笑みを浮かべるが、不振な点に気付き顔から笑みが消えていく。
「……あ?」
魔神が立っている。
止めを刺した時、確かに魔神はうつ伏せに倒れていた。
動力源を引き抜かれ、操縦者である甲斐斗は死んだと言うのに、魔神は黒き大剣に貫かれたまま直立不動で立ち尽くしていた。
「んんんんん?」
何故今になって魔神が立っているのかは分からないが、念の為にデルタは右腕から黒い電磁波を纏った球体を作り出すと、立ち尽くす魔神に向けて容赦無く球体を放った。
球体は直撃、魔神は避けようともせずデルタの攻撃を受け爆発と同時に辺りに装甲が飛散していく。
少し驚かせたもの今の魔神ではデルタに到底勝てはしない。何故起き上がったのか理由は不明だが、吹き飛ぶ魔神を見てアステルは再び笑みを浮かべる。
───しかし、その行為こそが最後の引き金となってしまった。
魔神の厚い装甲が破られた途端、黒い霧のような気体が魔神から放出され、拡散しはじめる。
剥がれ飛んだ装甲は黒い影となり地面に落ちると、地面を黒く染め上げ侵食していく。
来る───。
戦場にいた者達……いや、この世界に存在する全ての生命体が一瞬の刹那、確かに感じ、そして震えた。
それはERRORも例外ではない。自らの心に初めて抱かれた『恐怖』という感情に戸惑い、思考が停止してしまう。
戦場に漂う黒い霧、魔神から溢れ出る影は数を増し、その様子を上空から見つめていた龍のマルスは戦慄していた。
それは地上にいるエラも同じ。体の震えが止まらず、初めて抱く『恐怖』という感情を克服しようとしている。
「これが……お前の望んだ結果なのか……?いや、違う?これが……過程……?」
問いかけるエラに答えるものはいない。
変貌を続ける魔神を、周りの者達はただただ見つめ続ける事しか出来ない。
これから何が起ころうとしているのかは分からない。
分からないが……エラは変貌する魔神から影を見て、これだけは確信した。
「世界が……終わりを告げようとしている……」
何もかも終わる。
人類の存亡を掛けた戦い?
ERRORによる全人類の抹殺?
そんなもの、今から現れる存在からしてみれば全く興味が無く、眼中にも無い。
ソレはただ、己の欲望を満たす為に行動し続ける存在。
今まで表の世界に現れた回数は二回。
そして今回甲斐斗の心と肉体が同時に死んだ事により、この世に三度目の降臨を果たす。
「ひゃ、ハは───」
聞こえてくる男の笑い声、それはアステルと良く似ているが、全くの別物。
その笑い声を聞くたびに恐怖が増し、体の震えが止まらない。
「死んだ死ンだ死ンダ死んダ死んだ死ンだ死んだ死ンダァッ!!アヒャヒャひゃ!ア゛ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!ギヒャハハハハハハハハハハハハ!!……アアァ…………」
嬉しさの余り陽気な笑い声を上げる存在。
そして笑い終えた後、静まり返る戦場を堪能するかのように沈黙しはじめる。
すると魔神は胸部に黒剣を突き刺されているにも関わらず両腕を広げてみせると、背部から無数の黒い影が伸び、その影全てが黒剣と同じような形へと変わる。
大地は黒い影に侵食され、その闇に触れたPlant態は力を無くし瞬く間に枯れ果てていく。
地上にいたERRORも黒い闇に飲み込まれていき、ERROR同士で殺し合いを始めたかと思えば、肉体が破裂するERRORや、狂ったように踊り出すERRORなど様々な現象が起こり始める。
赤い血肉の塊、その化物達が狂っていく様子はまさにソレにとってみれば余興のようなものだった。
戦場は支配された。それはERRORでもデルタでも、ましてや『魔神』でもない。
甲斐斗の奥底に眠っていた最も危険で邪悪な存在、『邪神』によって支配されたのだった。