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第167話 道徳、拒絶

───ERRORの溢れかえる戦場では、魔神とアギトが手も足も出せずデルタに弄ばれていた。

その間にも次々と兵士達は命を落とし、騎佐久率いる部隊もデルタの前に成す術はなく、ELBを諦め艦隊の護衛を続けている。

迫り来るERRORを薙ぎ払い、重火器で一掃していくが、地面から湯水の如く溢れてくる人間とERRORの数は一向に減りはしない。

脱出艇を急がせるものの、この状況で何処に逃げれば良いかなど分かりはしない。

来た道を戻るにしても、両脇には夥しい程のPlanto態が存在しており、僅かしか残っていない機体だけでは全ての脱出艇を守りきることは不可能だった。

このままでは人類は全滅してしまう───だがその時、戦艦から一体の機体が発進すると、その機体から無数の閃光と共にレーザー砲が一斉にデルタに向けて放たれた。

「んん?」

無数のレーザーにデルタは高速で動き攻撃を回避していくが、今度は無数の光の刃がデルタを囲うように飛び交い、回避するのも面倒になったデルタは自機の周りにエネルギーシールドを張り巡らせ全ての攻撃を防いでいく。

「んんんんんん~?」

今まで見た事の無い攻撃にアステルを首を傾げ辺りを見渡していくものの、肝心の攻撃してきた対象が視界に映らない。

だが攻撃は豪雨の如く降り注ぎデルタの動きを止める、地上で力無く倒れていた魔神とアギトは直ぐさま起き上がると、上空を見上げ状況を確認した。

目に見えない敵からの波状攻撃にいい加減うんざりしてきたアステルは、デルタの両腕を広げると全範囲に向けて強力な磁場を纏う波動を拡散させる。

「うぅ゛っ!」

たしかに聞こえた少女の悲鳴。デルタの力によりステルスフレームを破壊されその姿を露にする一体の機体。

純白の装甲、両肩のレジスタルから眩い粒子を拡散させる機体『エスペランサ』。

そして専用のパイロットスーツに身を包みその操縦席に座る少女、風霧唯。

BNの基地の一件でエスペランサはERRORの力により調整を終え、操縦可能になっていた。

だがエスペランサは一度ERRORの手が加えられた機体。人間には理解出来ない複雑なプログラムやデータが追加されており、いつ暴走を起こすかも分からない為修理を終えた後も使用を禁じていた。

しかし、手を加えたとされるERROR、『セレナ』は死に。今まにさ、人類が負けようとしている。

このような状況でこのままエスペランサを眠らせても良いのか?使用するのが危険なのは百も承知だが、ここで何もしないより、僅かな希望にかけて『エスペランサ』を動かす他無かった。

初めて戦場の前線に立った唯、兄である紳はいつもここで戦ってきた。

操縦桿を握り締める唯の両手は震えているが、調整を終え100%の力を発揮するエスペランサの『SRC』の力により、操縦技術の全く無い唯ですら強く念じただけで正確に動かす事が可能になっていた。

「お願いします、エスペランサ。……私の思いに応えて下さい」

細かい動作や動きを念じている訳ではなく、唯は誰よりも人々を守りたいと強く念じ、その思いに答えるかのようにエスペランサは自ら判断し自動で動きつつデルタに攻撃を仕掛けていく。

「各員急いで撤退を!ここは私が引き受けます!」

通信機から聞こえてくる唯の声、そこで初めて甲斐斗はあの機体に乗っている少女が唯だという事に気付く。

「お前っ!?どうしてそんな物に乗ってる!?逃げろって言っただろ!」

何故戦場に唯が出てきているのか理解できず直ぐに甲斐斗は問いかけるが、唯の意思は揺るがない。

「いいえ逃げません!私も風霧家の一人、お兄様ばかりに負担を掛けさせるのはもう嫌なのです!だから、私も守りたい人の為に戦います!」

エスペランサの両手から伸びる光の刃、対するデルタも黒い刃を両手から伸ばすと、互いの刃はぶつかり合い、激しい戦闘を繰り広げ始める。

すると通信を盗み聞いていたアステルは今戦っているの相手が唯だという事を知りの歪んだ笑みを浮かべた。

「良いねイイねぇッ!態々出てきてくれるなんて良い゛ね゛ぇえええええッ!!」

俄然興奮し続けるアステルは、デルタをエスペランサの懐に潜りこませると、機体の胸部を蹴り飛ばし地面に叩きつける。

「きゃああああっ!」

唯の悲鳴が戦場に響き渡り、甲斐斗に動揺を引き起こさせる。

地面に落ちたエスペランサを助けに行こうと魔神を走らせるが、デルタは魔神の背後に瞬時に現れると、機体の動力源がある扉に右腕を突き刺し強引にレジスタルを引き抜き、その手で握り潰してしまう。

「唯いいいぃッ!」

甲斐斗が唯の名を叫ぼうとも、魔神が思いに答えてくれる事はない。

動力源を失った機体は崩れ落ちるように跪き、その場にうつ伏せに倒れてしまう。もはや機体を動かす事すら叶わなくなった甲斐斗に、アステルは終始歪んだ笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「無力な自分に絶望しながらそこで見てるといい……お前の大切な人間が殺される瞬間をねぇえッ!!」

殺される……唯が、殺される……?

未だに否定し続ける未来も、時が経てば必ず現実になるだろう。

だがどうすればいい?無力の甲斐斗には何もする事が出来ない。

「クソッ!クソオッ!!動けよ!このままだと唯が、唯がぁっ……!」

戦う力もなければ、助ける力もない。自分の無力さを痛感させられ歯を食い縛る甲斐斗は、ただただ声を荒げる事しか出来なかった。


───デルタの矛先がエスペランサに向き、アギトが体勢を立て直し真っ先に確認したのは羅威の乗る戦艦の状況だった。

艦を見れば多くのERRORが甲板に張り付き艦内に侵入しているのが目に見えて分かり、咄嗟に機体を戦艦に向けて走らせようとした途端、甲斐斗に呼び止められてしまう。

「愁!唯を助けろッ!早くッ!」

「……すいません甲斐斗さん。俺にも守りたい人がいるんですッ───!」

時は一刻を争う。愁だって唯を助けたい、だが既にデルタはエスペランサの目の前に立っており、アギトが全力で接近しても間に合わないのは明白だった。

それに、このまま戦艦を放置していれば羅威達を危険に晒してしまう。

脱出艇は未だに艦から発進しておらず、身動きのとれない羅威が艦内に取り残されているのではないかと不安が募り、愁は戦艦に向けて機体を走らせていく。

「愁ッ!?お前……ッ!」

誰も助けてはくれない。

地面に落ちたエスペランサの目の前に立つデルタは、右手をエスペランサの胸部に近づけると、強引に操縦席だけを握り締め無理やり引き抜き始める。

「ねえ、今どんな気持ち?」

デルタの右手に掴まり拘束されてしまう唯、アステルの問いかけられるものの全身を握られる痛みで悶え苦しみ言葉が頭に入ってこない。

「ううぅ゛!くっ、ぁ……っ……!」

もがき苦しむ唯の表情を堪能するかのようにアステルは握り締める唯を自分に近づけると、今度は甲斐斗に見せびらかすように腕を伸ばし突き出してみせた。

「よく見ろ甲斐斗。ほら、とっても苦しそうだよ。ね、死ぬよ?ほら、死ぬよ?ねえ、今どんな気持ち?今どんな気持ち?答えろぉッ!!」

握り締める力を更に強め唯の悲鳴を聞かせるアステルに、甲斐斗はただただ従う事しかできなかった。

無様でもいい、最低でもいい、最悪でもいい、唯が助かるのであれば今の甲斐斗なら何だってするだろう。

「分かった答える!……だから唯だけは助けてくれ……!い、今、は……最悪だ。生きている心地がしない……」

この戦場では唯を第一優先とし守りを徹底した戦いをしてきた甲斐斗。

全ては唯を守るため、全ては唯の安全を第一に考えた戦い、だが今、戦場で最も守りたい人間の命が消えようとしている。

「なに、それ。もっと震えろよ、怯えろよ、泣き喚けよ。僕は姉さんとルフィスを失ったのに、お前は何も失ってないのはおかしいよね?ね?だからさ、僕にもっとお前の情けない無様な姿を見せてよ」

「もう十分だろ!?俺に恨みがあるならさっさと俺を殺せよ!そうやって回りくどい事ばかりしやがって、大体姉やルフィスを失ったのはお前が無力でERRORから守れなかったからだろうがッ!?その責任を俺に擦りつけたかと思えば狂ったふりして最強気取りか!?いい加減にしろよッ!お前はただ単にERRORに利用されているだけだとまだ気付けないのか!?」

ここまでアステルに弄ばれ甲斐斗も黙ってはいられず本音をぶつけるが、甲斐斗の言葉を聞いた直後、デルタは更に唯を強く握り締めた。

「ああああああ゛───ッ!……がっ……ぁぁ……」

限界が来た。

体内の臓器、そして肉が潰れ、骨が砕ける鈍い音が唯の体内から聞こえてくる。

「あ゛……あぁ……っ……」

目を見開く唯の口から血が流れ、鼻からも血が滴り落ち始める。

もはや悲鳴を上げる事も出来ない、全身が軽く痙攣し、体内から痛みと熱さが込み上げてくる。

それだと言うのに全身には鳥肌が立ち、急激に体が寒さを感じてくると、唯は虚ろな瞳で甲斐斗の乗る魔神を見つめていた。

痛めつけられる唯を見て、甲斐斗は怒りと悔しさで涙を流す事しか出来ない。

そんな甲斐斗の表情を見ていたアステルは満足気な表情を浮かべると、甲斐斗に希望をもたせるかのように言い放った。

「わかった、もういいよ。この人を殺さないであげる」

その言葉に裏がある事など普通なら判断できるが、今の甲斐斗の精神状態ではもう何も判断できない。

唯が助かると聞いて甲斐斗が安心しそうになった瞬間、デルタは手を広げるとあろうことか握り締めていた唯を地面に落としてしまう。

グチャリと肉が地面に叩きつけられる音で甲斐斗の頭の中は真っ白になり、もう何も考える事が出来なくなる。

地面に倒れたままの唯が震えながら体を起こそうとするが、地面に落とされた衝撃で両足の骨が折れており、上半身を起こすだけでも精一杯だった。

「僕は殺さない。殺すのはERRORだ……うひゃ、うひゃヒャヒャ!ぎひゃはははハハハッ!!!」

高らかに笑うアステルの耳障りな声を聞きながら、甲斐斗はボロボロに傷付いた唯だけを見つめ続けていた。

地上に居るERRORも地面に落ちてきた唯に気付くと、一斉に動き始め唯の居る場所に近づいていく。

「ゆ……い……」

無意識に唯を名前を呼び手を伸ばす甲斐斗。

足を折り地上のERRORから逃げる事も出来ない唯は、全身の痛みを堪えつつ甲斐斗の方に向くようにその場に座りなおすと、両手を重ね甲斐斗に祈りを捧げはじめた。

「わ、わたじっ……甲斐斗様をっ……信じて、いま゛す……」

口から血を流しながらも、唯は澄んだ瞳で甲斐斗の方を向いて祈り続ける。

「必ず世界を……救ってっ、くださるから゛……」

後ろから近づいてくるERRORの足音が聞こえてくる、それでも唯は振り返りはしない。

真っ直ぐ甲斐斗だけを見つめ祈り続ける。

「……甲斐斗様に、出会え゛て……本当に……良かったです───」

視界から唯が消えた。

唯の後方から近づいていたERRORの巨大な口が唯を銜え飲み込むように掬い上げると、そのまま簡単に丸呑みしてしまう。

もはや唯に暴れる力も残っておらず、成す術もなくERRORに飲み込まれてしまった。

「……ゆ、い?」

名前を呼んでも無駄な事。

唯は死んだ。

唯は死んだ。

唯は死んだ。

唯は死───。

振り下ろされた一撃。

無様に倒れる魔神の真横に立つデルタ、その手には魔神が握り締めていたはずの黒き大剣が握り締められており、その剣先は魔神の背部を突き刺し操縦席のある胸部を貫いていた。

「お前も死んだ、これで……終わりだねぇっ」

エスペランサは大破、魔神は止めを刺され甲斐斗は自らの黒剣に殺される結果となった。

唯がERRORに殺され甲斐斗の心は崩壊し、黒剣の刃は肉体を貫く。

心と体を同時に破壊され、死を迎える甲斐斗。

世界は……一人の男の手によって終わりを迎えようとしていた。

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