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第165話 自己、欲望

───今、空の色は何色だろうか。

大地は血で染まり、巨大な肉の柱が聳え立ち、異様な空間に一体の化身が浮いている。

奇麗な青い空など、この状況を前にして全く頭に入ってこない。

地獄と呼べる戦場で甲斐斗が取った行動、それは最後の手段とも言えた。

戦艦の前に立っていた魔神が徐に右手を伸ばすと、あろうことか唯の居る司令室に向けて突き出したのだ。

司令室の壁を突き破り進入してきた魔神の手、周辺にいた兵士達など気にも留めず手が進入してくると、その指先を唯の前にまで伸ばした。

「唯ッ!そこは危険だ!俺と来い!!」

唯を守れるのは自分しかいない。そうなると、唯を守るには自分の側に置いておくしか方法はなかった。

もはやこの状況で戦艦の兵士全員を守ることなど不可能。

だとすれば一番大切な人を守りたいと思うのは当然の事だが、甲斐斗は今自分が異常な事をしている事に気付いていない。

「お前は絶対に俺が守るッ!だから俺と共に来るんだ!早く!」

司令室に手を伸ばされ、その衝撃で負傷した兵士達を見渡していく唯。

後に引けない甲斐斗の必死さが伝わってくるが、唯は首を小さく横に振った後、静かに話し始めた。

「甲斐斗様……私だけが皆を置いて逃げる訳にはいきません。今この戦場の指揮は私がとっています、お兄様に変わって私が皆様を先導しないと───」

「いいから黙ってさっさと来いッ!!逃げる訳じゃねえ、ただお前を安全な場所に避難させたいんだよ!その戦艦はもう長く持たないのは分かるだろ!?」

甲斐斗の言う通り、戦艦にはPlant態の触手の他にも人間に寄生するERRORまで進入してきている、更に艦の回りには異様な化物が増え始め、甲板を攀じ登りはじめていた。

「そうかもしれません。ですが……私は信じています」

こんな絶望的な状況になろうとも信じるものは変わらない。

唯は自分の胸に手を当てると、この状況下にも関わらず微かに笑みを浮かべた。

「甲斐斗様が、きっと世界を救ってくださる事を」

唯の言葉。自分を信用し、信頼してくれる唯の温かさと心強さに甲斐斗は何も言う事が出来なかった。

すると唯は通信機を使い全部隊に繋ぐと、指示を出し始める。

「全部隊に告げます、艦を放棄し脱出艇に乗り撤退を始めてください。まだ戦える者、そして機体が残っていれば全機出撃し脱出艇の護衛に当たってください」

それだけ言い残し唯は通信を切ると、甲斐斗に向かって小さく頭を下げた。

「私、お兄様に会ってきますね」

それだけ言い残し唯は司令室を出て行く、側にいた護衛の兵士達も銃を両手に唯の後ろについていくが、それを見た甲斐斗は再び声を荒げた。

「唯ッ!唯!?行くな!戻って来い!!唯!!」

何度呼びかけようとも唯が姿を見せる事はなく、魔神は力無く腕を引き抜くと、甲斐斗は両手で頭を抱えてしまう。

「駄目だ……駄目なんだよ……」

このままでは掛け替えのない大切な人、唯を失ってしまう。

今までの唯との記憶が鮮明に蘇り始める甲斐斗。自分と楽しそうに話してくれて、あの可愛らしい笑みを見せてくれた唯。

自分の事を神を崇めて力を貸してくれた事もあったが、力だけで人を見ず、甲斐斗と真剣に向き合い親しく接してくれた事を忘れた時は一度もない。

「嫌だ……お前を……失いたくない……」

抱き締められた温もりを忘れた事はない、自分の為に涙を流してくれる姿は今でも鮮明に覚えている。

もう一度唯の居る艦に手を伸ばそうとした魔神、だが見えない力で後ろに引っ張られていくと、強制的に後ろに振り向かされる。

目の前に立っていたのはアステルの乗るデルタが立っており、無様な甲斐斗の姿を堪能して上機嫌になっていた。

「良いね良いねぇッ!皆死ぬよ!?皆みぃぃいいいんな!お前の知ってる奴は皆ERRORに殺されるんだぁっ!」

敵を目前に大切な人を連れて逃げようとした男。そんな男の惨めな姿を見てアステルは心の底から笑い、欲求を満たしていく。

そんなアステルの言葉に甲斐斗は反撃しようと機体を動かそうとするが、デルタの強力な磁力により一切動く事が出来なかった。



───戦艦に響き渡る衝撃に、医務室のベッドで眠りについていた愁が目を覚ます。

「っ……あれ、俺は……」

眠るという行為が久しぶりの為愁は自分が今まで寝ていた事に若干気付くのが遅れるが、目元を擦り辺りを確認すると、右隣のベッドで寝ていた羅威も目を覚ましており、目を動かし辺りを見渡しながら口を開いた。

「誰もいない?……愁、艦内の様子を見てきてくれ」

「え?駄目だよ、羅威を一人に出来ない」

羅威が体を動かせない事を愁は知っている。

そんな羅威を一人置いて医務室を出る訳にもいかず、愁が羅威の元に近づこうとしたが、羅威は鋭い視線を愁に向けた。

「俺の事は気にするな。お前にしか出来ない事を優先しろ、今も助けを求めている仲間達がいるかもしれないだろ?分かったらさっさと行ってこい」

「でもっ……」

「行け、何度も言わせるな」

何度も見てきた羅威の瞳。

この目を見るたびに羅威の意思が揺るがないのは明白だという事を愁は知っている。

「……分かった。行ってくるよ」

羅威に説得され渋々医務室を後にする愁、このような状況だからこそ羅威の側にいたかったが、それは羅威にとって望ましくない事だった。

愁は人類にとって希望であり貴重な戦力。まだ戦えるのであれば一刻も早く戦場に戻るべきだろう。

守る為には力が必要、そしてその力で戦うしかない。守りたい人の側にいるだけでは、守れる命も守ることが出来なくなるのだから。

愁が通路に出ても人影は無く、先程の揺れは気のせいかと思った瞬間、突如けたたましい警報音が艦内に鳴り響き通路からは機関銃を持った兵士達が走ってくる。

「すいません!何があったんですか!?」

只事ではない状況なのは理解できたが、状況確認の為兵士を呼び止め事情を聞き始めると、兵士は愁に気付き足を止め現状を説明しだした。

「ERRORが艦内に侵入しようとしてる!おまけにPlant態の触手により艦は拘束されてやがる。クソッ、あいつさえ現れなければ上手くいっていたのに……!」

「あいつ……?」

「あのNFの化物、デルタだよ!あいつがまた戦場に来て俺達の邪魔をしているんだ。ERRORの親玉を倒してくれたかと思えば急にまた俺達を襲いやがって……甲斐斗の乗る特機もまるで歯が立たねえし……!」

ERRORの親玉と言われ、それがセレナと名乗っていた女性だという事は直ぐに理解できた。

「あのセレナと名乗った女性は死んだみたいですね。しかし、それでもERRORは動きを止めていない……それに甲斐斗さんが苦戦を?……大体分かりました、ありがとうございます」

状況を確認した上で愁は再び戦場に出られるかアギトの様子を見るべく格納庫に向かい走り始める。

医務室に残された羅威は艦内で警報音が鳴っているのは分かるが自分ではどうする事も出来ないので誰かが部屋に戻ってくるのを静かに待っていると、突如羅威が寝ている方から右側のベッドから聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。

カーテンで遮られており姿は見えなかいが、羅威は直ぐにその女性の声が誰なのか理解できた。

「むにゃっ!にゃにごと!?」

寝起きでまだ呂律が回っておらず、慌しくカーテンを開けパイロットスーツを着たままのエリルが姿を表すと、ここが何処だか分からず半開きの眼で辺りを見渡している。どうやら艦内に鳴り響く警報音に驚き飛び起きたようだ。

「エリル?お前も医務室に運ばれていたのか。元気そうでなによりだが……」

「羅威!?良かった!羅威も無事みたいね!」

羅威の姿を見た途端嬉しそうにエリルが近づくと、隣のベッドのシーツが捲れており、先程まで誰かが寝ていた事に気付いた。

「ついさっきまで愁もいたんだけどな、艦内で何かあったみたいだから様子を見に行ってる」

「愁も無事なのね!良かった……あれ、羅威は行かないの?」

「っ……俺か?俺はちょっとな。まだ体調が良くなくて……」

エリルの問いに咄嗟に嘘を吐いてしまう羅威はそう言って視線をエリルから逸らしてしまう。

本当の事を伝えても良かったのだが、余計な心配を掛けてしまう為せめてこの戦いを無事に終えてから伝えようと思っていた。

「そうなの?大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込んでくるエリルに、羅威は悟られないよう平静を装いエリルと目を合わせた後、視線を扉の方へと向けた。

「俺は大丈夫だ、それよりお前も艦内の様子を確かめにいってくれないか?」

「それもそうね……分かった!私も行ってくるね!」

そう言って元気良くエリルは医務室から出て行くと、医務室には羅威一人となってしまう。

相変わらず警報音は鳴り響いており、羅威はベッドに横たわりながらふと違和感を感じた。

「アリス……何処に行ったんだ……?」

先程からアリスの姿が見えない。

本来医務室にはアリスがいるはず、それに意識不明の人達を残して部屋を空けるのには少し長過ぎるような気がしていた。



───格納庫に向かっている愁、度々銃を持った兵士達を擦れ違うが、どの兵士達も向かう場所が其々分かれており、至る場所から激しい銃声が聞こえてくる。

どうやら複数のERRORが艦内に侵入しているらしく、愁は足早に格納庫へと向かう通路を走っていると、天井を突き破り一体のERRORが姿を表した。

「っ!?」

それはPerson態でもHuman態でもない、何人もの人間が混ざったような見たこともないERRORだった。

頭と思われる所には無数の眼球が埋め込まれており、大きさの違う足をバタバタと動かし近づいてくる姿はまるで蜘蛛のような動きだった。

体の至る所からは血を流し、頭と思われる場所が巨大な口を開けると、赤い液体を吐き飛ばす。

ERRORの動きを見ていた愁は狭い通路にも関わらずその液体を瞬時に避けると、自らも走りERRORに近づきはじめた。

そして肉塊から無数に生える腕の攻撃を避け、擦れ違い様に片手でERRORの頭を掴み捻じ切ってみせる。

ERRORは頭を捥がれ手足をバタバタと動かした後力尽き死んでしまうが、愁はERRORではなく自分の手を見つめていた。

前々から自分の体の様子がおかしい事は分かっていたが、恐らく誰が見ても真似できないであろう先程の人間離れした動きに、自分がもうただの人間ではない事をハッキリと気付かされる。

だがこの力を恐れはしない。世界を守る為にも愁はこの力を信じて戦い抜く事を決めている。

「……急がないと!」

立ち止まっている暇はない。格納庫までの道のりは残り僅か、愁は止めていた足を再び走らせる。

そして格納庫の入り口にまで来た直後、目の前を火炎が過り愁は直ぐに足を止めた。

火炎放射器を持った兵士達が横に並び、ERRORである赤い蛭の大群を焼き払っていたのだ。

更に通路で見たERRORと同じ姿形をしたERRORも至る所に出来ており、格納庫にいた兵士達は全員武装してERRORの迎撃を行っていた。

「ここにもERRORが───っ!」

格納庫の隅で佇むアギトが愁の視界に入る。直ぐ様アギトの元に駆けつけるが、その走る速度は既に人を超えていた。

ERRORとの戦いに夢中の兵士達。一瞬目の前を何かが過ったのは分かったが、その速さに故に何が過ったかすら分からない程であり、肝心の愁は自分の速さに気づいておらず素早くアギトに乗り込むと機体の起動させた。

両腕を捥がれていたアギト。しかし自己再生能力により既に肩と腕が復元されている状態にまで回復しており、残るは拳のみとなっている。

「それでも……行くしかないッ!」

完全に復活していないものの、このまま黙って残るわけ訳にはいかない。

戦場の状況を確かめる為にも愁はアギトを発進させようとした時、突如ハッチに無数の穴が空き始めると、次々に無数のERRORが穴を抉じ開け雪崩れ込んでくる。

格納庫には雨のようにERRORが降り注ぎ、瞬く間に人間を侵食し殺害していくのを見て、愁は脳裏に羅威の姿が過るものの、今ここで機体を降りる訳にもいかず無理やり機体を発進させた。

出撃用の扉をERROR諸共打ち破り艦の外に出る事に成功する愁、そこで始めて知る戦場の状況に、思わず息を呑んだ。

戦場を覆いつくす程の人間とERRORが溢れかえっており、大地が赤く染まっている。

囲うように生い茂っていた木々も全て血肉へと変わり、艦隊には無数のERRORが張り付いていた。

変わり果ててしまった戦場。その戦場の中心で一体の黒い機体『デルタ』が、手足を切断された魔神の頭部を鷲掴み持ち上げている。

「甲斐斗さん!?クソッ!まずはあの機体を止めないと───ッ!」

両腕は使えないが、何としても甲斐斗を助けようと機体を動かそうとした時、突如甲斐斗から通信が繋がると、そこには頭から血を流す甲斐斗の映像が映し出された。

「愁!お前は今すぐ唯を連れて逃げろ!!」

「逃げろって……それでは甲斐斗さんが……!」

「俺はどうなってもいい!だから早く───」

甲斐斗との通信が途絶える、気付けばデルタは魔神の胴体を地面へと叩き落としていた。

地面に叩きつけられた無様な魔神などデルタには眼中に無く、戦艦から出てきたアギトに興味を示すかのようにじっと見つめている。

だが瞬き一つでデルタは視界から消え、もう一度瞬きをすれば、遥か上空へとアギトが投げ飛ばされているのを愁は知る。

「そんなっ!?」

空中でアギトの体勢を立て直そうとするが、デルタは間髪を容れずアギトを地上に向けて叩き落とすと、魔神が倒れている場所に向かって落ちてしまう。

ERRORを無双してきた人類の希望を弄ぶようにアステルは二人を痛めつける、全ては自分と同じ大切な者を失わせる為。

「うひゃひゃひゃひゃ!弱い弱いぃ!そんなんじゃ死ぬよ?皆死ぬよ?ERRORに殺されるよ?うぎゃひゃひゃひゃッ!」

世界は終焉に向けて加速し続ける。

兵士達は次々にERRORに殺され、侵食されていく。

艦内にいた兵士達も次々に命を落とし、艦隊はERRORに飲み込まれていく。

この惨劇は、もう誰にも止められはしなかった。

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