第161話 鋼、決意
───人類は遂にERRORの特機アルムズの破壊に成功した。
これでERRORの残りの特機は『テスタス』だけとなったが、アルムズと交戦していた兵士達は皆命を落とす結果になった。
最後の一人になっても尚戦い続けたロアもまたその短い人生に終わりを迎えてしまう。
ダンとロアの死は戦場で戦っていた者達に大きな動揺を与えていた。
ロアの死体を抱き締める龍を見つめる甲斐斗は怒りで拳を握り悔しさで俯いてしまう。
「……なに死んでんだよ、馬鹿野郎がッ……勝つなら生きろよ!!」
言葉ではそう言うものの、甲斐斗はロアが死ぬ可能性も少なからず考えていた。
相手はあのアルムズ、幾ら自分の剣を貸し、妨害工作が成功したとしても、あのアルムズに勝てるという保証はどこにもなかったのだから。
「俺には言えねえよ……お前は言ってほしいかもしれねえけど。『よくやった』なんて、俺には言えねえ……お前は、お前の為に戦ったんだからな……」
甲斐斗と同様に、テスタスと交戦中の羅威と愁にも波紋が広がっていた。
巨大な爆発に愁がアギトの首を音のした方に向けると、そこには大和の残骸が散らばっており、それがロアの死を意味する事だと直ぐに理解できた。
「ロアッ!?そんな……くっ……!」
やはりロアを戦場に出したのは余りにも早すぎたのかもしれない。
この結果を見てしまえば今更でもそんな事を考えてしまう。
だが今の愁に他人の心配が出来るほど甘い状況ではなかった。
後ろに振り向いているアギトの背後に現れるERROR『テスタス』。
その両手に持つ鉄槌の内、一つを高らかに振り上げると、アギト目掛け一瞬で振り下ろす。
だが、振り下ろす鉄槌の速さを上回る速度で一機の機体『神威』が横から割り込んでくると、アギトを腕を引き瞬時にその場から動き攻撃を避けた。
「愁ッ!余所見をするな、俺達の戦いはまだ終わっていない」
「ご、ごめん……。助かったよ、ありがとう。羅威」
ロアの死が余程ショックなのだろう、愁の声から少し力が抜けていたが、いつまでもロアの死を引き摺り動揺していては戦いに支障をきたす為、愁は深呼吸をしながら心を落ち着けていく。
動揺しているのは愁だけではない、羅威もまたロア、そしてダンの死に動揺していた。
(まさかダンも死ぬとはな……あいつなら大丈夫だと思っていたが、それ程までERRORが強かったのか……)
BNの兵士になった時からダンの事をよく知っていた羅威にとってダンの死は予想外だった。
数多の戦場でいつも紳の側で戦い生き残ってきた男。実力は紳と同等、或いはそれ以上のはず。
一体どんな相手と戦っていたのかは分からないが、空全体を覆う魔法を使っていたのだけは確認できた。
(魔法陣からの雷……空を覆ったあの魔法がERRORの力だとすれば、今戦っているこのERRORにも何か能力があるという事か……?)
未だに傷一つ付ける事の出来ない『テスタス』、それは単純に硬いからだけではない。
鉄槌を振る速度は突風を吹き起こす程速く、中々間合いに入れない。
テスタスの握る鉄槌に何度か神威のプラズマを当て、アギトの拳をぶつけたものの鉄槌を破壊する事は不可能。それ所かまともに鉄槌を殴ればその硬度に機体が耐え切れず自機が損傷すら仕兼ねないのだから。
───東部軍事基地で大和とアルムズの戦いを見守っていた神楽達だったが、大和が破壊された映像を見つめていた赤城は涙を零すと、気を失いベッドの上で倒れてしまう。
もはや泣き叫ぶ気力もなければ絶望する程の感情すら抱けない。ほんの一欠けらの理性も、大和が破壊された事により跡形も無く消滅してしまった。
「赤ちゃん……」
再び夢の世界に行ってしまった赤城の寝顔を寂しそうに見つめる神楽、心配して赤城の頭を優しく撫でていく。ミシェルも赤城が心配で寂しそうに顔を覗き込んでいるが、ただ一人アビアだけは平然とした表情で赤城達を見ていた。
「直ぐだよ」
アビアの言葉に振り返る神楽。するとアビアは神楽の目の前にまで迫って来ており、顔を近づけ再び呟く。
「貴方も直ぐにこうなる」
アビアの澄んだ瞳はまるで神楽の全てを見通すかのような眼差しをしていたが、神楽はたじろぐ事なく見つめ返していた。
「そうね、それがどうかしたの?」
決して強情などではない。そう感じさせる神楽の言い方にアビアは何も言えず、神楽は言葉を続けていく。
「私だって人間だもの。時には傷付いて立ち直れなくなる事だってあるわ。今の赤ちゃんのようにね……」
嘗て、武蔵の死に耐え切れず自暴自棄になっていた頃を思い出す神楽。
今まで生きてきて絶望や苦悩が無かった事などない、それこそ数え切れない程の絶望に襲われてきた。
赤城だってそう。家族を失い、仲間を失い、愛する人を失った。
絶望の日々を生き抜いてきた二人だが、こうして今を生きている。
「それでいいじゃない。時には泣いて、時には笑う。それが人よ、平気な振りして強がるほうが私にはよっぽど哀れに見えるわ」
まるでその哀れな人間がアビアだと言うかのような神楽の言葉に、アビアもまた平然とした表情をしたまま神楽と見詰め合う。
険悪な雰囲気にミシェルは少し慌てながら二人の顔を交互に見ていると、先に視線を逸らしのはアビアの方だった。
「……どうでもいいや」
それだけ言い残し医務室から出て行こうとするアビアだったが、ふと足を止め右手から青白く光るナイフを作り出すと、そのナイフを手に赤城の元に近づいていく。
ベッドの上で気を失い寝息を立てる赤城の胸元にその青白いナイフを静かに置くと、一瞬だけ神楽と視線を合わせた後、足早に医務室から出て行ってしまう。
アビアが去った後、神楽は机の上に置いていたノートパソコンから様々な情報を確認していく。
突き刺されたコンピューターには、未だにアビアが残した機体のデータやレジスタルについての記録が残されており、神楽の興味を引く情報が数多く記されていた。
(レジスタルと機体の関連性、それに制御の仕方まで……ここに書かれている事が本当なら、あの『魔石』を制御する事だって夢じゃない……あのアビアって子、まさかとは思うけどわざと私にこの情報を……?)
アビアの真意は分からないが、神楽にとって有益な情報が手に入ったのは事実。
それも人類がERRORに勝つ為の手助けとなる有力な情報だ。
「やるしかないわね……」
そう言って椅子に座りノートパソコンを使い神楽はあるプログラムを組み立てていこうとしたが、アビアが残していった青白く光るナイフが気になりふと目を向けた。
何故アビアがこのナイフを置いて去ったのか……恐る恐るナイフを手に取ってみるが、特に何かが起こる様子もない。
その時、ふとこのナイフをアビアがどのように使っているのかを思い出した。
(もしかしてこのナイフ……)
特に考えもせず、なんとなくナイフの刃先を赤城に向け胸元に近づけてみる神楽。
その刃先が赤城の胸元に触れた瞬間、突如ナイフから眩い閃光が溢れ、光りが神楽を包み込んでしまっ
た。
───戦場でロアの亡骸を抱える龍。両翼を羽ばたかせ浮上すると、再び自分が乗っていた戦艦の方に向かって飛び立ち始める。
腹部はロアの血で赤く染まっており、格納庫に入るや否やロアの亡骸を優しく床に置くと、再び格納庫から羽ばたき出ると、甲板の上に座り始めた。
龍の視線の先には戦艦を守る為に戦い続ける甲斐斗の乗る魔神が立っており、その視線を感じた甲斐斗は不思議に思い後ろに振り返る。
ロアの戦いを見守る為に甲板の上に出てきたのは知っていたが、ロアの戦いを見終えた龍が何故今も尚甲板の上に残ろうとするのか理由が分からない。
「なんだ、あの龍……。おい、そこにいたら危険だろ。早く格納庫に───ッて!?」
声をかけようと龍の方向に向かおうとした甲斐斗だったが、戦艦の司令室目掛け一つの巨大な固まりが向かってくるのが見えると、瞬時に黒剣を手元に呼び戻し剣を構えた。
一瞬では何が向かってくるのか分からなかったが、近づくにつれてハッキリと見えるその物体の姿に甲斐斗はようやく気付く事が出来た。
「あのERRORの鉄槌じゃねえかッ!?」
ERRORの特機、テスタスが握っている二つのうち、一つの鉄槌が戦艦目掛け投げられていたのだ。
その事に要約気付いた甲斐斗は魔神を戦艦の前に立たせ鉄槌を切り落とそうと黒剣を振り上げるが、その瞬間通信機から愁の声が響き渡った。
「駄目です甲斐斗さん!その鉄槌は破壊できません!防御をしてください!」
「ん?そう言われると余計にぶっ壊したくなるな。安心しろ俺の黒剣に斬れないモノなんて……」
「その鉄槌の軌道はアギトで殴っても変えられない程強力です!まともに受ければ機体をバラバラにされますよ!?」
「……マジかよッ!」
あのアギトの拳でさえ軌道を変えられなかった。だとすればこの鉄槌は今、どれ程強力な力で向かってくるのかなど検討がつく。
振り上げていた剣を構え直し、向かってきた鉄槌を受け止める魔神。
「重ッ───!」
だが鉄槌の勢いは全く衰える事がなく、魔神を押しながら戦艦に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
地面に踏み止まろうとするが、魔神の足は地面を抉りながら強引に押されてしまい全く止める事が出来ない。
「おいおい何なんだよこの馬鹿力は!?」
予想を遥かに上回る力に甲斐斗は困惑してしまう。あのERRORの特機『ロウリン』の巨体を難なく剣で弾き飛ばしていた魔神だったが、この鉄槌の重量と力はその比ではなかった。
(マズイッ、このままだと俺ごと艦に直撃してしまう……!)
もはや鉄槌を止める事は不可能。せめて剣で弾き軌道を変える事が出来れば良いが、鉄槌は魔神の力でもビクともせず、全く軌道を変える事が出来ない。
艦の直撃は免れない為、せめて唯の入る司令室から逸らそうとした時、突如艦の前方に高密度な魔方陣が発生すると、向かってくる鉄槌を魔神諸共を受け止めてしまう。
一体自分の身に何が起きたのか、訳も分からず甲斐斗はとりあえず勢いを失った鉄槌を剣で弾き飛ばすと、後ろに振り向き展開された魔法陣を見つめていた。
「魔法、だと……?」
それもかなり高度な魔法、相当の技術がなければこれ程の魔法陣は描けない。
魔法の熟練者である甲斐斗だからこそ一目で理解できたが、これ程の魔法陣を描ける人間などこの戦場にはいない。
入るのはただ一体の龍、それだけだ。
甲板の上に立ち、両翼を広げ背部に光り輝く魔方陣を発生させている龍、その陣の形は艦の前方に現れた魔法陣と全く同じ形状をしていた。
「お前、魔法が使えたのか」
初めて龍が魔法を使う光景を見て、甲斐斗は鋭い目つきで龍を見つめていく。
嫌でも様々な思考が交差していく、たしかに龍のお陰で艦は守られた。だが、今まで魔法を使う所など一度も見せた事がなかった龍が、何故今になって魔法を使い始めたのかが分からない。
魔力の回復を制限されている為か?だとしても、今これ程の力を発揮出来るのであれば、あの時ロアを助ける事も出来たのではないか───?
「助けてくれた事には感謝する。が……なんか素直に喜べないんだよなぁ……。目的は何だ、答えろ」
今、この龍が何を思い、何の為に行動しているのか……見極める必要があった。
ただ単に人類の為に行動した。という答えが帰ってくる事はないと、少なからず甲斐斗は思っている。
龍の答えを待つ甲斐斗。すると突如頭の中に直接声が聞こえはじめた。
『抗って見せろ、『最強』と呼ばれる弱き者よ。我はその力を確かめたい』
「弱っ……まぁいい、それより力を確かめるだと?随分と上から目線だな。ってか、念話が使えるのならもっと早く話す事も出来ただろ。何故今になって話し始めたんだ」
弱き者と言われ納得のいかない甲斐斗だが、一々ここでつっかかっても面倒なので強引に会話を進めていく。
『我々龍にとって約束は契約と同等の存在、絶対なるモノ。……だが、我は約束を終えた。故に此れから先は我の自由』
「いまいち答えになってないような……約束って何だよ。それにお前が自由になった理由は、ロアの死が関係するのか?」
『……我に力を見せよ。ここから生きて帰る事が出来た時、全てを語ろう……』
龍の真意は未だ不明、それに結局肝心な所が聞けず少し不満気な甲斐斗だが、要は当初の目的通りこのEDPでERRORに勝利すればいいだけの事なのでこれ以上の追求はやめる事にした。
「力ねぇ、分かった。このEDPでERRORを皆殺しにした後、ゆっくり聞かせてもらうぜ?」
『汝が、生きていればな』
「言ってくれるじゃねえか」
一見すれば龍の素っ気無い一言はただの冗談にも聞こえたが、ERRORを知る龍にとってその言葉こそ真意であり、決して軽はずみに出た言葉ではない事を……甲斐斗は言葉に出さずとも理解し、立ち向かってくるERRORに向けて剣を構え直した。