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第159話 普遍、志

───「ダンさんっ!!」

叫んだ所でロアの声が届く事はない。

アルムズのライフルから放たれた弾丸は黒利の操縦席を貫くと、機体は力無く横たわり爆発を起こす。

その爆風を浴びアルムズの纏っているマントが靡くと、全身の模様が神々しく光りを帯びていた。

黒利の爆発を起こした場所は残骸が散乱し辺りに火を纏った破片が散らばるが、まるでアルムズはその光景に満足するかのように辺りを見渡すと構えていたライフルを下ろしてしまう。

まるで大和など眼中に無いかのように───。

「ッ……!」

アルムズの様子を見てロアは歯軋りを立てて悔しがる、それは単にアルムズの態度を見てではなかった。

敵に恐れをなし、仲間が戦っているにも関わらず動けなかった自分に苛立ち、悔しさで涙を零してしまう。

全身を震わすこの感情は怒りか、恐れか。それとも別の何かなのか……ロアには自分の内から湧き上がる感情を理解できない。

『ロア、下がれ』

ロアは甲斐斗の声が聞こえてきて初めて気付いたが、既に通信が繋がれモニターに甲斐斗の姿が映し出されていた。

「甲斐斗さん、僕はっ……」

『何も言うな。別にお前が悪い訳じゃねえ、相手が悪すぎる』

アルムズと戦う事になった事が不運だった。そう言うかのような甲斐斗の言葉だが、それは間違いではない。

他の特機の能力をコピーするだけでなく、より強力に改良して使用。

更に魔法を扱い全体攻撃やDoll態の転送まで可能。

アルムズに不可能ない。そう思わせる程の存在となり、甲斐斗は危機感を感じていた。

『俺が戦う。お前は艦の護衛を頼むぞ』

今まで前線に出なかった甲斐斗が初めて艦の護衛を人に任せ、自らが戦う事を告げる。

それは甲斐斗にとって本意ではないが、仕方の無い事だった。

今、この戦場でアルムズに対抗出来るのは甲斐斗しかいない。

それに艦の護衛を最優先するという事は、すなわちアルムズと必然的に戦わなければならないのだから。

「嫌です」

『ああ……は?』

剣を肩に乗せ戦艦の上から跳ぼうとした魔神だったが、ロアの言葉を聞き踏み込んだまま動きを止めてしまう。

『お前、今なんて言った?』

それは操縦席に座る甲斐とも同じであり、ロアの言った言葉に固まっていると首を傾げて聞き直した。

「僕が、あのERRORと戦います……だから甲斐斗さんは艦の護衛を続けてください」

ロアがどれだけ無謀な事を言っているのか、それはロア自身が一番よく分かっているはず。

甲斐斗もそれを理解している為、何故そのような言葉をロアが言い出したのかが分からない。

それに。……弱者。戦場で動けなった兵士。戦えなかった戦力が、今更戦うと言い出した所でふざけている。

圧倒的力を見せ付けられそれでもまだ戦うと言えるのは勇気でも信念でもなく、無謀としか言えない。

『理由は何だ。戦場で動けなかった自分に腹が立ったからか?それともダンを見殺しにしてしまった責任?仇を討つ為?それとも、ただの意地か?』

「僕はあのERRORに勝つ事を、諦めていないからです」

戦う意思。それは怒りでもなければ恐怖でもなく使命でもない。

仇を討つ為でも、世界の為でも、人の為でも、友の為でもない。

「僕は生きたい。そして生きるにはあのERRORに勝つしかない。生きる為に、僕は戦います」

それは自分の為。この世界で生きていく為、彼は戦う。それこそが本心、そしてこの心はこの戦いを通し生まれたもの。

生きる為に逃げ続けた日々、それは一時の時間稼ぎに過ぎず、死という絶対からは決して逃げられない。

「皆の分まで僕は生きていく……絶対に諦めません゛。だからっ……!」

真っ直ぐな視線で甲斐斗を見つめ続けるロアの目から止め処なく涙が零れ落ちていく。

言葉ではそう言いつつも、ロアの心では様々な感情が交差しているに違いない。

だがロアは自分の答えを出した。生きる事、戦う事を、この少年は選んだのだ。

そんなロアの姿を見つめ続ける甲斐斗の心は、不思議と落ち着いていた。

熱い思いはたしかに伝わった。覚悟も、信念も、勇気も、恐怖も、怒りも、全て。

……だが。実際にロアをアルムズと戦わせて、本当に良いのか?

勝てるのか?人類が束になってかかっても、傷一つ負わす事の出来なかったあのアルムズを。

ダンでさえ勝てなかった相手に、Dシリーズの操縦経験の浅いロアが、本当に勝てるのか……?

それとも。勝てる見込みが少ないとわかっていて戦わせる事が正しいのか?

いや、決して正しくはない。……が、ロアの気持ちを汲み取るのなら、戦わせる事を選ばざるをえない?

しかし、これ以上仲間の死を見たくない。もう誰も失いたくない。

甲斐斗は以前のEDPの時、葵とエコをERRORの巣に向かうのを止めなかった。

あの時の判断の結果、地下のELB設置は成功し巣を破壊する事が出来たが、二人は死んだ。

もし、あの時引き止めていれば二人の命を救えたのではないか……?

そんな事を考え出したらキリがないのは分かっている、だが嫌でも考えてしまうのが人間だ。

未だに後悔している、未だに苦悩している。大切なモノを失う時はいつだってそう。

全て、自分が非力なせいなのだから───。

「僕に戦わせてください!甲斐斗さんッ!」

『……涙を拭け。これから戦うってのにそれじゃ前がよく見えないだろ』

「っ!───はい゛ッ!」

この戦いの行く末、結末がどうなろうとも、甲斐斗の下した選択が正しいのかどうかなど誰にも決める事は出来ない。

涙を拭い熱い眼差しが再び甲斐斗に向けられる。

すると甲斐斗は、先程のような高圧的な喋り方から一変し、どこか寂しげで優しい口調になり、落ち着いた様子で話しはじめた。

『俺も……俺もな、自分の為に戦ってる。世界の為とか、人の為とか、色々と理由は付けれるけど。結局それって全部自分の為なんだよ。自分が苦しみたくない、傷つきたくないって……。人ってのはそれで良いと思う。結果的にそれが何かの、誰かの為にもなるし。自分の為にもなる、上手い事世界は回るもんだ』

語り始める甲斐斗、魔神は甲板からゆっくり降り静かにある場所へと歩いていく。

『だから俺はお前を止めれない。お前の人生、自分の為に好きにすればいい。でも、これだけは忘れるなよ』

魔神の足が止まった場所、そこには黒利が首に巻いていたあの紅いスカーフ、そして一丁のリボルバーが落ちていた。

屈んでリボルバーとスカーフを拾い上げると、魔神は手に持っている黒剣の柄にリボルバーをスカーフで縛りつけ、剣を力強く放り投げた。

投げられた剣は回転しながら宙を飛び、そして大和の目の前に突き刺さる。

地面に突き刺さった一本の黒き大剣、柄には結ばれた紅いスカーフが風に靡いている。

その剣が意味すること───それをロアは深く心に刻み込んだ。

『お前は一人じゃない』

思いと共に託された黒剣。

この剣が、甲斐斗にとってどれほどの『重み』なのかを、剣士であるロアは知っている。

甲斐斗も、もう迷ってなどいない。本気だからこそ己の使う最強の武器、そして命とも言える黒剣をロアに託したのだ。

「はいッ!」

大和が眼を光らせると、突き刺さる黒剣を掴み大地から引き抜いてみせる。

力強く握り締られたその黒き大剣を構え、アルムズとの最後の決戦に挑もうとした時、通信が繋がりモニターに煙草を加えた神楽が映し出される。

『完成したわよ、対ERROR用ジャミングプログラム。僅かな時間かもしれないけど、これを使えばあの特機の力を抑えられるはずよ』

その言葉を聞いた甲斐斗は驚き一瞬嬉しそうな表情になったが、少し考えた後どこか不安げな表情になってしまう。

『お前の腕は信用しているが、あのERROR相手に本当に効くのか心配だな。大丈夫なんだろうな?』

そんな甲斐斗の質問に答えたのは、意外にも神楽ではなくモニターに顔を覗かせるアビアだった。

『大丈夫だよ~。だってアビアが協力したもーん』

『なっ、アビアがか!?』

『そだよー』

ニコニコと笑顔を見せながらVサインをしてくるアビアの横で、神楽は呆れたような顔をしていたが、軽く咳払いした後再び話し始める。

『この子の持っている特機やレジスタルの知識と情報を少し分けてもらったの。効果は保障するわ』

アビアが持つ情報量。それは神楽だけでなく、人類にとって宝の山だった。

アビアの魔法で作った青白いナイフを神楽の操作するコンピューターに突き刺すだけで、神楽が欲するデータを表示し、スパコンを凌駕する程の演算の早さで解析を可能にしてしまう。


───アビアの協力に一番驚いたのは甲斐斗ではなく神楽だった。

ダン達との通信を終えた後、急いで作業に取り掛かる神楽。するとその話しを聞いていたミシェルがアビアに協力してもらえばいいと神楽に提案したのだった。

ミシェルの提案を聞き、最初は協力など絶対にしてもらえないと神楽は思っていたが、強く訴えかけるミシェルを見て渋々アビアと話しをすることにした。

医務室を出た後、アビアは一人神楽の部屋にあるリビングのソファに座っていた。

何かをしている訳でもなく、両肩を力無く下げ、ぼーっと上を向いたままのアビア。

神楽が来た事に気付いても特に話しかける様子もなく、一人の退屈な時間を過ごしていた。

「貴方の持ってる力……いえ、知識を貸してもらえないかしら?」

あくまでも上から目線の神楽、プライドが高く元々アビアに協力などしてもらえるとも思っていない為、その言葉を言った後すぐに医務室に戻ろうとした。

だが意外な事に、アビアは神楽の言葉を聞いてソファから立ち上がると、満面の笑みで承諾したのだった。

「いいよ。アビアが協力してあげる。だって貴方───」

その言葉に耳を疑う神楽、後ろに振り向きアビアを見ようとしたが、アビアは足早に歩き神楽の横を通り過ぎていく。

「とっても可愛そうだもん」

ただ一言、耳元で囁いて。


───『アビア、協力してくれてありがとな』

『えへへ~』

甲斐斗にお礼を言われ照れるアビア、顔をカメラに近づけ満面の笑みでモニターの半分を占めるが、神楽は気にせずそのまま話し続ける。

『分かってるわね?この絶好のチャンスを必ず活かすのよ』

「はい!神楽さん、アビアさん。ありがとうございます!」

全ての準備は整った。

戦いはまだ、終わっていない。

何故ならロアは絶望などしておらず、生きる希望を胸に秘めているからだ。

戦艦に立ち、大和の後ろ姿を見つめる甲斐斗。自然と大和の背中が大きく見えてくる。

戦場に出てこの短い間にロアは確実に成長した。それはスキルでも知識でも力でもない。

人が行動を起こす為、生きていく為に最も必要とされる『心』。

その心を胸にロアは、アルムズとの決着をつけるべく最後の決戦に挑んだ。

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