第152話 蹂躙、希少
───ERRORの特機パヴネアを破壊し、残るERRORの特機の数が3機となった。
たしかにERRORの特機の数を減らせたが人類の払った代償は大きく、NFの空戦部隊は壊滅、あのムラギナを操縦する菊さえも命を落とす結果となってしまう。
それはERRORの特機『ロウリン』と戦っていた騎佐久にも直ぐに情報が入ってきた。
「そうか、菊達が……分かった」
『ロウリン』との戦いで上空の戦闘に意識していなかった騎佐久、ふと空を見上げればそこにはもうERRORもNFの機体も飛んでない奇麗な青空が広がっていた。
「まさか俺より君が先に死ぬなんて。全く、嫌になる」
恐らく今、武蔵が抜けたNFで最強だったのは菊だったであろう。
そんな彼女ならきっとこの戦場でも生き抜いてみせると思っていたが……。
「騎佐久、来るぞ」
紳の声を聞いても騎佐久は機体の顔を空に向けたまま機体を止めており、目の前からは二本の足を高速に動かし鋭い両腕の剣を突き立てる『ロウリン』が迫ってきていた。
既にこの二人の戦場には我雲の残骸が幾つも散らばっており、『ロウリン』の相手が出来るのは特機である白義とアバルロの二機しかいなかった。
目前にまで迫り来るロウリン、すると突如アバルロの前に左右から2台ずつガトリング砲から放たれる青白いレーザー弾が飛び交い弾幕の壁を作り出すと、ロウリンは簡単に弾幕の壁の前で踏み止まり高速で後ろに跳び後退していく。
「なぁに、仲間の死を労しく思う振りしてわざと隙を作ったのさ。ま、失敗に終わったけど」
騎佐久は自分の顔から哀しげな表情を消すと、前方にいるアバルロを睨みつけ、引き金をひいた。
アバルロの両肩と両腕に装備されているガトリング砲で狙い撃つものの、その弾丸の嵐の中一発も当たらずロウリンは回避していく。
「軽く十万発は撃っている訳だが一発も当たらない。俺の腕が悪いのかな?」
敵機ロウリンは素早いだけでなく動きも読み辛く、白義とアバルロ、更に回りにいる我雲やギフツの攻撃
を全て回避しており未だに一発の弾丸も命中していなかった。
「奴が動いている時に何発撃った所で当てる事は不可能だろうな。俺が奴の機動力を削ぐ、その為には貴様の援護が必要だ。俺に構わず撃ち続けろ」
「おいおい、援護って言ったって限界があるのは分かるだろ?あれだけ敵が素早いんだ、下手をすればお前が蜂の巣になるけど。それでもいいのかい?」
アバルロの重火器用フェアリーである自立式ガトリング砲4台、更にアバルロの両肩と両腕に付いてあるガトリング砲から放たれる弾幕はギフツの1個小隊を上回る程の火力と弾数であり、その集中砲火を見てもなお紳がそのような無謀な事を言うなど騎佐久は思ってもいなかった。
ERRORの特機だからこそあれ程の弾幕を避けられているというのに、その中に白義が入ればどうなるのか……一瞬の油断、一瞬のミスで命は絶たれ機体がスクラップにされるのは言うまでもない。
「構わん。行くぞ」
だがこの男、風霧紳はそれを本当に理解しているのかと思わせる程に冷静な面持ちでそう答えると、双剣を構えた白義が敵機ロウリンの元に向かっていく。
そんな無謀とも言える特攻を見ていた騎佐久は軽く笑ってしまった。
揺ぎ無い自信、そしてあの熱い闘志を秘めた瞳。これがBNの総司令官、風霧紳という男なのか。
そう思いながら騎佐久はアバルロの武装と固定砲台を全て敵機ロウリンに向ける。
「『構わん』って……カッコイイ事言ってくれるじゃないか。その勇姿、無駄にするなよ」
今は紳を信じるしかない。騎佐久は引き金を引き全てのガトリング砲をロウリンに向けて撃ち始める。
白義の背後からは次々にアバルロの放つ青白いレーザーが擦れ違っていくが、紳は決して振り返ることなく前方にいるロウリンに接近していく。
「冷や冷やさせてくれるなぁ……ッ」
信じはしたがその様を見ていると思わず動揺してしまう騎佐久。
弾幕を避け続けるロウリンの先の動きを読み白義が双剣を振り下ろしロウリンと剣を交えていく。
未だにロウリンに攻撃を受け止めさせたのは白義だけであり、他の機体が振り下ろした剣などロウリンに触れる間もなく破壊されていた。
(流石はDシリーズ白兵戦最強と言われていた武蔵と互角に渡り合っていた男だな。だが、そんな男でさえあのERRORに苦戦している。あのロウリンと呼ばれていたERRORの特機、早々に方を付けないとまずいな……)
白義とロウリンの戦いを見ていた騎佐久が焦るのも無理はない。
ERRORの特機『ロウリン』の異常な回避能力と再生能力。今はまだ白義の損傷は無くアバルロの損傷も少ないが、あのERRORを前にいつまで二体の機体が耐え続けられるのか時間の問題だった。
短期決戦に持ち込むしかない、だからこそ紳が無茶な特攻をしたのも納得いく。
敵機ロウリンは両腕を下げ肩の力を抜きながら左右に動き弾幕を避け続け、白義が隙を狙って高速に振り下ろした双剣をいとも簡単に両腕の剣で弾き返すと、白義の懐に蹴りを入れ空高く跳躍してしまう。
それに合わせガトリング砲の銃口も上空に向けられたが、その先に敵の姿は無く、気付けばアバルロを狙って真っ直ぐ近づいてくるロウリンの姿が見えた。
「何時の間に───ッ!?」
草原を駆け抜け突き進んでくるロウリンに固定砲台の照準は間に合わず、アバルロに付けてある四台のガトリング砲の集中砲火を向けるが、突き進むスピードを落とすことなくまるで獣のように体を捻らせ左右に跳躍しながら全ての弾丸を避けていく。
「厄介な化物だよ、ほんとっ……!」
焦りつつも照準を定め集中砲火を続ける騎佐久だが、やはり動いている敵機には攻撃が当たらない。
するとアバルロはガトリング砲を止めると、まるでロウリンの剣を受け止めるかのように機体を構え時を待つ。
そしてロウリンが両腕の剣を突き出した瞬間、アバルロの周りに透明なバリアが発生するとロウリンの剣を受け止めてみせる。
それは嘗て、BN本部で白義に放たれたLRCを無効にする程の強力なエネルギーシールドに他ならなかった。
「さて、反撃開始といこうか」
先程まで焦っていた様子が嘘かのように騎佐久は微笑むと、左腕のガトリング砲を目の前で剣を突き立てるロウリンの胸部に向け、引き金を引いた。
弾丸の発射には二秒もかからず、その放たれた弾丸が目先にいる敵に当たるのに一秒もいらない。たった三秒で敵は木っ端微塵となり果てる。
しかし……当たらなければ威力など意味はなく。弾丸が放たれる直前にロウリンはアバルロの背後に滑り込むように移動すると、右腕の剣先を背部に向けて突き立てた。
「五秒だ」
敵に背後を取られたと言うのに騎佐久は特に焦った様子もなくそう呟くと、ロウリンの剣先がアバルロの背部に触れる瞬間、突如上空から颯爽と白義が降りてくる。
「弾幕を張りシールドを展開させ背後に回らせた。合計五秒、時間は十分に稼いだ」
敵に背後を取られた?違う。敵を背後に誘導したに過ぎない。
ロウリンの剣が突き刺さるよりも早く白義が双剣を振り下ろしロウリンの背後に立つ、するとロウリンは敵の気配を感じ瞬時に高く後方にいた白義を跳び越え距離をとりはじめる。
完全に背後を取られたERRORだが、多少の負傷を覚悟すればアバルロを破壊する事が出来たにも関わらず下がったのには理由があった。
あの時、ERRORは背後を取られたが白義の双剣に触れることなく攻撃を交わしてみせた。
しかし今、気付けば自分の両腕が切り落とされ地面に転がっている。
たしかに剣は触れていない、ただ剣から放たれた突風には微かに触れてしまった。
これが風の力を操る白義の双剣の力、放たれた突風は斬撃となりDoll態の装甲さえ切断してしまう。
この『魔法』が今のDoll態『ロウリン』から見て厄介な力の為、迂闊に間合いに入らず相手の動きと剣の攻撃、特徴を観察し続けていた。
腕が再生されるまで一旦距離を取ろうとするロウリン。だが白義がそう簡単に逃がしてくれるはずもなく、ロウリンが下がるのと同時に発進すると敵との間合いを全く空けることなくロウリンのスピードについていく。
接近してくる白義に対しロウリンは瞬時にその場に踏み止まると、回し蹴りを繰り出し白義の左腹部を蹴り上げる。
「ぐッ───!?」
ロウリンの攻撃速度に付いていけず白義は蹴り上げれてしまい機体の速度が落ちてしまう。
腕が負傷した所でロウリンの速度が落ちた訳でもなく、ロウリンは続けて体を捻ると鋭い鉤爪のついた右足を白義の胸部に突き出した。
すると白義は何を思ったのか突如前かがみに倒れると、偶然のように間一髪で攻撃を回避する事に成功した。
致命傷は避けられたが、白義が地面に倒れた事実は変わらず完全に隙を与えてしまっている
既にロウリンの両腕は完全に再生しており、後は無様にも倒れた白義の背中を串刺すだけ。
だがその時、ロウリンは自分の体の半分が既に消滅している事に初めて気付く事になる。
白義が地面に倒れ、その先にはアバルロが両手両肩に付けてある四台のガトリング砲から無数のレーザー砲の集中砲火を開始している。
白義の影に隠れていたアバルロを完全に見失っていた為、既に準備を終えたアバルロが見えておらず、白義諸共撃ち殺す覚悟で放たれた攻撃は次々にロウリンに直撃していく。
『防御』───『回避』───。
どちらを優先させるかなど考え迷う暇など与える間もなくロウリンの上半身は消し飛ばされる。
「ERROR、例えお前が人知を超えた化物でも所詮は生物。毎分八千発も放たれる弾丸を四箇所同時に受けて生き残れる生物なんてこの世に存在しない」
一発の被弾も許さなかったロウリンだったが、今では万を超える弾丸の餌食となり肉体が掻き消されていく。
勝負は付いた。人類の被害は大きいが紳も騎佐久も無事であり、二体の特機は未だに健在。
直ぐにでもERRORの特機と戦っている仲間の元に二人は行こうとしたが───。
「いやいやいや……。なんで生きていられるんだろうねぇ、あいつ」
追いつき始める再生能力───。
既に下半身さえも消し飛び残るはたった二本の足だけだと言うのに、その二本の足だけ異様な再生速度を誇り、更に二本の足だけで移動を初めアバルロの攻撃を避け始める。
するとその足を守るかのように周りにいた量産型Doll態が一斉に集結し盾を構えると、何十にも重なりアバルロの放つガトリング砲を受け止めていく。
「まずいぞ紳ッ!奴等何か始める気だ!速攻で止めろ!!」
「貴様に言われなくても分かっている───ッ!?」
弾幕を避けつつ直ぐに白義を立たせる紳、量産型Doll態が異常に密集している為両肩の砲門を開けLRCを放つ。
斜線上にいたDoll態はその光に飲み込まれ次々に掻き消されていくが、その光が触れる寸前に一体の黒い影がアバルロの方に向けて跳んで行くのが見えた。
四足歩行で地上を駆け抜け迫ってくる一機の機体、それは先程まで見ていた姿よりも一回り大きく、ERRORの特機『ロウリン』は完全に変貌を遂げていた。
「やれやれ、今度はどんな化物だい?」
アバルロのガトリング砲、そして固定砲台からの一斉射撃を巨体を感じさせない程軽快な動きで回避し、瞬く間にアバルロの目前にまで迫ってきていた。
「相変わらず素早いな、だが……」
間合いに入られた所で問題ない。騎佐久は再びアバルロのエネルギーシールドを展開し敵の攻撃を受け止めにかかる。
真横から振り下ろされるロウリンの右前足、それは先程のような一本の剣ではなく何本もの剣が密集した前足となっていた。
そしてその攻撃はアバルロのシールドを容易く突き破り、機体が立っていた地面諸共抉り飛ばしてしまう。
「嘘ッ、だろ───っ!?」
吹き飛ばされる刹那、ロウリンの尻尾が鋭利な刃物と化しアバルロの胸部に向けて突き出されたのを見た騎佐久は、咄嗟に左腕に付けてあるガトリング砲を構え盾の代わりに受け止めると、左腕からガトリング砲を切り離し自爆させる。
この爆発で僅かな隙を作ろうとした騎佐久だったが、ロウリンはその爆発の中全く怯む事なくアバルロに向かって飛び掛っていた。
───ロウリンの一振りが当たる瞬間に姿を消したアバルロ。
騎佐久はあの状況で自分が生き残れるとは思っていなかったが、まだ自分が生きている事を認識すると安心するように大きな溜め息を吐いた。
「ありがとう、助かったよ」
誰が助けたかなど答えは明白だった、自分の機体は抱かかえられたまま空を飛んでおり、目の前には白義の姿があった。
「間一髪だったな。大丈夫か?」
通信を繋ぎ紳が声をかけると、騎佐久は落ち着いた様子で機体の損傷箇所をチェックしていく。
「大丈夫……と言いたい所だけど。機体の損傷が激しい、特に殴られた左半身かな。シールドのお陰である程度衝撃を分散できたけど次は無理だろうね。それに左腕のガトリング砲まで失ってしまった。あと肩の奴も」
そう言ってロウリンの一撃で潰れた左肩のガトリング砲を切り離すと、煙を上げながら残骸が地上に落ちていく。
「これでアバルロのガトリング砲は右腕と右肩に付いてある二機と、フェアリータイプの四機か。徐々に火力を減らされてるねぇ……」
上空から変異したロウリンを見つめる騎佐久、地上では我雲やギフツが応戦しているものの次々にロウリンの餌食となり捕食されていく。
それを見ていた紳はロウリンが機体を食べる事に肉体から突き出ている剣の数を増やしているのに気付いた。
「機体を捕食しより強力になっているだと……その上あの再生能力を発揮してくるとなると、奴を消すにはLRCが必須か……」
どうやってあの化物と化したロウリンを倒すか紳が考えている最中、ふと騎佐久が素朴な疑問を紳に投げかける。
「紳、あの時ERRORの背後を取れていたよね。俺を犠牲にしてERRORを倒そうとは思わなかったのかい?」
騎佐久を助ける為に動いた紳だったが、あの白義の速度なら騎佐久を助けるのではなくERRORの背後に回り攻撃を仕掛ける事が出来たはず。
あのERRORの特機『ロウリン』の背後を完全に取れたはずのチャンスを殺し騎佐久を助けた行動に、騎佐久自身少しだけ戸惑っていた。
そんな騎佐久の疑問に紳は迷うことなく即答で返した。
「俺は貴様の援護が必要だと言ったはずだ。二度も言わせるな」
「……そうだった、忘れてたよ」
紳の言葉を聞き騎佐久は無意識に微笑んでしまう。
ERRORに勝つ為に手段を選ばない騎佐久にとって、紳の考えは余りにも異端だった。
ERRORを滅ぼす為なら核兵器を使おう。ERRORを殺せるならこの身すら懸ける事すら厭わない。
常にERRORに勝つ事だけを考えてきた騎佐久。
だが紳は違っていた。
常に人類の命を、『生きる』事を優先に考え、この世界と人々を守ろうとしている。
敵対する者に容赦はしない。だが共に戦う仲間の為なら全力で助けにきてくれる心強い存在。
こんな男の率いる組織とNFは長年戦ってきたのか……そう思うと自然に笑みが込み上げしまう。
「さて、どうやってあの化物を倒す?」
地上に降りた白義とアバルロ、その視線の先にはリバインを貪り尽くすロウリンが立っていた。
その姿は全身に剣を生やしたかのような奇怪な形をしており、機体を食らう事でその剣の数、そして大きさを増していた。
「……」
そんな化物を如何にして倒せばいいのか考え続ける紳、すると騎佐久がある提案を投げかけた。
「なあ紳、もう一度起こしてみないか?『奇跡』って奴を」
「……考えがあるのか?」
「有るには有る。けど、これにはお前の言う『奇跡』って力が必要になるんだ。どう?やってみるかい?」
「当然だ。それで、俺は何をすればいい」
「魔法の風であいつを空の彼方に吹き飛ばしてくれ」
騎佐久にもまだロウリンを倒せる作戦が思いつかず冗談半分に言ってみせる。
その話を真剣な面持ちで聞いていた紳。何やら雰囲気がおかしく、騎佐久が声をかけようとしたがそれよりも紳の一言の方が早かった。
「いいだろう」
冗談が通じていない。
本当にそんな事を起こす気なのかと騎佐久は一人心の中で焦るが、この男なら遣りかねないと思えてしまう程、紳の表情は冷静だった。