第151話 絆、一撃
───ERRORの特機『パヴネア』の前に成す術のない人類。
紫陽花の能力でもどうする事も出来ず、空戦部隊のエアリルも徐々に数を減らし空は危機的状況に追い込まれていた。
焦ったエリルは単機特攻をしてしまい、その行動により命の恩人である兵士までもが命を落としてしまう。
絶望と悔しさの中、エリルは涙を拭いERRORに勝つ為の方法を模索し、一つの答えに辿り着く。
作戦内容は上空にいる全機体に伝わった。後は行動に移すのみ。
───「紫陽花のリミッターを解除、HRBを最大出力で放ちますッ!各機援護を!!」
エリルはそう叫ぶと最大出力の『HRB』を放つべくレジスタルのエネルギーを両翼に溜め始める。
今まで放ってきた『HRB』は一番高い出力でも80%程であり、パヴネアに対抗するには機体の限界を超える出力で放つ必要があった。
人類のとった行動、エリルの作戦。用は高火力の一撃を放つだけの事。
正直に言えばパヴネアはそんな人類の選択に落胆していた、足掻く人類が何をしてくるかと思えば……下らない。
そんな攻撃を容易く許すはずがないのは人類だって分かっているはず、まさかあの場にある戦力だけでパヴネアを止められると本気で思っているのだろうか。
「ERROR!今度こそ私の紫陽花で翻弄してあげるわよっ!」
そう言って強気の態度を取りながら、エリルは再び紫陽花の幻影を次々に作り出していく。
その余りにも意味不明で理解困難な行動にパヴネアの思考が一瞬停止しかける。
一体何を学習してきたのだろうか?先程の戦いでまだ理解できていない?無数に作り出される分身はどれも無傷の紫陽花達であり、先程と全く同じ展開になっている。
何の作戦か……いや、もしかすればこれこそが作戦なのか、ERRORを混乱させようとしている?
実に下らない。
そうやって誤魔化し続けても現実は何も変わらない。それともこれは挑発のつもりなのか?
何も焦る必要もなければ恐れる必要も躊躇う必要もなく、パヴネアは未だに腕を組み余裕の態度で浮遊していたが、少し目障りになってきた紫陽花を破壊するべくエネルギーを蓄積している隙を狙い急加速で真正面から接近しはじめた。
それを阻止しようと周りの空戦部隊の機体達は手に持った機関銃で迎撃を試みるものの、攻撃は容易く回避され、更に長い翼を撓らせ弾丸を叩き落としていく。
次に正面から刀を振り上げ襲いかかってくる紫陽花の幻影達、だが所詮は幻影の為パヴネアは再び無視して突進していく。
先ずは前方から襲い掛かってくる紫陽花を無視、振り下ろされた刀はパヴネアの右肩に命中すると火花を散らしいとも簡単に右腕を切り落とした。
所詮は幻影。
次に向かってきた紫陽花もまた方を振り下ろす、ダメージを与えられるはずがないので無視、紫陽花の振り下ろした刀はパヴネアの左肩を貫くと爆煙を上げて左腕が吹き飛ぶ。
……これは幻影に過ぎない。
次の紫陽花はバズーカ砲を構えて向かってきている、これも全て幻影───。
零距離で放たれたバズーカ砲はパヴネアの腹部に命中、爆発を起こし下半身が吹き飛ばされる。
……これは?
思うようにスピードが出ない、それに先程から上昇しようにも出力が低下し浮上すら出来ない。
幻……影……?
今、自分の身に何が起きているのかパヴネアが自己分析に入る。
両肩の損傷に下腹部破壊、自己再生能力により全壊は免れているものの、先程受けた攻撃は全て現実のものだった。
……理解出来ない。
今まさに起こりえない事が起きている。パヴネアは機体の再生を急がせると共に混乱した思考をどうにか正常に戻そうとする。
たしかにあれは紫陽花の幻影のはず、現に自身でその攻撃を受け、全て擦り抜けていた。
なのに何故今になって攻撃が当たりはじめた?全て本物の紫陽花だとでも言うのか?
それなら今、上空でエネルギーを溜めているあの負傷した紫陽花は何だと言えるのか。
まさかあの姿こそが幻影なのか?いや、だとしたら何故無傷の紫陽花が?それに紫陽花は複数で攻撃を───。
───考えている暇などない。
今遣らなければ成らない事は二つ、機体の修復と向かってくる敵を迎え撃つ事だけだ。
パヴネアの自己再生能力は凄まじく、切り落とされた両肩は既に腕の部分まで修復が終わっており、下半身も徐々に再生しはじめる。
人類にとってこれは最初で最後のチャンスとなるだろう。
だからこそ、皆が皆、全機捨て身の特攻を開始しはじめる。
人類によって行われる死に物狂いの怒涛の攻撃、パヴネアは全ての翼を使い防御に専念し徐々に機体の修復が追いついていく。
だがその時、背後から2機の紫陽花が刀を振り上げ近づいてくるのに気付いたパヴネアは直ぐに振り向くと迎撃態勢に入る。
理由は分からないが今の紫陽花は幻影などではない、それなら近づいてくる紫陽花を片っ端から破壊していく他なかった。
狙いは外さない、パヴネアの背後から伸びる翼、それぞれ色が分かれているその美しい翼の内2本が向かってくる紫陽花に向けて伸びていくと、高速で左右に動き翻弄した後容赦なく紫陽花の胸部を貫いた。
しかし、それこそが再びパヴネアの思考を惑わす事となる。
貫かれた紫陽花は無傷、パヴネアの攻撃など諸共せずに近づいてくるのを見てパヴネアは僅かに焦ってしまう。
何故自分の攻撃が当たらないのか。紫陽花の幻影達はたしかに自分に攻撃を与え機体を破壊してきたはず。
やはり幻影には実態などなく、所詮はただの幻……それなら今、正面から向かってくる紫陽花は無視していいのか……?
いいや、紫陽花の幻影達が攻撃を当ててきたのは事実。ここでまた無視をすれば再び紫陽花の幻影に攻撃を許してしまうことになる。
安全を優先し剣を受け止めようと防御の態勢に入り翼を盾にすると、正面から向かってきた2機の紫陽花が振り下ろした刀は簡単にパヴネアを擦り抜けてしまう。
すると、その幻影の動きに合わせ別の紫陽花達が刀を突き立て、パヴネアの背後から接近し刀を突き刺す事に成功する。
幻影の攻撃に惑わされ防御の態勢に入ったのは人類に隙を与える結果となってしまい、パヴネアは自分の背中を突き刺した紫陽花目掛け無数の羽を放つが、突き刺した紫陽花は深追いをせず直ぐに引いていってしまい思うように破壊できない。
紫陽花に翻弄されている───。
また新たな傷を治さなければならない為機体の修復するのに時間がかかってしまう、その間にも無数の紫陽花は狙撃から近接攻撃まで多種多様の動きを行いパヴネアを攻撃・翻弄し続ける。
パヴネアの攻撃する紫陽花達には悉く攻撃が擦り抜け、自分に攻撃を与える紫陽花達には全て実態がある。
あの人間、エリル・ミスレイアの掌の上で踊らされている───?
まるで亡霊とでも戦っているかのような状況に、パヴネアは負傷しつつもある一つの疑問に気付く。
上空で戦っていたNFの機体『エアリル』の数が先程よりも減っている事に気付いたのだ。
それに接近して攻撃してくる機体はどれも紫陽花達であり、僅かに残っているエアリル達は『HRB』発射の為の準備を行っている負傷した紫陽花の付近から狙撃しかしてきていない。
無数の紫陽花、無数の幻影、攻撃が当たらず、相手の攻撃だけは確実に当たる、この事実を分析し要約自分が化かされているトリックに事気付く事が出来たが、それは余りにも遅すぎた。
「ほう、どうやら気付いたようじゃな」
パヴネアが周囲を見渡した後全包囲に羽を飛ばし全ての紫陽花に攻撃をしかけるのを見て菊はそう呟くと、パヴネアの近くにいた仲間達を引かせ全機に狙撃の命令を下す。
するとその命令を聞き紫陽花達は一斉に下り銃を構えると、パヴネアに向けて集中砲火を開始しはじめる。
当然、攻撃しているのは本物の紫陽花ではない。
攻撃しているのは菊の仲間達が乗るNF空戦部隊のエアリル、だがその外見は何処からどう見ても紫陽花に他ならなかった。
容易く簡単なトリック、あの時エリルが言った作戦。それは全てのエアリルに紫陽花の幻影を重ねる事だった。
幻影の中に本物の機体を混ぜ、外見から見分けがつかなくした事によるかく乱作戦。
パヴネアは紫陽花の幻影など何の価値も力も無いと判断していたが。その結果、パヴネアは完全に騙され幻影だと勘違いしたエアリルの攻撃を諸に受けてしまった。
広範囲に高エネルギーの弾幕を張り巡らせ続けるのに負傷したパヴネアには限界があった。
機体修復の進行速度が低下し、僅かに機体を動かし攻撃を避けるだけで精一杯。
せめて最初の一撃で気付けていれば等と今更後悔しても、現実は何も変わらない。
パヴネアは戦場で最もしてはならない『油断』をしてしまった、それこそが大きなを隙を生み人類にしてやられたのだ。
今、人類から見ればパヴネアはとても滑稽に見えただろう。
本来戦場で『次は』などと言えるものではないが、パヴネアは負傷しつつも生きている。
だからこそ言える、次は油断しない。人類を侮らず、全力で駆逐する。
───パヴネアが全体攻撃を止めるのを見て、再びエアリルが紫陽花の幻影を纏い接近しはじめる。
空気が変わった───パヴネアの異変にふと菊は戦場の雰囲気の変化を察知し一旦仲間を下がらせようとしたが、時既に遅かった。
既に目前まで近づいていたエアリル達がLRSを振り上げ沈黙を続けるパヴネアに一撃を浴びせようとするが、突如パヴネアが視界から消え攻撃が空ぶってしまう。
攻撃が外れパヴネアが今どこにいるかレーダーを見ると、別の紫陽花の元に飛び去っていた。
何時の間に……直ぐに追いかけようと試みる兵士達、だが機体が思うように動いてくれず困惑すると、
訳も分からないまま機体が爆発を起こし煙を上げて地上に落ちていく。
パヴネアから擦れ違い様に振るわれた翼は音速を超え、その速さゆえに兵士達に機体が破壊された事すら気付かせない程だった。
幻影など関係ない。近づいてきた全ての紫陽花に目掛けパヴネアは翼を振るい羽を飛ばす。
修復を優先させていたパヴネアが自らの意思で修復を止め全てのエネルギーを火力と起動力に優先させていく。
両手両脚を失い瀕死状態かと思われたパヴネアによる捨て身の猛攻撃に上空のエアリルは次々に破壊されていく、別の紫陽花が狙撃を試みるが本気を出したパヴネアの圧倒的な機動力の前に弾丸は一発も当たらず、翼から放たれた無数の羽の餌食となってしまう。
パヴネアの行く先は決まっていた。
上空でエネルギーを溜め続ける紫陽花、その一撃が放たれる前になんとしても阻止しなければならなかった。
「本気を出したようじゃが……それだけ奴も追い詰められているという証拠。各機全力でエリルを守護しろ!絶対にERRORを近づけさせてはならんッ!」
菊の指示によりエアリル達がパヴネアを止めようと奮闘するが、全力を出したパヴネアの前に悉く返り討ちにあいパヴネアの進行を止める事が出来ない。
自分を守ろうと仲間達が次々に死んでいく、その様子を見ていたエリルは決して目を背けず、『HRB』のエネルギーを数値の限界が来てもなお溜め続けている。
数値は既に100%を超えていたが、紫陽花は機体の限界まで溜め続け、いつでも最高出力を放てる状態を保っていた。
全エネルギーの放出、その為に『HRB』を放つまでは紫陽花は動く事が出来ず、翼を広げ構えたまま時が来るのを待ち続ける。
それは不安と苦痛の時間だったが、勝利の為に仲間を信じ身を委ねる事を選んだエリルに後悔はない。
パヴネアはそんなエリルを脅かすように圧倒的な力でNFの兵士達を殺し機体を見るも無残に破壊していく。
エリルの不安を菊は十分に感じていた。
無理もない、幾ら仲間を信じると言えど目の前で自分の為に散っていく仲間を見せられて動揺しないはずがないのだから。
それにパヴネアの強さにも驚かされる、最初に戦っていた頃が人類を弄んでいたと思えてしまう程今のパヴネアは獰猛な動きをしていた。
そんなパヴネアを見逃さないよう見つめていたエリルは、パヴネアの速度が時間が経過していくにつれて増している事に気付いてしまう。
「速過ぎる……このままじゃ当てられない……ッ!」
「安心せい。私達で必ず奴の動きを止める、お主は何時でも引き金が引けるように構えておけ、良いな?」
「っ……わかりました」
エリルの不安とは裏腹に菊は余裕を持った表情で宥める。
菊が落ち着いているのは何か策があるのか分からないが、自分もこのまま気持ちだけ焦っていては回りに影響を与えてしまう為、今は仲間を信じて心を落ち着かせるしかない。
人類の数を減らし着実にエリルの乗る紫陽花に近づいてくるパヴネア、『HRB』の準備が完了した紫陽花の周りに待機していた数機のエアリルが紫陽花の幻影と重なり前に出始める。
パヴネアが翼を広げ無数の光る羽を紫陽花に向けて放ちながら接近、盾を持った2機のエアリルが紫陽花の前に立ち攻撃を防ぐと共に、周りのエアリルが武器を持ちパヴネアを止めにかかる。
少しでも時間稼ぎがしたい人類、するとパヴネアは今まで蹴散らしながら進んできたはずの紫陽花の幻影達を全機無視するように上空に飛翔し距離を取ると、背後に魔法陣を展開し全ての翼を広げ胸部から高エルギーの光線を放った。
パヴネアに向かっていたエアリル達は完全に出し抜かれてしまい、今更紫陽花の元へ戻ってもどうする事も出来ない。
巨大な光が自分に向かってくるのを見ていたエリルは咄嗟に引き金を引きそうになるが、側にいた3機のエアリルが紫陽花を守ろうと前に出てくると、盾を構え防御の姿勢に入る。
「くっ───!」
分かっている。今『HRB』を放てば前に出てきた仲間達を殺すだけでなく、パヴネアには絶対に攻撃が当たりはしない。
『HRB』の斜線上に立っているのは分かっている、だが今放った所でパヴネアの機動力の前では直撃させる事が出来ない、せめて動きを止める事さえ出来れば───。
パヴネアの放つ光線は3機のエアリルに直撃。盾は見る見る蒸発し跡形もなく消えるが、エリルを庇う空戦部隊がその場から逃げる事はなく命を張って守りに徹した。
放たれた光線にエアリルは耐えられず爆破していき、その爆風は紫陽花にも襲いかかり機体の頭と手足を吹き飛ばすものの、光線の直撃を免れた紫陽花は辛うじてその場に留まる事が出来た。
「ううぅッ!皆ぁっ……!」
命を懸けて守られた命。
この募る思いはあのERRORの特機『パヴネア』を破壊しなければ決して晴れる事はない。
だからこそエリルは耐えるしかなかった。仲間が無残に目の前で殺されようとも、決して時が来るまで引き金を引いてはいけない。
必ずパヴネアの動が止まるチャンスが来る、必ず仲間達がその瞬間を作ってくれる。エリルはモニターを見つめ目標であるパヴネアを見つめようとしたが、目の前のモニターは先程の爆発の衝撃を受けてから何も映し出そうとしない。
「嘘……カメラが……!?」
頭部の破壊によりメインカメラを失い、胸部に付いてある予備のカメラにも爆発したエアリルの残骸が突き刺さり機能が停止していた。
それならと思い操縦席のハッチを開こうとするが機体の損傷により扉は変形し微動だにしない、更にパヴネアに空けられていた扉の穴も潰れ隙間がなくなってしまい、エリルは外の状況が全く見えなくなってしまう。
「どうしたエリル!無事かっ!?」
エリルの焦り声に菊が通信を繋げると、エリルは事の状況を簡潔に説明していく。
「どうしよう……このままじゃ私、撃てないっ……」
視界を奪われたエリルはいつ自分にERRORの攻撃が来るのかも分からない、狙いを定める事も出来ない。
絶望的な状況に立たされてしまうが、まだ希望が残っている事を気付かせるように菊が口を開く。
「……大丈夫じゃ。私が合図をした時、お主が引き金を引けばいい。次に私が『撃て』と言った時、躊躇う事なく一気に引き金を引け……エリル、私を信じてくれるか?」
「信じます!当たり前じゃないですか!?だって私達、仲間だからッ!」
「うむ、良い返事じゃ。お主の一撃に全てを託す、その時が来るまで決して諦めるでないぞ」
「はい!」
今更迷ったりしない。
仲間は自分を信じてくれた、それなら自分が仲間を信じるのも至極の事。
仲間が自分の為に命を託してくれた、ならば自分が仲間に命を託すのも当然の事。
エリルの力強い返事に菊は安心すると、菊はパヴネアの動きを止めるべく行動を開始する。
2発目の光線を放とうとするパヴネアの前に現れる1機の紫陽花、両手で刀を握り締め、上からパヴネア目掛け一気に振り下ろす。
目の前に現れた紫陽花にパヴネアは構わず光線を放とうとしたが、突如機体に大きな揺れを感じると思うように出力を上げる事が出来なくなる。
異変に気付き回りを見れば、自分が大きく広げていた長い翼を、紫陽花達が鷲掴みパヴネアの身動きを取れないようにしていた。
残った翼は1本だけ。だがこの1本で紫陽花が振り下ろす刀を受け止めるのには十分だった。
案の定、紫陽花による決死の一撃はパヴネアの目の前で翼によりあっさり受け止められてしまう。
良い線はいっていたがERRORから見れば所詮は小賢しい真似であり時間稼ぎに過ぎない。
翼を掴み必死に動かせまいと抵抗する紫陽花の幻影達、基いエアリル達だが、そんなのは翼から羽を飛ばせば一気に片付ける事が出来る為むしろパヴネアから見れば好都合だった。
直ぐに周りの機体を破壊し、次こそは本物の紫陽花を破壊しようと翼を振るわせようとした時、一人の女の声が聞こえてきた。
「次が有る訳なかろう。ここで仕舞いじゃ」
それはムラギナのパイロットである菊の声、そしてその言葉と共に2本の刀がパヴネアの胸部を貫いた。
何故……?刀を投げられた訳でもなく、その刀が幻影などでもない。
回りにいる敵機と言えば目の前にいる紫陽花1機しかいない、そしてそのたった1機の紫陽花の攻撃も今もなお受け止めているのに───。
訳が分からず目の前の紫陽花に視線を向けるパヴネア、たしかに両手で握り締められた刀をパヴネアの翼で受け止めている。
だが……その両手とは別に紫陽花からは2本の腕が伸びており、その手には自分の胸部を貫いている刀の柄が握り締められていた。
貫かれた胸部から火花を散らしつつ、事の状況は即座に理解出来た。
たしかに存在していた。4本の腕を持った機体、菊の操縦するNFの特機『ムラギナ』だ。
思い返してみれば紫陽花の幻影が無数に増えていた時点で既にムラギナの姿が消えている事に今更気付いてしまう。
エリルの作戦によりムラギナは4本ある腕の内、後方から伸びる2本の腕を折り曲げ上手く紫陽花の幻影に重ねると、パヴネアの懐に飛び込む機会をずっと狙っていたのだ。
ムラギナは両手で握り締めていた刀を離し更にパヴネアにしがみ付き、4本の腕で機体を抱き締め動けないように完全に固定していく。
決して自分を離そうとしないムラギナを見てパヴネアは今、自分が非常に危険な状況に立たされている事を把握した。
機体は思うように動けず、視線の先には強大な一撃を今にも放とうとする紫陽花が浮いている。
早く逃げなければ、早く抵抗しなければ、早く翼を振るい、早く羽を飛ばし、早く敵を、早く───。
「今じゃエリルッ!撃てえぇッ!!」
菊の言葉は、目を瞑りその時が来るのを待ち続けていたエリルの耳に届いた。
視界が見えない状況、それは菊にとっても好都合だった、もしこの状況をエリルが見ていれば引き金を引く事に一瞬でも躊躇ってしまうと思っていたからだ。
しかし今、好都合にエリルには菊達の様子が全く見えていない。
エリルにはどうやって菊達がパヴネアの動きを止めたのかは分からない、だがたしかに菊は言った『撃て』と。
「HRB!発射!」
今までエネルギーを溜め、圧縮し続けた膨大な力がエリルの指先一つで全て解き放たれる。
エリルは今まで感じた事のない機体の揺れにも動揺することなく、この一撃を信じ待ち続ける。
紫陽花の両翼、紫色の光輝く膨大なエネルギーが斜線上にいる全ての機体を飲み込み塵すら残さず消し去っていく。
このままでは直撃を免れないパヴネア、どうにかしてこの状況を打破するべく、まずは翼にしがみつくエアリル達を使って自らの盾にしようと考えたが、エアリルは次々に『LIMD』を起動させ自爆していく。
機体の自爆の衝撃により翼は損傷、更に翼事態にエネルギーを送り込めず動かす事すら出来ない。
ならばせめて、この胸部に張り付いているムラギナを盾に───。
「皆よくやった……作戦は……成功じゃ」
最後の最後で、嬉しそうに笑みを浮かべて菊は呟くと、そっと目を瞑り機体の自爆装置である『LIMD』を起動させた。
零距離爆破によりパヴネアはほぼ全壊の状態となる、こうして要約拘束を解かれたパヴネアだったが、その事を自覚した時は、既に紫陽花の放った『HRB』に飲み込まれた後だった。
───「……菊さん?作戦は成功したんですよね……?ERRORを……あのERRORの特機を破壊できたんですよね!?」
HRBの発射後、通信機から菊の声、共に戦う仲間達の声が聞こえてくるのをエリルは待ち続けていた。
「どうして皆黙ってるの……?まさか、ERRORはまだ───」
『エリル、作戦は成功だ。ERRORの特機は完全に消滅したぞ』
エリルの不安を晴らすかのように通信機から甲斐斗の声が聞こえてくると、未だにERRORに勝てた事が信じられず甲斐斗に聞き返していた。
「本当に、本当にERRORを倒せたの……?」
『こんな状況で嘘吐く訳ねえだろ。よく頑張ったな』
「良かった……私達、勝ったんだ……っ……」
緊張し続けたエリルにようやく安心が訪れると、同時に気力を消耗しきってしまい気を失ってしまう。
全エネルギーを使い果たした紫陽花も力を失い地面に落ちていくが、地上に待機していたBNの仲間達が乗る数機の我雲がしっかりと受け止め、素早く戦艦に運んでいく。
ERRORの特機パヴネアは消滅、これにより上空のERRORの戦力は激減した。
無論、人類にとっても大きな戦力の低下であるが、ERRORとの痛み分けが出来た事自体まだマシなほうだ。
何せ相手はERRORの特機、空を飛び高火力・高出力の化物機体。恐らくパヴネアの損失はERRORにとってもかなりの痛手となった。
……はず。ここでERRORであるセレナの悔しがる表情や、不安な表情が見られればそう思えただろう。
だがセレナは顔を赤らめ自分の胸を右手で揉み立てながら官能的な表情で空を見つめていた。
先程までの人類とERRORの戦闘を堪能したかのような満足そうなセレナの表情に、甲斐斗は思わず言葉を漏らした。
「下種がッ」
正直セレナの姿をしたERRORという理由だけで胸糞悪いというのに、好き勝手セレナの姿で演じられては更に苛立ちが募る。
「さっさとあいつを殺したいが、今は艦の護衛をしねえと……ッ」
ERRORの特機である4機の内1機は破壊に成功。残る3機は未だに戦闘中。
後3機……それまで甲斐斗がこの場から離れる事は出来ない。
人類の戦力は時間が経過するにつれて減ってきている。それは当然ERRORも同じ事だが、消耗戦になれば間違いなく人類は負ける為一刻も早くERRORの親玉であるセレナを殺す必要があった。
しかし今離れれば艦を守る者がいなくなってしまう為、歯痒い状況だが甲斐斗はその場に留まり続ける。
量産型Doll態を蹴散らしていく状況で密かに甲斐斗は思っていた、全てのERRORの特機が破壊された時、自分の手でセレナを殺そうと。
それは単にむかついているという理由もあったが、過去の自分と決別させる意味でもあった。