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第150話 決戦、全力

───上空と地上に描かれた魔法陣から無数に現れたDoll態。

各部隊の機体達がそのDoll態と交戦していくが、その異常な数に少しずつ人類の戦力は削られていく。

だが人類も黙って倒されるだけではない、この場に集った兵士達は皆修羅場を掻い潜ってきた者たちであり、相手が新型のDoll態だろうと簡単に負ける程弱くはなかった。

上空ではエアリル部隊が菊の指揮の下、固まって動きつつ確実に敵の数を減らしており、それを見ていたERRORの特機『パヴネア』が邪魔をしようとするが、『紫陽花』と『ムラギナ』の怒涛の攻撃が再び始まり阻止される。

「お主の相手は私等じゃ、余所見をするでないッ!」

パヴネアの首を撥ねようとLRSの刃先が首に向かって振り下ろされるが、パヴネアは身を引きその攻撃を避けた後、自在に操る細く長い無数の翼を伸ばしムラギナと紫陽花目掛けて襲いかかる。

その攻撃を見てムラギナはLRSで次々に弾き落とす中、紫陽花もまた自在に宙を舞い伸縮自在の翼を避けていく。

すると翼が光り輝く無数の羽を立たせると、攻撃を回避する紫陽花目掛けて一斉に放たれた。

次々に羽は紫陽花の全身に突き刺さり爆煙を上げたが、その姿は一瞬にして消えると突如姿を消していた紫陽花がパヴネアの背後に現れ忍刀を振り下ろした。

『パヴネア』にも紫陽花の能力は通用した、そして背後に回り相手を油断させ完全に隙をついた攻撃を繰り出すが、パヴネアは紫陽花の方を見ていないにも関わらずひらりと攻撃を交わすと伸縮自在の美しい七色の翼を広げ更に上空に飛翔していく。

「もう!なんなのよあの動き……攻撃が掠りもしない……!」

エリルの紫陽花による囮作戦は失敗、どうやら気付かれずにパヴネアに接近して攻撃を当てる事は難しく、これならいっそムラギナのように正面突破で相手に近づき攻撃を当てるしかないとさえ思えてくる。

「ううん、まだよ。まだ私の紫陽花の力はこんなものじゃないんだからっ!」

エリルはそう言って無数の紫陽花の分身を作り出し空に紫陽花の花畑を広げ始めると、パヴネアに向けて一斉に飛び掛った。

その光景を見てもパヴネアは特に動揺した様子も見せず、翼を広げ一斉に紫陽花の群れ目掛けて羽を飛ばしていく。

所詮目の前の光景は全て幻、その中にたった1機本物がいるだけだ。

そんな子供騙しがパヴネアに通じる訳もなく、無数の分身全てに攻撃を当てると簡単に本物の紫陽花を見つけてしまった。

鞭のように撓る一本の長い翼が紫陽花を叩き落とし、体勢を立て直す紫陽花目掛けて四方から突き立てられた翼が向かってくる。

「くぅっ!私は……負けないッ!」

間一髪、紫陽花は機体を捻るように回転させ翼を避けると、上空から高らかに見下すパヴネア目掛けて再び近づいていく。

紫陽花を見ていたムラギナもその動きに合わせ接近するが、パヴネアは自分を中心とした球体を作るかのように全ての翼を自分の周りに張り巡らせると、紫陽花とムラギナの攻撃をいとも簡単に受け止めてみせる。

今まで攻撃を回避されきた二人にとって攻撃を当てた成果は大きいはず、だが二人は喜ぶ所か焦りで表情が強張っていた。

今まで容易く避けていた攻撃を受け止めた理由、それはパヴネアの目の前にまで同時に二人を近づけさせる為の罠にすぎず、パヴネアは翼から生える全ての羽を全方位に吹き飛ばし、目前にいた2体の機体に次々に突き刺さり爆発すると、紫陽花とムラギナは機体の数箇所から爆煙を上げ落ちていく。

「きゃぁあああああっ!」

紫陽花の装甲は簡単に吹き飛ばされ、エリル自身も強い衝撃を体に受け苦痛を堪えながらなんとか機体の体勢を立て直すが、パヴネアの攻撃は止まる事を知らず前を向けば今にも自分を貫きそうな鋭利な翼が迫ってきていた。

「っ───!?」

逃げる事も避ける事も自力では何も出来ないエリルに、確実な死が襲い掛かろうとしている。

忍刀で弾こうにも動作が間に合わず、避けようにも今更加速した所で避けられない。

「うそっ……」

ここで終わる。

今まで様々な戦場で戦ってきたエリルにとって死とは身近にあるものだと感じていたが、死という『恐怖』がこれ程まで自分を覆うのは初めてであり、体が硬直して指先一つ動かす事が出来なかった。

『はぁああああっ!』

聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。

その直後、紫陽花の胸部を目前にしてパヴネアの翼が弾かれた。

だがパヴネアの翼は一本ではない、直ぐにまた次の翼が襲いかかるが、次々に紫陽花の前に現れる空戦部隊の機体『エアリル』が現れるとLRSで翼を弾いていく。

エリルを死と恐怖から救ってくれたのは、NFの空戦部隊のメンバー達だった。

『君、大丈夫!?』

NFのパイロットスーツを身に纏う女性の姿がモニターに映し出され、エリルは自分の額の汗を拭うと直ぐに操縦桿を握りしめた。

「う、うん!私は無事よ!その、助けてくれて……ありがとう!」

これでNFに命を救われるのは二度目。

エリルは嬉しさを露にしながらお礼を言うと、相手も笑みを見せ頷いてくれた。

『私達こそお礼を言わないとね。あのERRORの攻撃から守ってくれてありがとう』

「えっ?あ、そっか……」

エリルには全く自覚がなかったが、パヴネアが一番初めに人類に向かって全体攻撃を行った時、その攻撃から全ての人間を守ったのが自分だということを思い出す。

量産型Doll態と戦っていたエアリル部隊の登場にムラギナもその場に現れると、部隊員と通信をつなげ始めた。

「柊ッ!主等にはDoll態の相手をしろと命令したはずじゃ!何を勝手な事をしておる!?」

『菊隊長!上空にいるDoll態はBNの陸戦部隊が引き付けてくれています!その間に私達は一刻も早くあのERRORの特機を破壊するべきです!』

菊と会話するNFの女性兵士、柊の言う通り、BNの地上部隊は地上と上空にいるERRORの量産型Doll態を相手に戦っており、それを見た菊は更に声をあげた。

「BNは地上と上空から同時に攻められておるではないか!?これではBNの部隊が持たんぞ───ッ!」

『───おっと、NFが俺達の心配をしてくれるのか?嬉しいじゃねえか』

ムラギナの通信機から突如聞こえてくる男の声、それは地上で戦っているBNの兵士達の声だった。

『あんた等にはあんた等しか出来ない事があるだろ?安心しな、BNはこういう奴等と戦う為に生まれた組織。簡単に死にはしねえよ、そうだろお前等!』

男の声を聞き近くにいたBNの兵士達がDoll態と戦いながらも次々に返事をしていく。

『当たり前だぜ!もし死ぬとしてもそん時は一体でも多くのERRORを巻き込んで自爆してやんよ!』

『おいおい、死なないって言ってるのにもう自爆の話しをしてるのか?相変わらずだなお前は、ははは!』

男の兵士達はこの状況の中でも笑い、戦い、生き抜いていく。

こうして喋っている間にもBNの兵士達が乗る機体は次々にERRORのDoll態を破壊していた。

そして通信機からは更にBNの女性の声も聞こえてくる。

『ってゆーか。私達空飛べないもんね~だったら空はNFとエリルに任せるしかないじゃん。私達がちゃっちゃと雑魚を片付けるから、さっさと倒しちゃってよね!』

女性兵士の乗る我雲がバズーカ砲を両手にDoll態を吹き飛ばす。

その背後にDoll態が剣を突きたて接近していたが、同じ部隊の仲間である女性兵士の乗る我雲がLRSを振り下ろすと、Doll態の胴体を真っ二つに切り落とした。

『サンキュー!助かったわよ~!』

『もー!いつも後ろには注意してくださいって言ってるじゃないですかー!』

そう言いながら2体の我雲は互いを背にし背後の隙を埋めると、両手にバズーカ砲を持った2体の我雲が次々にDoll態を撃ち落としていた。

今この戦場では誰もERRORに怯み慄いてなどいない。

誰もが皆世界の為、人類の為に希望を胸に抱き戦い続けている。

託された思いを無駄にしてはいけない、菊もBNの言葉を聞いて頷くと自らの機体を先陣に立たせた。

「良かろう……この場はBNに任せる。私等は一刻も早くERRORの特機を破壊するッ!」

『『了解ッ!』』

一斉に機関銃を構えるエアリル達、全ての銃口はパヴネアに向けられると包囲するかのように各機体が移動し攻撃を始めていく。

全包囲からの銃撃にもパヴネアは長い翼を自機の回りに漂わし弾丸を受け止め、又は叩き落としていく。

全方位からの銃撃がERRORにとって鬱陶しいはず……しかしパヴネア自体は全く攻撃を避けようとせず、その場に留まったまま余裕を露にしていた。

まるで人間達の攻撃を試しているかのようにパヴネアはその翼を器用に使い防御だけに専念していく、隙を狙いムラギナと紫陽花が近接攻撃をしかけるが、無数の翼を使うパヴネアに攻撃を阻止され思うように近づけず、例え近づけたとしても数多の翼で刃を受け止められてしまう状況だった。

未だに傷一つERRORの特機に付ける事すら出来ず、エリルは焦りを募らしていく。

「分身も通じない……HRBも効かない……どうしたら倒せるの……?」

苛立ちと共にエリルは弱音を吐いてしまう、紫陽花が出せる手は全て尽くしたのだ、それでもERRORに敵わない。

時間は無情に進んでいく、こうしている間にも仲間の数が少しずつ減っている。

早く何か打開策を思いつかなければ埒が開かない。NFの空戦部隊が協力をしてくれているが、それでもパヴネアを倒せるほどの戦力にはならなかった。

早急に制空権を掴み取らなければ人類は勝てない、このまま時間が過ぎていけば協力してくれたNFの部隊だけでなくBNの地上部隊も全滅してしまう。

「私の紫陽花が……なんとかしないと!!」

今までだって紫陽花は危機的状況を打破し続けてきた、本部を襲撃された時もそう、『デルタ』と対峙した時も、BNのEDPの時もそうだ。

今回だってきっとやれる、上手くいくはず───エリルは再び紫陽花の翼の大きく広げると、再び無数の分身を作り出しはじめる。

ERRORにとってはもう見慣れた光景、パヴネアはエアリル部隊の銃撃を翼で防ぎながらも特に動きもせず増え続ける紫陽花を見つめていた。

(一瞬でいい……私の紫陽花で一瞬でも隙を作れたら、懐に入って確実にあの胴体を切り刻む!)

一斉に羽ばたきパヴネアに向かっていく紫陽花達、そして本物の紫陽花もまた刀を構え飛んでいく。

「エリルっ───待て!迂闊に近づいてはならんッ!」

その光景を見て菊は咄嗟に声を上げエリルを止めようとするが、その呼びかけを聞いてもエリルが機体を止める事はなかった。

刀を振り上げ次々に襲い掛かる無数の紫陽花、その攻撃してくる様を見ていたパヴネアはどんな行動をしてくるのか。

再び羽を飛ばし本物を炙り出すか、それとも防御の態勢に入り攻撃を受け止めにかかるのか。

エリルは見極めようと目を凝らすが、パヴネアの意外な行動にエリルは一瞬思考が止まり呟いてしまった。

「えっ?」

パヴネアは何もしない。

それは当然の結果ともいえるものだ。幻影の攻撃に何の意味があるのだろう。

攻撃があたる事はない、振り下ろされる刀は全て擦り抜けていく、脅威など何一つない。

無論、パヴネアには全ての紫陽花が目に映っており、決して幻影が通用していない訳ではない。

「どう、して……?」

少し考えれば分かる事……いや、紫陽花の姿を見ればそれは一目瞭然だった。

幻影の紫陽花は皆無傷だというのに、たった1機だけ傷つき装甲が剥げ落ちている。

そんな簡単な事に気付く事すら出来ないエリルの紫陽花はまんまとパヴネアの目前にまで来てしまう。

パヴネアは何もせずにただ待っていた、無様にも近づいてくる愚かな紫陽花をだ。

隙をついて攻撃?翻弄?馬鹿馬鹿しい幼稚な発想、本物の紫陽花が振り下ろした刀はパヴネアにひらりと交わされてしまう。

「っ!?」

幻影の攻撃は避けないのに本物の紫陽花の攻撃は回避してくる!?どうして!?……などと驚いてしまう滑稽な姿を見るかのように、パヴネアは攻撃を避けつつじっと紫陽花を見つめ続ける。

「なんで?……なんで当たらないのぉっ!?」

本物が攻撃を続ける中、幻影もパヴネアの背後や左右から襲い掛かる動きを見せるが、パヴネアはそんなものには目もくれず、真正面から切りかかる負傷した本物の紫陽花しか見ていない。

まるで無邪気に襲い掛かる紫陽花をからかう様なパヴネアの態度、その光景を見ていた菊は核心した。

ERRORは───紫陽花を馬鹿にしている。

ふざけ、見下し、あざ笑い、そしてもう紫陽花には呆れ果て、紫陽花の無様な姿をまるで人類に見せ付けるかのように動いている。

機体の性能、そして能力を過信してしまった愚かなエリル。

能力を全く活かす事が出来なかった哀れな紫陽花。

人類はこんな物に期待し縋っていたのだから笑える。

その結果、終わりを迎えることになる。

四方から伸びてきたパヴネアの翼は一瞬にして紫陽花の両手両脚に撒きつき縛り上げると、抵抗する事が出来ないように機体の手足を大きく開かせていく。

機体を強制的に拘束、翼を解こうと紫陽花が幾ら抵抗しようが翼は何重にも手足に巻きつき身動きが全くとれない。

「うそっ……嘘でしょ?そんなっ───!?」

幾ら操縦桿を動かしても目の前で腕を組んでこちらを見ているパヴネアが視界に入ったままだ。

自力では脱出不可能。完全に捉えられてしまった紫陽花はただ死を待つだけの存在になった。

両手両脚は縛られパヴネアの目の前に拘束された紫陽花、隙だらけと言うまでもなく、パヴネアがその気になれば一瞬でエリルを殺せる状況だった。

だがパヴネアは直ぐにはエリルを殺さなかった、まるで直ぐに殺しては楽しくない、つまらない、そう思わせるかのようなパヴネアのある行動に、エリルは戦慄し額から汗を滲ませる。

一本の翼、その先端が紫陽花の胸部に向けられると、先端がまるでドリルのように高速回転をはじめエリルが乗っている操縦席にゆっくりと近づけていく。

耳障りな回転音、その矛先が徐々に自分に目掛け突き進んでくるのを目の前で見てしまったエリルは、無我夢中に操縦桿を動かし脱出を試みた。

「う、動いて!動いてよっ!?は、はや、早く、逃げないと───っ!?」

紫陽花の胸部の装甲に翼の先端が接触、装甲を削る音と振動がエリルの全身に伝わってくる。

両手の震えが止まらない、徐々に震えは増していき、思うように腕に力が入らない。

足に滴り落ちる汗、その中には涙も混ざり、頭の中が真っ白になっていく。

「助けて……助けてぇっ!だ、誰か……皆……皆ぁっ!!」

死の迫る恐怖を極限まで味合わされるエリル。

戦場で死ぬ時は殆どが一瞬だ。ましてや機体に乗っていればその死に方はどれも単純。

胸部を銃弾か刃物で貫かれ死ぬか。砲弾やミサイルで爆撃され木っ端微塵に吹き飛ぶかだ。

どれも一瞬で死ねる、それこそ死の恐怖の堪能する前に、味わう前に。

皆はエリルの助けを求める声が聞こえていない訳ではない、必死になって周りの味方達はエリルを救おうと機体を動かしている。

だがパヴネアがそれを全力で阻止しているのだ。紫陽花を盾にされ迂闊に銃撃できないエアリル部隊はLRSと盾を握り接近を試みるが、近づいてきた機体は次々にパヴネアの翼の餌食となり破壊されてしまう。

2度も同じ戦場で命を助けられたエリルに、3度目が来る事はないだろう。

死ぬ。

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。

奇麗な白い火花が操縦席に飛び散り始める。

とうとう翼の先端が装甲を点き抜け操縦席に侵入しはじめていた。

「ぁああ゛!?あ、うう゛。嫌ぁあああああッ!」

誰だって同じ。こんな状況下に置かれたら気が動転するに決まっている。

逃げようにも入り口も出口無い密閉された場所ではどうする事も出来ず、エリルは震えて動かし辛い両手を伸ばし操縦席の足元に付けられている拳銃を手に取った。

だが手が震え筋肉が硬直してしまい拳銃を落としてしまう。涙を流しながら再び拳銃に手を伸ばし両手で握り締めると、強引に右手に握らせ人差し指を引き金に掛けさせた。

それが何を意味するのかなど、その映像を見ていた誰もが分かりきっていた。

銃口は勿論自分のこめかみに当てられ、少しずつ削られ穴を広げていく操縦席の扉を見つめていたエリルは目を瞑った。   


───『待ってッ!!』

聞き覚えのある女性の声。

エリルは再び目蓋を開けると、モニターにはあの時自分の命を助けてくれたNFの女性兵士の姿が映っていた。

『必ず助け出します!だから諦めないで!!』

「柊さんっ……」

その声、そして言葉にエリルは女性の名前を呟くと、その頼もしい姿と柊の目を恐怖から逃げるように見つめ続ける。

なんて強い眼差しなのだろう。頼もしく、勇敢な女性の瞳をエリルは見つめながらそう感じていた。

嘗ては敵だったNFが、今では仲間であり、必ず助けると言ってくれた。

柊の乗る機体は盾を構え無数の羽を飛ばしてくるパヴネアに接近するが、集中砲火を受け直ぐに盾の耐久度の限界が来てしまい、ボロボロに朽ち果てた盾を投げ捨てると右手にLRSをたった一本握り締め捨て身で突撃していく。

まるで殺してくれと言わんばかりに無謀な機体が近づいてきたのを見てパヴネアは2本の翼を柊に向けて伸ばすが、部隊の仲間が乗る機体がその翼をLRSで弾き落とし柊の援護に回った。

巧みな操縦技術、そして仲間との連携により柊の乗る機体は遂に紫陽花の胸部に接近していた翼の場所まで来ると、切り落とす為にLRSを振り上げた。

だがパヴネアから伸びている一本の翼が機体の右腕を破壊してしまい、邪魔させまいと襲い掛かってくる。

しかし柊にとって右手を破壊された事に何ら支障はなかった。

機体にはまだ左腕が残っており、手を伸ばせば翼に手が届く距離にある。

直ぐに左手を伸ばし翼を握り締めると、勢い良く引き抜くと共に紫陽花に近づかせまいと翼を握り締めたまま急上昇していく。

紫陽花の拘束は解かれないものの胸部に迫っていた翼を引き抜かれエリルは奇麗な穴の空いた操縦席の扉を見つめたままゆっくりと拳銃を下ろしていく。

助かった……先程まで恐怖を味わい続けたエリルは思うように声が出せず、拳銃を手から離すと未だに震える両手で操縦間を握り締めた。

『エリルさん。皆と力を合わせて戦うの……そうすれば必ずERRORに勝てる』

パヴネアに狙われ危機的状況だと言うのに、自分を励まそうと柊はエリルに語り続けてくれる。

柊は伝えたかった、そして信じてもらいたかったのだ、自分達NFを、そして共に戦う仲間だという事に。

『だから諦めないで……自分と、共に戦う仲間を信じて───っ!?』

柊の乗る機体に衝撃が走る。握り締めていた翼が突然暴れ左手を破壊し機体に巻きつき始めた。


───紫陽花は強い機体だ、魔石のテクノロジーを用いて多種多様な事が出来る。

たった一機で相当な戦力になる事に間違いない。そしてその力で幾度となく仲間の命を救ってきただろう。

そんな紫陽花だからこそ、エリルは仲間が傷着く前にERRORを倒そうと一人で突撃してしまった。

だがそれが結果的に仲間達の死を招く事になってしまった。

もう一人で行ってはいけない。

どうして?などと愚問は発してはならない。

仲間がいるのだから、皆で力を合わせなければ決してERRORには勝てない。

きっとエリルに伝わっただろう、これでもう彼女は一人で無茶なんてしない。

『信じて……戦うのよ』

それがエリルの命を2度も救ってくれた兵士、柊の最後の言葉だった。

突然通信が途切れてしまいエリルが息を呑む。

「柊さん───?」

紫陽花が上空を見上げてみると、そこには全身を翼で巻きつけられ、翼の先端が機体の胸部に突き刺さっている機体の残骸が見えた。

機体の胸部から引き抜かれた翼の先端は回転しており、その回転が止まると先端が血で赤く汚れていた。

その瞬間、地上から放り投げられた黒剣が紫陽花の足を縛っていた翼を切断すると、ブーメランのように旋回し落ちてくると共に今度は手を縛っていた翼を切断した。

地上で戦っていた甲斐斗が上空の紫陽花を見て危機的状況だと理解したが、無数のDoll態の猛攻撃から戦艦を守る為に助太刀に入る事が出来なかったものの、僅かな隙を見計らって剣を投げ紫陽花を助け出す事に成功したのだ。

エリルとNFの会話を甲斐斗は聞いていた、そして今何が起きたのかも瞬時に理解した、直ぐに通信を繋ごうとした甲斐斗だったが、ふと指を止めると手を引き操縦桿を握り直した。

(エリル、俺は……いや、俺達は何も言わねえ。なぜならお前はもう十分に理解したはずだからだ。……ERRORに見せつけてやれよ。お前達の力を)

今更言葉は不要。そう判断した甲斐斗は心の中でそう思うと、再び自分の戦場に意識を集中していく。

紫陽花は無事、エリルは生き残った。

だがそれと引き換えに命の恩人であるNFの兵士が命を落とす結果となった。

助けられたエリルは、悔しさで涙が止まらなかった。

顔を涙で濡らし、戦場に入るというのに咽び泣いてしまう。

脆い。人間とはいつもこうだ……一々生き物の命が消えていくたびに感情が変化してしまう。

不安定で不必要な『感情』に踊らされる人間を、パヴネアは今もなお見下し続ける。

……もう終わりにしよう。

ERRORにとって十分過ぎるほどの時間を彼等は与えてくれた。

この光景を見て、きっとセレナも喜び、満足しているに違いない。

見たいものが見れたのだから───。


───何時からだろう。

気がつけば情けなく泣いていたエリルの咽び泣く声が聞こえなくなっていた。

別にどうでもいい事だが、ふとパヴネアには気になってしまった。

今更泣いて、泣き止んだ所で、何も変わりはしない、何も生まれはしない。

不足する戦力、そして後悔と仲間の死という現実が残るのみ。

もう人類に勝ち目はない。

……それでも、人間という生き物は時に驚かせる行動をしてくる。

紫陽花に乗るあの人間、エリル・ミスレイアは未だに諦めていなかった。

ERRORには理解出来ない、だが人間なら理解できるはずだ。

諦めてはいけない。彼女がそう教えてくれたのだ。だから見苦しくたっていい。無様でもいい。地を這い蹲ってでも涙を拭い戦う。命あるこの時間を無駄にしてはならない。

紫陽花の周りには空戦部隊の機体、そして菊の乗るムラギナが集まり、通信を繋いでは何やら遣り取りを行っていた。

「───以上です。皆さん……よろしくお願いします」

そこに弱々しく咽び泣いていたエリルはもういない。

皆に頭を下げた後、ふと顔を上げたその瞳は、まるであの柊のような力強い眼差しをしていた。

「……面白い」

エリルの話しを聞いていた菊はそう言葉を漏らすと、共に話しを聞いていた空戦部隊全員に通信を繋げた。

「全員エリルの作戦を聞いたようじゃが。誰か異論はないか?」

菊の問いに次々に兵士達は敬礼をすると、口々に『有りません』と答えていく。

「ふむ、決まりじゃな」

誰一人、エリルを攻める者等いない。

何故ならこの場にいる人達の目的は、既に皆同じものなのだから。

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