第138話 夜明け、偏見
───BN本体がNF・SVの残存部隊と合流し総戦力が集ってから一日。
最後のEDPに向けた作戦会議が早朝から行われる事になっており、朝食を済ませた神楽・唯・ミシェルの三人と、一日中扉の前で警備をしていたダン、そして朝から口数の少ない甲斐斗を含めた五人が紳のいるBNの戦艦に向かっていた。
甲斐斗は朝からほぼ黙っており、唯やミシェルと軽く挨拶したぐらいで神楽とは一言も言葉を交わしていない。無言の時間が続く、何やら悪い雰囲気が立ち込めている事に既に三人は気付いており、唯とミシェルは中々会話を切り出せないでいたが、勇気をもって唯が後ろに振り向き甲斐斗に話しかけてみた。
「あの、甲斐斗様……」
「ん?」
やる気ない返事をしつつ甲斐斗はぼーっと通路の窓から見える殺風景な景色を眺めながら歩いていた。
「何かあったのでしょうか───」
「そういえば昨夜俺のソファで寝てたよな。無防備なのを良い事にあんな事やこんな事しといたからな」
「ええっ!?あ、あんな事やこんな事って……!」
顔を赤らめ慌てる唯に対し甲斐斗は相変わらず澄ました表情でいる、どうやら唯をからかえる程の余裕はあるようだ。
それからも唯と甲斐斗が軽く会話をするものの、その会話の中に神楽が入ってくる事もなく五人がBNの戦艦に乗り紳の待つ会議室に到着するが、扉の前にまで来た甲斐斗は後ろに振り返ると一人来た道を戻っていく。
「甲斐斗様?会議に出ないのですか?」
「ああ、場所も分かったしお前等だけでやってくれ。戦場で俺がやる事は決まってるしな」
それだけ言い残し甲斐斗はその場から去ってしまう、仕方がないので唯は会議室に入ろうとした時、神楽が睨むように甲斐斗を見つめているのを見てしまう。
「守るって言った癖に」
恨めしそうに神楽が呟くと、ミシェルの手を引いて会議室に入っていってしまった。
甲斐斗の方は相変わらず澄ました表情でBNの艦内を歩き出口へ向かっている、特に何も考えておらずほぼ無心の状態でいたが、目の前から近づいてくる愁達に気付くと足を止めて軽く挨拶をした。
「よう」
愁の横には羅威が歩き、その後ろにはエリルとロアが着いてきていた。
甲斐斗に気付いた愁も挨拶を返すが、自分達が向かっている会議室の方から歩いてくる甲斐斗を見て疑問が浮かんでしまう。
「おはようございます。あれ?会議室は奥ですよね」
「そうだよ、神楽達はもう居るし入れば分かるだろ」
自分達が場所を間違えてしまったのか戸惑ってしまうが、どうやら行き先は間違えていないみたいだ。
だとすれば、どうして甲斐斗がその方向から歩いてくるのかが分からない。
「んじゃな」
どうせ聞かれる事は分かっている。一々答えるのも面倒なので甲斐斗は軽く手を上げ愁達とすれ違うと足早に行ってしまった。
「え、あ……はい」
それをただただ見ていることしか出来なかった愁。羅威やエリルも不思議そうに甲斐斗を見ていたが、ここで立ち止まっていても仕方ないのでまた会議室に向けて歩き始めた。
甲斐斗の方は無事に艦から出たのだが、出口のすぐ横に退屈そうに壁にもたれ掛かるエラの姿があった。
「こんな所でなにしてんだ?……あぁ」
足を止めて甲斐斗は声をかけてしまったが、正直今は関わりたくないので少し後悔してしまう。
声をかけられたエラは甲斐斗を見つめると相変わらずの無表情で喋り始める。
「無心となり空虚な意識を保っていた」
「つまりぼーっとしてたんだろ。ややこしい言い回しをするな、お前と会話するたびに一々面倒なんだよ」
「ぼーっと、とはなんだ?」
「もういい忘れてくれ。それよりお前は参加しなくていいのか?……って、さすがに無理か」
もう直ぐ会議が始まるというのにエラはこんな所で何をしているのだろうかと疑問に思ったが、ERRORである彼女が人類の命運をかけた戦いの作戦会議に出られるはずもない事に気付いてしまう。
「どうだ、人間の事を大分観察できたか?」
「ああ、だがやはり人間とは複雑な生き物だな。疑問に思うことが多々存在する」
「だろうな。ま、精々苦悩してくれ」
「甲斐斗、一つ聞きたい事がある」
「ん、なんだ」
「人間はなぜ口と口を密着させるんだ?」
「……どゆこと?」
エラの言っている事が全く理解できず質問された甲斐斗が首を傾げてしまう。
するとエラが咄嗟に壁から離れると、甲斐斗の顔を両手で掴み強引に自分の顔を近づけた。
「ぃ───ッ!」
咄嗟に両腕で払い退け後方に跳躍、全力で回避に成功した後に黒き大剣を取り出した甲斐斗は剣先をエラに向けた。
「いきなり何すんだよっ!?」
尋常じゃない甲斐斗の拒絶反応にもエラは無表情のまま見つめていたが、首を傾げ甲斐斗の行動について疑問を述べた。
「私がERRORだから避けたのか?」
「いや、ただ単に驚いただけだが。お前が何を言いたいかなんとなく理解できた」
剣を手元から消し軽く溜め息を吐いた後、甲斐斗はエラに近づいていくと壁にもたれ掛かりながら話しを続けていく。
「お前は誰かを、何かを愛した事ってあるか?」
「人間を理解する上で必要な要素の一つだな。今の所私にはそういった感情は湧かない」
「そうか。じゃあな」
会話終了。甲斐斗はさっさと歩き始めようとしたが、直ぐにエラに肩を掴まれてしまう。
「待て、教えられないのか?」
なんでこんな時に限ってこういう事を聞いてくるのか……アビアや神楽との件もあり正直今甲斐斗は何も考えたくなかった。
「面倒くさいなぁ。そういう事について聞きたいなら俺じゃなくて他の奴に聞け」
「なぜだ?お前も愛が分からないのか?」
「……分からん。分かったら教えてくれ」
「ふむ、いいだろう。私が理解した時お前に愛を教えてやろう」
「そりゃ楽しみだ」
全く期待していないが、とりあえずエラとの会話に区切りをつけれたので甲斐斗は壁から離れ基地に戻ろうとした時、突如基地とBNの戦艦から警報が鳴り響いた。
周りの兵士達が動揺する中エラもまた動揺していたが、その理由は敵の存在を知らせる警報音ではなかった。
───BNの艦内にある会議室にもその警報音は鳴り響いていた。
咄嗟の出来事に誰もが緊張した時、突如天井が崩れ落ちると何者かが神楽の前に立っていた。
「で、敵はどこだ」
警報が鳴り響いてまだ3秒もたっていない内に甲斐斗は黒剣を手に神楽の前に立っており、回りが動揺した様子で甲斐斗を見つめたまま身動きがとれずにいた。
「か、甲斐斗?貴方何してるの……?」
神楽が驚くのも無理はない、警報が鳴ったかと思えば突如天井に穴が空き瞬きをすれば既に甲斐斗が立っていたのだから。
「何って、敵が来たんだろ?」
「そうみたいだけど。何も天井を破壊してまでここに来なくても……」
会議室の天井に穴、つまり戦艦の装甲を剣で打ち破り進入してきており装甲には大きな穴が空いていたが、甲斐斗だけは特に気にしていない。
最初は誰が侵入してきたか分からず羅威達BNの兵士は懐にある拳銃を引き抜こうとしていたが、それが甲斐斗だと分かると懐に入れていた手をゆっくりと戻していく。
ダンは既に銃を引き抜き甲斐斗に銃口を向けていたが、それを懐に戻すとまた煙草を吸い始め、紳もまた引き抜いていたサーベルを鞘に戻す。
「最短ルートだからな。あれ、警報が止まったぞ」
甲斐斗が神楽と会話している内に警報は鳴り止み、状況確認の為に紳が近くにあった装置の端末を使い誰かと連絡をとっている。
「何だ誤報か?せっかく急いで駆けつけてやったのに人騒がせだなぁ」
そう言って甲斐斗は手に持っていた剣を消し会議室の出口に向かおうとしたが、紳が甲斐斗よりも早く出口に向かうと後ろに振り向き全員に指示を出した。
「お前達はここに居てくれ。甲斐斗、貴様もここに残っていろ。下手に動いてこれ以上大切な戦艦を破壊されたら敵わんからな」
「へいへい、所でさっきの警報って───」
甲斐斗の言葉を待たずに紳は一人で会議室から出て行ってしまう。
無視された甲斐斗は仕方ないのでミシェルの座っている真横の席に座ると、退屈そうに腕を組みぼーっと天井を見つめ出した。
「……馬鹿ね」
ふと、甲斐斗の耳に神楽の声が入ってくる。それが甲斐斗に向けられた言葉かどうかなど聞くまでもない。
神楽は前を向いたまま甲斐斗の方に向かないものの、その声は近くにいる甲斐斗とミシェルにしか聞こえない程度の大きさだった。
「助けに来るぐらいならずっと側にいればいいじゃない。ほんと不器用ね」
「ふん、お前だって同じくせに」
昨夜、たしかに神楽と甲斐斗は言い争い口論をした。だからといって互いが互いを嫌いになった訳ではない。
甲斐斗や神楽が言い争った理由は大切な人の為、二人の思いは最初から同じだった。
ただ、二人が余りにも不器用だった為に思わぬ擦れ違いを生んでしまった。
「でも私、赤ちゃんの事本気だから」
「ああ、俺ももう口出ししない。ただ最後に一つだけ言わせてくれ。赤城が夢を見たければそれでいい、だがもしその夢から覚めたいと思った時があいつにきたら、お前が力を貸してやってくれ」
「……分かった。約束するわ」
「ありがとう」
誰だって夢に浸りたい時はある、甲斐斗自信がそうであったように……。
警報が鳴り暫くした後、紳は無事会議室に戻ってきたが、その後ろには二人の兵士がついてきていた。
「っ!?」
その場にいたミシェルと甲斐斗を除く兵士達は皆、その兵士の姿を見て驚きが隠せなかった。
皆が驚いた様子を見てミシェルはきょろきょろと回りを見渡すと、ミシェルもまた遅れて驚いたような表情で二人を見つめ始める。
しかし甲斐斗はこの二人の兵士が何者なのか分からずじっと顔を見つめていると、要約一人の男の顔を思い出した。
「あれ、お前ってたしか……」
「NewFace所属今は無き中部軍事基地の総司令官、瓜野騎佐久だ。後ろにいるのは私の部下である菊大佐。……君があのアステルに良く似た正体不明の男か、直接会うのは初めてだな」
紳の後ろに立っていた二人の兵士。それは死んだと思われたNewFace所属の騎佐久と菊だった。
回りが混乱するのも無理はなく。ここにいる理由がまだ分からないものの、騎佐久達が最後のEDPに協力する事になれば戦力は僅かながら上がる事になるが、神楽は二人が人間ではなくERRORではないかとさえ疑っている。
「皆落ち着け、事情は俺が今から説明する」
紳は落ち着いた物言いで周りの兵士達に言葉をかけると、もといた自分の席に戻り、騎佐久と菊もまた近くの席に座ると紳の方を向いた。
NewFace
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Saviors
人類最後の戦力、人類最後の希望。
全軍が力を合わせ、最後のEDPに挑む為の作戦会議が開かれるのであった。