第137話 幻想、願望
───安心したい。
どうしてかわからない。でも、時々無性に不安になる時がある。
今の俺は、まさにそうなんだろう……と、暗闇に包まれた世界で甲斐斗は一人思っていた。
「またか……」
意識はぼんやりとしているが、不安な気持ちだけははっきりしており、既に何度もこういった経験をしてきた甲斐斗にとっては憂鬱な気分だった。
どうせここは夢の世界、神楽達が風呂に入っている間に寝てしまったのだからそうに違いないのだろう。
「今日はよく夢を見るなぁ……今度はどんな夢なんだ、また俺を苦しめるんだろ?」
誰かが死ぬ夢か?誰かが苦しむ夢か?誰かが泣く夢か?……どちらにしろ、ロクな夢じゃない事はわかっている。
むしろどんな苦しい夢を見せられるのか、逆に期待すらしてしまいそうだ。
すると先程言った甲斐斗の言葉に反応するかのように暗闇が微かに歪むと、一人の女性が柔らかい光を纏いながら近づいてくる。
光で顔がよくみえない、それほど強烈な光という訳でもないが、甲斐斗は眩しく感じてしまい思うように目を開けられなかった。
「いったいなんなんだ……っ」
目を閉じてしまった瞬間に、自分の胸に何かが当たる感覚が伝わってくる。
目を開け自分の胸元に目を向ける、ようやく事態が把握できた。
自分に近づいてきていた光を纏った女性が抱きついてる。
顔を甲斐斗の胸元に埋め抱きついている為に誰なのかは分からないが、自分の胸の中にあった不安な気持ちが消えていくのを感じ甲斐斗は腕を伸ばし恐る恐る抱き締める。
やはりそうだ、女性の心地よい温もりが伝わってくるのが分かる。負の感情は消え、安らぎと癒しを感じられた。
もう離さない、離したくない、離れたくない。自分の側にずっといてくれる大切な存在。
そうか、これが安心なのか───。
……どうだろう、それはまだ、過程、なのだろう。
落とす、ための、それは、まるで、蝕む、毒の、ような、薬。
仮に、もし、そうだと、しても、孤独、とは、無縁。
だと、すれば、安心、とは、この、手に、ない。
欲求だ、強引に、手に、入れ。それか、互いで、了承し、薬に、して。
毒、毒、毒、毒、毒、毒、毒、満たし。
それは、きっと、最高の、最高の、『アンシン』、なのだろう。
「う゛ぐッ───く───っ……はっ、ぁつ、はっ、あっ……」
目が覚めたと言うのに、辺りは何も見えない暗闇が広がっている。まだ夢の中かと甲斐斗は思ったが、微かに天井が確認できるとここが神楽の部屋だという事に気付く事が出来た。
皆はもう寝たのだろう、時間は分からないがきっと深夜に違いない、そんな真夜中に甲斐斗は悪夢から覚めたようだ。
全身からじんわりと汗をかき、胸に重みを感じる、それになんだか暑い。
喉も渇いたしとりあえず何か冷たい物を飲もう、そしてその後神楽達が寝室にいるか確かめてこよう。
甲斐斗はゆっくりと起き上がろうとしたが、全身の気だるさに思うように体が上がらない、それに、やはり先程からどうも体が重い。
「はぁ……はっ?」
甲斐斗が重いと感じるのも無理はない、自分の胸元を見てみれば、そこには寝息をたてながらパジャマ姿で自分に抱きついている唯の姿があったのだから。
重いと感じた理由はこれか……と、一瞬だけ冷静に状況を判断したが、驚きの余り咄嗟に自分から引き離そうと唯の肩に手をおいた。
しかし……甲斐斗は躊躇ってしまい、それが出来なかった。
むしろ自分から強く、優しく抱き締めたい。もっと触れていたいとまで思ってしまう。
「でも、それじゃ……駄目なんだよな」
自分に何かを言い聞かすように、甲斐斗は決心して唯を自分からゆっくりと離すと、その小柄な体を軽々と抱かかえ寝室に向かった。
「俺にはまだやる事が……やらなきゃいけねえ事が山ほどある……」
寝室に入ると、ベッドの上にはすやすやと寝息をたてながらミシェルが眠っており、甲斐斗はミシェルの隣に唯を寝かせると、寝室にいなかった神楽を探しに研究室へと向かった。
案の定、研究室には暗い室内で一人パソコンの前に座る神楽の姿があり、ようやく甲斐斗は安堵することができた。
研究室に誰かが入ってきたのに気付いた神楽はコーヒーカップを片手に後ろに振り向くと、心配した表情で甲斐斗に話しかけた。
「あら、起きたみたいね。顔色が悪いわよ、大丈夫?」
「顔色悪ぃのはいつもの事だろ」
軽く冗談を言ってのける甲斐斗だったが、それでも神楽の表情は変わらなかった。
むしろ変に強がってる甲斐斗が神楽には弱々しく見えてしまう。
室内に置いてある時計を見て今が深夜0時を過ぎているのを確認すると、甲斐斗はゆっくりと神楽に近づいていく。
「全く、気付いたら唯が抱きついてるし寝苦しくってしょうがなかったぜ。お前はまだ寝ないのか?」
そう言って神楽が見ていたパソコンのモニターに目をやるが、神楽から何の言葉も返ってこない為ふと神楽の方に顔を向けると、神楽は未だに不安な表情で見つめてきていた。
「ん、どうした?」
「……なんでもないわ」
甲斐斗は何も覚えていないのだろう。
……数時間前、神楽達が風呂から上がり部屋に戻ると、ソファの上で寝ている甲斐斗が苦しく魘されているのが見えた。
額に汗を滲ませ、右手を必死に伸ばし続ける。
まるで苦しみから逃げたい、解放されたいと言わんばかりに、甲斐斗は何かに縋りたがっていた。
それを見て神楽はすぐに甲斐斗を起こそうと思い近づこうとしたが、神楽よりも一歩早く唯が動くと甲斐斗に歩みより、苦しんでいる甲斐斗の右手を両手で包み込むように握り締めた。
その途端、甲斐斗は微かに笑みを浮かべるとその握り締めてくれた手を握り返し、唯を引き寄せ抱き締めると、そのまま何事もなかったかのように大人しくなり静かに眠ってしまった。
「あれ、赤城の姿がねえけど……」
甲斐斗の言葉に神楽の意識が戻される、どうやら甲斐斗が赤城の姿がない事に気付いたらしい。
「赤ちゃんならベッドに移したわよ」
「え?まさかもう治療が終わったのか?」
「終わってないわよ、あの傷はそう簡単に治せるものじゃないの。それに、あの液体に浸す時は重傷を負った箇所の応急処置をする時だけ。人体を長時間あの液体に浸しすぎるのも危険なのよ」
最先端の医療であるあの液体も万能ではないらしく、強引な治療を続ける事は体にそれだけ負担をかけてしまう為、頃合を見計らい神楽は赤城を医療装置から取り出し包帯を変え服を着せた後、ベッドの上で安静に寝かせている。
「そうなのか……まだ赤城は意識を取り戻してないのか?」
「……そうね、未だに眠り続けてるわ。体を検査してみたけど脳に異常もないし時期に目を覚ますと思うけど」
「よし、今赤城がどこにいるか教えてくれ。ちょっと様子見てくる」
「すぐ隣の部屋よ。今は深夜なんだからくれぐれも起こさないようにね」
「言われなくても分かってるっつーの」
そう言って赤城の所に向かう甲斐斗だが、その後ろ姿を神楽が心配そうに見つめている事など知りもしなかった。
───「あれ……」
赤城の寝ている部屋に入った途端、予想外の光景に甲斐斗は足を止めてしまう。
意識は戻らず安静に眠り続けているはず、そう思っていたが違っていた。
ベッドの上で体を起こしぼーっと前を見つめたまま微動だにしていないものの、赤城は何事もないかのように目を覚まし起きていた。
「赤城!目が覚めたみたいだな!」
嬉しさでつい声が大きくなってしまうのも無理はない。
赤城はあれだけの重傷を負っていたのだ、このまま二度と目を覚まさないのではないかと不安になっていたが、目の前の赤城はしっかり目を覚ましている。
甲斐斗の声を聞いて赤城はゆっくりと甲斐斗の方に顔を向けると、ゆっくりと口を開き一言呟いた。
「コーヒー……」
「コーヒー?おお、そうかそうか!赤城はコーヒー好きだったっけ、待ってろ!すぐもってくるから!」
まさか起きてそうそうコーヒーを頼まれるとは思ってもいなかったが、こうして赤城が無事意識を取り戻したんだ、コーヒーでもなんでももってきてやろうと甲斐斗は思いながらすぐに神楽のいる部屋へと戻った。
コーヒーと言われても作るのは面倒だし時間がかかる為、手っ取り早くコーヒーを赤城に飲ませるには神楽が飲んでいるのを渡すのが一番手っ取り早かった。
「神楽!これ借りるぞ!」
研究室に戻り机の上に置かれてあるコーヒーカップを手に取ると、急いで部屋から出て行こうとする、それを見ていた神楽は咄嗟に立ち上がると手を伸ばし甲斐斗を引き止めた。
「ちょっと!なに勝手にもっていこうとしてるの?コーヒーが欲しいなら自分で淹れなさい」
部屋を出て行った時の甲斐斗とはまるで違う、今のは甲斐斗はとても活き活きとしている為神楽は少し困惑気味だったが、次の言葉を聞いて息を呑んでしまう。
「俺じゃなくて赤城が欲しがってるんだよ、早く飲ませてやりたいだろ!」
そう言って甲斐斗は強引に歩きはじめ神楽の手から離れると、まだ温かいコーヒーカップを片手に赤城の部屋に戻った。
「ほら!コーヒー持ってきたぞ!」
部屋に戻れば相変わらず正面を向いたままぼーっと壁を眺め続ける赤城がいたが、甲斐斗は特に気にすることなくコーヒーカップを赤城に差し出した。
漂ってくるコーヒーの香りに赤城は再び顔を甲斐斗の方に向ける、その甲斐斗の表情は赤城が意識を取り戻した嬉しさで笑みを浮かべていた。
だがその笑みも、赤城の言葉によっていとも簡単に崩れることになる。
「由梨音が淹れたコーヒー?」
「……えっ?」
甲斐斗は最初、赤城が何を言っているのか理解できなかった。
由梨音が淹れたコーヒーではないし、そもそも由梨音は死んでいる、それも赤城に抱き締められその腕の中で死んでいた。赤城はそれを知らないのか?
そんな訳がない。赤城が抱かかえていた由梨音は頭を撃たれ血を流して死んでいたと聞いている、だとすれば赤城がそれを見ていない訳がない。
赤城は今、何を言っているんだ?
「赤城?お前、知らないのか……?由梨音はもう───」
「甲斐斗ッ!!」
後ろから自分の名前を叫ぶ神楽の声に甲斐斗は驚き言葉を止めてしまう。
そして神楽は部屋に入るな否や甲斐斗の服を掴むと強引に引っ張り部屋から出してしまう。
赤城のいる部屋の扉が閉まり、甲斐斗と神楽は黙ったままその扉を見つめていたが、ふと甲斐斗が後ろに振り向き神楽を見つめた。
「神楽?どういうことだ?」
神楽は知っているのだろう、赤城の現状について何があったのかを。
だからこそ神楽は甲斐斗を止め、すぐに赤城から引き離した。
じっと見つめられている神楽は甲斐斗から目を逸らしながら小声で話し始めた。
「……ごめんなさい。嘘……ついてたの……」
まるでこれから叱られるのを待つ子供のような表情に、甲斐斗は落ち着いて喋り始めた。
「分かってる、だからってお前を責めたりしない。理由があったんだろ?……全て、話してくれないか?」
神楽が、悪戯や私利私欲の為にこんな嘘を吐くような女性ではない事ぐらい甲斐斗は知っている。
嘘をつくのには理由がある。それはきっと赤城の為なのだろう。
甲斐斗の言葉に神楽は頷くと先程までいた研究室に戻り、神楽は先程まで座っていた椅子に再び座った。
「実はね、赤ちゃんは私達と出会った時から既に意識を取り戻していたのよ」
「なっ……マジかよ」
甲斐斗には黙っていたが、神楽がBNから赤城の身柄を引き渡してもらい治療装置に赤城を入れようと拘束具を外し目隠しを取った時、既に赤城は意識を取り戻し目を開けてじっと神楽を見つめていた。
最初は嬉しかった。すぐに声をかけ赤城と喋ろうとしたものの、赤城は再び目を瞑り眠りについてしまう。
それから何度呼びかけても、体を揺すろうとも赤城は一向に起きようとはしない、検査装置で脳波を調べると、たしかに赤城は睡眠から目が覚め意識を取り戻していた状態だった。
だが赤城は起きない。目を瞑り、再び眠りにつくまで目蓋を閉じ続ける、そして何時間か寝てふと起きてしまうと、赤城はまた目を瞑り眠りについてしまう。
「なんで。どうして赤城はそんな事を……脳に何か異常でもあったのか?ERRORに何かされたのか!?」
意味が分からない。赤城は既に意識を取り戻しているのなら、何故そんな事をするのか甲斐斗には分からなかった。
甲斐斗の質問に神楽は俯きながら首を横に振ると、神楽は頭を抱えながら溜め息を吐いてしまう。
「赤ちゃんはね。夢を……見てるのよ」
「夢……?」
「そう、夢よ。それも、あの子にとって最高の夢をね」
赤城にとって最高の夢───その世界にはきっと由梨音も生きているのだろう。
武蔵だっているに違いない、戦争とは無縁の安らぎの世界に今、赤城はいる。
だとすれば、この現実の世界に帰ってくる理由など、もうどこにも存在しないのではないか?
「現実を受け入れるにはもう少し時間が必要なの、だから今は赤ちゃんをそっと───」
「それじゃあ……駄目なんだよッ!」
声を荒げた甲斐斗はもう一度赤城に会いに行きはじめる、扉を開けば相変わらずぼーっと前を見続ける赤城がおり、甲斐斗は足早に近づいてくが、ふと後ろから神楽に抱き締められ足を止めてしまう。
「お願い。今はそっとしておいて……私、これ以上あの子が傷つく所を見たくないの……!」
赤城は今まで十分世界の為に戦った。
こんな狂った世界で何人もの仲間を失いながら、赤城は仲間の為に、約束の為に戦い続けてきた。
しかし、戦い続けた赤城が報われる事はない。気がついたら自分の仲間は全員死に、赤城の心は徐々に磨り減っていく。
今まで見てきた仲間の笑顔はもう二度と見れない。もう、赤城が戦う理由や目的は存在しないのか……?
それなら赤城には幸せになってほしい。それが例え夢だろうが何だろうが、赤城が幸せと感じるのならそれでいいじゃないか。
その幸せに限りはあるかもしれない、だが現実だってそうだ、いつか幸せは消えてなくなる。せめて世界が終わるまで、赤城には最高の夢の世界を───。
「人はな……夢に縋ったら終わりなんだよ」
言葉を吐き捨てるようにそう言って後ろに振り向くと、そこには涙で頬を濡らした神楽が立っており、甲斐斗は言葉を続けていく。
「それは神に祈りを捧げるのと同じような事だ。有りもしないまやかしを信じて、頼って、それで現実が変わるのか?世界が変わるのか?生きている内はそんな者に縋るな。縋るなら人に縋れ、人を頼れ、人を信じろ……だって、赤城にはまだお前がいるじゃねえか」
自分の思いを神楽に分かってほしい。そのつもり甲斐斗は話し続けるが、神楽は甲斐斗の言葉を聞いて敵意を示すように睨みつける。
「貴方に何が分かるの?縋った人が死んで、頼った人が殺されて、信じた人に裏切られて。それでも貴方はまだ他人を思えと言うの?……貴方が思ってる程、人の心は強くないのよ───ッ!」
人の心は傷つきやすい、その為に脆く儚い為、簡単に壊れてしまう。
神楽には今まで何人もの人達を見てきたらこそ分かっている。レンだってそうだ、幼い彼女の心を治すことが出来ず、新たな心を作り出す事でしか彼女を救うことが出来なかった。
心の傷から開放される人など神楽は今まで見たことがない。
裏切られた人は信用することを忘れ、苛められた人は関わりを忘れ、心を汚された人は癒しを忘れ、心を壊された人は自分を忘れる。
それはまるで、消耗品のようなものだ。
「弱いから人は強くなろうとするんだろ!?赤城もお前も生きてるじゃねえか!なに今更諦めようとしてんだよッ!!俺はッ、俺は絶対に諦めない。俺は死なないし生き続ける、そして俺の力でお前達を守る!この世界だって俺が救ってやる!だから俺は戦い続けるし絶対に逃げねえ!!」
甲斐斗にとって生きている限り最後まで戦い続ける事は既に決心している。
まるで自分の心に迷いがないと言わんばかりの言葉に、神楽は納得が出来なかった。
「強くなろうとする?本当にそうかしら、貴方はただ強がってるだけで本当は弱い、そして貴方は自分の弱さから目を逸らしたいから声を荒げ強さに拘り強調するんじゃないの?」
何かと甲斐斗だって不安定な時が多々ある。
ミシェルに裏切られたと思った時もそう、それに今日だって唯との件があり何かと様子が変だった。
そんな男が幾ら奇麗事を並べても神楽から聞いてみればただの戯言にしか聞こえない。
「あのな……俺だってな、弱る時もあれば悩んだり苦しんだり馬鹿することだってあるよ。逃げてしまいたい、夢に縋りたい、眠り続けていたい、何千何万と考えてきたしもう何もかもどうでもいいって思う時もある。けどさ……それじゃあ何も変わらないんだよ」
動かなければ自分も今も世界も何も変わりはしない。
問題は実現できるかどうかじゃない、行動できるかどうだった。
「俺は変えたい。それなら自分が動くしかないだろ、だってまだ生きてるんだぜ?生きてる自分が動かないで誰が自分を、今を、この現実、世界を変えるんだ?」
「甲斐斗、そう言って貴方は今まで大切な人を守れてきたの?世界を変えられたの?自分を変えられたの?貴方は、自分に答えを出せる時が来ると思ってるの?」
互いの思いが通じ合わない。甲斐斗は必死に自分の意思を伝えていくが、神楽負けじと喋り続け一向に引き下がろうとしない。
今まで何度か神楽と口論になる事はあったが、今回は余りにも互いが熱くなりすぎている。
だから甲斐斗は理解した、今ここで言い返し続けても、神楽も必死になって抵抗してくるだろうと。
言いたい事は山ほどある、そして神楽だからこそ分かって欲しいと思っている、だが今は───。
「……お前の言いたい事も分かる、だから俺を理解してくれなんて言う気はねえ。ただ、俺はベッドの上で世界が滅びるのを待ちながら夢の世界で戯れる人生なんて絶対に嫌だ」
そう言うと甲斐斗は後ろに振り返り赤城のいる部屋から出て行こうとしたが、扉の前で立ち止まると最後に一つだけ自分の思いを伝えた。
「だけどさ……もしそんな人生がお前等にとって幸せだと言うのなら、俺はもう何も言わねえ。だって、俺はただ……ただ、さ……お前等に……幸せに、なってほしい……それだけだから…………」
それだけ言い残すと甲斐斗は赤城のいる部屋を後にした。
部屋に残された赤城は甲斐斗と神楽の話しを聞いていたのか分からないが、赤城は先程からじっと甲斐斗と神楽を見つめていた。
それに気付いた神楽は赤城に近づくと、優しく頭を撫ではじめる。
「ねえ、赤ちゃん……幸せって、なんだろうね……」
「空、を」
「ん?」
「空を、飛ぶこと……?」
「……そうね、それもきっと幸せな事なのよね……さ、晩いからもう寝ましょう、目を瞑って」
言われるまま赤城は目を瞑ると、また夢の世界へと落ちていく。
「おやすみ」
出来ることなら自分も赤城の夢の世界に行きたい、そう思いながら神楽は涙を流しながら赤城に抱きつき頬を重ねる。
甲斐斗の思いは少なからず神楽に伝わっていたが、今の神楽にとって赤城は必要不可欠な存在だった。
それは赤城も同じなのだろうが今の赤城は夢の世界、それでもいい……休まるのなら、例えそれが夢でも。
いつか本当に目覚めた時、自分が出来ることは何か───神楽はそれを考える事から始めるのであった。