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第136話 一存、自由

───神楽の部屋の前で雑談をしている甲斐斗とダン、下らない話をしながら煙草を吸っていると気付かない内に時間もかなり経過しており、通路の窓からは既に夕日が差しこみ夕暮れ時となっていた。

「EDP最後の作戦会議が明日あるのか……つってもどーせやる事変わらないんだろ?一回目のEDP同様に円盤型の起動兵器取り付けて、その後穴の空いた巣にELBをぶちこめばいいんだよな」

ダンから聞いた話しに甲斐斗はそう言うと、ダンは溜め息交じりに煙草の煙を吐いた。

「だと思うがな。ただ、最後のEDP開始地点には一つ問題があるらしい」

「問題?」

「ERRORの巣の反応は確認できているが、実際に巣周辺の地形がどんな所かまだ把握できてねえんだとさ、衛星からの観測も不可、偵察機を飛ばしても衛星同様に映像は映らず偵察機も戻ってくる事はないみたいだ」

「なんだそれ……じゃあ行って見てのお楽しみって事か。わくわくするな~」

実際にはそんな期待など毛ほどもしてない甲斐斗、声にもやる気がなくだらだらとした雰囲気で二人は既に数時間も会話している。

「しっかし紳の奴、唯の料理を食べなかったのか?てっきり試食でもさせられると思っていたんだが、部屋から出てきたかと思えば俺を少し見て無言で去っちまうし」

甲斐斗は今でも鮮明に覚えている、紳が神楽の部屋に入って少し時間がたった後、神楽との話しを終えた紳が部屋から出てくると、甲斐斗の方を見て何かを言うのかと思いきや何も言わずにその場を立ち去ってしまう。

「まぁいいか、さて……そろそろ夕飯かぁ?俺にとったら今夜が最後のEDPの気がしてきたよ」

そう言って壁にもたれ掛かっていた甲斐斗が神楽の部屋に入ろうとしたが、ダンは煙草を加えたまま動こうとしない為足を止めてしまう。

「え、おっさん行かねえの?」

「残念だが俺はここで誰が来るかを見張ってなくちゃあいけねえからなぁ」

「飯の時ぐらいいいだろ」

「悪いがこれが俺の仕事なんだ」

たしかに傭兵のダンは唯の身を守る為にこの場に来ている為何一つ間違った事は言っていない。

だが甲斐斗からすればこの場にいれば飯は食わずに済み、更に煙草も吸える為この場から離れるメリットがないことぐらい分かっていた。

「へいへいわかったよ……仕事なんだろ、しっかり見張ってろよ」

相変わらずダンは煙草を吹かしておりこれが本当に仕事をしている人間の態度なのか不に落ちないが、甲斐斗は意を決して神楽の部屋に入った。

扉が開いた途端に漂ってくる匂い、それは甲斐斗の食欲をそそるには十分なものだった。

更に目に飛び込んできたのはテーブルに奇麗に並べられた料理の数々に、甲斐斗は魅入れてしまい直ぐに近づいていく。

肉じゃがに野菜炒めに味噌汁など、和食を中心とした料理が幾つも並んでおり、その見た目と匂いはなんとなくだが懐かしを感じた。

「これって……」

甲斐斗が並べられた料理の数々に呆気にとられていると、キッチンから最後の料理を持ってくる唯が現れ声をかけられる。

「あ!丁度この料理を置いたら呼ぼうと思っていた所です!」

そう言って魚の煮付けが入ったお椀をテーブルの真ん中に置いた時、ふと唯の指を見た甲斐斗が思わず声をあげてしまう。

「おまえっ、この指どうしたんだよ……!」

唯の手には包帯が巻かれ指には絆創膏が張られており、甲斐斗は唯の手を取りよく見えるように顔に近づけると、急に手に振れられた唯は照れながら俯いてしまう。

「そ、その……包丁を使うのに慣れてなくて……申し訳有りません」

幾ら包丁を使うのに慣れてないからといってここまで手が傷つくものなのか……甲斐斗は少し疑問に思ったものの、これ程の怪我をしても料理を作り終えた唯を見て今はそんな事どうでもよかった。

「いやいやいや、お前が謝る事なんて何一つない。よく頑張ったな……全部一人で作ったのか?」

内心今でも少し信じられないぐらいの料理の出来栄えに甲斐斗はそう唯に聞いてみると、それに答えたのは唯ではなくキッチンから出てきた神楽だった。

「ええそうよ。私が教えて彼女が料理をしたの、だから私は何一つ手を出してないわ」

神楽は料理の並べられたテーブルに立つ唯の隣に立つと、笑みを見せて優しく唯の頭を撫でた。

「よく頑張ったわね……さ、料理が冷めない内に夕食にしましょう。先に座ってて、お昼寝してるミシェルちゃんを起こしてくるわ」

寝室に神楽が向かい唯と二人きりになった甲斐斗は、そっと唯の手を離すと椅子に座り目の前に並べられている料理をもう一度見回していく。

どの料理も美味しそうに作られており、その見栄えは数時間前に食べさせられた料理と同じものだとは決して思えない程だ。

唯は甲斐斗と向き合うように椅子に座り、前を向いたままニコニコと笑みを浮かべ嬉しそうに甲斐斗を見つめていると、ふとダンの事を思い出し席から立ち上がった。

「私はダン様をお呼びしてきますね」

「いや、呼ばなくていい。あいつは煙草の吸いすぎで腹一杯だから飯はいらんって言ってたぞ」

「えっ?そうなんですか……残念です」

適当な嘘をついてダンを呼ばせないようにすると、その言葉を簡単に信じてしまう唯は再び椅子に座ると丁度良く寝室からミシェルと神楽が戻ってきた。

ミシェルはまだ眠たそうに目元を擦っていたが、椅子に座り並べられた料理を見た途端、目を見開き満面の笑みを浮かべた。

「わぁ~!おいしそー!」

見栄えだけではない、料理の美味しそうな匂いだけで十分に眠気が吹っ飛んでいく。

「だよな!?余りに美味そうだったから言い忘れてた」

ミシェルの言葉に甲斐斗も便乗すると、唯も嬉しそうに微笑んでくれる。

「本当ですか!?ありがとうございます、さぁ召し上がってください」

「いただきます!」

その言葉を待っていた甲斐斗は直ぐに手を合わせた後、箸を握ると直ぐに肉じゃがを食べ始めた。

見た目は完璧、匂いも良し、残るは味だけ……唯は甲斐斗がなんて言ってくれるのかを期待しながらじっと待っていた。

「うまい!」

思わず笑みを浮かべてしまう程の美味しさに驚く甲斐斗、他の料理もどんな味なのか気になり次々に自分の口に運んでいく。

驚くことにどれも自分好みの味付けがされており、甲斐斗は懐かしさを感じつつ料理を食べていた。

甲斐斗の横に座っているミシェルも笑顔で料理を食べており、唯の横の椅子に座っている神楽も料理を食べては満足気に頷いている。

その後も甲斐斗は『うまい』と何度も言いながら沢山の料理を口いっぱいに含み食べていく。

美味しそうに料理を食べている姿を見れるだけで唯は嬉しさの余り涙を零したが、直ぐに拭き取ると自分もまた料理を食べ始めた。


───「あー食った食った。腹一杯だぁ」

満足気な表情を浮かべた甲斐斗がそう言って椅子の背凭れに凭れ掛かる。

唯の作った料理は奇麗に食べられあっという無くなってしまう。

「にしても本当に美味かったな……神楽の料理を超えてたぞ」

唯の料理を絶賛し続ける甲斐斗に唯は照れながら食器を洗う為に持ち上げようとした時、その持とうとした食器を甲斐斗が取ってしまう。

「その手じゃ無理だろ。俺がやるよ」

そう言って甲斐斗はテキパキと食器を重ね台所に持っていくと、スポンジに洗剤を掻け慣れた手つきで食器を洗っていく。

(懐かしいな……)

皆の食べ終えた料理の食器を洗いながら甲斐斗が昔の事を思い出していると、誰かが後ろに立つ気配を感じた。

「甲斐斗、洗い物が終わったら唯ちゃんにお礼を言ってきなさい。唯ちゃん貴方の為に本当に一生懸命頑張ったのよ」

「……言われなくても分かってる」

「貴方と何があったかは聞かなかったけど、料理を作る時貴方の事をとても心配してたのよ。だから元気になってもらいって言って熱心に料理をしていたわ。それに……あの子の手、見たでしょ?あれは不器用だから出来た傷じゃない……刃物を握ると手の震えが止まらなくなるの」

「どういうことだ……?」

神楽の思いがけない言葉に食器を洗っていた甲斐斗の手が止まり、ふと神楽の方に視線を向けた。

「ここに来た唯ちゃんのお兄さんに聞かされたわ。あの子は刃物や拳銃のような危険な物に触れないらしいの、震えが止まらなかったり吐き気を催したり……その時によって様々な症状が出るらしいわ」

「は?なんだそれ、そんな事初めて聞いたが……あいつそんな事一言も言ってなかったよな」

「人前でそんな事言える訳ないでしょ……」

その時、ふと唯と初めて出会った時の記憶がよみがえる。

甲斐斗を助ける為に自ら拳銃を自分に突きつけた後、異常なまでに手を洗っていた理由がそういった恐怖症の原因だった事にようやく気付かされた。

「あいつ……だったらなんで……」

「言ったでしょ。貴方の為って」

「……はぁ、ちょっと話してくる」

そう言うと甲斐斗はまだ洗い終えてない食器を流し台に置くと、壁にかけられてあるハンドタオルで手を拭った後神楽を横切り唯の元へと向かった。

丁度唯はミシェルと二人でソファに座り楽しそうに会話をしており、甲斐斗は足早に唯の前に立つと唯がこちらに気付き顔を上げるのを待った。

「甲斐斗様?」

突然自分の前に立った甲斐斗に唯は首を傾げると、甲斐斗は無表情のまま素っ気無く口を開く。

「えーっとだな……」

「はい?」

思うように言葉が出てこない、見つめてくる唯はきょとんとした表情で甲斐斗の顔をじっと見つめており、それによって更に甲斐斗の頭の中が真っ白になっていく。

「その……なんていうか…………飯……作ってくれてありがとな、本当にうまかったぞ」

面と向かって言おうと思っていた甲斐斗だったが、無性に照れくさくなり視線を逸らしながら言ってしまう。

もう何度も言っていたはずの言葉なのに、まるでそれが一番最初に言ったかのような初々しさだった。

「わ、私!甲斐斗様に満足してもらえてとっても嬉しいです!」

「そ、そうか。それは、良かった……じゃ、俺食器洗ってくるから、ゆっくりしてていいぞ」

「はい!」

お礼を言い終えた甲斐斗はまた台所に戻り食器を洗い始めるが、その表情は落ち着いており、少し違和感を感じた神楽が声をかける。

「甲斐斗?……どうかしたの?」

「別に……神楽も、いつも飯作ってくれてありがとな……」

やけに素直に、そして落ち着いた物言いで甲斐斗が呟くと、淡々と食器を洗い続けていく。

「え、ええ。どういたしまして」

その慣れない甲斐斗の口調と言葉に神楽は戸惑いつつ、どこか寂しげな雰囲気を漂わす甲斐斗の後ろ姿を見つめていた。



───「お湯が沸いたみたいね。ミシェルちゃん、一緒にお風呂入ろっか」

夕食を済ませた後、神楽はお風呂のお湯が溜まった事を確認すると、ソファに座っている唯とテレビを見ながら会話をしているミシェルに声をかけた。

「うん!あ、ゆいもいっしょにはいろ!」

ミシェルはそう言って包帯の巻かれた唯の手を優しく握ると、唯は少し困った顔をしてしまう。

「わ、私もですか?構いませんけど、寝間着を持ってきていませんので……」

「あら、それは心配ないわよ。近いサイズの物はもってるから」

そう言う神楽の両手には既に寝間着が掴まれており、唯にバスタオルと一緒に手渡してしまう。

それを見ていた甲斐斗は何故神楽がそんな物を丁度良く持っていたのか気になったが、答えはすぐに出た。

(レンのか……)

神楽が持っているという事は、きっとレンは神楽とよくこの部屋で共に過ごしていたのだと容易に想像がつく。

レン・スクルス……いや、守玖珠玲だろうか。

生まれた時から既にこの世は戦場と化し、彼女は幼い頃から戦争という非日常の世界で生きていたが……彼女は死んだ。

まだ子供だというのに、結局レンは生き延びる事が出来ず、化け物となってこの世から消えてしまった。

……レン、だけじゃない。ふと思い返してみれば、大勢の人達が死んでいった。

もうあの笑顔は見れない、もう二度と話すことも出来ない、もう二度と会える事はない、当たり前の事、だが……。

「───も、はいろ!」

「ん?」

ソファに座りながらぼーっと考え事をしていた甲斐斗だったが、ミシェルが手を伸ばして何かを言ってることにようやく気付いた。

「かいとも、いっしょにおふろはいろ!」

「はえ?」

動揺しすぎて『は』と『え』をほぼ同時に言ってしまった甲斐斗、表情と共に動きも固まったままミシェルを見つめていた。

ミシェルの言葉に動揺したのは甲斐斗だけではない、ミシェルに後ろにいた唯と神楽もまた反応してしまう。

「か、甲斐斗様とっおおおおなじ湯船にですか!?そっ、それは!その、えと!」

顔を真っ赤にしながら唯が両手を前に出しあたふたしているが、隣にいる神楽は徐に自分の髪を靡かせると、腕を組みニヤリと笑みを見せた。

「あら、私は別に構わないわよ?」

先程からどこか暗い雰囲気の甲斐斗を心配して、神楽はからかうように言ってのける。

どうせ甲斐斗は顔を真っ赤にしてムキになりながら反応するかと神楽は思っていたが、甲斐斗は神楽から目を背けるとソファに寝転びはじめた。

「4人で風呂とか物理的に無理だろ。さっさと入って来い」

甲斐斗の素っ気無い態度と反応に会話に少し間が出来てしまう、いつものように食って掛かるかと思えば今日の甲斐斗はやけに大人しく素直だった。

「……それもそうね、二人ともいきましょ」

そういう時もある……そう思い神楽は甲斐斗の言動を余り気にする様子を見せず二人と一緒に風呂へと向かう。

部屋に自分一人だけになったの甲斐斗は、テレビの耳障りな音と声を消す為に机の上にあるリモコンを手に取りすぐにテレビの電源を落とした。

「……ったく。クソ……クソッ」

静かになった部屋に残った甲斐斗の心境は複雑で、胸の中にあるもどかしさで苛ついてしまう。

先程の会話、光景、体験が、今の甲斐斗にとっては茶番であり苦痛でしかなかった。

「あー……なんで……なんでこの世界は、俺にッ……」

アビアとの一件が脳裏に過ぎる。

考えたくもない、悩みたくもない、こんな事で一々苦しみ揺らぐ自分にうんざりする。

「俺はまだ……怯えているのか……」

それ以上甲斐斗は喋るのを止めると、眩しい蛍光灯の光りを腕で隠しながら甲斐斗はそっと目蓋を閉じ溜め息を吐くと、苦悩から逃げるように眠りについた。

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