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第133話 現、戯れ

───「どういう事か説明してもらうぞ」

神楽の部屋に戻ってきた甲斐斗とミシェル、そこに待ち受けていたのは料理の特訓をしていた唯だった。

記憶が正しければたしか神楽に料理を教わっているはず、だとすれば何故ダンは唯の料理の餌食になってしまったのか甲斐斗には疑問だった。

そこでキッチンのすぐ隣の部屋にある研究室でパソコンを弄っている神楽に直接聞いていた。

「ってか、なんでお前がここにいるんだよ。料理教えるんじゃなかったのか?」

「ええそうよ。でもまずは唯ちゃんがどれぐらいの料理を作れるのか見てみようと思って一品だけ自力で作るように言ったの。もう完成してるみたいね」

甲斐斗の話しを聞き神楽は軽く首を動かし肩のこりを解すと、早速唯の手料理を試食する為に立ち上がる。

「ああ、完成してるよ。そして既に一人犠牲になった、お前もBNの切り札の威力を確かめて来い」

「何その言い方、まぁいいわ」

甲斐斗の不安な表情と言葉に神楽は疑問を抱きつつ自室から出て行こうとした時、扉をノックする音が聞こえると扉の向こうから唯の声が聞こえてきた。

「神楽様、完成しました!是非食べてみてください」

そう言って唯は部屋の扉を開けると片手に茶碗を持っており、満面の笑みで手料理を差し出した。

甲斐斗は神楽の横から顔を出し恐る恐る茶碗の中身を覗いてみると、案の定そこには紫色に濁った物体が銀色の液体に浸っていた。

「肉じゃがを作ってみました」

甲斐斗と神楽の視界に肉じゃがは存在しない、肉もなければ芋すらない。

「……これ、魔法で作ったの?」

「えっ?」

料理を見て素で出てきてしまった神楽の言葉に唯が不安そうに首を傾げる。

「えーっと、ほら、あれよ。まるで魔法で作ったみたいに美味しそうだから……ね」

不安で心配そうになる唯を見た神楽は直ぐに自分の言ってしまった失言に気付き何とか誤魔化した。

(おいおい、それマジで言ってるのか?)

甲斐斗的にはここで唯にビシっと神楽のいつもの毒舌で言ってもらいたかった為残念極まりない。

「わぁ!ありがとうございます!是非甲斐斗様も食べてみてください、感想を待ってますから」

嬉しそうに唯は微笑むと、扉を閉めて鼻歌を歌いながら離れていくのが分かった。

研究室に残された二人は唯が完全に扉の前からいなくなったのを確信した後、腕を組みながら甲斐斗は神楽の方に顔を向けて一つ聞いてみた。

「見た目の感想を言ってみろ」

「そうね、新種のERRORかと思ったわ」

見た目の酷さに神楽は自分の手に持っている料理が肉じゃがなのか、そもそも人間の食べられる物なのか分からなくなってしまう。

とりあえず手で肉じゃがを扇ぎ匂いを確かめる、その姿はまるで危険な薬品を嗅いでいるかのようだ。

「無臭なのがまた恐怖をそそるわね……ほら甲斐斗、あーんして食べさせてあげるから口を開きなさい」

「俺に死ねと言ってるのか?断る、まだ長生きしていたいからな」

「あら酷い。純情な乙女の手料理をそんな言い方するなんて」

「新種のERRORとか言ってたの何処のどいつだ」

何としてでも先に甲斐斗に食べさせたい、そう思った神楽は茶碗と一緒に渡された箸で固形の物体を摘もうとする。

「これがじゃが芋かしら……」

箸の先端が銀色の液体に触れた瞬間、微かに煙が昇りジュっという何か融けるような音が二人の耳に入ってきた。

時が止まったかのように二人の表情は固まり、無言の時間が続く。

とりあえず神楽が固形の物体を摘むのを諦め箸を銀色の液体から離したが、それを見た甲斐斗が無表情で神楽に聞いてみた。

「俺の目がたしかならさっきより箸が短くなってないか?」

「……そんな事ないわよ。箸を握る位置が少しズレただけ、きっとそうよ」

「だよ、な……」

沈黙が続く。

すると神楽は近くの机の上に茶碗を置き少しだけ短くなった箸を握り締め研究室の実験器具を色々触り始めた。

「成分を分析してみるわ。台所にあったものでこれ程の物を作り上げるなんて興味深いわね」

「俺もそれには興味がある。茶碗が何故融けないのか不思議だが、とりあえず機体の装甲に垂らしてみたらどうだ?」

二人が肉じゃがの分析に必死になっていると、自室の扉がゆっくりと開きミシェルが研究室に入ってきた。

だが二人は夢中でパソコンを見ておりミシェルが入ってきた事に気付かない、するとミシェルは机の上に置かれている茶碗に気付きそっと手に取ってみた。

いつも神楽の料理を食べる時に使っている茶碗なのできっと食べ物が入っているのだろうと思って中を覗いてみると、そこには見た事もない色の液体と固体が付着しており、全く見た事のない食べ物だった。

いったいどんな味なのか気になる……ミシェルは茶碗を両手で支えながらゆっくりと口の中に流し込んだ。

「おいいいいいいいいいッ!?」

その決定的瞬間を見て絶叫する甲斐斗、鬼のような形相でミシェルの元まで走り寄りすぐさま茶碗を取り上げた。

中身を確認、何も入っていない。甲斐斗の声と表情にびっくりして目を見開きたじろぐミシェルに目をやると口元に銀色の液体が付着している。

「ミシェル!絶対にそこから動くなよッ!」

飲み込んでしまった異物を早く出さなければならない、甲斐斗は拳を構えるとミシェルの腹部目掛けて拳を突き出した。

「わわわっ!」

右手の拳を構えた甲斐斗を見てミシェルはびびってしまい軽く横に動いてしまう。

無理もない、料理を食べた後いきなり腹部を殴られそうになれば誰だって避ける。

甲斐斗が突き出した拳はミシェルに掠る事無く後ろの壁に打ち当たり痛々しい音と共に甲斐斗はその場に蹲り悶え苦しんでいた。

「どうなさいました!?」

甲斐斗の声と拳が壁にぶつかった激しい音に驚き唯が研究室に入ってくる。

視界に入ってきたのは目の前で蹲る甲斐斗と、その近くに置いてある空っぽの茶碗だった。

「あ、ご試食なさったのですね!どうでしたか、私の肉じゃがのお味は」

神楽はハラハラしながらミシェルを見つめており、そもそも食べてもいないので味の感想など言えるはずがない。

蹲る甲斐斗は未だに痛みに苦しんでいると、その横に立っていたミシェルが可愛らしい笑みで唯を方を見上げた。

「とってもおいしかったよ!」

「「はあっ!?」」

ミシェルの発した言葉に痛みを忘れた甲斐斗と動揺を隠せない神楽が同時に口を開いた。

「でも、かぐらがつくってくれるりょうりのほうがおいしい!」

そう言って神楽の方を向くミシェル、それを聞いて唯は眼を輝かせながら神楽を見つめていた。

「やはり私の手料理は神楽様の教えによって更に高みに行けるのですね!自信とやる気が込み上げてきました!早速ご指導の方、よろしくお願いします!」

「え……ええっ、わかったわ。それじゃ行きましょうか……」

横目で甲斐斗を見ながら汗を掻きつつ神楽は上機嫌な唯と共に研究室から出て行く、ミシェルは甲斐斗が心配になり肩を揺すってみると、甲斐斗はミシェルの腹に軽く手を当てた。

「ミシェル、お前本当に大丈夫なのか……?」

甲斐斗の言葉の意味が分からずミシェルは首を傾げる、その様子を見ていた甲斐斗はどうやら今の所ミシェルに危険が無い事が分かりほっと一安心した。

「心配させやがって……しかしよくあんな物を食べようと思ったな。いいか?茶碗に入ってるからといってそれが必ずしも人間の食べられる物とは限らないからな、不用意に何でも口に入れたら駄目だぞ」

「ご、ごめんなさい」

反省したミシェルは頭を下げて謝ると、甲斐斗はふと一つの疑問が頭の中に浮かんだ。

「……なあ、あの料理、どんな味がしたんだ?」

今一番気になるのはこれだった。

見た目だけでは料理の味は分からない、ミシェルが美味いと言ったとすればそれはきっと自分も経験した事がある味のはずだと甲斐斗は思った。

「ん~、しゅわしゅわしてた!」

「ちょっと口の中見せろッ!!」

冗談じゃない。そう思って甲斐斗は強引にミシェルを押し倒すと無理やり口の中を覗き込もうとする。

「ふわぁっ!かいとっ!?」

融けていたら洒落にならない、まさか腹に穴でも空くんじゃないかと心配になりながら口の状況を確かめていると、丁度良く神楽が研究室に戻ってきた。

「どう甲斐斗、ミシェルちゃんはだいじょう……ぶ……」

服が乱れあられのない姿のミシェルを押し倒し顔を近づける甲斐斗が真っ先に視界に入り神楽の言葉が止まる。

甲斐斗は直ぐに背後から漂ってくる鋭い殺気を感じ取ったが、時既に遅く弁解する暇を与えられる事なく神楽から振り下ろされた拳でその場に沈められた。

「行きましょ、ミシェルちゃんの大好きなアニメの再放送がしてあるわよ~」

「ほんと!?わーい!」


───神楽はそう言って微笑みかけてミシェルの手を引きながら研究室から出て行く、部屋に残された甲斐斗は暫くの間動かないものの、徐に顔を上げ壁にもたれ掛かった。

その表情に余裕はなく、甲斐斗は目を見開きながら口元だけ笑っていた。

「なんだ……この感覚……」

冷や汗が垂れるのが自分でも分かる、先程まで和やかな雰囲気で過ごしていたというのに、今の甲斐斗の心の中は不安と恐怖が渦巻いていた。

「なにだこれなんだこれ、おいおいおい……懐かしい……?」

甲斐斗自信、何故急にこのような感覚に襲われるのか意味が分からず軽く混乱してしまう。

とにかく不安で仕方ない、さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのだろうか、息苦しく掻いている汗も一向に止まらない。

「は、ははっ、神楽の一撃がそんなに効いたのか?ん?……んん?はは……」

冗談で気を紛らわせようとするものの無駄な抵抗であり、吐き気と共に軽く目眩まで引き起こしてしまう。

そして何故か、100年前に自分が過ごしていた世界の記憶の一部を思い出した。

昔はよく和やかな雰囲気に包まれていた。

自分もよく笑っていた記憶があり、周りの人達も嬉しそうに、楽しそうに笑っている。

「今更どうしたんだよ俺、急に何を考えている?何をそんなに焦っているんだ……?」

だが今は皆死んでしまい、もうこの世には存在しない。

どうして皆死んでしまったのか……夢と希望に溢れる楽しい世界、そんな世界を変えてしまったのは誰?

「いや……それは……」

今も何だかんだで、この世界をとても楽しんではいないか?

回りは自分に優しいし、構ってくれる、笑ってくれる、話してくれる。

赤城、神楽、唯、アビア、ミシェル───。

アビアは言った、皆が幸せになれたらいい、と。

そんな事を、自分の隣で囁いてくれた事、それ事態、甲斐斗からしてみれば───。

「やっぱり……駄目なのか……?」

人類最後の世界が滅びようとしている。

今まで何人の人間が死んでいっただろうか。

甲斐斗は自分でも気づかぬ内に震えていた、その震えを止めようと自分を抱き締めながら俯き、震えが止まるのをただただ待つ事しかできなかった。

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