第131話 個人、思想
───風霧紳のと会うために戦艦に向かっていた羅威、愁、そしてエラの三人は、紳が今何処にいるかを聞き艦内にある会議室に向かっていた。
正直愁は緊張したままどんな顔で紳に会えばいいのか未だに悩んでおり、その様子は隣を歩いている羅威にも分かるぐらいだった。
「落ち着け愁、別にこれから紳と一戦交える訳でもないんだぞ」
「え?う、うん。そうだけどさ……俺は色々と紳さんに迷惑をかけたから……」
今更会うことで紳との蟠りが解消する事はないだろう、そう思いつつも愁は紳と会いたいと思っている。
今まで自分がしてきた事を考えれば決して許してもらえないが、それでも紳に頭を下げ、一言謝りたかった。
愁と羅威の会話を後ろからついてくるエラは黙って聞いており、特に自分から二人に話しかけることもない。
結局会議室に着くまでに愁と羅威しか会話していないものの、エラは二人の会話を聞けた事に少し満足していた様子だ。
「失礼します」
3回ほどノックをした後愁が会議室の扉を開けて中に入ると、そこには紳の他にエリルとロアの二人が席に着いていた。
「あれ、エリルさん?」
「愁!それに羅威も……風霧総司令官に呼ばれたの?」
「いえ。俺は用があってここに……」
軽く会話を交えながら三人は会議室へと入る、その様子を見ていた紳は愁と羅威がエリルの話の通り既に仲直りをしたことを再確認する事が出来た。
そして紳はロアとエリルの話しを聞いた後、元々愁達をこの場に呼ぼうと考えていたのだが、どうやら手間が省けたらしい。
龍と共に魔法で他世界から来たとされるロア。
動力源に魔石を利用し、かつ魔法を発動した機体『真アストロス・アギト』を操縦するパイロット、魅剣愁。
そして唯一人間と関わりを待つ女性の姿をしたERROR。
これで聞きたい事を聞ける相手が全員揃った事になる。
「奇遇にも全員揃ったみたいだな……話しがある、お前達も席に着いてくれ」
そう紳に言われて羅威とエリルが近くの椅子に座るが、愁はその場に立ったまま座ろうとしない。
「その前に紳さん、俺は貴方に謝りたい事が……!」
「愁、言葉は不要だ」
紳の言葉に愁は思わず口を噤んでしまう。
まさか自分の謝罪の言葉など聞きたくないということなのだろうか、愁は一瞬不安な気持ちに駆り立てられてしまうが、それは違っていた。
「お前の意思はEDPで十分俺達BNに伝わった。お前が俺に謝る事は何一つ無い」
たしかに過去には幾度と愁は過ちを犯してきた、だが今は組織は違えど世界の為に戦っている。
世界の為に全力で戦う者を紳は非難や軽蔑などするはずがなかった。
むしろ謝りたいのは紳の方であり、愁に対して大きな責任を今でも感じている。
「紳さん……」
「それでも俺に謝ると言うのなら、それは言葉ではなく行動で示せ。必ず世界を平和にしてみせろ───」
言葉ではなく行動で示せ。
愁に放ったこの言葉は、紳がBNを創設した時からの決意だった。
自分の思想を願い、思い、言葉だけで世界は変わらない。
それこそ幾ら神に祈りを捧げても無意味なものであり、この世界を変えられるのは自分達人間以外の何者でもない。
「俺達と共にな」
その紳の一言で愁の不安が瞬く間に払拭していく。
まさか紳がこんな自分を受け入れてくれるとは思っていなかった為、愁にとっては予想外の言葉だった。
紳は過去にいつまでも縛られる事無く、世界の為に今自分達に何が出来るかを考え、生きている人達の為に戦い続ける彼等は常に先を見つめている。
「はいッ!」
その思いに答えたい。
紳の言葉を聞いて愁は大きく返事をして敬礼をすると、羅威の隣の席に座った。
───こうして紳の元に集った5人を前に、まずは女性の姿をしたERRORについて話してもらう事になった。
説明担当は愁、どういった経緯でERRORである女性、『エラ』が人間と共に行動しているのか、その理由を簡単に説明していく。
伊達武蔵との関係、人類で初めて行われたEDP、そして『人間を知りたい』と思いエラは今人間達と共に行動している。
「たしかにエラさんは人間ではありません、でもERRORのスパイでもないんです。純粋に俺達の事が知りたい、ただそれだけなんです」
愁はエラを庇うように語りだした、エラの言動を近くで見てきた愁だからこそこうやって皆の前で堂々と発言できる。
そしてそれは、前にエラが自分に涙を見せてくれた事が大きく影響されていた。
「エラさんも何か言いたい事があれば言ってください」
話しを黙って聞いていたエラは愁に声をかけられると、その場に立ち上がり無表情のまま紳を見つめつつ口を開いた。
「私はこの世界、そして人間を見届けたいだけだ。私自身はお前達人間の敵でもなければ味方でもない。人間を殺そうとも助けようとも今は何も思っていない、だから信用はしなくても構わない、私が邪魔だと言うのなら殺してもいいだろう、ただし私に危害を加えるのならそれなりに抵抗させてもらう」
それだけ言うとエラは席に着き、隣に座っている愁の方を向いた。
「私の不確定で証明不可の心、気持ちというものを把握してもらう為に言語を発声させてもらった。これでいいのか?」
たまにエラの言葉は分かり辛い内容になる時があるが、とりあえずエラの純粋な気持ちを言った事が分かり愁は頷くと、今度は羅威が立ち上がりエラに向かってBNの基地での一件について聞きはじめた。
「お前が今は人類の敵ではないというのは分かった。そして俺達に協力するつもりが無いのも理解できた。それでも一つ教えてくれ、お前はBNの本部で俺と会った時、『ERRORの可能性を確かめに来た』と言っていたな、その後に『世界を簡単に動かせる』とも言っていた、あれはどういう意味だ?」
エラが人類に協力しないのであれば無視されてもおかしくない。
しかしエラは再び立ち上がると、羅威を見つめながら再び口を開いた。
「そのままの意味だ」
エラの言う『そのままの意味』が分からないからこそ羅威は聞いてみたのだが、どうやら無駄らしい。
「……分かった」
だがエラの言う『そのまま意味』を解釈すればいいだけというのが分かった。
つまりERRORには更なる可能性があり、そしてそのERRORの力は世界をも簡単に動かせるものだということになる。
それが事実だとすれば人類にとって悪い状況が進んでいることになる。
すると愁の話しを黙って聞いていた紳もまた、エラに向かって一つ気になる事を聞いてみた。
「貴様、『魔法』について何か知っているか?」
その質問にエラ・ロア意外の3人が微かに反応する、まさかここで『魔法』についての話題が出てくるとは思っていなかったからだ。
そもそも神や霊といった非科学的なものに紳は興味が無く、魔法もまた興味すらないと思っていた。
「私も現在研究中でな。魔法については人間の方がよく理解していると思っていたが、違うみたいだな」
人間の心に反応して魔法は使われる。ここまではエラでも十分に理解できており、後は魔法を発動する条件等を知りたいと思っている。
「そうか……お前の境遇は大体把握できた。俺達に危害を加えないのであればそれでいい、だが少しでも不穏な動きをすればその時は容赦なく、全力で貴様を排除する」
この状況下でERRORを野放しにするのは得策でない事は十分に紳も理解している。
しかしこのエラという存在が後に人類にとって大いに役立つ可能性も有ると考えている紳は、その僅かな可能性にかけてみた。
「さて、ERRORの件についての話しはこれで終わりだが。愁、ロア……お前達に聞きたい事がある。二人は……魔法が使えるのか?」
再び魔法の話しが紳の口からされると、最初に答えのはロアだった。
「僕は他世界から来たけど、魔法は使えません……龍のマルスなら使えるはずなんですけど、この世界に来て一度も使った事はないです」
「俺はたしかにEDPの時に一度だけ魔法が使えました。けど今それを使えるかどうかは分かりません……」
EDPのあの時は、心の底から込み上げてくる熱い思いと共に魔法が発動してくれた。
あれは任意で発動できるものではない、最大までに気持ちが昂ぶった時、はじめて使えるようになるのだろうと愁は思っている。
「紳さん、魔法について聞きたい事があれば甲斐斗さんに聞いてみるといいですよ」
「一応手は回してるが……余り当てにはしていない」
自称最強の自称魔法使いの男にそれ程期待もしておらず、紳は素っ気無い返事をして甲斐斗に余り興味を示さなかった。
「俺が何故魔法について興味が出てきたか話しておく。現在BNは新しい動力源である『光学電子魔石』を利用した兵器を開発中だが、この魔石の制御をするのが困難な状態でな。その力を制御する為に『魔法』が使えないかと考えている」
理由はそれだけではないが、今はこれだけ話しておく事にした。
実際は魔法の使い方を習得する事により双剣と同等の力を発する魔石を埋め込んだ武器を使用し、魔法が使えるようになれないかということだ。
実際に剣を振るえば突風が吹き起こる、最初の方は何度でも使えていたが、今ではたった数回で紳の体力を激減させ、意識すら失いかねない程危険な事だった。
自分の体力……いや、もしかしれば自分の体内にある僅かな魔力が無くなりかけているのを感じ取り、紳は別の物からエネルギーを変換し生身の自分が起こす突風より、更に強力な突風を起こせないか考えていた。
もし魔石の力を利用してこの突風を吹き起こす『魔法』が使えるようになれば、戦力が増すのは間違いない。
「ちなみに、現在この魔石を利用したDシリーズは4機存在している。NFの『デルタ』『羽衣』。SVの『アギト』そして恐らくだが……BNの『紫陽花』もだ」
「えっ!?」
今の今まで全く話しを振られず、会話に入っていなかったエリルだったが、まさか自分の機体にも魔石が使用されているとは思っていなかった為声を出して驚いてしまう。
「紫陽花にはエリル以外の人間が近づく事が出来ず機体の情報について一切知る事が出来ないが、恐らく魔石を利用しているだろう。機体の出力といい他の機体にはない未知の力をもっているしな」
未知の力……SRCが発動する度に明らかになっていく紫陽花の秘めた力は、今後どのように開花していくのかエリルも結構気になっている。
「話しは以上だ。各自部屋に戻っていいぞ、最後のEDPまで多少日があるからな、ゆっくり休んでおくといい」
そう紳に告げられ、集められた5人は解散する事になった。
エリルは雪音と香澄が気になる為二人のいる病室へと向かい、エラもまた一人艦内や基地内を歩いて回ろうとしたが、愁に手を握られ引き止められてしまう。
ERRORである彼女を不用意に歩かせない為ではない、ただ単純に食事の誘いだった。
とりあえず朝からまともな食事をしてなかった愁はロアと羅威の三人で艦内にある食堂へと向かおうとした為、なんとなくだがエラも誘ってみたのだ。
正直に言えばエラは食事をしなくても空腹を感じる事もなければ死ぬ事もない。
多少の水分を補給するだけでそれなりに動ける為、エラは未だに人間の作る料理を食べた事がなかった。
「どうです?良ければ一緒に食べに行きませんか」
「食事、か……どのようなものを食べているのか、人間を知るには必要な事みたいだな」
愁に言われて食事に興味が出てきたエラ、こうして4人は艦内にある食堂に向かう事となった。