第128話 道、其々
───愁に会うために神楽とエリルの二人は歩きながら格納庫へと向かっていた。
その間にも神楽は積極的にエリルに話しかけ、紫陽花や仲間、そして今会いに向かっている愁について色々と聞いている途中だった。
「そう、あの愁って子とそんな関係だったのね」
「はい……正直、愁と会うのは少し不安なんです。出合った事で私の知ってる愁が、もういないかもしれないと思うと心配で……でも、ずっとこんな蟠りを残していたくもなくて、それで愁に会いたいと思ったんです。きっとそれは羅威も同じのはず……」
羅威の名前を聞いて神楽の脳裏にレンの姿が過ぎる。
血の繋がりなどなくても神楽とってレンは自分の可愛い妹。
そんな愛するレンを自分の過ちで化け物に変えてしまった罪悪感は未だに残っている。
正直、神楽は羅威と会いたくはないと思っている。会った所で殴りかかられるか、拳銃を突きつけられるかのどちらかになると予想しているからだ。
「仲直りできると良いわね……それはそうと、エリルちゃんは最後のEDPに参加するの?」
既に神楽にも『NNP』の話しは来ていた為、今話しているエリルがEDPに参加するのか、それとも参加を辞退し『NNP』に参加するのか気になっていた。
「勿論参加しますよ!」
それは聞かなくともわかるはずの当然の答えだった。
今までに散っていった仲間達は、皆世界の平和の為に戦ってきた。
彼等の意思を受け継ぎ、必ず世界を平和にさせる。それはBN、そしてエリル自身の使命だと思っている。
「お止めなさい」
やる気満々のエリルとは対称的に神楽は冷たい目でエリルを見つめると、その表情にエリルは戸惑い足を止めてしまう。
「えっ……?」
「前々回、そして前回のEDPで十分理解出来たでしょう?ERRORの圧倒的な力に人類は大打撃を受けて戦力は激減、僅かに残った戦力を最後のEDPにぶつければどうなるか……答えは簡単よね」
人類が負ける理由にはこれだけでも十分だが、それだけではない。
神楽は知っている、既にERRORの科学力が人類を軽く上回っている事を。更に人間の心に寄生し、魔法まで使える。
絶望的な状況。人類の勝利という望みは限りなく少なく。勝ち目がないと言ってもいい。
そして既に神楽の中で人類の敗北は決定的となっており、最後のEDPに向かうの者は全員死ぬと思っている。
だからこそエリルを止めたかった、せめてこの子には最後の最後まで生きていてほしい、そんな望みを抱いていた。
「神楽さん」
神楽の言葉を聞いて戸惑っていたエリルだったが、少し間を空けた後真剣な眼差しで神楽を見つめ返すと、少し表情を和らげ口を開いた。
「人類は負けません」
堂々と、そしてキッパリと言い切ったエリルの態度に今度は神楽が戸惑ってしまう。
何故そこまで言い切れるのか分からない、エリルにも人類が置かれた状況を十分に理解できるはず。
「私頑張ります、それに平和の為に戦い続けるってラースと約束しました。だからこそラースは私にあの紫陽花を託してくれたんです」
例え負けると分かっていてもエリルは最後まで戦い続けるだろう。
平和の為に戦う事がラースとの約束。そしてそれは自分の意思で決めた事。
「約束っ……」
約束を果たす為に戦い続ける。その言葉を聞いて神楽はエリルから顔を背けてしまう。
人類の為に出来る事、エリルにとってそれは戦場で戦う事であり今の自分がとても惨めに見えて仕方ない。
だが人類が危機的状況なのも事実であり、人類の為に戦う兵士達の勇敢さが神楽にとって無謀なものに感じてしまう。
すると、歩みを止めていた神楽がふとエリルに近づくと両手を広げエリルを優しく抱き締めた。
「そう、良い子ね」
不意に抱き締められエリルは最初きょとんとした表情だったが、女性に抱き締められる事などされたこともないエリルにとって、まるで母親のような温もりについ目を瞑りその感覚に浸っていた。
───暫くして神楽達が愁達の機体の有る格納庫に到着すると、そこには一人椅子に座りパンを齧っているロアの姿があった。
何やら思いつめたような表情をしており、その場に立ち上がったと思いきやまた椅子に座ると俯いてしまう。
そのロアの後ろでは龍が心配そうに見つめていたものの、神楽達が格納庫に入ってくるのを見て目だけをこちらに向けてきていた。
するとロアも二人に気付いたらしく顔を上げると片手に持ったパンをもう一口だけ齧った。
「こんにちは、愁って子を探してるんだけど知らないかしら?」
回りをきょろきょろと見回し愁を探す素振りをしつつ神楽が尋ねると、ロアは口の中にあるパンを飲み込んだ後話し始めた。
「愁さんは羅威って人と話しをする為に屋上に行きましたよ。何か大切な話しなんだと思います、二人の表情を見れば一目でわかりました……」
そして、その話しが決して明るい話題ではないのも分かっていた。
愁と羅威が格納庫を出るまで殆ど会話がなく、二人の関係、そして屋上でどのような話しをしているのが気になり一人淡々とパンを齧る事しか出来なかった。
それを聞いてエリルは息を呑んだ。
羅威、そして愁……二人は親友。エリルそうは信じている。
仲の良い二人に限って争うような真似なんてしない、きっと話し合えば分かり合い、仲直りできる……。
そんな淡い希望を抱いていたエリルだったが、親友の二人だからこそ、もし二人の関係が二度と戻らないとしたら……恐れている事態が起こる可能性があった。
「もう愁に会ってるなんて……!神楽さん、急いで屋上に行きましょう!」
「そうね、最悪の事態になってなければいいんだけど。付いてきなさい、案内するわ」
今のエリルには、あの二人が出会えば何が起きるかなんて分からない。
恐れている最悪の事態が起きる前に何としても愁と羅威に会う必要がある。
神楽とエリルは直ぐに格納庫から出て行くと、椅子に座っていたロアが急に立ち上がり二人の後を追いはじめた。
「待ってください!二人きりで話がしたいって言っていたんですよ!?邪魔するわけには───ッ!」
ロアが止めようと追いかけるものの二人の足は早く中々追いつけない、そして神楽とエリルがエレベーターに乗り込み扉を閉めようとした瞬間、間一髪ロアもエレベーターの中に入る事に成功した。
「ちょ、ちょっとっ……待ってください、よ……ッ!」
膝に手を置き息を切らすロア、早朝からの機体の操縦訓練で既に体力は消耗しており壁にもたれ掛かってしまう。
説明する暇もなければ今のエリルにその話しをする余裕もなく、仕方がないのでエレベーターが最上階に着くまで簡単に神楽が説明を始めをしはじめた。
───東部軍事基地で一番高い中央の建物、その屋上で羅威は目の前に広がる荒れ果てた荒野を見つめていた。
そしてゆっくりと後ろに振り返りると、そこには自分の言葉をじっと待つ愁が立っている。
「雰囲気変わったな、お前」
意味なんてない、羅威はただ思ったことを言葉にしてみる。
BNの頃の知っている愁とは大分変わっているような気がした。
愁にだってこれまで様々な出来事があったに違いない。今までの戦い、そして経験で成長してきたのだろう。
「そう……かな」
羅威の言葉に愁はなんて言葉を返せばいいのか分からず躊躇いながらそう呟くと、今度は愁の方から言葉をかけた。
「羅威は変わってないね。なんていうか……安心したよ」
視線を羅威から逸らすように下げてしまうが、愁の言葉は決して嘘ではない。
あの日、あの時に見た羅威と何も変わっていないように愁には見えた。
BNの軍服を身に纏い、クールな雰囲気を漂わせ、力強い眼差しで自分を見てくれる。
「安心か」
久しぶりに会った羅威を見て、どうやら愁は安心したらしい。
その言葉を聞いて羅威は鼻で笑ってしまう。そして自分が抑えてきた感情が一気に溢れ出そうとした。
「俺を前にしてッ、よく安心できるなぁっ……お前ッ───!!」
話し合いで分かり合うことが出来る、そんな期待をしていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
愁が羅威と会った瞬間、謝罪の一つでもあるかと思えば、何一つ謝りもせずしかも愁の心は落ち着いている状態。
ふざけているとしか言いようがない。
それとも何か、仲間の彩野を殺し、親友の妹である玲を殺し、そしてその兄であり親友、仲間であった羅威を前にしてもなお、何も感じていないというのか?
だとすれば、それはもう人間としての感情を───。
「羅威」
羅威が怒りを露にしているにも関わらず、愁は何一つ動揺を見せず名前を呼んだ。
落ち着いているのには理由がある、何も感じていないから等という理由ではない。
絶対的な覚悟を決めているからだ。
「俺に何を望む」
愁の言葉は一見すれば挑発的な態度に見えるかもしれない。
現に羅威は両手の拳を握り締め、いつ愁に殴りかかってもおかしくなかった。
「羅威に謝ればいいのかい?涙を流して跪き自分の犯してきた罪を懺悔すれば、それで俺を許してくれる?気が済むの……?そんな事をしても俺を憎む気持ちは変わらないよね。決して許されないということも理解してる」
何故なら愁は今でも母親、そして幼い弟と妹を殺したBNを憎んでいるからだ。
家族を殺された憎しみは絶対に消えない。それは愁自身が最も理解している事。
……だからと言ってBNの全ての兵士を憎んでいる訳でもなく復讐を果たすつもりもない、復讐をした所で失ったものが戻ってくることもなければ人類にとって何の得にもならない。
「罪を背負う覚悟は出来ているんだ。そして俺がその罪を償える唯一の方法、それは世界を救う為に戦う事だけさ」
これが愁の答えだった。
言いたいことは全て言った……もう何も言い訳はしない。
きっと羅威は怒りを露にし自分に殴りかかるか、それともこんな自分に呆れてこの場を去り二度と自分の前に現れないだろう……。
しかし愁の前に立っている羅威は先程まで怒りを露にしていたというのに、今はとても落ち着いた様子で愁を見つめていた。
「なあ愁。許すとか、許さないとか……それだけの話しだとお前は思ってるのか?」
「えっ?」
今まで何一つ動揺を見せなかった愁が羅威の言葉に動揺してしまう。
急に頭の中が真っ白になり、自分の両手の指先が微かに震え始めた。
「じゃ、じゃあ羅威は俺にどうして欲しいの?死んで欲しい?それなら喜んで死ぬよ、でもそれは世界を救った後に───っ!!」
言葉を遮るかのような強烈な右ストレートが愁の顔面に直撃、殴り飛ばされた愁は立ち上がる事も出来ず少しだけ起き上がると拳を握り締めた羅威が歩きながら近づいてくる。
「何故俺がお前を殴ったか分かるか?この期に及んでお前はまだ自分を隠しているからだ。それも、親友のこの俺にッ!」
親友……たしかに羅威はそう言った。
一瞬自分の耳を疑った、こんな自分を羅威はまだ親友と呼んでくれたのだから。
「愁!お前だって本当は分かってるだろ!?理屈だけで語るなッ、お前の本心を全部聞かせろ、全部だッ!!」
自分の前に堂々と立ち揺ぎ無い思いをぶつけてくる羅威に愁は言葉が出せない。
ああ、やっぱり羅威は変わっていない……改めて愁はそう実感していた。
「お前も今まで十分に苦しんできたのも分かる、だから今じゃなくてもいい。ただ、いつでも言えるように俺と共に行動しろ」
そう言って羅威は倒れている愁に左手を差し伸べると、愁は無意識に左手を伸ばしていく。
ゆっくりと、慎重に。本当に羅威は自分のこの手を握ってくれるのか、もしかして羅威はこの手を払いのけるのではないか?
不安を胸に抱きながら伸ばし続けた愁の手は、気付けばしっかりと羅威が握り締めていた。
「お前との戦いで一度は動かなくなったこの腕を、お前と争う為じゃなくこうやって握手を交わす為に使えて良かったよ」
それは世界の為、平和の為、そして人と人とが分かり合う為に行われること。
二人の蟠りが完全に無くなった訳ではないかもしれない、それでも二人にとってこの握手は自分自身の、そして未来の為の大きな一歩となった事に違いない。
「羅威……っ……」
互いの手は力強く握り締められる。そして愁は羅威と握手をしたまま立ち上がると、涙を流しながら大きく頭を下げた。
「ごめんっ……ありがとう……」
ふと、二人が見つめあい握手をする中、誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。
羅威と愁は同時のその音のする方に向くと、そこには満面の笑みで両手を広げこちらに走ってくるエリルがいた。
そして二人を抱き締めるようにエリルが二人の肩に手を伸ばすと、羅威と愁の二人はエリルを受け止めつつ抱き締められた。
「良かった!ほんとに、ほんとに!良かったぁあああ────!!」
屋上に着いたエリルは羅威と愁の今までの会話を全部聞いていた。
正直何度か二人を止めようと飛び出そうとも考えたが、神楽が無言でエリルの肩に手を置きそれを止めていた。
そして最後の最後、二人が握手をした瞬間、神楽は優しくエリルの背中を押してくれたのだ。
嬉しさの余り子供のようにはしゃぐエリル。そんなエリルに羅威は照れくさそうに、愁は動揺した様子で抱き締められている。
「仲直り出来て、本当に良かった……私、二人がどうなっちゃうのか……ほんっとうに心配してたんだからねっ……!」
笑顔ではしゃいでいたかと思えば、エリルは涙をぽろぽろと零しその笑みを濡らしていく。
これでようやく安心できる。エリルは嬉しさの余り中々二人を離そうとせず、ずっと抱き締め続けている。
そんな三人の様子を屋上の出入り口から見つめていた神楽は、白衣の胸ポケットから煙草を取り出し加えると、ライターで火をつけ煙草を吹かしはじめた。
その顔に笑みは無く、後ろに振り返りながらまるで三人の様子を目に焼き付けるかのように僅かに横目で見つめた後、一人その場から去っていく。
悲しそうな表情を浮かべていた神楽を見てロアは不思議がっていたが、今は愁の方が気になり彼の元に駆け寄っていった。
──────神楽とエリルが部屋から去った後、甲斐斗は赤城の眠る部屋に残り椅子に座りながら腕を組みじっと俯いていた。
その隣の椅子にはミシェルが座りあの過去に関わっているだろう古い本を読んでいる。
西洋風のお城や神殿等の絵などが描かれており、書かれている文字は一切読めないものの何か自分の過去について手がかりにならないか熱心に一枚一枚のページに時間をかけて見つめていく。
そしてある4枚のページに書かれてある門の絵を見て、なんとなく懐かしさを感じるものがあった。
一つ目は門に描かれている剣の絵、それはいつも甲斐斗が愛用して使っているあの巨大な剣。
二つ目の門に描かれているのは人の形の絵。
三つ目の門に描かれているのは天秤。
そして最後の四つ目の門に描かれているのは盾だった。
(なんなんだろ、これ)
この四つの門に描かれている絵を見れば見るほどミシェルの記憶が呼び覚まされそうになるが、結局何も思い出せず苦悩していると、隣に座っていた甲斐斗が静かに呟いた。
「よし……」
何かを納得したかのように頷くと、甲斐斗はミシェルの読んでいる本を取り合げ気軽にページを捲っていく。
「大丈夫だ心配すんな、俺が何とかする。その方法も思いついたしな」
「ほうほう?」
「おう、俺が魔法を使える方法な」
考えてみれば甲斐斗が魔法を使える時が二回会った、それもミシェルが生きている状態でだ。
最近では神が起動した時、あれはミシェルの『制約』の力が機能していなかったらしいが。
ミシェルが生きていて、尚且つ神も起動していない時にも魔法が使える時が一度だけあった。
最初のEDPで、自分の胸がERRORに貫かれた時。
「つまり俺が死ねばいい」