第126話 結果、感化
───「神楽がいねえ……」
医務室に入ると聞いて甲斐斗とミシェルの二人が医務室に来てみたものの部屋に神楽の姿が無い。
部屋の中で困っていた甲斐斗を見て医務室にいた兵士が声を掛けると、既に自室に戻った事を聞かされ甲斐斗達は神楽の部屋へと向かった。
だが自室に戻ってみても神楽の姿は何処にもない。神楽の姿が見れず心配になるがこれ以上探すのも埒が明かないと思った甲斐斗は少し部屋で待つ事にした時、前に一度だけ行った事のある神楽の隠し部屋の存在を思い出し行ってみることにした。
前に隠し扉のあった部屋に行ってみれば先程まで無かったはずの壁に一枚の扉が出てきており、それを見た甲斐斗は神楽が地下に入る事を確信する。
隠し扉の前に立つと自動的に扉が開き地下に繋がる階段が姿を現す。
少し薄暗い為甲斐斗はミシェルの前に立ち慎重に階段を下り前に来た時と同じ部屋に着くと、その研究所には椅子に座り煙草を吸いながら一冊の大きな本を見つめる神楽の姿があった。
甲斐斗は直ぐに声を掛けようとしたが、神妙な顔をした神楽を見て言葉を止めるとミシェルと一緒に神楽の側に向かい後ろに立つと、神楽の開いている本がアルバムだと気づき黙ったままそのページを見つめた。
何枚も張られてある少年少女の写真、特にそのページには赤髪の少女の写真が多かった。
「可愛いでしょ。幼い頃の赤ちゃんよ」
神楽はそう呟くと次のページを捲る、そこには幼い赤城と共に神楽、そして武蔵の写真もあった。
赤城の映っている写真はどれも笑顔で映っており、本当に昔の頃の赤城なのか疑ってしまうと程無垢で純粋な満面の笑みを浮かべていた。
「あの子も、昔はこんな風に笑ってたのよね……。ねぇ甲斐斗、赤ちゃんは子供の頃大人になったら何になりたいって言ってたか分かる?」
写真を見つめながら神楽はそう甲斐斗に聞くが、甲斐斗は何も答えず神楽の言葉を待った。
「両手をぱたぱた振って、飛びたい。なんて言ってたのよ。ほんと、今思い出しても笑っちゃうわ」
そう言うものの神楽は一切笑顔を見せず一枚一枚見つめながら話し続けると、もう一枚のページを捲った。
そこには赤城の映っている写真は1枚ほどしかなく、その一枚の写真に写る赤城は先程までの赤城とは違い無表情の姿が映っていた。
「この頃から赤ちゃんは変わっちゃった……無理もないのよ、NFの兵士に両親を殺されたのだから」
「NFに殺された……?」
両親を殺された。そう聞いて今まで黙って話しを聞いていた甲斐斗が口を開いた。
「そう。NFの秘密を知ってしまったばっかりにね……」
「秘密?……って、NFに家族を殺されたのに赤城はNFの軍に入るのか。理由は何だ、復讐か?」
「貴方と一緒にしないで。赤ちゃんは……いえ、私と赤城、そして騎佐久と伊達君の私達4人は元々NFを中から変えようとして軍に入ったのよ」
「これまた大層な話だな。たった4人でこの世界最大の組織を変えるだって?」
「そうだけど?でも、今となってはどうでもいいわねこんな話」
読んでいたアルバムを閉じ机の上に置くと、神楽は徐に立ち上がる。
「世界を平和にする為。赤ちゃんと伊達君は本当に良くやってくれたわ……」
「神楽、お前───」
「心配しないで私は大丈夫よ。むしろいつもより頭が冴えてる方なの、そうだ、一緒に来てもらえる?貴方の剣にレジスタルのエネルギーが送れるかテストしたいの」
もうそこに弱々しい表情を浮かべた神楽はいなかった。
それはただ弱さを隠しているだけなのかもしれないが今の甲斐斗にはどうする事もできず、これ以上過去について追求するのは今は止めておくことにして黙ってついていくことにした。
───それから一日。
BNの艦隊がNFの東部軍事基地に到着する頃には既に日が昇り、人類最後のEDPの決戦の時が刻々と近づいてきていた。
EDPから一夜が過ぎ、深い眠りについていた兵士達も次々に起きると各自の仕事場に向かうが、その移動の際、通路を歩いていた兵士達がふと窓の外を見るとその異様な光景にふと足を止めてしまう。
「地割れ……?」
東部軍事基地の前にある大地が大きく割れており、回りの地面には無数の亀裂が走っていた。
この大地に走る巨大な亀裂。これは昨夜、甲斐斗の剣にレジスタルのエネルギーを流した事がきっかけで出来たものだと知るはずもなかった───。
───BNの艦隊がNFの基地に到着後、格納庫付近に艦を停止させると、生き残った兵士達が銃を持ち次々に基地内部に入ってくる。
と、言うのも。東部軍事基地がERRORとの戦いで追った傷跡はまだ消えておらず、そもそもこの基地に甲斐斗達が到着してまだ日も浅く、いつ、どこからERRORが出現するかも分からない為厳重な警戒体制をしかれていた。
BNの艦隊が到着したのを知った神楽、甲斐斗、そしてミシェルの三人は直ぐに赤城の入る艦へと向かい保護されている部屋に向かったが、その赤城の姿を見て神楽は愕然とした。
「どういうことなのっ!!」
手厚く看病され、保護さていると思っていた神楽にとってそれは余りにも非人道的な姿だった。
赤城の両腕、両脚は黒いベルトで固定されており、目にはアイマスクを付けられとても怪我人を寝させているベッドには見えなかった。
その赤城の姿を見て甲斐斗は右手を伸ばし愛用の黒剣を出すと、部屋に案内してきた紳を睨みつけながら剣を構える。
「落ち着け……と言っても無理だろうが。せめて俺の話を聞いてからその剣を振り下ろすか判断しろ」
苛立つ二人を見つめながら紳は冷静にそう呟くと、赤城の寝ているベッドに近づき両手両脚に付けられているベルトを一つずつ外していく。
「お前達も既に知っているはずだが、BNの本部はたった一人の少女に手によって壊滅した。……色々と調べさせてもらった、あの由梨音と言う少女は伊達と同じNF第5機動独立部隊所属であり数々の戦場に出ていたみたいだな、その後負傷した後に我々の本部で治療を受ける事になっていたが───俺は彼女を敵ではないと判断した」
全てのベルトを外し終え赤城の目元に付けられていたアイマスクも外すと、紳は壁にもたれ掛かり眠り続ける赤城を見つめながら呟いた。
「問題は結果ではない。『何が』少女をそうさせたのか」
考えれば考えるほど疑問など簡単に増えていく。
何故たった一人の少女が基地の最高機密である情報を知っており、尚且つ全ての防衛プログラムを解除、更に誤射の無い的確な射撃を行えたのか。
その全ての疑問に答えられるたった一つの答えは知っている『人間ではない何か』と、なれば理由は一つ───。
「少女の肉体にはERRORの一部と思われる痕跡は一切無い。つまり少女は……」
「マインドコントロール?」
紳の言葉の途中に神楽がそう尋ねると、紳は黙って頷き言葉を続けた。
「その可能性が一番有力だと俺は思っている。そうなれば今回の件についても難しい話ではない」
由梨音が今になって人類を裏切ったのはERRORによるマインドコントロールを受けたものだと紳は考えていた。
それを聞いて神楽にも思い当たる節が有った。
NFとSVで実行されたEDPの時、神楽はERRORからそれに近い事をされていたことを思い出した。
自分の理性と本能をコントロールされ、欲を満たす為だけに行動させられていたあの時の事を───。
「もしERRORが人間をマインドコントロールして簡単に操れる事が事実なら……最悪の状況ね」
この事が事実なら人類に打つ手はない。それは既に紳と神楽は理解していた。
今までは肉体の精密検査でERRORかどうかを判断できていた、だが今回は全く形に残らない遣り方、人間の『心』に寄生するという今までとは全く別の方法でERRORの侵略が始まっている。
「今まで赤ちゃんを拘束していた理由はそれってことでしょ?生き残った彼女もERRORによって操られている可能性が無い訳じゃないものね」
「そうだ。それにこの赤城少佐はERRORに操られていたと思われる少女と出会い、生き残った唯一の人間。警戒して当然だ……が、それはあくまで俺個人の考えだ。身柄はNFに帰す、後は好きにしろ」
「そうさせてもらうわ」
直ぐに神楽は赤城の元へ向かうと心配そうに赤城の顔を見つめ頭を撫でる、それを見た紳はもうこの場にいる理由も無くなり部屋を出ようとしたものの、出口には剣を手にした甲斐斗が立ちふさがっていた。
すると甲斐斗は握っていた剣をあっさり消すと、横に移動し壁にもたれ掛かりながら喋り始める。
「これからどーすんだよ」
「何がだ?」
藪から棒に話しかけられ紳がそう聞くと、甲斐斗は視線をベッドで寝ている赤城に向けながら答えていく。
「BNの基地の件だよ。皆になんて説明するんだ?ERRORに洗脳された人間の起こした事でしたーなんて言うのか?」
「……それは俺の一つの仮説に過ぎない。その仮説を皆に伝えた所で混乱を招くだけだ。この件についてはNFの兵士である由梨音という少女がERRORに寄生され起こした事件だという事にする」
今ここで紳の仮説を話してしまえば人々は疑心暗鬼に陥りそれこそERRORの思惑通りに事が動く事になる。
最終決戦が目前まで迫ってきている兵士達にとっては、この話など邪魔でしかない。
「つまり真実を伝えないって事か。ま、それが無難か。んじゃ後一つ教えろ」
その甲斐斗の態度に紳は視線だけを甲斐斗に向けた。
「お前、あの基地で何作らせてたんだよ」
最終決戦前に残していたBNの切り札である機体『エスペランサ』
都市を一撃で葬り去る事が可能な兵器『十点一掃式全滅砲』
そしてまだ見せぬBN最後の切り札の存在───。
「どれも馬鹿げた火力と性能じゃねえか。どうやって開発したのか知らねえけどそんな便利なもんがあんのになんでEDPの時に使用しなかったんだ?」
BNはEDPで甚大な被害を被った。もしこの時、この切り札と思われる兵器を使用していればよりEDPを達成しやすく、更に味方の被害も抑えられたはず。
これでは宝の持ち腐れであり甲斐斗からしてみれば何故BNがこの兵器をもっと早く使わなかったのかが不思議でならなかった。
紳は口を噤んだまま何かを躊躇っているのを見て、神楽には大体の予想が出来た。
「使用したくても出来なかったんでしょう?私の予想だけど、貴方達BNは『光学電子魔石』を利用しようとしたのよね」
『光学電子魔石』。初めて聞く石の名前に甲斐斗が首を傾げていると、紳は後ろに振り返り神楽の方に向いて喋り始めた。
「……優秀な人材を失ってな。EDPまでに完成が間に合わなかったのさ、起動出来たとしても機体はまともに動けず出力は安定しない、戦力は桁違いだが今の我々ではこの力をコントロールする事は不可能だ。そんな付け焼刃ではERRORに勝てないだろ。そういえば、羽衣の開発者にしてパイロットの神楽博士ならこの問題を解決できるか?」
「無理ね。私の羽衣でさえあの力を動力源として安定させるのに莫大な時間と入念な調整、何百回にも及ぶ実験が必要だったのに……っ」
そう言い終えた神楽は自分の言った言葉に何か違和感を感じるものの、原因が分からず言葉を止めてしまう。
「だろうな……」
神楽が即答で拒否するのも無理はない。紳も断られるのを承知で聞いており拒否されたからといってとやかく言おうと思っていなかった。
すると今度は首を傾げていた甲斐斗が神楽に向かって聞き始める。
「えっ、羽衣だけ他の機体と動力源が違うのか?」
「そ、そうよ。それにアステルの乗っている『デルタ』にも魔石が使用されているわ。だから機体の実力が全然違うでしょ?」
「んだよそれを早く教えろよ!それなら俺の機体にその魔石をだな……」
「甲斐斗……今私達がどんな会話をしていたか理解できてたの?どれだけその魔石を利用するのが難しいかまだ分かってないようね。昨日貴方もその身で体験したばっかりじゃない」
昨日体験した出来事、そう言われて甲斐斗は直ぐにあの時の出来事を思い出した。
「ああ、何だ。魔石ってあの特異質のレジスタルの事を言っていたのか。たしかにあれは利用するのには骨が折れそうだな、現に暴走して豪いことになったし」
「暴走……まさか、あの基地の周辺に出来ていた亀裂はお前達の仕業か?」
「おう、俺の剣に特異レジスタルのエネルギーを送ってもらって剣を軽く一振りしただけであんな事になった。力はすげえけど問題が有りまくりでな、送ってもらっても直ぐにエネルギーが抜けるわ、軽く揺らしただけで力が漏れるわ……これは俺が魔法が使えないのが原因かもしれねえけど、扱うのが難しすぎる」
「甲斐斗、お前はその力を次のEDPに使う気はあるか?」
「ねーよ。味方に被害が出そうだしとてもじゃねえが扱えない」
「俺が切り札を前回のEDPで使用しなかった理由と全く同じだな」
それだけ言い残し紳は部屋から去ると、甲斐斗は腕を組みながら魔石について考えていた。
「俺が思うに、この特異レジスタルはかなりの実力を持った魔法使いから生まれたものだろうな。通常のレジスタルは色が薄く透き通って見えるけど、あの特異レジスタルは色がはっきりしてるし触れただけで力を感じる。俺の剣も恐らく───」
「終わったわね」
唐突に神楽が一言だけ呟く。
「ん?」
何が終わったのか、何の意味なのかが全く分からない甲斐斗は神楽に視線を向けると、神楽は絶望した表情で赤城だけを見つめていた。
紳との会話、今一度その内容を思い出し神楽は確信した。
その内容を理解した事により神楽の中では人類の敗北が決定的となってしまう。
「未完成だったのよ……BNの切り札は……」
「ああ、そうらしいな」
「起動しても機体は動かせない……魔石を使用した兵器の出力は安定しない……とてもコントロールできるものじゃない……それならっ、どうしてBNの基地で二つの兵器が使用できたの……?」
「どうしてって、それは……えっ?」
導き出される答えは一つ。
その答えが甲斐斗の中で導き出され表情が強張っていくと、神楽は言葉を続けた。
「ERRORが完成させたのよ……二つの兵器を、私達人類が何年も掛けて研究してきた力を、たった数分で調整して……ッ!」
人類とERROR、その二つの存在には、既に大きな差が生まれている。
それは、人類が絶望するのには十分な答えだった。
「人類は……負けるわ」