第125話 猶予、打開
───「なんだ、これ……」
東部軍事基地の格納庫でモニターを凝視したまま甲斐斗は固まっていた。
映し出されている映像、それは町が炎に飲み込まれ、大地を削られ見るも無残な姿となったBNの本部だった。
「ここがBN最大の拠点なのか?嘘だろ?ほとんど壊滅……いや、全滅してるじゃねえか……!」
昨日までは何の変哲もない広大な都市が広がる活気ある町がたった数時間で変わり果てたのだから驚くのも無理はない。
甲斐斗の後ろに立っているロアもまた愕然とした表情で燃え盛る町を見つめており、その横に立っていた愁は俯くと壁に持たれかかってしまう。
「BNがEDPに行っている事を良いことに何者かが襲撃したみたいです。恐ろしく手際が良く、残酷な遣り方で……EDPからBNの兵士達が帰還した時には、既にこの有様でした。恐らくERRORの仕業だと思いますが……」
「その言い方引っかかるな、ERRORの仕業じゃないって言うのか?」
愁の疑問交じりの言葉に甲斐斗はすかさず反応すると、愁は壁から離れモニターに近づきながらBNから送られてきた情報を伝え始める。
「まだ分かりません。町には一体もERRORが出現していませんし、町を襲撃したのはBNで開発していた新型の機体だそうです。そして、その機体を操縦していたのは……NFの人間でした、名は……。信じられないと思いますが……由梨音軍曹です」
その名前は愁、そして甲斐斗には聞き覚えがあった。
いつも赤城の側にいた明るく元気良い少女。だがその少女は戦闘中に重傷を負いBNの本部に移された。
そしてその由梨音の為に赤城は一人BNの基地へと向かった。
「なあ愁、それは───」
「間違い無く彼女本人です。死体は既に検査済みですが、ERRORに寄生された形跡もなければERRORが彼女に似た姿になっていた訳でもありません」
「死体って……既に死んでるのかよッ……」
もどかしさが胸に広がってくる、赤城は由梨音に会う事をあれ程楽しみにしていたというのに、もしこの事を赤城が知ったら……。
「赤城がBNの基地に向かったはずだよな、そっちについては何か情報はあるか?」
「はい。BNの本部を襲撃した機体を止めたのはどうやら赤城さんのようです……今はBNの兵士達に保護されていますが、全身を6箇所も撃たれていて現在意識不明の重体です……」
仲間のはずの由梨音が赤城を裏切り町を破壊、その裏切った嘗ての仲間と戦い、そして赤城は現在意識不明の重体。
それだけの情報で十分絶望できる。甲斐斗は近くにあった椅子に座り俯いてしまうと、直ぐにまた立ち上がり愁に近づいていく。
「神楽が倒れるのも無理ねえな……今どこにいる、大丈夫なのか?」
「ええ、今は医務室の方で安静にしています」
「そうか……」
二人は再び燃え盛る都市を映し出すモニターを見つめてしまう。
「甲斐斗さん。BNの行ったEDPは無事成功したみたいです、残る巣は一つ。これからBNは本部で生き残った人達を連れてこちらに来るようです」
「EDPは成功したか……だが、町がこの有様じゃ素直に喜べねえな」
「同感です。これではEDPで散っていった兵士達が浮かばれない……。今回の件、甲斐斗さんはどう思いますか?」
不可解な事が余りにも多すぎる。なぜ由梨音が町を襲ったのか、そもそもどうやって機体に乗り込んだのか、一体何の目的で、誰の指示、誰の為に実行したのかがわからない。
「証拠や根拠が無くても間違いなくERRORの仕業だと俺は思うけどな。直接その場にいた赤城に聞かないと分からねえけど。……全く、本当にいつも思い通りにいかねえなあッ!!」
広い格納庫内に苛立つ甲斐斗の怒号が響き渡る。
声は反響を繰り返し小さくなっていくと、数秒後にはまた広く静かな空間が広がる状態に戻っていた。
怒りと共に空しさだけが残るかのような甲斐斗の声に、愁は唇をかみ締めモニターに映る映像に再び視線を向けた。
「俺がこの戦場にいれば、皆を救えたかもしれないッ……」
拳を強く握り締める愁はそう呟くとモニターから視線を逸らしロアの元へと向かう。
「ロア、BNの人達が来るまでの間に機体の操縦訓練を行うよ。1時間後には俺と模擬戦だ、いいね?」
ここで立ち止まっていても仕方がない。愁は誰よりも強くなる為、そして人類の為に少しでも力をつけておきたかった。
その熱い思いはロアにも十分に伝わっていた。ロアも愁の思いに答えるよう力強く頷き拳を握り締めると、真っ直ぐ愁の目を見つめ答える。
「わかりました!僕、頑張ります!……でも愁さん、さっきの言葉は訂正してください」
「えっ?」
「『俺がこの戦場にいれば』って。愁さんは僕に言ってくれましたよね、『君は一人じゃない』って。僕はまだまだ未熟だけど愁さんのように少しでも強くなります、だから『俺達が』って言ってください!」
自分の偏った考え方をロアに指摘され言葉が出ない愁、自分の力で世界を救いたいと思っているその強い感情が、無意識に自分の力だけで世界を救おうと錯覚していた。
それは愁が自分の力を驕っている訳ではなく、『これ以上周りの人達を死なせたくない』という思いを表した言葉だった。
「ありがとう。君の言葉で目が覚めた……頼りにしてるよ。甲斐斗さんは神楽さんの側にいてあげてください。俺とロアはこれから機体の操縦訓練を再開します」
「分かった、おいロア。愁との模擬戦をしっかりやっとけよ、神楽が目を覚ましたら次は俺が模擬戦の相手をしてやる。覚悟しとけ」
「ええっ!?わ、わかった!僕もやるだけやってみるよ!」
愁と甲斐斗の操縦技術は他の兵士達は比べ物にならないほど精確であり、機体の扱いに慣れている。
本気で戦えば当然ロアが勝つ事はないだろうが、この二人との模擬戦は機体の操縦技術において相当な経験地となるだろう。
愁とロアは足早に機体が収納されている別の格納庫へ、甲斐斗とミシェルの二人は神楽のいる医務室へと向かう。
その様子を格納庫の最上階で見下ろしていたアビアもまた退屈そうな表情を浮かべたままその場を後にした。
───NFの東部軍事基地へと向かうBNの艦隊。
本部で生き残っていた人達を全員救出し艦に載せた後、基地にある武器と弾薬を艦に詰め込み崩壊した基地、壊滅した町を捨て艦を走らせていた。
その艦内にある病室では、香澄がベッドの上で横になったままある事を考えていた。
自分を救出してくれた時に見た穿真の姿が頭の中から離れない、人間の血肉に機械の骨組み、あれは……間違いなく機械で出来た肉体。
どうして機械の肉体なのか、何時からその姿なのか。穿真は自分の体については何も答えなかった。
だがあの時一つだけ、力強く穿真は香澄に言っていた。
『俺はERRORでもなければお前達の敵でもねえ。それだけは信じてくれ』
その言葉を最後に香澄の意識が遠のき、気がつけば艦の医務室に運ばれていた。
「分かってるわよバカ……あんたが今更敵だなんて思うわけないじゃない……」
一人寂しく呟いてしまう香澄。この事について羅威やエリルに伝えようと最初は思っていたが、考えるにつれて香澄は穿真の秘密を誰にも話さないと決めた。
今更穿真の正体を言っても混乱を招くだけ。それに穿真は最後の最後まで自分の正体を明かそうとしなかった。
香澄にとってもはや肉体が機械だろうが何だろうが関係無い。穿真が自分達の仲間であり、皆を、自分を命を懸けて救ってくれた恩人。人類の味方である事は紛れもない事実。
「私も見てみようかしら……あのロボットアニメ……」
そう言いながら自分のお腹を優しく摩っていると、病室の扉を開けアリスと羅威、そしてクロノの妹のユニカが部屋に入ってきた。
「ユニカちゃん!?」
「香澄さん!!」
互いの無事が分かった時、二人の行動は同じだった。
ユニカが涙目で香澄の元に駆け寄ると、香澄はユニカを受け止めるように手を広げ互いに抱き締めあう。
「香澄さぁん、わたし、私ぃっ……!」
「無事で良かった……本当に、無事でっ……」
涙を流し抱き締めあう二人を見て、扉の前に立っていたアリスと羅威も少しばかり安堵に浸れた。
崩壊した町で羅威が一番最初に向かった場所、それは一度だけ行ったことのあるクロノの家。
幸いにも家は無事であったが辺りは既に火の手が回っており家の中にいたユニカは逃げる事も出来ずただ死をまつのみだったが、羅威の迅速な救出にユニカと愛犬のシロは救われ、それからも神威は町を駆け回り次々に民間人を救出していった。
二人の様子を見ていた羅威は徐に上着の内ポケットに入れていた2枚のIDカードを取り出すと、二人の元に近づきそっと差し出した、それは紳から預かってきた人類最後の逃げ場所とされる海底避難所の入場許可証だった。
それに気づいた香澄は差し出されたカードを手に取ると、不安な表情で羅威を見つめてしまう。
「これって……」
香澄の異変に気づきユニカもまた羅威の方を見ると、差し出されたIDカードを見て首を傾げる。
「香澄。お前とユニカ、そして雪音の三人は『NNP(NewNumbersProject)』に選ばれた。これにより1週間以内にNF、及びBNが開発し作り出した人類最後の避難所へと向かってもらう」
『NNP』、それは1万mよりも深い海底に建築された凡そ20万人もの人間が生活可能な居住スペースに人類の最後を望みを託す計画。
元々BNはこの計画に協力はしてきたものの、未だにこの最後の避難所へと誰一人と向かわせてはいなかった。
それもそのはず、BNはこの戦争に勝利する事が目的であり最初は敗北した先の事など考えようとはしなかった。
だが、今や人類はERRORの侵略に劣勢であり。人類が敗北した最悪の結果も想定しなければならなくなった。
つまりBNがこのNNPに参加する時は人類最後の命運を懸ける時、最後のEDPの開始直前という事になる。
しかし元々このNNPに選ばれる人間はBNの本部にいる民間人達の大半が選ばれるはずが、生き残った民間人が減ってしまい本部からのBN側の避難者数が足りていなかった。
「ちょっと待ちなさいよ!ユニカちゃんや雪音は分かる、でもどうして私もなの!?私はまだ戦えるわよ!」
納得がいかない香澄の言葉に、羅威は香澄の肩に手を置くと力強い視線で香澄を見つめた。
「アリスから聞いてるはずだ、もうお前だけの命じゃないだろ?今まで戦ってきたからこそ、ここで退くのが悔しいのは分かる。だがこれ以上お前を戦場に向かわせる訳にはいかない」
「そんな……」
「BNの目的はなんだ?人類の平和の為に生まれた組織だろ?戦う事だけが目的じゃない、だからお前は生きる事を最優先にしてくれ。後は俺達に任せろ、約束する。必ず俺達がこの世界を救ってみせる」
羅威の言う事は正しい、それは香澄も十分理解している。
だからこそ香澄は深く頷き了承すると、羅威は安心したように表情が和らぎ後ろに振り返った。
「俺達はNFの東部軍事基地に到着次第、EDP最後の作戦会議を行う。その間にNNPに参加する人達は別の艦に移る事になるからな、その間ゆっくり休んでいてくれ」
そう言い残しこの場を後にしようとした時、後ろから香澄に声をかけられた。
「あんたも!ゆっくり……休みなよ」
「……分かった」
EDPが終わってから一度たりとも休んでいない羅威、その疲労は側にいる人達でさえ分かる程だった。
顔色が余り良くなく、雰囲気的にもいつもの力を感じられない。それでも羅威は心配をかけまいと出来る限り悟られないように振舞っていた。
部屋に戻って休もう……そう思い病室から出た羅威が自室に戻ろうとした時、隣の病室から同じタイミングでエリルも部屋から出てくると、ぐったりと肩が下げ俯いたまま元気の無い表情を浮かべていた。
「羅威……香澄に渡してきたの?IDカード」
「ああ、エリルは雪音に渡したのか?」
「うん、そうだけど……雪ちゃん、カード渡した途端に泣き出しちゃって……」
つい先程までエリルは咽び泣く雪音を必死に宥め、気持ちを落ち着かせようとしていた。
突然の除隊宣告、自分だけ安全な場所への避難、本部の崩壊。知らされた話はほぼ全て悪い内容のものばかり、その様々な話の中で雪音の心が揺らいだ一番の原因は、穿真の死だった。
『皆で、一緒に海に行くって……約束したのに……!』
IDカードを握り締め、俯いたままの雪音はそう言って顔を上げようとせず、エリルはただ静かに雪音を抱き締めてあげる事しか出来なかった。
「私ちょっと疲れちゃった。部屋で休んでくるね……あ」
部屋で休もうと羅威に背を向け歩き始めようとしたが、エリルはふと羅威に聞いておきたかった事を思い出すと羅威の方に振り返った。
「ねぇ、今私達ってNFの基地に向かってるよね。もし愁に会ったら羅威は……どうするの?」
「……さあな、今はまだ分からない。直接会えば何かあるんだろうけどな」
エリルの聞かれた事に羅威は何も考えていなかった。
EDPを行う前穿真と少しだけ愁の事について話したが、実際愁に会った時何を話したいのか、何を話せばいいのかが今は何も思い浮かばない。
「そっか……でも、私信じてるから。羅威と愁は親友だってこと!」
親友。エリルはその言葉を言い残すと後ろに振り返り自分の部屋へと歩いていく。
「エリル……」
その後ろ姿を見つめていた羅威は胸にもどかしさを抱いたまま自分の部屋へと戻る事になる。
嘗ての仲間、そして親友だった男は。仲間を殺し、妹を殺した。
愁から謝罪の言葉は一つも無かった。殺した事に罪は感じていても、決して謝ろうとしない。
それは殺した事を認めたくない、現実逃避をしているからではないか?本当に罪を感じ、受け止めているのなら、何かしらの言葉が出てくるはず。あの優しかった愁なら尚更だ。
だからこそ次会う時、面と向かって話し合いをし確かめなければならない。
例えその行為で、後に愁と戦う結果になろうとも。