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第124話 対比、目論見

───「今更『どういうことだ』……なんて言わないよねー?」

二人きりで話しをしていたアビアが放った言葉に甲斐斗は困惑していた。

アビアからしたらきっと甲斐斗もこんな事を言われて困るだろうと思ったが、これも甲斐斗の為。

自分の寝ていたベッドからアビアが下りると、胸元に手を当て一瞬にして元の大人の姿に戻り手元に一本のナイフを手に出した。

そして軽々と足の錠を切断した後、そのナイフを甲斐斗に差し出す。

「ねぇ甲斐斗。どーして『最強』の絶対名を封じる為に6人もの絶対名を持つ存在が必要なのかわかる?」

どうしてと聞かれても甲斐斗に分かるはずもない。

6人も必要な理由……少しだけ頭を過ったのは最強という力が余りにも強すぎる為に対抗するには一つの名に6人もの名が必要ということぐらいだったが……。

「エルルは甲斐斗の力を……ううん、あらゆる存在の力を制約できる全世界でたった一人の存在。でも、幾らその力が強くても。エルル自身が死ねば元も子もないもんね」

……たしかに。アビアの言う事は納得のいくものだったが、その言葉は絶対名に秘められた未知の可能性があるということになる。

恐らく6人の絶対名が揃うからこそ『永遠に力を封じる』事が可能なのだろう。

それが今ではエルルとアビアの二人のみ、どうやって絶対名を利用してその絶大な制約の力を発動させるのか不明だが、明らかに最強の力を封じる制約の条件は欠けており、不完全な力だった。

「あの子が甲斐斗の力を封じているのは事実。このままだと世界はERRORに飲み込まれて、甲斐斗の知ってる人はみーんな死んじゃうよ?甲斐斗はそれが嫌なんだよね?だったら……ね」

アビアの顔にいつもの笑みはない。

甲斐斗が力を取り戻す為にはエルルが死ななければならない。

ベッドに座ったまま甲斐斗は差し出されたナイトをまじまじと見つめていると、そのナイフを受け取り光沢を放つナイフの刃を見つめた。

「アビア、お前とミシェルは友達なんだろう?それなのにどうしてお前はミシェルを殺したがる」

アビアとエルルは友達……いや、過去の映像を見る限り親友とも呼べるだろう。

それなのに、どうしてアビアがここまでエルルの死に拘るのか甲斐斗には分からなかったが、アビアはそんな甲斐斗の質問に当然のように答えてみせた。

「甲斐斗の為だよ」

自分の為にエルルが死ななければならない。そんな事を言われても甲斐斗が今手に持っているナイフの刃をエルルに向ける事はまずない……が。

「よーく考えてみて。甲斐斗はエルルと、この世界にいる人達全員の命……あ、違う違う。100年前に戻って世界を救わなくちゃいけないから、全世界の人間の命だったね……で、どっちを殺すの?エルル?それとも、それ以外の全て?」

「ちょっと待てアビア、どうしてお前の話は誰かの犠牲が前提なんだ?」

極論で答えの確信を突いて来るアビアに甲斐斗は納得がいかない。

たしかに魔法を使えるようになるには、エルルの制約の力が邪魔なのは分かる。

だがそれと世界の平和、そして全人類の命が天秤に懸けられるのは間違っている。

あと少しでこの世界のERRORに勝てる。そして人類が平和になった後、SVに教えてもらった過去に戻る為の魔法を発動すればいい、全て段取りは出来ており、そして準備も順調に進められている。

「先に言っておくが俺は絶対にミシェルを殺さない。だからと言って世界を見捨てる事もしない。つーか、魔法が使えなくても絶対に俺がこの世界を救ってみせる」

そう言って甲斐斗は受け取ったナイフをアビアに手渡すと、アビアは残念そうに甲斐斗を見つめた。

そもそも力を取り戻す為にエルルの死が必要な事は前からアビアから聞いており、既に甲斐斗の中で結論が出ている。

絶対にエルルを殺さない。それは甲斐斗のプライドが許すわけもなく、優しすぎる甲斐斗にそれが出来るはずがなかった。

「ふーん、じゃあ甲斐斗は皆を死なせる方を選ぶんだね……」

「選んでねえよ。なんでどっちも救うって選択肢がお前の頭に出てこないんだ」

ふと甲斐斗が何気なく言った言葉に、アビアは何かに気づいたかのようにぴくっと頭を揺らし反応した。

「選択……?」

「ああそうだ、お前の中では二通りしかないだろ。なんでそのどちらかを選ぶ必要がある、僅かでも可能性があるなら俺はその第三の選択をするね」

第三の選択。アビアの中に存在しない選択肢、そもそも可能性は極々僅かであり、選択肢に入るには程遠い可能性。

「Deltaプロファイル……」

「……ん?」

アビアがふと呟いた言葉を聞き逃し、甲斐斗が聞きなおそうとした時。突如部屋にエルルが入ってくると、その後ろから息を切らしたロアが部屋に入ってくる。

「か、かいと!だれかはいってきたよ!」

「大変です甲斐斗さん!今すぐ僕と一緒に格納庫に来てください!」

同時に甲斐斗に向かって話しかける二人に甲斐斗は何と言っているのか聞き取れないものの、とりあえずロアの最後の言葉だけは聞こえたのでベッドから下りると軽く背を伸ばしながら立ち上がりゆっくりロアの方に歩いていく。

「どうしたロア、何かあったみたいだが。ERRORでも来たか?」

余程急ぎでここまで全力で走ってきたのだろう、肩で息をしており甲斐斗の質問にも何度か呼吸をした後にやっと答えることができた。

「BNの基地で大変な事が起きたって愁さんが言ってて!それを聞いて神楽さんが倒れて……と、とにかく大変なんです!」

「BNの基地?……なっ、まさか赤城が……!?行くぞロア!二人の所に案内してくれ!」

ようやくただ事ではない事が分かった甲斐斗は直ぐさまロアと部屋を出て愁と神楽のいる格納庫へと向かった。

部屋に取り残されたエルルは自分はどうしていいか分からず立ち尽くしており、甲斐斗が部屋に戻ってくるのを待とうとまたソファに座ろうとした時、突然後ろからアビアに抱き締められ足を止めてしまう。

「ねぇ、アビアと甲斐斗の話。聞いてたよね?」

「っ!……」

エルルのその悲しげな表情を見れば一目で分かる。甲斐斗とアビアの会話を、エルルはこっそり扉の前で聞いていた。

「ずーっと前から色々言ってるんだけどねー、甲斐斗ったらエルルのこと中々殺してくれないの。しょーじき昨日は本気で殺してくれると思ったのに、あの赤城って人が邪魔しちゃうんだもん。残念だよねー」

耳元で囁くように話かけるアビアに、エルルは俯きながら黙ってその話を聞いていた。

「ねぇ、アビアのしてる事って酷い事だと思う?」

何も答える事が出来ない。

辛く、胸のもどかしさに耳を塞いでしまいたい。エルルがそう思ってもアビアに抱き締められ腕を動かす事も出来ず、延々と耳元で囁かれる。

「エルルの為に甲斐斗の大切な人達がこれからも沢山死んでいくよ?アビアから見ればエルルの方がよっぽど最低で最悪だよ」

そう囁かれエルルはその場にぺたりと座りこむと、薄っすらと涙を流しながら喋り始めた。

「わたしだって、すきでこんなことしてないもん……!」

エルルの流す涙にアビアの心境が揺るぐ事は無い、これまでのエルルの言動を見てきたアビアだからこそエルルには愛想が尽き掛けていた。

「そうやって自分だけ被害者面するの?それが自分の『使命』だから、『存在理由』だからって。そう言って言い訳ばかりして自分を正当化するの?」

「ちがう!!」

エルルの体を抱き締めているアビアに、涙を流し微かに体を震わすエルルの震えが伝わってくる。

「アビアちゃんは……わたしに『死ね』っていってるんだよね……?」

既にエルルの力では甲斐斗の力の制約を解除する事が出来ない事はアビアにも分かった、とくれば甲斐斗が力を戻すにはエルルの死が必須となる。

そんな事はエルル自身も十分に理解しており、自分の力ではもうどうにも出来ない事も分かっていた。

「でもわたし……しにたくない!いきたいよぉ!!」

涙を流しそう訴えるエルルに、アビアは抱き締めたまま何も言わない。

「もっと、もっといきたい……いろんなところに、いきたい……」

エルルが神から逃げこの世界で意識を取り戻した時、少女はほぼ全ての記憶を失い荒野に佇んでいた。

「どうして……?」

その時から今まで、ずーっとエルルは疑問に感じていた。

「わたしはただ……しあわせになりたいだけなのに……」

遥か昔、自分がある世界の宮殿で暮らしていた記憶がふと蘇る。

自分の身を包む豪華なドレス、お世話をしてくれる優しい人達、そして自分と歳の近い5人の少女。

自由ではないものの、エルルは幸せに暮らしていた。

が、その幸せな世界はもう何処にも無い。

そして今も、何処にも存在しやしない。

幸せな世界……いや、幸せになれる世界が。

そよ風を体全体に浴びながら思いっきり草原を駆けたい。

犬や猫、それに鳥。いろんな動物に触れ合いたい。

海にいって力いっぱい泳ぎたい、山に登って沢山汗をかきたい。

色々な場所に行きたい、自分の知らない所に行きたい、もっと知りたい、もっと学びたい、もっと楽しみたい。

その為には、生きなくてはならない。

だがこのままでは世界は滅亡し、世界は終わる。

どうすればいい?世界を救う方法は一つ、自分が死ぬだけ、たったそれだけ───。

「甲斐斗は幸せになりたくないって言って、エルルは幸せになりたいって言ってる。可笑しな話だねー。でさ、そろそろ決断しようよ」

そう言ってアビアが手に持っていたナイフをエルルに握らせると、エルルは涙を零しながら振り返りアビアと目を合わせた。

「ア、アビアちゃんっ、わたしぃ……」

「知ってる、分かってるよ。エルルの気持ち。私達は生まれた時からずーっと絶対名の危険を教え続けられてきたもんね。エルルが甲斐斗を、『絶対名:最強』、『魔神』を恐れるのはよく分かる。そしてエルルのしている事が間違いとは、アビアは言わない……ただ……このままでいいの?」


───それ以上、アビアは何も語らなかった。

エルルを一人部屋に残し部屋から出て行ってしまう。部屋に残されたエルルは一人寝室のベッドの上に座り泣きながらこれからの事を考えていた。

今のエルルに甲斐斗の力を制約する理由が無いわけではない、最強の力を制約させるのがエルル達の役目。

その役目を真っ当する理由は幼い頃から世界の平和の為と教え続けれてきていたが、今となってはもうどうでもいい事だった。

いっそ自分の意思で全ての制約を解除できるのならエルルは迷わず実行しているだろう、しかしこの世界、そして甲斐斗の力を制約は既にエルルの力ではどうする事も出来ない。

理由は分からない。ただ、絶対名を持つ物が死ねばその制約の力は解かれるのは事実……だからといってそう簡単に死ねるはずもなく。エルル自身はこれから先も生きていたいと思っている。

当たり前だ。我侭などではない、幾ら世界の為、甲斐斗の為と言われてもその命を容易く投げ出せるものでもなければ、粗末にできるものでもない。

「ミシェル!」

大声で名前を呼ばれ俯いていたエルルが顔を上げると、部屋の扉の前に息を切らしながらこちらに近づいてくる甲斐斗の姿があった。

「勝手に突っ走って悪ぃ、またお前を一人残す所だったぜ……って、どうした!?」

ナイフを握り締め目を赤くしたエルルを見れば一目で何かがあった事が分かる、甲斐斗は心配になって近づこうとしたが、エルルは直ぐに立ち上がると甲斐斗を見つめたまま後ろに下がってしまう。

「こないで!」

記憶が戻ってしまった事は甲斐斗にとって良かったかもしれない、だがエルルからすれば余計な柵が増え、自分を苦しみ悩ませる枷が増えたに過ぎなかった。

「断る!」

エルルに近づいてく甲斐斗の足は止まらない。

足早にエルルの目の前まで歩いていくと、甲斐斗はエルルの小柄な体を軽々と抱え部屋を出て行く。

その甲斐斗の強引さにエルルも抵抗する事が出来ず、抱かかえられたまま甲斐斗を見つめ、それに気づいた甲斐斗はエルルと目が合ったが直ぐに前を向き語り始める。

「ミシェル、お前は何も悪くないからな。自分を責めることだけは止めろよ」

部屋で一人泣いていたエルルを見て、その涙の理由が甲斐斗には直ぐに理解できた。

あの時エルルが流していた涙が、先程まで自分が流していた涙と同じに見えたからだった。

自分の存在理由、存在価値について悩み。自分のせいで周りの人々を苦しませるのではないかという疑問。

自己嫌悪が増し、情緒不安定になる……そんな感情の変化は嫌という程甲斐斗には経験が有った。

「俺がミシェルと初めて会った時、何故俺に生きるのか聞いてきたよな。ま、その時の記憶は無いかもしれねえが俺は答えた、『死にたくないから生きる』って。生きていく理由なんざそれぐらいでいいんだよ、生きる事に深い意味や特別な理由なんて必要無い。そして約束もしたはずだ、お前に幸せな世界を見せてやるってな」

世界を救う、ある人を幸せにする、皆を守る。

戦う為には様々な理由は存在するが、生きる為に『特別な理由』など必要無い。

誰だって生きていたら望む事。『幸せになりたい』『好きな人と一緒にいたい』『夢を叶えたい』

そういった個人的で、今後の自分に望む理由でいいはずだ。

特別な理由を持つなとは言わない。だが自分を死に追い込む程まで生きる理由に固執し、その苦悩の果てに救われる答えは出るのか?

「ごちゃごちゃと悪い事ばかり考えたって仕方無い。……なぁミシェル、俺はこれからもお前の側にいたい、お前は、その……俺の事、どう思ってる……?」

甲斐斗がエルルを嫌う事などまず無いだろう。平和な世界に連れて行き、幸せな日々を過ごして欲しい。

そう思っている甲斐斗だが、エルルは甲斐斗の事をどう思っているのかが気になっていた。

するとエルルは涙を流しながら甲斐斗の胸元に頬を寄せると、緊張が解け安心したかのように微笑んだ。

「ありがとうかいと……ずっと、いっしょにいたい」

「それが聞けて安心したよ。ここで『怖い魔神』とか言われたら俺の心が折れる所だったぜ。そうだ、ミシェルの本当の名前はエルルらしいな、俺はこれからなんて呼べばいい?」

初めて会ったとき、エルルは自分の名前すら記憶から消えておりその時甲斐斗がつけた名前が『ミシェル』だったが、本当の名前が分かった以上『エルル』と呼んだほういいのだろうかと悩んでいた。

「みしぇるって、よんで」

今更本当の名前が分かってもミシェルにはもうどうでもいいことだった。

今までずーっとミシェルと呼ばれてきたからというのも理由には有るが、何よりも甲斐斗が自分の為に名前をつけてくれたことが嬉しく、その名前を大切にしていこうと今でも思っている。

「分かった。ミシェル、これからもよろしくな!」

「うん!」

今まで甲斐斗とミシェルの仲には見えない亀裂が何度も入っていた。

二人は見てみぬふりをしながら日々を過ごし、いつしかその亀裂は無視できない程へと大きくなった時もあった。

『絶対名』『最強』『制約』『魔神』『MG』『神』

だが、二人の謎が明らかになるにつれて甲斐斗とミシェルは正面からその亀裂を見つめ向き合うようになっている。

一人で悩み考えるだけでは決して癒えない心の傷、解決出来ない苦しみも、『一人じゃない』たったそれだけで傷は徐々に癒え、苦しみが緩和される。

その『思い』こそが人間の持つ大切な力であり、この世界を救う為の必要不可欠なもの。

この世界で生き残った人々は皆、心の中でそう信じている。

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