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第123話 理性、本能

───甲斐斗と子供姿のアビアは神楽の寝室で互いのベッドに座り見つめ合っている、隣の部屋ではミシェルが自分の過去と繋がりのあるあの古い本を開きソファに座りながら読みふけっていた。

「なあアビア、恐らくこの世界で魔力が回復しない理由はミシェルの『制約』の力だと俺は思うんだが」

「んー?そーだね、アビアもそんな気がしてきた」

「しかしミシェルにはその自覚が無い。という事はミシェルの『制約』の力が神に利用されていたと思わないか?それなら神が今も俺の力や世界を制約しているのも納得できるよな」

「うん、でも今はアビアそんな事聞いてないよー?」

「へいへい、わかったよ。話せばいいんだろ、話せば……」

ちょっと話題を変えてみよう試みたものの、アビアに急かされてしまい甲斐斗は仕方なくユイについて語り始めた。

「俺とユイは幼馴染で、中学生の時まではアルトニアエデンの世界に住んでいたが、事情があってこの世界に住む事になったんだよ。その時……数年ぐらい一緒に暮らしてたかな」

「数年?ずっと一緒にいなかったのー?」

「無理に決まってるだろ、俺はその時追われる身だったからな。迷惑が掛からないように幾つもの世界を飛び回ってたわけだ。ってか、アビアは俺の正体を知ってたのか?」

正体と言うのは甲斐斗が昔アルトニアエデンで起こした事件の犯人である事を指しており、アビアはしっかり頷くと甲斐斗は少し驚いた様子を見せた。

ちなみに、この世界に来た理由を『事情があって』の一言で片付けてはいたが、その内容はとても一言で済ませられる程のものではないのは甲斐斗自身が十分自覚している。

「うん、でもまさか甲斐斗があの有名な伝説の魔神、カイト・スタルフだったなんて。最初は思いもしなかったよー」

伝説の魔神。嘗てアルトニアエデンに現れた最強の存在は数多くの世界で語り継がれていた。

数時間で数少ない文明レベルAの世界をたった一人で暴力の限り尽くし軍を壊滅寸前までに破壊し尽した存在。

「俺の名前まで知ってたのか……まぁ、そのアルトニアエデンの戦いで俺は死にかけてな、その時俺を助けてくれたのがユイだったのさ。こうして今生きていられるのもユイのおかげだし、俺にとってはユイは命の恩人ってことだ」

「アビアも命の恩人だよね?扱い全然違うよ?」

「お前な……たしかにアビアも命の恩人だけどユイと一緒なはずがないだろ?俺とユイは幼馴染で色々世話になってんだよ、それにあいつが俺を助けた時はまだ中学生だったんだぞ?ユイは俺を見捨てる事も出来た、ユイにはユイの人生があったんだ。それなのにあいつは、こんな俺の為に……」

甲斐斗は今でもあの場面だけは鮮明に思い出せた。

瓦礫の山に横たわり、力尽きて死に行く自分の視界に入ってきた一人の少女。

少女は見ていた、甲斐斗がこの世界で何をしてきたのか、その全てを。

それでも少女は泣きながら心配してくれた。

必死に覚えたばかりの魔法で甲斐斗の傷を癒そうとしてくれた、涙を流し泣きながら何度も『カイト』と名前を呼び抱きしめてくれた。

しかしそれは、甲斐斗にとっては少し不思議な感覚だった。

どうしてユイがこれほどまでに自分を心配してくれているのか、その理由が分からない。

たしかにユイと甲斐斗は幼馴染、仲が悪い訳ではないが共に過ごした時間はそれほど多くもなく、交際していた訳でもない。

家が隣同士の普通の幼馴染。ただ、それだけ。

ただそれだけの関係なのに、ユイは自分の人生を捨ててまで甲斐斗についてきてくれた。

「なんでだろうな」

俯いたまま甲斐斗は無意識に言葉を漏らしていた。

「俺は自分の事を最強だと思うのと同じくらい最低最悪の男だと思ってる。そんな俺に、どうしてユイは尽くしてくれるんだ?」

甲斐斗には、こんな自分に関わってくれる人達の気持ちが理解できない。

「ユイだけじゃない……どうして俺に関わってくる?赤城はどうして俺を知ろうとしてくれた?神楽は俺の事を嫌っていたんだろう?どうして俺に?俺に?何故俺を受け入れてくれるんだ?周りの奴らもそうだよ、なんで俺と?」

「甲斐斗ー?」

先程から甲斐斗の様子がおかしい、俯いたまま独り言のようにぶつぶつと言葉を発しており、アビアは心配になって名前を呼んでみたが甲斐斗は無反応で喋り続ける。

「どうして皆俺を避けない?なんで微笑んでくれるんだ?皆俺が嫌いじゃないのか?ミシェルはどうして俺を信じてくれるんだ?俺が怖くないのか?俺の事を気持ち悪いと思わないのか?俺は違う、俺はお前等の世界の人間じゃない、俺は違う、俺は独りだ、俺は幸せになってはいけない、俺はそれで最強になっている、俺は求めてない、俺は最強だから、俺は力だけあればそれでいい、俺の世界はそうだろ?」

「え、ちょっと……甲斐斗!」

段々と口調が荒々しく早口になっていく甲斐斗を見て、アビアは手を伸ばし甲斐斗の肩に触れると、甲斐斗は俯いていた顔を咄嗟に上げ目を見開きながらアビアの両肩を掴み強引にベッドに押し倒した。

「どうしてだ?俺はお前を一度殺したんだぞ?なのにお前はどうして俺なんかとキスをしようとした、意味が分からない理由が分からないお前は俺に何を求めている?ありえない、ありえないんだよこんなの。こんな俺みたいな奴が、お前とだなんて、いや、お前だけじゃない、皆そうだ、俺の世界、俺の人生、俺は、もっと酷く、脆く、どうしよくもなく、救いの無い世界で、終わりを迎える、それでいいんだろう?だから俺は、最強なんだろう?」

押し倒されたアビアは一切抵抗しない、赤く濁った甲斐斗の瞳はアビアを見つめ続けており、アビアもまたそれに答えるように甲斐斗の瞳を見つめながら話しかけた。

「どうして甲斐斗は幸せになろうとしないの?」

「どうしてって……それは俺が、最強だからだろ?俺は幸せを選んでいたのに、俺から幸せを強引に奪って最強にしたんだろ……?だから俺は感謝してる。俺は、俺はっ、姉さんが、姉さんがッ?死んだことに……かん……しゃ……?」

そう言って目を開けたまま甲斐斗はぼたぼたと涙を流しはじめるが、その表情は薄っすらと笑みを浮かべており完全に正気を失っていた。

そんな甲斐斗を見てアビアも言葉が出せず、向かい合うアビアの顔には何滴もの甲斐斗の涙が滴り落ちていく。

「いまの、おれに……力はない……なのに……どうして、みんな……おれに……?」

何も言えない。

これ以上、アビアは甲斐斗について何も聞く事が出来ない。

もしかしたら、次に言ってしまった言葉で甲斐斗の心を完全に壊してしまうのではないか、そんな恐れが込み上げてくる。

それならせめて甲斐斗の傷ついた心を癒す言葉をかければいいのか?慰めてあげればいいのか……?

「甲斐斗」

最適な言葉が思い浮かばない

だから今、素直に自分の心にある言葉を言おうと思った。

「優しすぎるよ……」

甲斐斗が言ってきた言葉の意味にアビアだからこそ躊躇っていた。

昔の記憶を少しだけ見たアビアには分かる。甲斐斗は昔、少なからず『幸せ』であったのだろう。

しかしあの時の事件で姉を失い、その代わりに『最強』の力を得てしまった。

力の暴走、その最強の力を揮い思う存分暴れまわったが、ふと我に返り力の暴走を止めた。

その後、甲斐斗は『最強』の力を持っているにも関わらず、私利私欲の為に力を振るう事は無くなった。

力を揮えば幾らでも金が手に入るだろう、だが甲斐斗が金の為に戦い人を殺した事は一度も無い。

口では殺しが好きだのなんだのと好戦的な事を言ってはいるが、思い返してみれば実際に甲斐斗がこの世界で私欲の為に人間を殺した事は一度もない。

力を揮えば幾らでも女を抱けただろう、しかし今でもなお男の自分を下げ続け、人との関わりを積極的に持とうとせず、その結果最強の男は女性とのキスすらまともに出来ない。

『こんな自分と関わればその人は幸せなはずがない』

そんな気持ちを胸の内に静かに抱いている甲斐斗のその過剰な他人への優しさは臆病とも言えるものに近かった。

普通は違う。人がもし、その最強の力で得たのであれば己の欲を満たし続けるだろう。

力に驕り、欲に塗れ、思う存分自由に生きる。国どころか世界を支配する事だって容易いのだから。

だが甲斐斗は未だに押し潰されそうな程の罪悪感を背負い続け、あの時の事件以来自分が幸せになる事を恐れている。

何人もの人の命を奪い虐殺の限りを尽くした自分が、幸せになる権利など無い……そして何時しか、甲斐斗は『幸せ』が怖く感じるようになってしまった。

幸せな日々は続かない。幸せな日々を過ごしていればその幸せな日はいつか必ず崩壊し、失ってしまう。

そして幸せが消え最強の力を手にしてしまった以上、二度と自分は幸せになってはいけない……。



───「……アビアは、強い甲斐斗が好き」

不滅のアビアは強い男を捜し続けていた。

理由は単純、自分の側に入て欲しいからだ。

今まで何人もの男と出会ってきたが、世界はERRORに支配され次々に男達は命を落としていく。

アビアが寿命で死ぬ事はなく、ましてや不滅の力を持つアビアが殺されて消えてしまう事もない。

例え全世界が滅び全人類が消えたとしても。アビアが消える事だけは絶対に無い。

「でも、その強さより優しい甲斐斗は、もっと好きだよ」

優しく囁きかけるアビアはそっと腕を伸ばすと、自分の胸元に引き寄せ甲斐斗を抱きしめる。

甲斐斗は抵抗する事なくアビアに抱きしめられ、止め処なく零れる涙はアビアの胸を忽ち濡らしていく。

こんな自分にどうしてアビアは真剣に答えてくれるのか……抱き締められ温もりを感じていたこの時もまだ、甲斐斗の心は揺らいでいた。

「ねえ甲斐斗。過去に戻ったら、どうするの?」

過去に戻ったら……その言葉が甲斐斗の頭から離れない。

今この世界では100年前に出会ってきた自分の知っている人達が全員死に、そしてこの世界も終わりを迎えようとしている。

自分が消えていたこの空白の100年にもし自分が存在していれば……こんな未来にならなかったのではないか、未来を変えられたのではないか。

「世界を救いたい……」

「甲斐斗、素直になろうよ。そーいう所が優しすぎるんだよ?」

素直になる……?

甲斐斗は自分でも気づかない内に言葉を選び発言していた、そしてそれをアビアに気づかれてしまう。

世界を救いたいのは何故か?

世界を救い英雄になりたい訳でもない。

思う存分最強の力を揮いたい訳でもない。

それは数多くある理由の中で。一番最初に思い浮かんだ一つの理由。

「ユイを……幸せにしたい……」

そう、ユイに会って、ユイを幸せにしたい。

その為にも過去に戻り、世界を救わなければならない。

「きっとユイも、甲斐斗のその言葉を聞いたら喜ぶだろうなぁー……」

甲斐斗の本音を聞いて少しばかり嫉妬してしまいそうになる。

普段はこんな事を言わない、けれど甲斐斗の力になりたいと思って言ってしまう。

「でも……俺には戻る前にやるべき事が残っている」

徐に甲斐斗がアビアの腕から抜けまた二人で目を合わせると、そこにはいつもの瞳をした甲斐斗がいた。

「この世界を、絶対に救ってみせる」

今一度自分の目的を再確認できた。

世界が平和になる時は近い、残り1回のEDPを確実に達成しERRORに勝つ。

何故自分が100年後の未来に飛んでしまったのか。という考えではなく、どうして自分が人類が滅亡する前にこの世界に降りてきたのかが重要だった。

まだ間に合う、まだこの世界を救える、そして過去に戻る事も今なら出来る。

しかし『ユイと幸せになりたい』と言わなかった以上、甲斐斗の心の中には未だに迷いがあるのだろう。

だが今はいい。いつかきっと甲斐斗の口からそう言われる事を信じよう。

「そうだね、じゃあ───」

トラウマは未だに甲斐斗の中で根強く残っている、だがアビアとの会話で甲斐斗の気も少しは晴れたはず。

甲斐斗の力強い言葉を聞いてアビアもまた笑顔になりゆっくりと体を起こすと、甲斐斗と向かい合い世界を救うために必要で、大切な事を教えてあげた。

「第1MG。『エルル』を殺さないとね」


───それは、アビアが甲斐斗の事を本気で愛しているからこその言葉。

人類最後の世界で僅かに抗う人間達、ERRORとの最終決戦で全てが決まる。

しかし、人類だけの力で本当にERRORに勝てるのか?

いいや、そもそも勝てたとしても過去に戻る事が絶対に可能なのか?

様々な不安や疑問が有るだろうが、甲斐斗が魔法を使えるようになれば全てが解決される。

……もはや奇麗事だけでは世界は変えられない。世界の命運を懸けた決断をしなければいけない。

終わりの近い世界で甲斐斗は選択を余儀無くされる。自身が目指す世界に必要な絶対条件。

それは第1MGミシェルの……いや、アビアの言った第1MGの本当の名前『エルル』の死、それだけだった。

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