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第119話 混沌、純潔

───苦しい。それに、胸が張り裂けたような痛みで呼吸がまともに出来ない。

悶え、もがき苦しんでいる。地面をのたうち回り口からは血と共に涎が溢れ出していた。

「う゛ぅ───くっ───かはッ────!」

段々と意識を取り戻していけばいくほど体の痛みや苦しみが何倍にもなって自分を襲ってくる。

もうここがどこで、自分が何をされたのかも分からない。

いや、もう何も分かりたくない。この苦しみから解放されるならいっそ意識が遠のいて永遠に目覚めなければいい。

だが、まるでそれを許してもらえないかのように意識ははっきりと戻りはじめ、ぼやけていた視界もゆっくりと鮮明に見え始めていた。

ここはBNの本部にある軍事基地、その基地の司令室に今、自分がいる。

「あ゛あぁっ!う゛ぅ゛ぐッ……が───はっは、はっ、か───」

呼吸が速い、何度も何度も息を吸っては吐くの繰り返し、完全に過呼吸状態に陥っていた。

それでもなんとか自分の体を起こそうとしたが、精々四つ這いになるだけで精一杯だった。

「はぁ……はぁっ……ぁ……」

赤城。

恐る恐る自分の胸元に手を当ててみる。

一瞬で激痛が全身に広がる、指先には熱く硬い物が触れ直ぐに指を離し指先を見てみるが、そこには血の後はついてはいなかった。

「そうっ……か……」

急いで軍服の上着を脱ぐと、赤城はボロボロに変わり果てた防弾チョッキを脱ぎ捨てまたその場に倒れこんでしまう。

「騎佐久の真似事に、助けられるとはなっ……」

そう言って苦痛で額に汗を滲ませながらも微かな笑みを見せると、赤城は力を振り絞りなんとか体を起こしその場に立ち上がった。

……冷静に、そして慎重に状況の整理をする必要がある。

「どういうことだ……?」

あの時言った由梨音の一言が未だに頭の中にこだましている。

由梨音が撃った?誰を?自分を?なぜ、どうして?裏切り……?

次々に疑問と不安が赤城の心を埋め尽くしていく、撃たれる前に由梨音と話していた赤城だからこそ確信があった。

あの由梨音は間違いなく共に生きてきた仲間、本物の由梨音だと。

……それとも、ERRORはあそこまで人間に似せた人間を作る事が可能になったというのか?

分からない。だがこの不安を解消する方法はがたった一つだけ有るのはわかる。

直接、由梨音本人に聞くしかない。

赤城の行動は早かった、すぐさま床に落ちている黒い軍服の上着を拾い上げるとすぐさま着用しここで由梨音が何をしていたのかを調べるべく司令室にある機器を操作していく。

「全てのセキュリティーが解除されている……ん?これはっ……」

モニターに表示された一体の機体と二つの兵器。

それは───BNが最後のEDPに起動させるはずの切り札だった。


───BN基地、本部にある最下層の格納庫に由梨音は来ていた。

ここまで来るのに五つ程のセキュリティが再起動され由梨音の進行を阻止しようとしたが、この基地で使われている全ての暗証番号とセキュリティプログラムを覚えた由梨音の前では1分も持たなかった。

尤も、ここまで来るのを阻止しようとした何十人もの兵士達は合計で1分すら由梨音の足を止める事が出来なかったが……。

「よいっしょっと、これで準備は良いかな」

格納庫にある着替え室からエスペランサ専用のパイロットスーツを身に纏った由梨音が出てくると、その機体を見つめながらゆっくり近づいていく。

全長30m程白い機体、両肩にはレジスタルと思われる巨大な岩が綺麗に研磨された状態ではめ込まれており、その独特で美しい機体のフォルムに由梨音は微かに目を輝かせていた。

「でも良かった~なんとかサイズが合って。この服を着ないと機体を動かせないなんて情報は無かったから少し焦っちゃった。でもこれで今度こそ動かせるかな」

格納庫に置かれている装置から反射して見えた自分の姿を見て、由梨音は可愛らしい笑みを浮かべるとパイロットスーツを着た自分の姿を見て満更でもないようだった。

そしてまた悠々と歩き機体の胸部にあるハッチを開けると、由梨音は機体に乗り込みハッチを閉め、暗証コードを打ち込み機体を稼動させた。

「SRC起動、機体の情報を表示、機体、動力源、武装、全て問題なし。出力安定、SRC搭乗者とのリンク安定、シンクロナイズ良好……もういいや。エスペランサ、発進~!」

可愛らしく由梨音が機体を発進させようと掛け声を出したが、エスペランサは由梨音の想像を遥かに超える力で発進した。

地下4階に位置する格納庫、まだ機体を発進させる為の門が開いていないにも関わらずエスペランサは両肩のレジスタルを輝かせた瞬間、まるで瞬間移動をしたかのように一瞬で地上に姿を現した。

「あれ?」

機体を発進させた直後、先程まで見ていた光景が一変し外の景色に変わったのを見て由梨音が首を傾げると、上空で待機しているエスペランサの真下にあった軍事基地が衝撃により吹き飛び、今更爆音が鳴り響く。

地下4階から全ての門を突き破り音速を超えて地上に出てきた事がこれを見て始めて理解できる。

その衝撃で周りの建物は紙くずのようにバラバラになって砕け散っていく、その場にいた人間など一瞬で塵と化し赤い霧が周辺に漂っていた。

「……」

これが人類の生み出したレジスタルを用いる兵器の力。

両肩のレジスタルからは止め処なく輝く粒子が散布されており、機体は空中で静止したまま待機していた。

その様子は基地の回りにいた生き残った兵士達にも確認できた、突如基地が轟音と共に崩壊したかと思えば見た事も無い機体が現れ、基地周辺で待機していた我雲が一斉に銃を向ける。

『た、隊長!なんですかあの機体は!?』

極秘で開発された機体故にほとんどの兵士達には知られておらず、現れた未知の機体に動揺したまま引き金が引けずにいた。

『肩にBNのマーク?我々の知らない所であんな機体が作られていたとは……各機、いつでも攻撃できる態勢に───』

命令を最後まで言う前に、隊長機はエスペランサの手から放たれた光の刃により真っ二つに切断されると、爆発することなくその場に倒れた。

『なっ!?隊長!!……お前ぇええええッ!!』

隊長機を破壊され周りに立っていた我雲達が一斉にエスペランサに向けて攻撃を開始する。

するとエスペランサは無数に分身を始めると、輝く粒子を纏いながら超高速で空を自由自在に飛び回り軽々と攻撃を回避していく。

高速で無数に飛びまわるエスペランサ、機関銃の弾丸はその無数の機体に一発も掠らせる事が出来ず、更に基地周辺に配置されているミサイル発射機からは誘導ミサイルが次々に放たれるものの何一つ機体を追尾しようとしない。

『なんなんだよ!あのふざけた機体は!?』

すると無数に分身していた機体が突然一箇所に集まり分身を終えると、両手から伸びる光の刃を構え我雲に向かって突進してくる。

『へっ、てめえみたいな機体とまともに正面から遣り合ってたまるかよッ!』

そう言って兵士は我雲の背部に装備してあったロケット砲を手に取り向かってくる機体に向けて引き金を引いた。

『この距離、当ててやる!』

既に敵の機体は目前にまで迫ろうとしていたが何とかロケット弾を撃ち込むことに成功、しかしロケット弾は機体をすり抜け後方に聳え立つビルに命中してしまう。

『そんな馬鹿なっ!?』

たしかに当たったはず、まさかこれも機体の能力だというのか?もはや間合いは無く、敵機体に破壊されると思ったが、機体はあろうことか我雲さえ擦り抜けてしまい我雲は無傷の状態のままで立ち尽くしていた。

が、兵士は気づいていない。先程からずっと我雲の背後に立っているエスペランサの存在を。

「あのー、一人で何やってるんです?」

『えっ?』

そう言って光の刃を二回ほど振り我雲を切断すると、エスペランサの装甲が見る見る透明になり周りにいる我雲のレーダーからも反応が消えた。

それを見ていた別の兵士が各機体に敵機の情報を伝え始める。

『敵機にステルスフレームを確認!各機警戒を怠るなよッ!』

「大丈夫ですよ♪皆はもういませんから~」

『なにっ───』

突如聞こえてきた少女の声、そして仲間の全滅という『嘘』に兵士が動揺した瞬間、光の刃が我雲の腹部を突き抜ける。

「あー、相手にぃ……なりませんねぇ……」

由梨音は残念そうにそう言うと、機体を高らかに浮上させ町の景色を見渡していた。

町では既に民間人の避難が始まっており、人々は皆避難用の巨大なドーム型の建物に向かっている。

由梨音のいる場所からかなり距離が離れている為、避難する人間達はまるで蟻巣に帰る蟻のようにちっぽけに見える。

「機体の性能を試したかったのに残念です。そろそろやっちゃいますか」

その場に留まり余裕の表情を見せる由梨音、基地の設置兵器や機体から弾丸や砲弾を次々に放たれていたが、輝く粒子を散布し続ける機体エスペランサには一発たりとも命中する事はなく次々に弾道が反れ外れていた。

「何発撃ったって無駄なのに……目障りですよ」

機体に弾丸は当たりはしないものの、自分を狙って何発もの銃弾を放たれるのが気に食わない。

エスペランサの両肩から溢れ出す粒子が高速で機体の回りを飛びまわると、何本ものレーザーへと変わり攻撃してくる機体、兵器に向けて一斉に放たれた。

狙われた我雲達は成す術も無くエスペランサの攻撃により次々に破壊され、レーダーを見れば全ての機体反応が───。

「消えてない」

たった一つ。しかも自分の機体の前方に機体の反応が確認できた。

レーダーに映る機体の反応、それはBNの機体のものではなくNFの機体の反応だった。

すぐさま由梨音は機体のカメラをズームさせ前方を確認、するとそこには赤いリバインがLRBを構え堂々と立っていた。

「赤いリバイン……」

『由梨音ッ!』

通信機から聞こえてくる赤城の力強い声、由梨音は薄っすらと笑みを浮かべながらモニターに映し出された赤城を見つめていた。

「生きてたんですね、赤城少佐」

殺したはずの赤城が生きている事に対し、特に驚いた表情も見せず赤城と話し始める。

『お前に聞きたい事がある』

「は~い!なんですかー?」

真剣な面持ちの赤城に対し相変わらず軽いノリで対応する由梨音、それでも赤城は眉一つ動かさず言葉を続けた。

『お前は、私の知っている由梨音か?』

まず白黒ハッキリつけたかった。自分を撃った存在が、今この町を襲っている存在が、自分の知っている由梨音本人なのかどうかを。

「ひ、酷いです赤城少佐~!私にそんな事言うなんて、赤城少佐との思い出は忘れた事もないのに───」

『ふざけるなッ!!!』

ふざけた態度で由梨音は大きなリアクションをしながらころころと表情を変えるが、それを見ていた赤城は拳を握り締めると目を見開き一喝した。

その迫力に由梨音の顔から笑みが消え言葉が止まると、先程までの様子とは違い冷たい目で赤城を見つめていた。

『真面目に答えろ……』

「ふっ、ふふふ……あはは♪あはははははははははは!」

由梨音は冷たい眼差しを赤城に向けたまま笑いだすと、今度は首を少しだけ傾けにっこりを笑みを見せた。

「信じたくはないと思いますけど。私は正真正銘貴方の知っている由梨音ですよ。なんなら今までの思い出の数々を全て言ってあげましょうか♪」

自信に満ち溢れた笑みを浮かべ余裕の表情を見せる由梨音に対し、赤城は更に言葉を続ける。

『本当だな……?という事はお前は一人の人間であり、今まで私達が見てきたお前の姿は全て演技だったとでも言うのか?』

「そうですよ~全てはこの時ぃと言いますか。人類が追い詰められるこの時の為までの演技です。ま、さすがに足と腕を失うのは予想外でしたけどね~」

赤城の質問に即答で返していく由梨音、そして今までの行動は全て『演技』だと言い切った事に、赤城は深く頷くと少し安心したかのような表情を浮かべていた。

『そうか……わかった、もういい』

由梨音にとってそれは意外だった。赤城は随分と安らいだ表情を浮かべ先程まで目を合わせて話していたにも関わらず赤城の視線は既に自分ではなく機体の方に向けられている。

おかしい。本当にそれだけいいのか?何故混乱しない、どうして動揺しない、何を考えているのかが検討もつかない。

「あれれ?私が何者なのか聞かないんですか?誰の指示で動いてるのかとか気になりませんか?もっと色々聞きたい事があるはずですよね?」

さあ、もっと探ればいい。謎だらけだろう?どうしてこうなったのか、何故今このようになっているのか、基地の爆発はどうやって?どうしてBN基地を襲撃?私は何者?誰からの命令?今までの、今までの言動は───。

『 黙 れ E R R O R 』

重くどす黒い感情が篭った一言。

そして初めて見た赤城の憎悪の眼差しが一瞬で由梨音の顔から笑みを消した。

『由梨音は返してもらうぞ』

「……は?何を言ってるんです?私がERRORだなんていつ言いました?それに返すも何も、私は最初から貴方達の敵で───」

『それなら、何故私を殺さなかった』

その赤城の一言は、思考が一瞬停止してしまう程の理解不能な言葉に由梨音には聞こえた。

『たしかにお前は私を撃った。だが、お前は私の頭ではなく胸を狙った……殺されていた他の兵士達は全員頭を撃たれていたにも関わらずだ』

「……頭も胸も同じですよ、撃たれたら普通死ぬって考えるのは当然じゃないですか」

『本当にそうか?お前自身気づいていないだけで、お前の中にいる本物の由梨音が僅かな可能性に懸けて私の胸を撃ったのかもしれん。事実、私はこうして今も生きている』

何年もの間一緒にいたからこそ分かる事、共に笑い、共に泣き、共に戦ったあの日々を、演技と言い切った時点で赤城は確信していた。

今目の前にいる由梨音は何者かの手によって操られ、ただ利用されているだけだと。

赤城にとって今の由梨音の姿こそ演技にしか見えない。誰が、何の為にこのような事を?そんな事大よそ検討がつく、今この世界での人類の敵、ERRORでしかない。

唯一の謎と言えばどうやって由梨音を操っているのか───。

「呆れた……ばっかじゃないですか?現実を認めたくないみたいですね。わかりました」

そう由梨音が言うとエスペランサの眼と両肩のレジスタルが光り、機体の両手に光の刃を出現させる。

「殺してあげますよ、今すぐここでっ!!」

エスペランサの周りに次々に現れる光の刃、更に機体の回りには粒子が漂い機体を中心に円を描いていた。

『来るがいい』

───必ず自分の元に連れて帰る。

戦争が終わった後、二人でこれから先の事を考えると約束したのだから。

……いや、約束なら他にもしてある。一緒に服を買いに行く約束、一緒に映画を見る約束、一緒にご飯食べに行く約束、一緒に生きていく約束───。

由梨音は生きている、絶望するにはまだ早い。

ほんの一握りの光、そこに希望があるのなら全力で掴み取るだけだ。

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