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第116話 意地、極致

───ERRORとの激戦で崩壊した都市。

その中央に佇むERRORの前に立ちはだかったのはたった一人の男だった。

野入穿真、愛機エンドミルに搭乗するその男は今、心臓が激しく鼓動しながらも微かに震える両手に力を加えしっかりと操縦桿を握り締めていた。

着ているパイロットスーツは所々焼き焦げボロボロになり、機体に無数の傷が刻まれながらもこの場に踏みとどまりERRORに立ち向かう。

「行くぜ……ERROR」

穿真がそう呟くと、地上にいたエンドミルが膝を大きく曲げ瞬時に跳び上がり一直線にERRORの胸部えと向かっていく。だがERRORがそう易々と懐に敵を近づけさせるはずがない、ERRORの肉体から出ていた銃口、砲口だけでなく、無数に生える触手達が一斉にたった1機の機体に向けて放たれた。

「俺とエンドミルの本気。見せてやるよ───ッ!」

機体の背部で浮遊する6本のドリルが一斉に機体から離れたかと思うと、まるで機体を中心に円を描くかのように高速に回転し始め、近づいてくるありとあらゆる攻撃を次々に弾き飛ばしていく。

その中でも唯一赤い粒子砲だけは極力ドリルで受けるのを避け、エンドミルは嵐のように降り注ぐ猛攻を掻い潜りながらも確実にERRORの胸部に近づいていた。

僅か1機の機体が短時間でERRORの懐に入ろうとしている……しかしERRORにとってこれは不足の事態でもなければ焦る理由もなく、その機体の行動に理解できず、ただただ見つめているだけにすぎない。

軽くERRORが右手を振り上げ、まるで飛んでくる虫を叩き落とすかのように振るうだけでその機体は簡単に弾き飛び、6本のドリルごと纏めて地上に落とされてしまう。

叩き落とされた機体はビルに直撃、ビルは簡単に崩壊するとその機体を埋めるかのように瓦礫の山と化した。

終わった……かと思えば、その機体は瓦礫の山を吹き飛ばし空中に浮かぶ6本のドリル、そして両手のドリルを高速回転させ、またERRORの胸部へとドリルの先端を向けていた。

「やぁれやれ……やっぱそう簡単には行かねえよなぁ。へへへ……ん?」

操縦席から見えるモニターには既に機体の各パーツの破損により異常警告で次々に表示されるが、それと同じように通信を要請する表示で埋めつくされており、穿真は少し躊躇ったあと、自分の映像だけは映らないように設定した後で通信を繋ぎ一声出した。

「いよう」

穿真はいつものように軽いノリで挨拶したが、モニターに映し出された兵士達は心配そうに、そして真剣な面持ちで見つめていた。

一つの映像は、恐らく艦内の格納庫からだろう。十数人の兵士と、その一番前にいるエリルの映像。

二つ目は神威の操縦席に座る羅威の映像。そして三つ目は司令室にいる紳の映像だった。

『穿真、俺は全部隊退却しろと命令したはずだが?』

紳が口を開き問いかける。エリルの顔色は蒼白とし、信じられないといった様子だった。

そして見えていないはずの穿真の目を見つめているかのように、エリルの目は真っ直ぐ穿真に向けられていた。

その目には微かに涙を浮かべており、肩はがっくりと下りている……それに比べて羅威ときたら、目に涙を浮かべているのは同じでも、怒りの眼差しを穿真に向けていた。

それに近い視線を司令室から通信している紳からも感じられた、とてつもなく重い空気に、穿真は堪らず小さな溜め息を吐いてしまう。

「やだなぁ紳さん。こうも命令したじゃないですか、全力で仲間達を救ってくれ……って」

その答えに反応したのは紳ではなくエリルだった、零れ落ちる涙を気にせずエリルはじっと穿真を見つめたまま声をあげた。

『それは艦に戻ってくるまでの話でしょ!?ねえ、何してるのよ……どうしてそんな所に残ってるの……?早く帰ってきてよ……穿真ぁっ!』

「お、おいおい泣くなよエリル……。すまねえけど俺は帰らねえよ。例えそれが紳さんの命令違反になるって言ってもな」

『ばかぁッ!あんた、そこに残るって事がどういう意味なのか本当に分かってるの!?』

確定された死。もう、それしかないのが分かっていても、エリルの口からは言えなかった。

「分かってる。死ぬんだよな」

しかし穿真は当然と言わんばかりに自分の命の終わりが近い事を告げると、エリルはその場に力無く座り込んでしまい、顔をあげて自分の顔を濡らす涙を拭った。

『っ───!なら、どうして……───』


「俺、馬鹿な男だから」

いつものようにヘラヘラと笑みを浮かべながらそう言葉を発したが、穿真は軽く俯くと笑みを止め語り始めた。

「死ぬってわかってても我慢できねえんだよ。これ以上、な……」

ふつふつと湧き上がる『怒り』。この戦いで、穿真の我慢の限界は超えていた。

BNのEDP、それは余りにも脆く、唐突な展開で幕を下ろそうとしている。

ELBを使った作戦は開始早々簡単に消えて無くなり、ERRORとの戦いで数多くの仲間達を失うと共に、平和に暮らす人々さえも守れず、一同奮起して戦っている最中で、たった一人の男に邪魔をされて台無しになり、結果、NFは核兵器を使用、ERRORは更に強大な力を得て未だに存在し、BNはそのERRORを残し戦場から去る。

何だ、これは。

自分達BNは、何をしにここに来た?

人類を救うためにERRORと戦いに来たはずだ。そう、ERRORと戦いに来たはずだ。

それなのに、なぜERRORを前に逃げなければならない……逃げた所でどうなる、何も救えない、何も助けられない、世界は変わる、悪化していく。それもより最低最悪な結果に。

「……命は大事だ、重い軽いの話じゃねえ。命は大切なものだってこと、平和な世界で生きていようが戦場で生きている人間だろうが誰だって分かる、簡単な事だ。だから俺は紳さんの命令は間違っているなんて思ってない、それが紳さんの決断した結果、命令ならそれはそれでいい……ただ、俺がその命令に素直に応じるかと聞かれれば答えはNOだ」

そう言って穿真は顔を上げると、自分の前に立ちはだかる巨大なERRORを睨み付け言葉を続けた。

「だから別に構わねえよ、一人この場に残った自分を批難してくれて結構、命令違反をした訳であり軍人失格。この場に残る事で俺は英雄などと呼ばれるつもりも無えし、大義名分の為に残る訳でもなければ、命を懸けて世界を救ってやる……なんて、熱く美化した思想も無え。たった一人であの巨大なERRORに立ち向かってしまった、愚かで、哀れで、馬鹿な男……それでいい。そう呼ばれてもいい……だからっ!!!」

穿真の視線はERRORからモニターに映る仲間達に向けられ、高ぶる感情を開放して声を荒げた。

「俺は戦うッ!」

仲間に自分の素の思いをぶつけた、けど……これで自分の言動を理解してもらえるなんて思っていない。

分かっている、自分はわがままなんだと。

皆だって、この場に残って戦いたい。例えそれが自分の命を失う結果になろうとも、そう思う人達は数多くいるだろう。

けれど彼等は現実を受け止め、指揮官の命令により行動した、例えそれが自分の意思と反するものだったとしても。それでこそ軍人の正しい行動だ。

「穿真、お前は兵士として間違っている」

そんな羅威の声が聞こえてきて、穿真は黙ったまま視線を落とした。

ああ、そうだろう。羅威、彼が最も嫌いな事を今、穿真はしているのだから。

自分の身を犠牲にして仲間を助ける……これまで何人の人達がそうやって命を失ってきた?

セーシュやクロノ……そして今度は穿真が、全く同じ事をして命を終えようとしている。

「そして仲間の俺達に何も言わず単独行動した事も間違っている」

分かってる。そんな事をしても、助けられた人達は嬉しくない……そう言いたいのだろう?

だから言ったんだ。ERRORを憎む気持ちがいっぱいで、穿真はただ己の感情のままに動き、戦いたいだけだと。

……でも、これって結局セーシュやクロノと同じような気がしてきた。あの二人も、結局は自分の我侭でその場に残った……。

今更ながら後悔と罪悪感が生まれてきてしまう。やはり自分は馬鹿なんだと再認識してしまう、すぐ熱くなって行く先考えず行動してしまって……でも、そんな自分が嫌いだと思ったことなど一度たりともない。

だからここで何を言われようとも、穿真の戦う事に対しての目的が揺るぐ事は無い。

「だが……」

羅威がゆっくりと呟く、散々羅威に説教されると思っていた穿真だったが、その羅威の言葉に穿真の鼓動が微かに高鳴った。

「一人の『男』として。お前は───間違っていないッ!」

モニターに穿真の姿は映っていないはず、それなのに羅威の目はまるで穿真と見詰め合うかのように、しっかりと穿真と目が合い、熱い感情が伝わってきた。

「羅威……」

無意識に羅威の名を呟いてしまう穿真に、羅威は更に言葉を続ける。

「分かってるだろうな!?その場に残る、本当の意味!」

力強い言葉に穿真も声を上げ元気良く答えた。

「当たり前だ!あのERRORをぶっ倒して、俺達BNが勝利してみせるッ!」

一連のやり取りで穿真は理解した、羅威が今何を思い自分にその言葉を言ってくれたのかを。

さすが羅威、長年一緒にいただけはある。まさか、こんなにも自分を分かってくれている人が近くにいるなんて……。

「へへっ、そういえばこんなシーンが『レジェンドクロス』にもあったなぁ……その時の結末は───」

「仲間の為に一人敵陣に特攻して勝利、そして無事生きて帰ってくる。だろ?」

穿真が思い出して続きを言おうとしたが、羅威があっさりその先を言ってしまい穿真は軽く笑ってしまった。

「なんだ、意外と覚えてるじゃねえか」

「当たり前だ、何回お前と見たと思ってる」

言われてみればそうだった。自分が好きなロボットアニメを、よく休みの日や空いた時間に二人で見ていたものだ、劇場版だって同じのを何度も見に行ったこともある。

正直穿真は、羅威は余りロボットアニメに興味が無く、自分が一番好きで楽しんでいたと思っていたが、今の発言で羅威も満更でもなかったのだと分かりまた軽く笑ってしまう。

そして一呼吸終えた後、穿真は操縦桿を強く握り締めた。

「ありがとな」

たった一言でも、親友ならその言葉にどれだけ多くの意味が込められているかを理解してくれる。

もう、多く語る必要は無い。

「行ってくる」

冷静さと落ち着きを取り戻した穿真。

彼は気づいていないが、先程までの手の震えが今はもう止まっており、少し穏やかな表情をしている。

「ああ、行ってこい」

そう言って羅威は親指を立て右腕を力強く突き出した。


───出力全開、瓦礫の山に立っていたエンドミルが一瞬で飛び上がりERRORの胸部に向かって行く。

その飛び立つ衝撃で足元のあった瓦礫は吹き飛び、空中に漂う煙はエンドミルが貫くかのように綺麗な穴を空け拡散していく。

迫ってくる速度が先程よりも速い……ERRORは体中の武装をたった一人の敵に向け、攻撃を仕掛ける。

それだけではない、体から生え出てくる触手をも自由に操ると、ドリルを向けて向かってくる機体に向けて触手を伸ばし機体の破壊を試みる。

だが、先程は真っ直ぐ飛んできていた機体は急に向きを変えると、ERRORの攻撃に強力当たらないよう全力で回避に専念してきていた。

ERRORに近づける距離は僅か、だが確実にERRORに近づいてくる。急速で動くエンドミルに銃弾や砲弾は当たる事がなく、例え数発がエンドミルに直撃しようとしても、その両腕のドリルで簡単に弾き飛ばされる。

直線状でしか飛んでいかない狙撃……だが触手は違う、どんなに機体が高度な動きをしようとも、無数の触手はすぐさま向きを変えエンドミルに襲い掛かった。

「ちっ、どこまでもついて来やがって!」

タイミングを合わせ触手がエンドミルに直撃する寸前に機体の周りに浮遊するドリルを有効に動かし機体に触れさせる事無く触手を貫き千切っていく。

「そんな触手で止められるとでも───っ!?」

圧倒的物量で攻める、それがERROR。固体の数に関わらずERRORから繰り出される攻撃もまた圧倒的。

何千本もの触手がERRORの肉体から生え出てくると一斉にエンドミルを囲みそのまま機体に全身に纏わりついてしまう。

そして機体に纏わりついた触手は針のような細い触手を一斉に伸ばし機体の全身を突き刺していく、それは穿真が入る操縦席も同じだった。

終わった。次々に絡まっていく触手、その数で忽ち機体を飲み込み締め上げていき、勝敗は決したと思われた。

「思ってんじゃねええええええ───────ッ!!」

エンドミルの両腕両足に装備されている鋸の刃が一斉に回転しERRORの触手を切り裂いていく、更に両腕のドリルを加速させると、触手の返り血を浴びて血塗れになりながらもエンドミルは簡単にその触手の塊から抜け出し、一直線にERRORの胸部へと飛んでいく。

ERRORから見れば初めてだった、これ程までにしぶとく生き残る敵に遭遇したのわ。

軽くあしらって終わらせようとしても死なない、消えない、邪魔をし続ける。

もう終わらせよう。この自分の目の前を飛び交う小さな敵を一匹潰す方法など幾らでもある。

態々近づいて戦う必要は無い、後方に大きく飛んだ後、吸収した核エネルギーを口から放出しこの都市もろとも掻き消せばいい。

と、その時。ERRORが伸ばした巨大な手は簡単に敵を掴み握りこんだ。

そして完全に息の根を止める為に無数の棘を拳の中で伸ばし串刺しにしてしまう。

どうやら後方から離れての攻撃は必要は無かったみたいだった……かと思えば、エンドミルはERRORの巨大な手の甲に穴を空けその姿を現した。

「俺達を゛っ、舐めんじゃねえ゛ぇえええええええええ!」

人間がほざいている。

機体には既に無数の穴が空き火花を散らしながら装甲が剥がれ落ち、左手のドリルは根元から完全に折れ、右腕のドリルは半分が欠けていながらも回転し続けていた。

そして操縦席にも無数の穴が空いているのが分かった、それなのに中にいる敵は死んでいない、今もなお生きてこうして目の前に現れ自分を倒そうと迫ってきている。

まさか人類相手にここまで間合いを詰められるとはERRORも考えていなかったが、それがどうかしたのだろうか、たしかにたった一人の敵にこうして接近を許したが、その事がERRORにとって何の脅威であろうか。

ERRORは六本の脚を既に曲げており、後方に跳ぶ準備を既に終えようとしていた。

後3秒もすればERRORはその巨体で軽々と後方に跳び敵との距離をおく、そして口からの粒子砲の攻撃で跡形もなく敵は消える。

これで今度こそお終い───。

そのはずなのに、ERRORの脳裏に敵がほざいた一言が過ぎった。

『俺達』───?

その瞬間、六本の脚に何かが触れ、一斉に人間達の咆哮が聞こえてきた。

次々に瓦礫や建物の陰から飛び出てくる傷付き汚れた機体達。それだけじゃない、破壊されて動きを止めていたはずの機体、両足を失いその場に倒れている機体……負傷して倒れていた機体達が一斉に武器をERRORの脚に向けてきていた。

『うぉおおおおおおおおおおおおおッ!!!』

六本の脚の関節を貫いた六本のドリル。今更気づいても遅い、エンドミルの周りを浮遊していたはずのドリルが姿を見せなかったのはこの作戦の為だった。

そしてドリルの直撃が合図となり、今まで待機していた僅かに生き残ったBNの兵士達が一斉にその傷ついたERRORの傷口目掛け重火器で攻撃をしかける。

逃げ遅れた者達、街に取り残された者達、そして……自らの意思でこの場に残っていた者達。

ERRORは───完全に油断していた。

巨体を支える足、ましてやその関節部分を攻撃されたERRORは、直ちに再生と迎撃を行う。

次々にERRORの体から放たれる攻撃はBNの兵士達の息の根を止めていった。

それなのに、周りに残った兵士達は一歩も引かずに狙いを定め攻撃を続けてくる。

ERRORは───人間を誤解していた。

そうか、彼女の言っていた事は、こういうことだったのか。

理解できなかった、分からなかった、分かろうとも思わなかった、でも、今ならわかる。

これが、『心』を持つ生物の───。

「なあERROR」

人間の声が聞こえてくる、そしてその声は、自分に対して言われている言葉だと理解できた。

「俺達人間って、強いだろ」

圧倒的な数でもなければ、絶対的な力でもない。

それなのに

どうして

これが

人間

思考を凝らして観察してきたはずなのに───。

求めてきた強さは、世界を滅ぼせても、人間には勝てないものだった。

ERRORの体勢が傾き、その場に跪いてしまう。もはやエンドミルの攻撃を回避する事は不可能。

『『行っけぇえええええええええええええええええッ!!!』』

その戦い、勇姿を見ていた兵士達が叫んだ言葉を穿真もまた叫んでいた。

半分に割れたエンドミルの右手のドリルはERRPRの胸部に突き刺さり、歪むことも折れることもなく突き進み続けた。

その結果、エンドミルはERRORの赤く光る胸部に直撃、そして体内の進入に成功。

一瞬の静寂の後、ERRORの体の表面に次々に亀裂が走り中からは眩い閃光が溢れ出してくる。

真っ白に光るERRORの体内にいた穿真は瞬き一つせずその光を見つめ続けていた。

「皆生きろよ。生きて、生きて……幸せになれよ」

自分の体から次々に流れ出る赤い液体、腹部に空いた穴からは火花を散らしながら電気ケーブルが千切れ出ており、右膝から下は血で汚れた鉄骨だけが出てきていた。

「あーあ……彼女、ほしかったなぁ……へへっ……」

もう通信は誰にも繋がっていない、けれど穿真はそう呟くと、澄ました顔でゆったりと背もたれにもたれかかりながら静かに機体の自爆装置『LIMD』を作動させた。





────BNのEDPは終了した。

エンドミルの自爆後、ERRORは核爆発を起こし跡形も無く消滅。周囲一帯は二度と人間が立ち入る事の出来ない死の大地と化した。

核八発分のエネルギーの拡散、それは人類が想像していた最悪の結果を軽く上回る結果となって後に思い知らされるだろう。

それでも今はこの戦いが終わった事に艦に乗る兵士達は安堵していた。

EDPを終え本部に戻る艦内の自室、そこで羅威はテレビの電源を点けてはみたものの、どのチャンネルに変えても砂嵐の映像しか映らなかった。

「やってないな、レジェンドクロス」

そう呟いてテレビの電源を切ると、リモコンを机の上に置き小さく溜め息を吐いた。

「俺は……あれでよかったのか……?」

頭の中では穿真との思い出ばかりが出てくる、どれもふざけてて、馬鹿げていて、くだらないものばかり。

それがまた懐かしくて、面白くて……でも羅威は遠くを見つめたままくすりと笑う事もなく、数々の記憶を思い出していた。

「くそっ!なんでいつも唐突なんだよ!ああ分かってる!これが戦争なんだろ!?」

もう何人も大切な人達を失ってきた。慣れることなど一生ない、たしかにBNは穿真達のお陰で勝利した、しかし……。

「もう俺達人類に選択の余地なんて無い。分かってるよ」

穿真の死を未だに受け止めきれず苦悩する羅威、すると自室の扉が開き部屋の中にエリルが入ってくる。

「入るね」

それは部屋に入る前に言う事だろ、等と今は言う気力もなく。羅威は項垂れたまま横目でエリルを確認する。エリルの目は少し赤くはれており、先程まで泣いていた事が伺えた。

尤も、それは羅威にも言えることだが……。

「エリルか、どうした?」

「香澄が意識を取り戻したみたいよ、体調も良好。なんだけど……」

エリルは羅威から少し視線を逸らし言葉を続ける。

「赤ちゃん……できてるみたい」

「そうか…………は?」

余りにも唐突で突然のエリルの発言に一瞬素の羅威に戻ると、エリルは事情を説明しはじめた。

「アリスから聞いたの!体の検査した結果、香澄が妊娠してたことが偶然わかって、それで……!」

香澄の妊娠を聞いて様々な事が頭の中に過ぎる、今香澄のお腹の中にいる子供の父親は誰だ……?いや、そうではない。今はその事を考えている場合ではない、つまりエリルが言いたい本当の意味は───。

「だからもう、香澄も軍に入られない……」

「ちょっと待て!香澄も、って何だ。まさか……」

「雪ちゃん。左肩と左腕……あと、背骨の方も何箇所か折れてて……で、でもね!特に大きな傷でもなくて、手術が無事終わればまだいつもの生活に戻れるらしいんだけど。もう機体に乗ったりしちゃダメらしいの、今度強い衝撃を体に受ければ、今度こそ雪音がっ……」

気が付けばエリルは大量の涙を流しながら羅威の方をじっと見つめていた。

「ねえ羅威……私、頭がどうにかなりそう……全然整理できない、不安しかないの。皆、バラバラになっちゃうね……」

「エリル……」

理由はどうあれ皆が離れ離れになっていく、もうこの部隊で戦えるのは羅威とエリルのたった二人だけとなってしまった。

「ごめんね、ごめんね……。羅威だって辛いのに、いきなりこんな事言って……」

必死に両手で溢れてくる涙を拭うエリルに、羅威はそっと側に近づくと向かい合うように立ちエリルの肩に手を置いた。

「気にするな、俺達は仲間だろ。お前一人が背負って苦しむ必要は無い……なぁエリル、こんな事を言っても何の解決にもならないかもしれないが。今はBNの本部に戻るまでゆっくり休んでおけ、お前も相当疲労が溜まってるはずだ。深く考えずゆっくり眠るといい……色々と混乱する事態になっているのはわかるけど、な」

BNのEDPが終わってからも落ち着けない。様々な不安が混沌としてる状況を全て処理できる程人間は丈夫に出来ていない、一つの大戦が終えた今、戦場で戦ってきた兵士達には精神的にも肉体的にも休養が必要だった。

エリルは泣きながらも羅威の言葉に頷くと、か弱い声でお礼を言って羅威の自室を後にした。

自室にいた羅威はエリルが部屋から出て行くと、大きく息を吸い何度か深呼吸を済ませると、自分もまたベッドの方に歩いていくと倒れこむように飛び込み何も考えず目蓋を閉じよとした。

あと1戦……あと1戦で何もかも終わりを迎える。今まで苦労して人類は戦い続けてきた、その戦いも最後のEDPに勝利さえすれば、少なからず報われる……戦争で勝利しても失ったものは戻ってこない。でも、これ以上失う事はなくなる、人々を脅威から守れるのだから───。

今は眠ろう───そう思い静かに眠りに付こうとした直後、ベッドの横に付いてある通信機から突如紳の声が聞こえてきた。

「こちら紳。羅威、聞こえるか?」

モニターに映し出された紳の姿を見て羅威は直ぐに体を起こすと、通信機の前にある椅子に座り応答する。

「ああ、聞こえている。どうした?」

自分に何か用があるのだろうが、羅威には特に心当たりもなく自分の事を心配しての通信かと最初は思ったが、紳の只ならぬ雰囲気を感じとった羅威は無意識に手を握り今から言われる言葉が何かを待った。

「休憩中すまない、今すぐ機体に乗って本部に向かってくれ。無理を言っているのは承知だが、今出せる機体はお前の神威しかいないんだ」

「おいおい突然すぎるだろ。何故そうまでして俺が本部に───」

羅威がそう言って紳から理由を聞き出そうとした瞬間、紳が静かに呟いた。

「たった今、本部が壊滅したと連絡が入った」

その言葉に羅威の顔から血の気が引いていく、壊滅?何故?理由はERRORなのか?

「嘘……だろ……?どうしてッ!?」

「何かに本部が襲撃されたとしか思えないが原因は不明だ……急いで現地に向かってくれ」

それだけ言うと紳は通信を終えてしまい、羅威は電源の切れたモニターを暫くじっと見つめていた。

ふと、羅威の全身から力が抜けていく。つい先程人類の命運を懸けた大戦を終え、多くの仲間を失い傷ついた者達と共に本部に戻っていたというのに、その本部が壊滅状態。

本部には軍事基地だけではない、多くの民間人暮らす巨大な都市、BN最後の安息所。

それなのに壊滅とはどういうことなのか……嫌でも想像してしまう。

なぜだろう、EDPが終わり確実にERRORの巣を減らし人類の勝利は近づきつつあるのに、世界の状況は刻々と悪化していく。

本当に、本当にERRORに勝てばこの世界は本当に平和になるのか?もはや死は他人事では無い。最悪の結末が直ぐそこまで近づいてきている。

危機迫る世界、人類に残された時間など無く、生き場所すら消えかけている。

……それでも、本当に世界を平和にするのであれば進み続けるしかない。

いや、進み続ける選択しか残っていない。足を止めれば即命を失い、今までの全てが無駄に終わる。

「選択肢が無い……だからどうした」

今まで力を篭めること出来なかった両手の拳が力強く震える。

「俺は進み続ける。俺の命は一つでも、託された想いは一つじゃない」

じっと部屋で立ち止まっていた所で何も変えられない。羅威の行動は早かった、紳の命令後直ぐに部屋を出ると、傷つき癒えていない心と体のまま再び戦場に戻る事を決意する。

「絶対に行ってやる───平和な世界に」

ERRORを全滅させ今度こそ人類で平和な世界を作る。

それが皆の望んできた最高の世界。その世界に行く為に、これからも羅威は進み続ける。

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