第115話 肉体、精神
───EDP。BNは甚大な被害を負いながらもERRORを倒す為諦めず戦い続けていたが、戦闘が激化しているこの状況でこれ以上の戦闘はBN全滅の恐れがある為、紳はついにERRORとの戦いを止め待機していたNFの力を借りることを決断した。
だが……アステルはそれを許さなかった。後戻りが出来ない選択をし、BNが退却するよりも早く核ミサイルが発射されてしまう。
8発の核ミサイルは遥か上空で待機していた空中戦艦アルカンシェルから同時に発射されると、一直線にERRORの元へ飛んでいく。
都市にまだ残されたBNの戦艦と機体は立ち尽くしたままどうする事も出来ず、ただただ迫り来る核ミサイルを見つめていた。
「そんな……いや……嫌ぁあああ─────!!」
一人の女性は機体の中で叫び両手で頭を覆い撃つ俯いてしまう。
こんな終わり方が合っていいのか?もう何も考えられない。
誰だってこの状況下なら混乱するだろう、既に核ミサイルは放たれこちらに向かってきている、絶対的であり確定された『死』を突きつけられたのだから。
「この馬鹿野郎がぁあああああああッ!!!!」
今までの全てが台無しになる。アステルの行動に穿真は怒り狂い機体を走らせると、上空に浮き無様なBNを見つめるデルタの元へと向かっていく。
穿真の乗るエンドミルだけではない、上空にいた紫陽花もまた全力で機体を飛ばしデルタの元に向かう。
「貴方自分が何をやってるかわかってるの!?今すぐ核ミサイルを止めて!」
エリルの呼びかけにアステルは何も答えず、ただただ無様なBNの兵士達を見つめ薄っすらと笑みを浮かべるだけだった。
その様子にエンドミルは右手のドリルを回転させ大きく振りかぶり、上空から迫っていた紫陽花は腰に掛けてある刀を鞘から引き抜き刃をデルタに向けた。
『無意味』
余裕の表情でアステルが呟くと同時に、攻撃を仕掛けたエンドミルと紫陽花の動きがピタリと止まる。
攻撃が当たる寸前、あと動けば攻撃の届く範囲だが、まるで磁力が反発しあうかのような強い力で近づく事すらままならない。
『ねぇ……今、どんな気持ち?』
モニターから様子を伺うだけで伝わってくる怒り、憎しみ……。
聞かなくとも考えてみればどんな答えが返ってくるかわかるはずなのに、アステルは全員に問いかけていた。
「てめえをぶち殺したくてたまらねえよ!!」
その問いに吼えるように答える穿真は何度も操縦桿を前に突き出し両腕のドリルを突き出そうとするが、ドリルの先端は一向に前に進まずただただ空回りだけしていく。
『元気だね。今から死ぬっていうのに、周りの皆を見てごらんよ。皆絶望した表情を浮かべてるよ?君も早く顔を歪めるといい、後悔して、悔やんで、死ね』
圧倒的虚無感、絶望感がBNを襲っている……誰もが死を目前にし動揺する今、助かる方法を考えるものがいれば、その怒りの矛先を死の元凶に向けるものもいる。
紫陽花はデルタに攻撃が通じない事が分かると、すぐに向きを変え核ミサイルが向かってくる方へと紫陽花を向かわせようとした。
「私の紫陽花の力があれば核ミサイルを無力化して爆発させない事ぐらい簡単に───きゃっ!?」
突如紫陽花の右翼が吹き飛び空中で四散すると、今度は左翼が弾き飛ばされるように吹き飛び、翼を失った紫陽花が浮力を保つ事が出来ず急降下していく。
気が付けばデルタは紫陽花が浮いていたはずの場所まで移動しており、両手を小さく広げた状態で制止していた。
『弱い、弱いよ。僕は最強だよ?そんな雑魚い機体で僕に勝てると本気で思ってた?信じてた?うひゃひゃひゃ!』
誰もデルタを止める事は出来ない、少しでも遠くに逃げようとするBNの機体を見つけると瞬く間に移動し逃げる機体の両足を黒い光りを帯びた両手で次々に切断していく。
『なに自分だけ助かろうとしてるの?最高に格好悪いね、もっと見せてよ』
その様子を地上で見ていたダンがすぐさま黒利の手に持っているリボルバーを構えようとすると、狙いを定める前にデルタが瞬時に横を通り過ぎ黒利の両腕を吹き飛ばしていく。
『銃って、引き金引けなきゃただの玩具だね』
デルタは止まらない。上空で待機していた白義の目の前に移動する。
『風霧……今までBNとNFは互いに殺しあってきた仲なのに、何を今更仲良くしようとしてるのかな……理解できないよ』
咄嗟に現れたデルタに対し白義がサーベルを構えると、アステルは態々白義がサーベルを振り下ろしたのを見た後に超高速でサーベルごと両腕を切断し、白義が靡かせるマントを掴むと地上に向かって機体を放り投げる。
「貴様は今、人類の全てを踏み躙ろうとしているのが分かっていないようだな」
紳はそう言うと急降下しながらも白義の体勢を整えると両肩のLRCの照準をデルタに向け引き金を引こうとしたが、デルタは右手の人指し指を白義に向けると指先から黒色のレーザーを放ち一瞬にして両肩を撃ち抜いてしまう。
「馬鹿なッ、マシンアビリティが違いすぎる……!」
LRCを撃つ為に出力を高めていた箇所を破壊され閃光と共に爆発を起こすと、白義の両肩は無残にも吹き飛び両腕を失ったまま地面に落ちてしまう。
その様子を見ていた唯が両手で口を覆い目を見開く、自分の兄が乗る白義がこれ程までに簡単に落とされ、更に向かってくる核ミサイルが肉眼で確認できる程の距離にまで近づいている事に戸惑いを露にしていた。
『もう直核がきそうだね、それじゃ僕は帰るよ』
「お前にはもう帰る場所がないはずだ!」
まるで何か用事を済ませる為に出かけるようなアステルの軽い言い草に羅威はそう言い放つと、デルタの丁度真下から青白いプラズマを纏わせた神威を急浮上させていた。
だがデルタが右腕を神威に向けるだけで先ほどまでの勢いが無くなり空中で停止してしまう、幾ら羅威が機体を動かそうしてもデルタの力からは逃れられない。
「恐らく今、誰一人として信頼できる仲間がいない。お前も俺達と同じで仲間を失ってきたんだろ!?だからお前はこんな身勝手な事までしてしまう、違うか!?」
デルタの力に拘束され身動きがとれない情況でも羅威はアステルに向けて話し続ける、するとデルタは神威の目の前に瞬時に移動し右手を神威の胸部に添えた。
『僕と君を同じにするな』
「その反応は『いない』と判断していいんだな。だったらもうこんな馬鹿な真似は止めて今すぐ核を止めろ!お前は仲間が命を懸けて守ろうとしてきたこの世界を終わらせるつもりなのか!?お前は本当にそれで良いのか?後悔しないのか!?全てが消えてからでは何もかも手遅れになるぞ!!」
『手遅れ?違うよ、全然違うよ……僕にとっての『全て』は、もう消えてるんだよ』
弱々しくアステルが呟くと、デルタの右手は黒色の電磁波動を放ち神威を地面に向けて吹き飛ばす。
神威の黄金の装甲を剥ぎ飛ばし、機体の全身に衝撃を与えた事で全ての部位に深いダメージを与えられ起き上がる事すらままならない。
誰もデルタに抵抗する事が出来ない状況にアステルは無言で機体を操縦すると颯爽と戦場から姿を消した。
その時デルタが8発の核ミサイルとすれ違う。アステルは横目で核を流し見るものの後ろに振り返る事はなかった。
───兵士達は皆向かってくる核ミサイルを見つめていた。
己の無力さに脱力する者もいれば、己の弱さに歯を食い縛る者、皆が皆感情が高まり涙を流す者も少なくない。
核はERRORの真正面に向かって迫ってきているが、ERRORはその核ミサイルを避ける動作も撃ち落とす行動も取らない、ただただじっと不動のまま見つめていた。
両肩が捥げた白義、両翼を失った紫陽花、両腕を失った黒利……いや、恐らくどの機体が負傷していなくとも、この現状を打破する事は出来なかっただろう。誰も核を止める事は出来ない。それこそ奇跡でも起きない限り……。
神に祈っていたとしても奇跡など起きはしない。それも、神の敵であったBNなら尚更だ。
無情にも全ての核ミサイルはERRORの胸部に直撃、戦場にいた兵士達は目を瞑りそれぞれの思いを胸にこの世の最後を終えようとした。
───死とは、こんなにも静かなものなのか……きっと一瞬の出来事だったのだろう、痛みを感じるも間もなく死んでしまったに違いない。
そう思ってしまう程に戦場は静まり返り物音一つせず、爆音も聞こえてこなければ閃光も見えない、衝撃すら感じられなかった。
一人……また一人と兵士達が閉じていた目蓋を開いていく。生きている心地はしない、だが実際に戦場にいる兵士達は誰一人死んではいない。ERRORを見れば先程と全く同じ姿で特に変化は無く、核ミサイルも見当たらない、何が起きているのかも分からないまま兵士達は周りを見渡していた。
雪音もまた目を瞑っていた一人であり、状況を把握することができず通信を繋ぎ同じ部隊の羅威達に震える声で呟いた。
「あの……何が起こったんですか……?」
雪音と同様にエリルや香澄も目を瞑っていた為、その場を見ていたであろう羅威と穿真からの返事を待っていると、羅威がゆっくりと倒れていた機体を立て直しつつ口を開いた。
「全ての核が。ERRORの体内に……」
まさか───そう誰しもが思った瞬間、ERRORが顔を上げると今まで無かったはずの顔に巨大な口が作り出されるように大きく裂けていき、天を揺るがす程の巨大な咆哮を上げた。
ERRORの巨体が震え、大地が震え、空気の振動が機体乗っている兵士達にまで伝わってくる。
その轟音、迫力は遥か遠くの上空で待機しているNFの兵士達をも圧倒し、その一部始終を見ていた騎佐久が振り上げた拳を机目掛け振り下ろし声を荒げた。
『前方にRE粒子を散布しつつ艦を降下!対艦ミサイル、及び搭載されているLRCを準備が整い次第ERRORに向けて攻撃を開始ッ!主砲の準備も急がせろ!!』
騎佐久に一喝され兵士達がようやく我に返り言われた通り戦艦を動かしていく、ミサイルは次々にERRORに向けて放たれ、LRCの照準もERRORに向けられる。
するとERRORは咆哮を止め騎佐久達の乗る空中戦艦アルカンシェルの方に顔を向けると、その巨大な口を再び開いた。
ERRORの口から赤色の粒子が溢れ出すと、口の中で次々に集束し赤く光る球体を作り上げた途端、全ての景色が赤色に染まる程の閃光をNFに向けて放った。
『核エネルギーで作り出した粒子砲かッ!?艦の全エネルギーをRE粒子に移せ!』
騎佐久の指示通り艦前方には黄色く光る粒子が次々に散布されていくものの、迫り来る赤い粒子砲は戦艦が放ったミサイルを全て飲み込み向かってきていた。
───『……』
アステルは振り返ることなく見つめ続けていた、自分が戻ろうとしていた戦艦アルカンシェルが赤い粒子に飲み込まれ爆炎を上げながらゆっくりと墜落していく様を。
ERRORから放たれた一撃はNFを沈めた、そして矛先は足元に群がるBNに向けられる。
先ほどまで銃弾や砲弾を放っていたはずの兵器から一斉に粒子砲を放ち簡単に一掃してしまう。
足元は炎に包まれながらもERRORは赤く胸を光らせ不動を保っていた、ふと顔を動かし周りを見渡してみるが、そこには無残にも散っていった機体の残骸や、建物が崩壊した景色しか視界に入ってこない。
「どうした、何か感じたか?」
地獄のような光景を見ていたERRORにそう女性が呟くと、ERRORは無言のまま遠くの空を見つめていた。
ERRORの頭上で平然と足を伸ばして座り込み一緒に空を見上げる女性───エラ。
「そうか……ん?いや、それは違う。私が言いたかったのは核の力ではない、もっと別の何かだ」
エラの声しか聞こえてこないものの、確実にエラは今この場にいるERRORと会話をしている。
「しかし、どうやら私の期待外れだったようだ。まぁ、別のものが見れたからそれはそれで良いが……お前は面白いと思わないのか?」
同じ空を見つめつつエラは聞いてみるもののERRORは何の声も発することはなかったが、ゆっくりと歩き始めた。
「ああ、そうだったな。謝罪というものをしよう、すまない。私はあの男達の所に戻るとする、こうやってお前と会話できただけでも私にとって良い刺激になった。私は今自由という状態で生きている。お前も自由に、好きに生きろ」
そう言ってエラが微笑みかけた瞬間、上空から降り注ぐ対艦ミサイルの雨がERRORに直撃しエラもろとも吹き飛ばしてしまう。墜落したアルカンシェルから放たれた攻撃、乗員のほとんどが死に絶えた中、僅かに生き残った兵士達の最後の抵抗……。
生き残った兵士はNFだけではなかった、崩れ散った都市の中で羅威は機体の中で無線に叫びかけていた。
「誰でもいい!生きている奴はいないのか!?穿真!エリル!香澄!雪音!!」
相変わらず無線からはノイズしか聞こえてこない。何とか機体を立たせ周りを見渡すが、辺り一面が炎に包まれており、ハッキリと見えるものといえば聳え立つように存在するERRORの姿だけだった。
「───ったく、酷い有様だぜ……」
「穿真!無事か!?」
「ああ……なんとか、な……」
無線から聞こえてくる穿真の声に羅威がいち早く反応すると、続々と仲間達の声が聞こえてはじめた。
「───こちらエリル!羅威!それに穿真も無事みたいね……!」
生きている仲間の声を聞いてほんの少し安心したエリルに続いて、息が荒く苦しそうな雪音の声が聞こえてくる。
「───みな、さん……」
ERRORの攻撃により雪音の乗るハルバードは大破しており、雪音は頭から血を流しているものの何とか意識を保っている状態だった。
「雪ちゃん!?待ってて、今助けに行くから!」
両翼を失い紫色の装甲もかなり剥げている状態の紫陽花だが、動作事態に異常はなくすぐさま雪音の元に向かおうと機体を走らせると、雪音は首を小さく横に振ると再び呟き始める。
「エリル、さん……わたしより……か、香澄さんがっ……」
雪音のすぐ近くにいた香澄の機体は下半身を失い上半身のみが残っている状態のまま巨大な瓦礫の下敷きになっており、香澄からの返事が一切返ってこない。
「大丈夫香澄もちゃんと助けるから!雪ちゃん、機体のハッチ開けれる?」
炎の中から颯爽と雪音の前に現れる紫陽花、雪音は震える手を伸ばし機体のハッチを開けると、エリルもまた自分の機体のハッチを開き辺りは炎に包まれ強い熱気を感じるものの、迷いなく機体から出るとハルバードの操縦席に入り雪音を抱き上げすぐさま自分の機体に戻っていく。
「けほっ!けほ!よ、よし。後は香澄を……!」
エリルと同様に僅かに生き残った兵士達は互いに無線を繋ぎ救助活動に取り掛かっていた。
アリス、そして唯の乗る戦艦も破損が酷いものの艦のエネルギーはまだ残っており通常通りとは言えないものの動かす事は可能であった。
機体を操縦する兵士達は皆誰の指示でもないのに周りの負傷者を助けて艦に連れて帰る、その救助していく機体の中には白義と黒利の姿もあった。
「各機に告ぐ、出来るだけ多くの仲間を助け出し艦に連れてくるんだ。……俺達の戦いは終わった……だが、俺達はまだ死ぬつもりはない!あのERRORをどうするかなど今は考えるな。全力で仲間達を救ってくれ……!」
『『了解ッ!!』』
紳の言葉を聞いていた兵士達は全員声を上げ返事をする、その返事を聞いていたダンはいつも通り煙草を吹かしサングラスを軽く指で摘み調整しながらも、機体の両腕を失っていたにも関わらず負傷者の元に向かい怪我人を助けては機体に乗せていく。
丁度その頃、香澄が乗る機体の元に辿り着いたエリルは紫陽花を動かし覆い被さっている瓦礫を退けようとしていたが、その瓦礫の大きさに両翼を失った紫陽花には破壊する力も無ければ持ち上げる力も無かった。
「こんな巨大な瓦礫どうしたらいいのよ!早くしないと香澄がぁ……っ」
周りは炎に包まれ煙が立ち込め、見上げれば紅い眼光のERRORが聳え立ち一刻も早く逃げなければならない状況下で、焦りがエリルを追い詰めていく。
どうする事も出来ず非力な紫陽花では拳を瓦礫に振り下ろしてもヒビ所か傷一つ付けられない、すると炎の中から突如エンドミルが現れると、右手のドリルを突き出しハルバードに被さる巨大な瓦礫の一部を破壊した。
「穿真!?ありがとう!これで香澄を助けられる!」
エリルは急いで香澄を助け出そうと紫陽花の胸部のハッチを開こうとしたが、その咄嗟の行動を見ていた穿真が声をあげエリルの指を止めた。
「出るなッ!……死ぬぞ」
早く香澄を助けなければならない。その焦りがエリルの思考を揺さぶり冷静な判断を失わせていた。
よく周りを見ればわかる事、辺りは完全に炎に包まれ吹き荒れる熱風が次々に物という物を燃やし灰にしている。雪音のいた場所ではまだこの現象は起きていなかったが、既にこの一帯は業火に覆われとても生身で出られる状況ではない。
「あっ……そ、そうね、危ないわよね。外が熱いなら機体ごと持ち上げて香澄を助ければいいもんね!」
それならばと紫陽花が上半身だけのハルバードを持ち上げようとしたが、思うように機体を持ち上げる事が出来ない。
「な、なんで上がらないの!?それに機体の動きがなんだかぎこちない……」
操縦桿を何度動かしても機体が思うように動かず、焦りが募る香澄に、後ろで立っていた雪音がモニターを指差し声をかける。
「エリルさん!機体の、エネルギーが……!」
言われて初めて気づいた機体の現状。両翼を失い、尚且つ高熱地帯にいる為機体の冷却装置がフル稼働している為エネルギーが枯渇寸前、そして度重なる損傷に機体その物の『限界』が近づいてきていた。
それは穿真の乗るエンドミルも同じ、穿真は黙っているが高熱の中で右手のドリルを回転させた事によってドリルの要となるモーターがオーバーヒートを起こし、もう二度と回転できない状況にまで損傷していた。
「エリル、お前は雪ちゃんを連れて先に艦に避難してろ……ここは危険すぎる。幸いにも、エンドミルはまだ動けるからな!香澄は俺が助けておく……」
そう言ってエンドミルは倒れたハルバードに歩み寄っていく、その言葉を聞いたエリルは頷くとエンドミルに背を向けた。
「わかった……。穿真、必ず香澄を連れて帰ってきなさいよ!」
「あたりめーだ。こんな所で死ねるかっつーの!」
映像が無いものの、無線で聞こえてくる穿真のいつもの口調にエリルは少しだけ安心すると、燃え上がる瓦礫を飛び越え艦に向かって行く。
……エリルが去ったのを確認した穿真は、エンドミルをギリギリまでハルバードに近づけると、徐に機体のハッチを開け香澄の機体に飛び移ってしまう。
そして外部からハッチを少しだけ開けると、僅かな隙間に体を入れ極力熱風が操縦席に入らないようにしながら操縦席に入り込む。
「あー熱い熱い……っと。おい、香澄。大丈夫か?」
穿真が声をかけ軽く香澄の肩を揺さ振る、すると意識を失っていた香澄が微かに目蓋を開け穿真と目が合った。
「せん、ま……?……ッ!?あ、あんたっ───!」
目と目が合い、穿真の姿を見て目を見開き驚いた香澄だが、直ぐに穿真は手を伸ばし何も言わせないように香澄の口を軽く塞いでしまう。
「黙って聞け……。今からハッチを開けて俺の機体に移る、機体に入るまでは絶対に呼吸をするな、目も閉じとけ。いいな?」
その只ならぬ雰囲気、そして何よりも穿真自身の姿に香澄は動揺しながらただただ頷くと、穿真はチラっと笑みを見せ香澄を抱きしめる。
「嫌だと思うが俺の胸に顔埋めとけ~。顔が熱風で火傷するよりはマシだろ?」
今は穿真の言われた通りに行動していく香澄、その彼女を決して離すことのないように穿真は力強く抱きしめると、操縦席の開閉ボタンを押し再び熱風の吹き荒れる外へと出て行きすぐさま自分の機体の操縦席に戻ってしまう。
そして直ぐにまた操縦席の扉を閉めると、皆が待つ戦艦の元へ機体を走らせた。
───唯一残されたBNの戦艦に次々に負傷者が運び込まれていくが、殆どの兵士達がERRORの放った粒子砲の餌食となり、自力で帰って来れる者はほんの僅かだった。
都市全体に炎が広がり生き残っていた兵士達も助けてもらえぬまま次々に死んでいく。
戦艦も例外ではない、損傷が激しく動き出せない戦艦にいる乗組員は、皆どこにも逃げ出すことが出来ないままじわじわと業火と極熱で命を落としていく。
炎の勢いは増し続けており、アリスや唯達が乗る唯一の動き出せる戦艦も少しずつ近づいてきていた。
またも決断しなければならない、これ以上この場に留まる事は死を意味する……唯がそう思い手に汗を滲ませ艦内の兵士に命令を下そうとした時、ふと自分の横に立ち全兵士に命令する者がいた。
「全部隊は退却しろ。我々もこれより退却する」
苦しい命令をするのは自分だけで十分……唯の横に立ち指揮をとる紳は直ぐに兵士達に命令を出し退却の準備を進めていた。
するとその時、一人の男の声が無線を通し聞こえてくる。
『アステル……聞こえているか……アステルッ───!』
紛れもない騎佐久の声、墜落したアルカンシェルは損傷し墜落していたものの、騎佐久の咄嗟の判断によりERRORの攻撃の威力を少しだけ軽減できた為まだ全壊はしておらず、煙を上げたまま地面に着陸し乗務員も僅かだが生き残っていた。
『あれ、騎佐久さんまだ生きていたんですか。すごいですね、てっきり死んだかと思いました』
声だけで伝わってくる騎佐久の思いと、アステルの狂った思考……騎佐久はそんなアステルの言葉を聞いても一言一言ハッキリと声を出していく。
『よく聞け!ERRORは核の力を取り込みそれを利用してきた、だが幾らERRORでも八発の核ミサイルを同時に、尚且つ瞬時に吸収する事など不可能だ。……あの赤い胸部が証拠だ、ERRORはまだ核の力を制御できず、処理できていない、だがそれも時間の問題だ……だから───!』
『完全に吸収する前に……僕にERRORを倒せって言うつもりですか?』
『ああそうだ。恐らく奴の赤い胸部には核八発分のエネルギーが貯まっている。そこを攻撃すれば……ERRORに勝てるッ!!もう戦えるのはお前しかいないんだッ!頼む!ERRORを、倒してくれ!!』
この状況になった原因、それが全てアステルにあるという訳ではない。遅かれ早かれNFは確実にERRORに向けて核ミサイルを撃っていた。そして吸収され、NFの戦艦など容易く落とされる。まさに今の状況だ。
だとしたら、ERRORの攻撃を掻い潜り急所である胸部を攻撃出切るのは優秀な機体しかいない。その方法でなければERRORを倒す事が出来ない。
もう過程などどうでもいい、誰でもいいのだ。結果的にあのERRORを倒せれば、もうそれでいい。
だからこそ騎佐久はアステルに望みを託した、もうこれしかERRORを倒せる方法がないのだから……。
『……わかりました』
『ほ、本当か!?』
意外なアステルの返事に会話を聞いていた紳が眉間にシワを寄せ注意深く二人の会話を聞いていく。
騎佐久は安心したのか少しだけ声のトーンが上がると、アステルは普段通りの口調で話していく。
『はい、僕があのERRORを倒しますよ。どーせ僕しか勝てないし。僕は一人であのERRORを倒す、負ける気はしません。僕のデルタの全力を見せてやりますよ』
言葉の通り、デルタは既にERRORの前で滞空しながら腕を組み、次々に向かってくる赤い粒子砲の雨を避けることなく全てデルタの力により軌道を捻じ曲げていた。
『ほら、BNもさっさと逃げた方がいいよ……僕が今ここでERRORを倒しちゃったら君達も爆風に巻き込まれて死にますからね』
その言葉を聞いた紳は、我慢出来ずに自分も通信機に向かって口を開きアステルと言葉を交わす。
「あれだけBNを嫌い散々邪魔してきたお前が、俺達を助けるつもりか?」
『別に助けるつもりなんてないよ。ただ僕は……全力でERRORと戦ってみたい、それだけさ。目障りな蟻は消えていいよ、それとも何?僕に消されたいの……?』
これ以上アステルの感情を逆なでしてはまずい。今のアステルは情緒不安定であり何をするか分からない。
紳は小さく首を横に振った後黙って通信を切り、小さくため息を吐いてしまう。
「お兄様……」
その様子を見ていた唯が心配そうな眼差しで紳を見つめており、それに気づいた紳は唯の肩に手を乗せると、視線を上げてERRORの方に顔を向けた。
「俺達が今出来る事はこの場から退却する事、それだけだ。今はそれだけ考えていればいい」
無念としか言いようがない。自分達が倒すはずのERROR、散々アステルに邪魔をされ、挙句の果てにそのアステルに頼るしかない事が、紳にとっては余りにも屈辱的な事だった。
……だからといって、ここで自分が冷静さを失えば残された兵士達の命は誰が預かる?
今は歯を食いしばってでもこの戦場から遠ざかる事しか今の紳達には出来ない。機体を破壊され。何も出来ないまま無様に去ることしか……。
紳の乗る戦艦がERRORに気づかれないようゆっくりと加速を始め戦場からの退却を試みる。
既に戦艦には羅威が乗る神威も戻ってきており、エリルもまた紫陽花のコクピットから雪音を抱き上げ降りてくる。そして医務室へと足早に移動し慌しく走り回る兵士達を避けアリスのいる医務室へと到着した。
既に医務室には何人もの負傷者がベッドに寝かされていたが、ベッドが足りない兵士達は血塗れの姿のまま何の処置もしてもらえず通路にもたれかかるように寝かされおり、その中には既に息を引き取った兵士も存在した。
「アリス!雪ちゃんを診てあげて!」
エリルの声に怪我人の一人に包帯を巻いていたアリスが後ろに振り向くと、手早く手当てを済ませた後直ぐにエリルの元に駆けつける。
「良かった、二人とも無事だったんですね!雪音ちゃんは私が責任をもって預かります」
そう言って抱きかかえられた雪音をエリルから渡されるアリス、すると雪音はエリルの方に手を伸ばし服を掴んだ。
「私は大丈夫ですよ……私より酷い怪我をしてる人がいますから、そっちの方を優先して……痛っ!」
ふと雪音の左肩を掴むアリスに雪音は余りの苦痛で咄嗟に声が出てしまい表情も微かに歪んでしまう。
「全然大丈夫じゃない。左肩……いえ、左腕も相当酷い状態よ。ありがとうエリルさん、後は私達に任せて」
アリスは雪音の容態、症状を僅かに見て触れただけで分析してしまうと、雪音を抱きかかえたまま医務室の奥へと姿を消してしまう。そのアリスの後姿を見届けた後、自分の機体に戻ろうとエリルは急いで部屋を出ると格納庫に向かって走って行く。その時、自分を横切る担架に、酸素マスクを付けられた香澄が横切ったのが見えエリルが足を止めると、ようやく小さなため息を吐くことができた。
「皆無事みたいね。良かった」
これで自分の部隊の仲間全員がこの艦に入ることが分かり、エリルの顔から少しだけ焦りの色が消えると、足早に自分の機体のある格納庫へと歩いていく。
ふと窓を見れば既に戦艦は走り出しており、業火に包まれた都市から抜け出そうとしている。
そして聳え立つERRORの姿と、そのERRORの目の前で滞空したまま一向に動きを見せないデルタも確認できた。
「あいつのせいで皆が……でも、あんなERRORを倒せるのは今、あいつだけなのよね……」
悔しい。本当ならBNの兵士達が全力で、命を懸けてERRORと戦っているはず。
だけど今はもう戦う事すらできない。機体が動かせず、力を発揮できない以上ERRORの弱点が分かったとしても攻撃する事が出来ず。例え攻撃できたとしてもあのERRORの攻撃を掻い潜り死ぬ気で特攻することなど到底不可能、そして生き残る為には戦う事ではなく、この場から去ることしかない。
───「違うよ、全然違うよ……それが間違ってるんだよ、今この場から逃げることが、本当に生き残る為の手段だと、本気で思ってるとしたら……最高だね」
目を見開きニヤリと笑みを浮かべるアステルは、そう言うとデルタを空高く上昇させ都市から脱出したBNの戦艦を見つめながら言葉を続けた。
「そしてもし、思っていないなら……。さぞかし悔しいだろうね、憎いだろうね、辛いだろうねぇ……何も出来ない状況が、時間が進むに連れて更に悪化していくこの時───絶望を堪能できる」
ERRORの肉体は1秒進むに連れてより強力に、凶悪に進化を遂げていく。
機械、肉体、細胞に至る全てが核の力によりもうじき覚醒を迎えるその時を、アステルは心の底から望んでいた。
アステルの思惑通りBNを都市から離した、NFの戦艦はもう攻撃すら出来ない状態。
もはやERRORの覚醒を誰も止める事は出来ない。この戦場にいるアステルなら覚醒を止める事が可能だろう、しかし……アステルはERRORの覚醒を拒みはしない。
「さあERROR、君の力を思う存分発揮するといい。BNもNFもみーんな、人間みーんな殺していくといい、絶望に叩き落してやりなよ、君の力なら容易いはずさ。僕じゃない。人類の敵、ERRORである君が世界を滅ぼすんだ。それでも今の君じゃ僕には勝てない、だから僕にしか倒せない君が、これからどれだけ進化して強くなるのか楽しみに待っているよ───それじゃ、また会おうね。ばいばい」
その言葉を最後にアステルはデルタを操縦しERRORに背を向けると、一瞬にしてこの戦場から姿を消してしまった。
『……アステル?おい、アステル……アステルッ!』
アステルとの通信が切られてもなお、騎佐久は未だに信じられない様子でアステルの名を叫び続ける。
『どうしてだ……なぜERRORを止めない!?お前にとってERRORは憎むべき敵のはずだろ!アステルゥ゛!もう今しかないんだッ!今ERRORを止めなければ人類に未来は───』
その言葉を最後に、騎佐久との通信が突如切れてしまう。
「やはり、か……」
都市から離れていく戦艦の中で紳はそう呟くと、悔しさで拳を握り締めながらじっとモニターを見つめ炎上する都市に佇むERRORを見つめ続けていた。
紳は最初からアステルが自分達の為に戦う事など信用しておらず、恐らくERRORを見逃すと確信していた、つまり最初からERRORを倒せる者もいなければ、倒す者もいない。
それでも紳が引き下がった訳はただ一つ、今生き残っている兵士達の命を救うためだ。
最も。あの場に残り全員で立ち向かおうとした所で動ける機体は殆ど無く、戦力はほぼ無い。
だがもし白義が動かせる状態でれば、紳はあの場に残っていただろう。
たった一人で────。
───医務室に運び込まれた香澄の火傷の手当てをしていたアリスはふと香澄に腕を掴まれると、香澄は意識が朦朧とする中何かを伝えようと必死に声を出そうとしていた。
「香澄さん……?」
アリスは酸素マスクを付けられた香澄の口元に顔を近づけ耳を傾けると、ようやく一言だけ聞きとることができた。
「とめっ……てッ……」
目に涙を浮かべ振り絞り出されるたった一つの言葉。その言葉を聞いただけでアリスに不安が募り、胸を締め付けられる思いになる。何を?誰を?───その先の言葉を聞くのが怖い、そう思わせるような香澄の声、そして次の言葉でアリスの悪い予感が的中してしまう。
「穿真を……っ、止め、て……!」
───崩壊した都市の中でERRORは佇んでいる。
赤く光る眼球である一点を見つめ。これから先、その見つめる先で何が起こるのかと様子を伺うように見物していた。
圧倒的存在、知能、力、肉体。全てを兼ね備えた自身を前に人間達に成す術は無い、そう実感し、今この世界で『生物』の頂点に君臨しているのだろうと思っている。
人間にとって自分達は強すぎる存在。それ故に人間は自分を恐れる、理由はそれだけではないだろうが……力こそ強さを一番分かりやすく伝えやすい。そしてもう十分に伝わったはずだ。
それなのに───どうして逃げないのだろう。
ERRORの目の前に立ちはだかる、両手にドリルを付けた一体の機体───。
どうして諦めないのだろう。
SRC発動。機体の眼光が鋭くなり、ドリルの回転を加速させていく。
どうして戦うのだろう。
大破した戦艦、そして地中に埋まっていたその機体専用の予備のドリルが次々に浮上し、機体の元に引き寄せられていく。
どうして───。
合計六本のドリルが翼を広げるように機体の背部に浮遊したまま停止すると、その機体、エンドミルは徐に顔を上げ、両手と背部、全てのドリルをERRORに向けた。