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第111話 天秤、理

───ダンの言う通り、BNがEDPへと向かう道先の上空にはNF最大級の空中戦艦、アルカンシェルが待機していた。

艦のレーダーには反応しないものの、司令室からはハッキリと肉眼で確認できる程の距離にまで近づいており、艦内の兵士達はその情報は放送で知り、慌しく戦闘準備に取り掛かろうとしている。

所が、突如艦内放送が消えると。先ほどまで聞こえてきた女性の声ではなく、ある男性の声が流れ始める。

『おはようBNの諸君、今頃我々の存在に気づいて慌てていると思うが落ち着いてほしい。我々は争いに来たわけではない。話しに来たんだ』

その声は司令室に到着していた紳と唯にも聞こえていた、そしてこの声の主が誰なのかは、モニターに映された姿を見る前から二人は知っていた。

「騎佐久……なんの用だ……」

『言っただろう?話しに来たと、ERRORの残る最大の巣は残り二つ、今から君達が向かう所、そして残り最後の巣はNF、SVの生き残った者達と合同で行われる……が、しかしだ。お前も内心気づいているはずだ、このままだと人類は敗北する……と。NF・SVで行われたEDPの結果を知っているにも関わらず兵を進めるか?今、お前には心底呆れてるんだよ』

呆れている、そう言われて紳は騎佐久が何を言いたいのかが理解できた、だがそんな紳の表情一つ変えない姿を見て騎佐久は声を荒げる。

『わからないか?余りにも犠牲が多すぎるだろ!?生き残った兵士はたった15人……一体お前たちは最後のEDPを何十人の兵士で挑む気だ?』

騎佐久が呆れるのも当然だった、それにこの思いは少なからず兵士達も気づいていた。

たしかに今ここでBNがEDPを行い、仮にERRORに勝利したとしよう。……実際何人の兵士が生き残るのか。最終決戦に向けての兵力が明らかに足りないのは明白。

「騎佐久、俺は今EDPへと向かうBNの兵士達の数に、15人足した数で行うつもりだ。貴様は勘違いしていないか?俺達は死にに行くわけじゃない、戦う前から死人の数を数える程俺は諦めていない」

『綺麗言を並べるな。それはお前の自己中心的な考えに過ぎない。我々の所有する『核』の力があれば、無駄な犠牲は出さずに済む。お前達が今から落とすであろう命の価値はなく、無意味ということだ』

「それで……敵地へと歩を進めている俺達が、敵前で今更引き返すとでも思っているのか?」

『……やはりこうなったか、残念だよ。だがな、消える命とわかっていて……戦場に行かせる程私は冷酷でもなければ、お前のような馬鹿でもない』

話し合いだけで本当に今の紳を止められるなどと、騎佐久は考えてもいなかった。

全ては大義名分の為。人類を守るために行くBNを妨害すれば、それは明らかにNFは人類として過ちとなるだろう。

しかしこれは違う、NFは人類を一人でも多く守る為に今、BNの前に立ちはだかり、その力を人類に向けようとしていた。

空中要塞アルカンシェルの砲門が次々と出てくると、全ての砲門が進軍するBNの艦隊に向けられていく。

「俺達を止める気か。だが騎佐久、今ここで俺達が戦うこと自体が最大の過ちのはず。違うか?」

『安心しろ。お前が死ねばそれで終わる、被害は最小限に食い止め、我々がERRORの巣に『核』を放とう。そうすればお前達の兵士は全員生き残り、ERRORの巣を壊滅できる……良かったな、人類は救われ。世界が平和になる、お前の望んだ世界にな』

今にも砲撃を開始してきそうなアルカンシェル、既に司令室のオペレーター達にはいつでも砲撃が開始できるように命じられている。

だがその時、突如アルカンシェル内のモニターの映像が乱れ始めた。

機器は操作を全く受け入れず、ほとんどのモニターが電源が切れたかのように黒い映像しか映らない。

「何事だ?」

「レーダー機器が全て機能不能に陥りました!こ、この現象は……あの時と同じ───」


───「どうやら……間に合ったか、よくやったエリル。そのまま艦の上で待機し、不振な行動が見えたら阻止しろ」

「はい、了解です!」

全ては紳の計画通り、姿を消している必要ももう無くなった為、今まで消していた機体の姿をゆっくりと露にしていく。

形勢は逆転した、アルカンシェルの上で紫色に光る翼を靡かせ、いつでも戦艦を攻撃できる圧倒的有利な位置に今、エリルの乗る紫陽花は立っているのだから。

「さすが紫陽花。無花果からのステルスフレームも受け継いでるなんて、私と紫陽花が力をあわせれば相手に気づかれずに近づくなんて朝飯前なんだから……もう食べたけど」

艦内に騎佐久の声が流れ、紳と会話している僅かな間。既にエリルは紫陽花に搭乗し出撃していたのだ。

これでもうNFは何もする事が出来ない、BNの艦隊達は速度を落とすことなく目的地へと進んでいく。

「それにしても、何が奇麗事を言うな~よ。BNの本部襲撃を指揮した人間がよく言えるわね。あんた達がいなければラースだって本当は今頃……」

紫陽花に乗るエリルは、NFの戦艦を見つめながら一人文句をつぶやいていた。

正直ここで引き金を引き、NFの戦艦を沈めたい気持ちも無いわけではない。

ここでこの戦艦を落とせば、もうBNを敵視する『人間』はいなくなり、心置きなく戦える。

引き金にかけていた指が少しずつ引かれていく。このままNFを放置した所で、また何か妨害や邪魔をされるに決まってる、それならいっそここで抵抗できないようにしておけば───。

その時、紫陽花のレーダーにNFの機体反応をあり。アルカンシェルから1機の機体が発進されていたのだ。

「機体?……ありがとね、わざわざ抵抗してくれてッ!!おかげで攻撃できる理由が出来たわよ!」

これでもう迷いも躊躇いもない。狙うは戦艦の前方に位置する司令室、両翼の光を瞬時に向けエリルが引き金を引こうとした時その指先よりも早く、突如1機の黒い機体が目の前に降臨する。

その余りにも速すぎる敵機の登場にエリルの思考がついていけず、驚きと共に引き金を引く指が1秒程とまっていた。

「えっ、速───」

呟く間さえなかった。リバインに似た黒い機体が紫陽花の胸部へと突き出した手から黒色の電磁波と共に衝撃波を放つと、紫陽花は紙くずのように転がりながら吹き飛ばされ先ほどまで立っていたアルカンシェルから落ちていく。

「きゃぁああああーーーーッ!」

吹き飛ばされ落ちていく紫陽花。

「何なのよぉ、今の!」

エリルはすぐさま機体を操縦しその場で立て直すと、両翼から紫色に輝く花びらを広範囲に散布し始めた。

「冗談じゃないわよ……あんな速い機体見たことない。……でも、あの武器はそんなに強くないわね」

吹き飛ばされれ転がり落ちたものの紫陽花に目立った損傷は無く、機体の状態も正常。本来あれ程の近距離で攻撃されては一溜まりもない。

『違うよ、全然違うよ』

そのエリルの言葉を否定するように青年の声が突如紫陽花の操縦席に流れた。

『今の……本来の威力の5%も出してないよ。だって……機体を破壊するなって、今は……言われてるから……ね』

自分と大して歳の差はないであろう声でわかるが、上からものを言うような言い方にエリルもつい強気に切り返してみせる。

「勝手に無線繋いでくるなんて強引ね。それにさっきのがたった5%って、さすがにそれは言いすぎじゃ……」

が、そのエリルの強気は次に放たれた一撃だけでいとも簡単に圧し折られてしまう。

青年の乗る機体が一瞬にして紫陽花の目の前に現れると、先ほど突き出した腕を紫陽花にではなく地面に向け、先ほどと同じ黒色の波動を機体の手から放った。

波動は地面に触れた直後、轟音と共に震え上がり地面に亀裂が走り広がるよりも早く巨大なクレーターを作り上げていた。

BNの艦隊の進行方向上に作られた巨大なクレーターに、艦長達は一斉に戦艦の緊急停止を指示する。

一斉に急停止していくBNの艦隊。間一髪、艦隊は巨大なクレーターに落ちずに一歩手前で立ち止まっていた。

『これで……30%。どう……?すごいよ、ね?強いよね……言わなくてもわかる、君の表情を見れば……すごく、伝わってくるから』

もし、あの力を今いるBNの艦隊に向けられたら。間違いなくBNはこの場で全滅していただろう。

『僕が戦場に出てきたんだ……君達に勝ち目はないよ……』

機体の速さ、そして火力。現実からかけ離れすぎているその機体の力を見てエリルは生唾を飲み、僅かな汗を額に滲ませていた。

「化け物ッ……」

青年の乗る機体が明らかに尋常でないのはBNの艦から2機の様子を見ていた兵士達にも直ぐに理解できた。

勝てない。

今まで幾つもの戦場を見て、戦ってきた兵士達だからこそ。その絶望感は半端ではなかった。

そして、その艦内の様子を見ていた騎佐久は再び口を開く。

『お前達にもわかったはずだ……我々に抵抗した所で傷を増やすだけ。大人しく引き下がれ、もし抵抗すれば……』

次は無い。そう言うかのように黒い機体は紳と唯の乗る艦に接近して艦首の上に立つと、紳達のいる司令室に右腕を向けた。

艦にだけは近づけさせたくはなかった。だが、エリルが黒い機体の動きに気づいた時には既に黒い機体は艦首に立っており、今の紫陽花ではもはやどうすることもできなかった。

『─SRC発動─』


───コンコン、と。機体の肩を突付かれる音に、アステルの乗る機体がふとその方に目を向けると、先程まで何もいなかった場所に紫陽花が立っていた。

何が起きたのか理解できず、アステルはこちらに手を振る紫陽花を呆然と見ている。

『……ッ!?』

その余りの唐突な出来事に瞬時に頭が回らなかったが、要約事態を理解できたアステルはすぐさま機体の右腕を紫陽花に向けなおした。

『脅かさないでよ……』

一体、何故、どうして。自分に気づかれずにこれほどまで近い間合いに近づけたのかアステルは疑問に思っている。

たしかに紫陽花は敵機のレーダーをかく乱することは可能、姿を消す事だって出来る。しかし、何故こうも易々と間合いに……。

思考をめぐらせていたアステルだが、既に彼の想像を遥かに上回る現象が起きている事に未だ気づいていない。

コンコン、と。先程と同じ、今度は背後の突付かれる音にアステルはすぐさま機体を振り返らせると、ひらひらとこちらに手を振る紫陽花が堂々と立っていた。

……意味がわからない。先程と同じ、思考を巡らせ現状を把握しようとする。

何故物音一つ立てずに背後に近づける?BNの紫陽花は2機存在するのか?……どちらにしろ、今この場に止まるのは得策ではない。

一度上空まで引き、状況を確認する他ない。そう思い瞬時に機体を飛び上がらせるアステル。

しかし、これでアステルは気づく事になる。今まで気づかなかった現象、そして異様な光景を目の当たりにするのだから。

『花……畑……?』

アステルの発言に戸惑う者、疑う者、驚く者は、既にこの戦場には誰一人いなかった。

と、言うより。既に戸惑い、疑い、驚く者……そして、その美しさに魅了される者しかこの場にはいなかったのだ。

地面一面を覆いつくす程の量の紫陽花の夥しい数。全機紫色の光の翼を靡かせ、百機を軽く超える程の数の『紫陽花』が立ち尽くしていた。

それは地上だけではない、上空を見れば青空を覆い隠す程の紫陽花が存在し、じっとこちらを見つめている。

花びらが舞う……その光景はアステルの言う通り、まさに紫陽花の花畑であった。


───「えっ、ええ!?どうなってるのコレ!?」

その異様な光景、状況に一番驚いていたのは。騎佐久でもなく紳でもない、紫陽花のパイロット。エリル・ミスレイアだった。

「紫陽花が、いっぱい……」

周りを見渡せば自分の乗っているはずの紫陽花が無数に空を漂っている。

SRCを発動させた後、エリルが機体を発進させようとした時には既に自分の紫陽花とは違う別の紫陽花が戦艦の艦首に立ち、アステルの乗る黒い機体の真横に立っていたのだ。

「もしかして、これも紫陽花の能力……?」

紫陽花に乗りSRCを発揮した事などBNの本部襲撃以来一度も無かった事ではあったが、それ以前に紫陽花の能力の数や能力が未だに未知数であり、その紫陽花の力はエリル本人にも全てを把握できずにいる。

「ラース……ありがとう……」

紫陽花の力がまた一つ発揮された、そして今相手の最強とも呼べる機体の操縦者は少なからず動揺している。

戦い、早期決着をつけるなら……今が絶好のチャンス!

「行くよ!紫陽花!」

花びらは舞う……エリルの思うがままに、無数の紫陽花は一斉に動き始める。

地上に立っている紫陽花は一斉に機関銃を構え、上空に浮かんでいる黒い機体目掛け一斉に引き金を引く。

けたたましい銃声、回避は不可能の等しい、それ程の夥しい数の弾丸がアステルに向けて撃たれている。

だからと言ってアステルは特に慌てる様子はない。当たり前だ、機関銃の弾丸などこの機体の、『デルタ』の力を発揮すれば弾丸の方から全て逸れていくのだから。

そう、恐れる事はない。この機体の力さえあれば……徐々に表情にも余裕が戻ってくる、相手の機体が、自分の機体に勝てるはずが……。

無い。そう思った瞬間、無数の弾丸が次々に機体に直撃していく光景を目の当たりにする。

『そんな、どうしてっ……!?』

何故弾丸が逸れない!?弾かれない!?その疑問が浮かんだ矢先、もう一つ別の疑問が前の疑問を上書きしていく。

振動が、まるで伝わってこない。これほどの弾丸を受ければ幾らこの機体でも損傷し、機体が振動するはず。

なのに、何も感じない。見れば次々に弾丸はこちらに向かい、機体に直撃しているはずなのに……。

それで初めて全てが繋がった。何故音も無く紫陽花が接近できたのか、どうして無数の紫陽花が存在しているのか。

決心した顔つきでアステルは突然機体の操縦席のハッチを開けにかかる、今開ければ無数の弾丸の餌食になるのは間違いない。だがアステルはすぐさま機体のハッチを開け、真実の光景をその自分の肉眼で目撃した。

そしてアステルの思った通り、目の前に広がっているはずの紫陽花の光景はそこには無く、更地の広がる大地しか存在していなかった。

『やっぱり、幻影……!』

紫陽花の花びらが戦場に舞っていた時点で、機体のメインカメラから録られた光景はジャミングされ、モニターに映し出される映像は全て紫陽花の能力によって描きかえられていた映像に過ぎなかった。

これでわかった、つまり紫陽花はたった1機しか存在せず。これはただの幻影と幻聴で、苦し紛れの誤魔化しに過ぎないのだと。

「そ、幻影よ」

肉眼で確認しているはずなのに、アステルの目の前には1機の紫陽花が現れていた。

これは幻影などではない、本物の、エリルの操縦する紫陽花。戦場は既に紫陽花によって飲み込まれ、支配し……終わりを迎えていた。

「でもこれは現実」

その言葉を聞き終えた瞬間、アステルの乗る機体から切断された四肢が火花を上げながら吹き飛んでいった。

切断された箇所からは高圧電流と火花が噴出し、機体の浮力を保つことも出来ず地面に落下していく。

『うそ……嘘、嘘っ。違うよ、全然違うよ、僕が、僕の機体、僕は、さいきょ、最強に、僕ぅはぁあああ!!!!』

呆気ないものだった。あの武蔵、愁、甲斐斗と三人同時に戦い、圧倒的勝利を収めた機体が、今は手足を失いゴミのように地面に転がっているのだから。

まるであの時の、甲斐斗がテトの黒薔薇を倒した時のように、それはとても無様な光景だった。


───NF、BNの兵士達はその勝負をただ呆然と見守ることしか出来ずにいたが、NFの機体が地面に落ちた事で一つ決定的な事が理解できた。

信じられないと言わんばかりの表情の騎佐久に、紳は力強い声で喋り始めた。

「BNの勝利だ、文句はあるまい。俺達は先を急がせてもらう」

BNの艦隊はクレーターを避けながら目的地へと向かうべく艦を進ませた。

NFの戦艦などもはや眼中にない、今この場で戦いは終わった。

今から交渉?何を、どう交渉すれば良い。そもそも騎佐久はアステル一人でこの場を沈められる事を確信していたのだ。

絶対に負けるはずがない。あの機体の力を使えば必ずBNに勝てる、そして引き下がらせる事も容易なはず。

それなのに、何だこの光景は。勝利し立っているのはBNの機体で、敗北し地面に転がっているのはNFの機体……。

アステルの機体が動かない今。もうBNを止める術は無い、元々NFはBNと戦いにこの場に来た訳ではない、人類同士で戦い戦力を削る事など愚の骨頂。

騎佐久達はBNの艦隊が進んでいく光景をただただ見つめることしかできなかった。

『化け物がッ……』

「違う」

小さく言葉を吐き捨て、通信を終えようとした騎佐久だったが。紳の言葉に思わず指を止めてしまう。

「紫陽花だ」

紳がそう呟いた後、NFとの通信をBNから静かに切られた。


───BNの艦隊が去った後、アステルの乗っている機体は無事NFの戦艦に無事回収され機体の修理に取り掛かろうとしていた、が……。

「どうしたお主ら、何を慌てておる」

「菊大佐!それが、アステル少尉の機体が……」

アステルの様子が気になった菊は司令室に騎佐久を残し、アステルの機体が収容された格納庫に来ていた。

すると格納庫内にいる兵士や整備士達が何やらざわめき普段とは違う様子、皆1機の機体に目をやりながら口々に疑問を出している。

それもそのはず、先程まで両手足を切断され損傷していたはずの機体が、艦内の格納庫に収容された時点で、ないはずの手足が存在し、一切の傷が見当たらない。

「無傷?馬鹿な、先程まで手足が無かったはずじゃっ……これがあのMDを元に改良され作られた機体の力なのか……」

収納された機体は跪き胸部のハッチが開く、そして操縦席からは無表情のアステルが一人降りてくる。

そして地面に着地すると、一人淡々と歩き格納庫から出て行こうとする。その異様な気配に誰も声をかけられず見つめ続けることしかできない。

出口の前に立つ菊、出口へと向かって歩くアステル。互いが擦れ違う時、アステルは足を止める事無く口を開いた。

「疲れました……部屋に、戻りますね……うひゃ」

ぞくり……と、気持ち悪い異質な空気が菊の背後から包み込むように動いたように感じた。

殻にひびが入り、中からどろどろとしたぬめり気のある気配が漏れ出そうとしている……。

「他の兵士達に伝えておけ、絶対にアステル少尉に近づくなと。今のあやつは危険じゃ……」

アステルが去った後、近くにいた兵士にそう告げると、菊もまた一人格納庫を後にした。


一人喋り続ける。

「ねっえさ~ん、ルッフィス~。ぼっくはねー、さっいきょうひゃ、最強~……」

一人話し続ける。

「大丈夫さ、だいじょうぶぅ。僕は負けひぃ~、はは、ん~~時間時間時間時間時間」

自分の部屋に向かう途中の通路で、アステルはひたすら口を動かし続けていた。

「時間時間時間時間時間時間時間。僕も過去行きたいなぁ~」

しかし、その表情は気持ち悪いほど至って普通だ。

普通に歩き、目はしっかりまっすぐ向いて、言葉だけ異常。

「姉さんのクッキー食べたいな~ルフィス、ルフィス可愛い。優しいルフィスは僕のルフィスは僕と一緒に」

部屋の前に到着すると、アステルはカードキーを使い自室の扉の鍵を開け部屋の中に入っていく。

室内はとても整理整頓されており、生活に最低限必要な物しか置いていない。

そして自室のベッドに座ると、無防備に机の上に置いてある錠剤や小さなカプセルを適当に何粒か口に入れ水も無しに噛み砕きながら飲み込みはじめた。

「うん。姉さんとルフィスの作ったクッキーとっても美味しいよ」

そう言いながらアステルはベッドの上に横たわり真っ白な天井を見つめ続ける。

「これで良いんだよ」

口元だけがニヤリと笑い、まるで誰かに話しかけるように言葉を続ける。

「僕はBNの人達一人一人に聞いていくつもりなんだ」

ああ、今からでも想像できる。ERRORの圧倒的力に次々に死んでいくBNの兵士達。

だから強制的に通信を繋げてその様子を見ながら聞いていくんだ。

もうすぐ死ぬね、今の気持ちはどう?感想は何?どういう気分?ねぇ、教えてよ。

痛い?辛い?怖い?悔しい?ねぇ、ねえねえ、あの時引き下がっていたらこうならなかったんだよ?

ねえねえ、ねえねえ。ねえねえねえ今どんな気持ち?ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ。

君の家族は?

友達は?

恋人は……?

あっ、泣いてる。ああ、とっても悔しそう。あー、拳銃で自分の頭を……うひゃ、うひゃひゃ!!

うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

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