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第109話 一刻、時

───EDPから一日。既に夜は明け日が昇り、眩しい光が東部軍事基地を照らしはじめていた。

その朝日は神楽の寝ている薄暗かった寝室も、カーテンの隙間から差し込む光で徐々に明るくなりはじめており、ミシェルと一緒のベッドで寝ていた神楽も目蓋をゆっくりと開きながら目を覚ました。

「っ……!」

が……目が覚めて一番初めに飛び込んできた光景に神楽は思わず息を呑んだ。

そこには平然とした様子で甲斐斗が立っており、神楽が目を覚ましたのに気づいた甲斐斗は下ろしていた手を咄嗟に上げ始めていた。

「おう、起きたか。おはよ……ってぇ!?」

甲斐斗が軽く手を挙げ挨拶しようとした瞬間、今まで寝ていたとは思えない程の速さで神楽はシーツを放り投げ、まず甲斐斗の視界を奪うと、軽く上げていたその腕を掴みそのまま間接にそって曲げ甲斐斗の背中に押し当てると強引にその場に跪かせた。

「甲斐斗ッ!貴方またミシェルちゃんを殺しに来たの!?しかも寝ている時を襲うなんて……最ッ低の男ね」

「ふがッ!?もがもがぁっ!?」

何かを伝えようと甲斐斗が喋ろうとするが、顔を覆ったままシーツが邪魔で何を言っているのかさっぱりわからず、抵抗しようと動こうにも神楽に腕を回され身動きがとれずにいた。

「本当見損なったわよ。さて、これからどうしてあげようかしら?まずこの腕をこー……」

甲斐斗の背中に押し当てていた腕を間接と逆方向にゆっくりと進めていく神楽、このままでは洒落にならないと思った甲斐斗は強引に立ち上がった後大きく体を振るい神楽から離れると、自分の顔に掛っていたシーツをようやく外す事が出来た。

「痛ッてえぞおい!!それに俺は殺しに来たんじゃねえ、ただちょっとミシェルの様子を見にきただけだ!」

「はぁ?昨日あんな事しておいて、貴方の言葉を素直に信じる私だと思う?」

「……うん、まぁ考えてみればそうだな。腕を捻られる所か機関銃で撃たれてもおかしくねえなぁ」

頷きながら腕を組み一人で納得する甲斐斗、すると神楽はしゃがみこむとべットの下から小型の機関銃を取り出すと躊躇無く銃口を甲斐斗に向けた。

「いやおかしいだろッ!!」

甲斐斗が手を前に出し撃つのを止めようとしたが、簡単に引き金が引かれ機関銃からは無数の弾丸が放たれる。

甲斐斗も止めようとしたものの恐らく撃たれることは日頃の神楽を見ていて何となくわかっていた為逃げ腰のまま寝室から急いで出ると、神楽の部屋の出口の前にまで移動し、いつでも神楽の部屋から出られる場所に立った。

「わかった、わかった……。わかったからそれ仕舞え、マジで。なんで朝から撃たれなきゃならねえんだ」

「そんなの聞かなくても分かりきってる事でしょ?ミシェルちゃんや赤ちゃんにした事を考えればまだまだぬるいわよ、こんなの」

眼鏡を掛け寝室から出てきた神楽の手には先程と同じ機関銃がもう一丁握られており、両手に銃を握り締める神楽を見てますます甲斐斗の顔からは血の気が引いていた。

「た、たしかにその通りだしお前の言っていることもわかるが落ち着け!昨日はな……アレだ、俺じゃないんだ。いや俺だけど、俺の中の俺が俺じゃなかったっていうかなんというか……とりあえずその手にもってる物騒な物を下ろしてくれないか?」

甲斐斗がまたいつでも神楽の部屋から逃げれるように心の準備をしていると、突然部屋の扉が開きそこには赤城と愁が息を切らせて立っていた。

恐らく先程の銃声を聞き二人は駆けつけたのだろう。まず部屋の扉が開き甲斐斗の慌てた様子と神楽の姿を見て大体の事情は察する事ができた。

「甲斐斗さん!?貴方またミシェルを……!」

「だあああ!お前もそう来るか!?まぁそう思うよな、当然だ!けど俺はミシェルに何かしにここに来た訳じゃねえ。その……アレだ、俺がこう言うのも変だけど、心配なんだよミシェルが!」

訴えるように必死に身振り手振りで自分の意思を伝えようとする甲斐斗に、赤城は小さく溜め息を吐くと神楽の方を見て呆れながら口を開いた。

「……だ、そうだ。神楽、その銃を下ろしたらどうだ?お前の銃声でミシェルも目を覚ましたみたいだしな」

そう言われてふと後ろに振り返ると、怯えた表情をしたミシェルが本を握り締めたまま神楽の後ろに立っていた。

だがミシェルは銃を手にしている神楽を見て怯えている訳ではなく、その前にいる甲斐斗を見つめて怯えていたのだ。

昨日の出来事が再び脳裏を過ぎる……自分に剣を振り上げ、悪魔のような恐ろしい表情をする甲斐斗。

震えが止まらず、無意識に涙が零れ落ち恐怖で胸が苦しく息が出来なかったあの、出来事───。

『そうだ、それでいい。そして分かってやってくれ、甲斐斗という一人の男を』

ふとあの時の光景の終わりに、その赤城の言葉が聞こえてきた。

今でも赤城の言ったことはハッキリと憶えている。そしてその言葉で、ミシェルは前とは違う、別の見方で甲斐斗を見るようになっていた。


───「なるほど、朝起きたらまずは朝食か。そうだよな」

一人呟く甲斐斗。

神楽の部屋にあるテーブルにはご飯に味噌汁、漬物といい簡単な和食料理が広がっていた。

それを無言で食べていく神楽、赤城も上手に箸を使い小鉢に入ってる煮豆を摘み食べている。

愁は少しぎこちない様子で席に座っており、ちらちらと横目で甲斐斗を見ながら料理を頂いていた。

ミシェルも練習した通り上手に箸を使いなが小さな口で料理を頬張っていく。

「美味そうだな。というか美味いだろそれ、良いなぁ俺も昨日から何も食べてないんだよ。腹減ったな、あー腹減った。……所でだな、何で俺が拘束されなきゃならねえんだ……?」

両手両足に手錠をされ、一人部屋の隅で椅子に座らされていた甲斐斗は途方に暮れていた。

昨日の一件で神楽から全く信用されていないため、ミシェルの安全を最優先して今こうして拘束されている。

ミシェルの方も今日起きてから一度も甲斐斗と目を合わせず、少し甲斐斗の方に視線を向けたかと思うとすぐ顔を背けてしまう。

「無理もねえな。俺は嫌われて当然の行為を行った、今更ミシェルに何言ったって信用されねえか……」

一度ならず二度までもミシェルに刃を向けた甲斐斗、もはやミシェルが許す、許さないの話しではない。

自分が自分を許せない、そして自分の無様な姿に自分自身が愛想尽きていた。

「甲斐斗さん、これを」

俯いていた甲斐斗だが、ふと声を掛けられ顔を上げるとそこには食事を終えた愁が一冊の本をこちらに指し伸ばしていた。

「本?何で俺にそんなものを?」

「これはただの本ではありません。甲斐斗さん、そしてミシェル。二人の過去に関係すると思われる貴重な物です。是非目を通してみてください」

「俺とミシェルの過去……?」


───俺とミシェルの過去ねぇ、考えたこともない。大体ミシェルはMGだ、謎に謎、更に謎に包まれた正体不明の存在、マスターガーディアン。

そんな謎だらけの存在が、昔俺と何か関係があったとしたら。それは俺が俺である時よりも、更に前ということか?

「なぁ……さすがに本を読む時ぐらい手錠外してくれるよな?」

「勿論です。ちゃんと神楽さんから鍵は頂いてきました」

そう言って手錠の鍵を軍服のポケットから取り出し愁は俺の両手に嵌められていた手錠を外してくれたが、両足に付けられている錠は外してくれない。

「足に嵌めてるのは外してくれねえのかよ……まぁいいか。じゃあまず、茶碗と箸持ってきてくれ」

「え?」

「飯食わせろ、腹減ってんだよ」

なんでコイツはそんな意外そうな表情をしているんだ、お前等だけ飯食べて満足かもしれないが俺はそうじゃない。大事な話しがあるなら尚更だ、飯を食わねえと頭も回らんだろ。

「すいません甲斐斗さん、それが神楽さんが人数分しか作ってなくて……」

愁が申し訳なさそうな表情を見せると、その後ろから白衣を身に纏った神楽が不貞腐れた様子で俺の前に現れた。

「神楽……俺の分の飯は……?」

何だかんだ言ったって飯ぐらいはちゃんと用意してくれているはず。と思っていたが神楽の表情を見てその可能性すら無いのだと初めて気づいた。

「愁、私これから医務室に行って皆の様子を見てくるから、後はお願いね。くれぐれもミシェルちゃんを甲斐斗に近づかせないでね」

完全に俺無視の方向で愁にそう話すと神楽は足早に部屋から出て行ってしまう。

生き残った兵士達の容態を診に行くのだろう、まぁそれなら朝早くから出て行くのは仕方ないと思うが……。

腹の虫が鳴いている、拘束されていることより飯が食べれない事の方が俺にとって何倍もの苦痛だった。

「あの」

そんな俺を見かねてか、愁は急いでキッチンの方に向かい何かを取ってくると、右手に味噌味、左手に醤油味のカップラーメンを手に俺の前に現れた。

「カップラーメン……作りましょうか?」

「醤油味で頼む」


───お湯を入れて三分、あの頃から100年たってもカップメンは何も変わってない。

いや、変わった点が一つあると言える。前までは火薬やら液体スープやら面倒なものが多かったが、今は四角いゼリー状のブロックが容器の中に入っておりお湯を注ぐと解けるというものになっていた。

「腹減ってるとカップ麺もより美味く感じるな。んで、俺とミシェルの過去が書かれてる本をなんでお前が持ってるんだ?」

ラーメンを食べながら唐突に愁に質問を投げかけてみるが、愁は落ち着いた様子で俺の足元に置かれてある本を手に取りページを捲り始めた。

「アビアさんが落としていったんです。しかもわざと……これはきっと何かありますよ」

へぇ、アビアがそんな物を持っているとはな。しかし何故今になってそんな物を俺に?あいつは秘密や謎をどこまで知ってるんだ?

面倒くさいけどやっぱり直接会って聞くしかないのだろう、あいつの事だから焦らし続けて中々本題に入ってくれないと思うけど。

「ほら、このページを見てください。この門に描かれている剣の絵、これは甲斐斗さんの剣ですよね?」

ラーメンを食べている俺に愁が本を開いて見せてくる、たしかにそのページには巨大な宮殿の門に描かれた俺の剣があった。

「たしかに俺の持ってる剣だな……ほれ」

とりあえず比較しやすいように俺は手を横に伸ばし剣をその場に出し壁に立て掛けると、本に描かれている剣と見比べて見る。

こう見比べてみてもよくわかる。同じだ、描かれたもの全てが一緒。一体全体どうなってんだ……。

「ん?たしかにこの本には俺の剣が描かれてるけど。なんでミシェルが関係してるんだ」

「はい、宮殿が描かれているページがあるんですけど、その模様がこの世界に現れた神の体に描かれていた模様が同じなんです。それにミシェルはこの本を見つけた後大事そうに抱き締め肌身離さず持っていました」

また神か。たしかにあの神とやらの装甲にはびっしりと変な模様が刻まれていたがあまり印象に残ってない。大体神とか言われる奴はああいう神秘的な格好してるもんだしな。

「なるほどねぇ、大体わかった。わかったが、俺は何も知らん。結局はミシェルに聞かないといけないな」

ラーメンを食べ終わりスープを残したカップメンの容器を椅子の下に置くと、俺はミシェルがいないか軽く辺りを見渡して見る。

すると壁に隠れながら顔を半分だけ出して俺を見ているミシェルがいた。だが目が合うとわかるとすぐに引っ込んでしまい完全に隠れてしまう。

「……ありがとうな愁。お前はお前で俺達の為にやってくれてるけど、この本に興味は無い」

「えっ!何でですか!?」

「俺とミシェルの過去なんてもうどうでもいい。それに過去が分かった所で今は何も変わらんだろ?」

「変わります!もし本当にミシェルが甲斐斗さんの力を封じているのであれば、甲斐斗さんの事を誤解しているからです!真実を伝えればミシェルも必ずわかってくれます、そうなれば甲斐斗さんの力は戻るんですよ!?」

……複雑な気持ちだ。

たしかに魔法が使えるようになれば過去に帰る為に必要な条件も揃うし、この世界のERRORだってすぐにでも消してみせる。

その為にはミシェルが本当に俺の力を封じているのだとしたら、何とかしてミシェルを説得し俺の力を復活させなければならないが……ミシェルが俺の力を封じる理由が昨日言っていた事だとしたら……。

「ミシェルが俺の正体を知っているなら恐れても無理はねえ……けど、どこでどうやって知ったのかが気になるな」

「甲斐斗さん、俺は力の強さより、その力を使う人こそが肝心だと思います。甲斐斗さんは邪悪でもなければ悪人でも無い、優しい心の持ち主だと俺は思っています」

そう言ってもらえるのは別に良いんだがよく真顔でよくそんな恥ずかしい事を平気で言えるなぁコイツは……。

「お前には俺がそう見えるか……」

「甲斐斗さんの周りの人は皆そう思っていますよ。強くて暖かくて優しくて、皆を引っ張ってくれてとても頼りにしてます」

頼り、ねぇ。愁、それはお前の仲間を救えなかった俺に対して言えることなのか?

結局俺は葵もエコも、シャイラもアリスも誰一人守れなかった。お前が地下に行ってある間に、何も出来ないまま仲間を失ったんだぞ……それなのにお前は俺を恨みもせず、こうやって親身に話してくる。

お前は俺の胸倉を掴み何度も顔面を殴ったって構わないんだぞ。何故助けなかった、どうして救えなかったって、怒りに身を任せるもんだろ普通。

「愁、ミシェルを……呼んできてくれないか?」

「わかりました」

物陰に隠れながら俺を見てくるミシェル、そんなミシェルの元に愁は行くとしゃがみ込みミシェルと同じ視線で話しかけると、小さく頷いたミシェルは愁と手を繋いで俺の前に出てきてくれた。

ミシェル。ああ、こうやってはっきりと目の前に立ったお前の姿を見たのは久しぶりだ。

こんなにも小さくて、弱々しくて、おどおどしていて。でもいつも俺に笑みを見せてくれたよな。

俺はゆっくりと手を伸ばしミシェルの頬に触れようとしていた。だがミシェルは愁の手を強く握り締めると、俺の手を避けるように一歩後ずさりしてしまう。当たり前だな……。

「ミシェル、お前は俺を知っていたか?」

出来るだけゆっくりと、優しく問いかけてみる。するとミシェルは小さく首を横に振ってみせる。

「わからない……」

わからない、か。……なあアビア、お前はこれでもミシェルが嘘をついてるって言うのか?

本当にミシェルは俺を最初から騙し、利用していたのか?ミシェルは本当に俺の事を嫌っているのか?

俺もわかんねえよ。でも、それって俺がミシェルを信じてないからだよな……疑ってるから、俺はこうやって悩んでるんだよな。

「でも……」

ミシェルの言葉は続いていた。愁の手を強く握り締めながら何かを言い出そうと勇気を振り絞りながら何かを伝えようとしている。

「こわい……かいとじゃなくて、かいとのなかにいる、なにかが……」

俺の中にいる何かが怖い?まさかミシェルは俺の中にいる複数の力の存在に気づいているのか?

だがこれでようやく理解できた、はっきりと分かってやる事が出来た、ミシェルの一言で確信がもてた。

「だから、わたしは……かいとのこと……きらいじゃ……う、うぅ……ぇぐ……」

泣いている……ミシェルが俺を見ながらぽろぽろと涙を零しながら泣いている。

それでも俺から目を逸らしたりせずに、まるで何かを訴えかけようとするその瞳を見て俺は……。

「ミシェル!!」

わからない。何なんだろう、こういう感情って。胸あっつし、苦しいし、頭が回らん。真っ白だ。

俺はミシェルを名を呼ぶと座っていた椅子から降りそのままミシェルを抱き締めていた。

ダメだよな。突然抱き締めたりなんかして。驚いただろうな……。

「か、かいとぉ……ごめ、ん……ごめんなさぃ……!」

咽び泣きながらミシェルは俺の耳元で何度も謝ってくれている。

もしかすると、ミシェルは俺と出会った頃から俺の中から何か恐ろしいものがある事を分かっていたのかもしれない。

それでも俺と日々を過ごしていくにつれて俺自身を一人の男として見てくれていたのだろ。だから俺とミシェルの思い出は嘘や偽りなんて一つも無い。それにミシェルは知らなかったはずだ、自分がふと抱いていた恐怖に対しての警戒心が、俺の力を封じている元凶だなんてことを。

ああ、恐れられて無理は無い。当然だ、俺はこの手で何千何万……数え切れない程の命を奪ってきた。

俺の中にある何かにミシェルが恐怖しているのであれば、ミシェルの恐怖を取り除く事は不可能に近い。

俺の中に俺がいるように、ミシェルの中に俺を恐れるミシェルがいるのかもしれない。

でも、今目の前にいるミシェルは俺を恐れているわけでも無いし、嫌いでもないんだ。それが分かっただけで俺は……。

「謝るのは俺の方だ……ごめん……そして、話してくれてありがとな……」

これでまた一歩、大きく前に前進できた。

勿論俺だけじゃない、ミシェルと一緒にだ。そしてこれからも一緒に解決していく。

ミシェルと話し合わなければならない、そして俺達の知っている事を出来る限り伝え合い、謎や疑問点を解決していく。

そして帰るんだ。俺がもといた世界、俺がもといた時間、俺がもといた場所に。

「甲斐斗さん、ミシェルと一緒に過去の事を思い出していきましょう。二人はこんなにも仲が良いんです、きっと力も取り戻せますよ。後は神楽さんに頼んで過去を思い出させる方法を考えてもらわないと……」


「それは無理だよー」

……思い出した。もう一人、問題を解決しなければならない奴がいたな。

ミシェルを抱き締めながら見上げてみれば、愁の後ろから相変わらず笑みを浮かべるアビアが近づいてきていた。

「二人の過去と記憶は、誰も干渉できないもん……ねぇ、アビアが前に甲斐斗にキスした時あったよね」

アビアに言われて思い出した、ミシェルを助け出したついでにアビアまで連れてきてしまった時の事だ、たしかあの時はミシェルを助ける為に嫌々口付けをしたような……あの時の出来事はテトの野郎にボコボコにされて余り憶えていない。

「ああ、あったな……そう言えばあの時ミシェルが頭を抱えて苦しそうにしてたが……」

「あれはねー、アビアが甲斐斗の記憶を呼び戻して見てみようとしたからなの」

なっ……にを突然言い出すかと思えば、こいつやっぱり色々と隠してやがったんだな。

「なんでお前が俺の過去を戻す必要があるんだ?俺の過去に興味あんのか?」

「うん、だってアビアは本当の甲斐斗が見たいんだもん……記憶を取り戻せたら、また一つの甲斐斗が見れる。……けど、それは無理みたい」

「無理って、なんでだ?」

「無理に引き出そうとすれば第1MGがどうなるかわからない。多分だけどー、甲斐斗が記憶を取り戻す事で第1MGは何かを恐れてるのかもねー」

何かを恐れている?それはもう一人のミシェルが俺が記憶を失う前の俺を恐れているということか?

しかし俺は学生の頃の記憶はたしかに残っている、となると記憶が曖昧なガキの頃か、それより前の記憶が何か関係しているのか……?くそっ、ここにきてまた謎が増えやがる。

「それともー。二人の大事な思い出を見られたくないのかも~?」

そう言って視線を下げるとミシェルを見つめ首を傾ける。するとミシェルはアビアから目を逸らし何も言えないまま立ち尽くしていた。

「にしてもアビア、お前にそんな力があるなんて知らなかったぞ。そろそろ教えてくれても良いんじゃないか?お前が何者なのか」

正体がわからないのはERRORとお前ぐらいなんだよ、人の記憶を覗き見る力に、無数のナイフを自在に操る力、そして殺されてもすぐ生き返る再生力。そろそろお前が何者で、何の目的で俺に近づいているのか正直に話してもらいたいものだ。

「アビアは、アビアだよ」

惚けたような言い方をするアビアだが、ここまで言ってそんな態度を本気で貫き通す気なのか?こいつは……。

「そう言うことじゃねえ。わかるだろ?話してみろよ、互いを理解しあう事って大事だろ」

「アビアは……アビアだもん……ねぇ、アビアは甲斐斗に今まで沢山の事教えてきたよね」

「ああ、お前には色々な事を教えられ助けられてきてるよ、感謝してる」

「そっか。ね、アビアの約束憶えてる?」

約束?たしか俺がEDPに行く前、ミシェルを守っていてくれれば何でもすると言った話しだな。

「ああ、憶えてる。お前に何でもしてやるって言ったな、今ここで言うか?」

「うん、じゃあ甲斐斗に一つだけ、アビアに教えて欲しい事があるの」

「おう、俺が知ってる事で良ければ何でも話す。言ってみろ」


「ありがとう、甲斐斗」

アビアが笑みを見せたその瞬間だった、俺の胸に強い衝撃を感じたのは。

何をされたのか分からない、ただいつの間にか目の前に立っていたアビアの右手が俺の胸元にあった。

まるで何かを振り下ろしたかのような、ふと視線を下げると、青白く光るナイフの刃が根元まで俺の胸に突き刺さっていた。

……どういうことだ?思考が上手く働かない、アビアにお礼を言われて、それで何を俺から聞いてくるのかと思ったら、どうして俺の胸にナイフを突き刺すという結果になるんだ。

「教えて。アビアが何者なのか」

は?……アビアの一言で俺の思考がさらに混乱していく。

今まで楽観的な態度で、何もかもお見通しと言わんばかりに謎を吹っかけてきたアビア。

しかし、こいつは自分が何者なのか今までわからずに生きていたというのか?いや、アビア自身、自分に関しての記憶を失っているのかもしれん。

……って、だから何でそれで俺にナイフを突き刺さないと───ん?

ナイフを刺された所から痛みや出血は無い、だがその代わりに白い光を発しながら俺の胸元から今まで過ごしてきた記憶の光景があふれ出してくる。

それはまるで写真のフィルムのように、何枚もの繋がった記憶の場面が映し出された光景が繋がっており、その記憶は全てアビアの胸に吸い込まれていた。

俺の記憶を知る事がお前を知る為の手がかりになるのか?それってつまり、俺とお前は遠い昔、出会っていた事があるってことじゃねえか……!何故それをお前は知っている!?

俺がアビアから記憶を吸い取られていた時、自分の左手を強く握り締める感触が伝わってきた。

「う、ううっ……ぁ……」

そこには苦しそうな表情を浮かべ今にもその場に倒れてしまそうなミシェルがいた。

やはり、俺の過去、そして記憶に他者が干渉するとミシェルに影響が及ぶらしい。

それをさっき俺の前で言ったばかりなのに、なんでお前は俺の過去に見ようとしてんだよ!まさかお前これは約束だから強制的に俺の同意無しでも見たいって言うのか!

このままではまずい、だが俺に止める権限は無い。何でもすると約束したのだから……しかし、このままミシェルを苦しませる訳には───ッ!?


───その時だった、一枚の記憶の映像が俺の目の前に飛び込んできていた。

一瞬にして目の前の光景が変化し、先程まで室内の光景ではなく、どこかの建物の中庭に俺は立っていた。

真っ白い建物の中にある中庭、噴水があり、花畑が広がり、この囲っている建物は城か、宮殿のようなものに見える。

そして聞こえてくる微かな笑い声、その声を聞いて俺が後ろに振り返ると、そこにも花畑が広がっており、そしてその中には幼い少女達が座っていた。

一人でシャボン玉を吹いている少女がいれば、二人で走り回る少女もいる、……ん?ミシェル、ミシェルがいるぞ……。

数人いる少女達の中に、帽子を被った少女と話しをしているミシェルがいた。

楽しそうに会話して笑っている、相手は誰だ?ミシェルの顔は見えるものの帽子の少女は俺に背を向けて顔が見えない。

無意識に俺はその少女に近づき、座って話している少女の肩に手を置いた。

すると少女は俺に気づき後ろに振り向いてくれる、その時風が吹き少女の被っている帽子が簡単に飛ばされた。

桃色の髪……その少女が見せる笑みを俺はいつも見ている、今と何も変わっていない、アビアの可愛らしい笑みだった。

そしてその瞬間、俺の右腕が、誰かに掴まれた。


───「もうやめて!アビアちゃんッ!」

ミシェルが声を荒げアビアの名を叫んだ。その声を聞いて俺は瞬きをすると、先程まで見ていた光景は消え去り、自分が元いた室内で立ち尽くしていた。

体には何の異常も無いが、ただ一つだけ変わったことと言えばアビアが俺の胸元に顔を埋め抱きついている。

手を握っていたミシェルはアビアを涙目で見つめ続けている。

しかしアビアは何の反応もしない、というか……気を失っているのか?これは……。

そう思うとアビアの体重が徐々に俺にかかってくるのがわかる、少し後ろに下がりアビアが倒れるのを防ごうとしたが、今まで足に錠をしているの忘れていた俺は大きく倒れてしまった。

咄嗟に左手を放しミシェルを巻き込まないようにしたが、後ろに椅子があったにも関わらずど派手にこけてしまった……。

「だ、大丈夫ですか!?」

愁が急いで俺の元に来てアビアを抱き上げると、俺は今さっき打った腰を撫でつつ先程まで座っていた椅子に再び座りなおす。

「腰が痛てえ、とりあえずアビアをベッドまで運んでくれ、どうやら気を失ったみたいだが……ミシェル、大丈夫か?」

ふと棒立ちしたままのミシェルの肩に触り声を掛ける、するとミシェルの体は簡単に倒れそうになり、俺は急いでミシェルの体を引き寄せ受け止めた。

「お前も気を失ったのか……」

やれやれ……一体この先どうなる事か、俺にはわからん。

俺の過去、ミシェルやアビアとの関係はそんなに急いで知りたいわけでもない。

それにそれでミシェルを傷つけることになるのなら尚更だ。急がば回れという奴だな。

しっかし俺が過去に戻った後はやる事が多いな、ERRORを止めて、過去も調べなければ……忙しくなりそうだ。

忙しくなると言えば俺もこれから過去に帰る為の準備をしなきゃならんな、俺達のEDPは残り二回、その内の一回はBNだ。BNがEDPをしている間にでも過去に帰る為の準備を終わらせておきたい。

「おーい愁、ミシェルも気を失ったみたいだ。ベッドに寝かせといてくれ」

本当なら俺が抱かかえて連れていきたいが、足の自由も奪われている今ぴょんぴょん跳んでいく訳にもいかず、結局戻ってきた愁にミシェルを渡して俺はまた椅子に座った。

腕を組み何かしら考えようとしてみるが、頭は思うように働かず何も思い浮かばない。

こういう時は目を瞑って眠るに限る、大体考え事は余り好きじゃないからね、俺は椅子の背もたれに体重を掛けると腕を組んだまま静かに目蓋を閉じた。


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