第106話 鬼畜、天使
───NF・SVが開始したEDPは見事成功し、ERRORの拠点である一つの巣を破壊する事に成功した。
戦闘が終わった大地には何も残っておらず、傷ついた機体と共に東部軍事基地へと生き残った者達は帰還する。
そして東部軍事基地に到着した頃には既に日が暮れており、羽衣からは生き残った兵士達が降りてくるものの、疲れて果ててしまっており皆その辺の壁にもたれ掛かり床に座り込んでいた。
ロアもまた浮かない顔で羽衣から降りると、龍もまたゆっくりと降りてロアの側に近寄っていく。
そして赤城もまた、ミシェルを抱かかえながら羽衣から降りてくると、それを待っていたかのように既に機体から降りていた神楽が近づいてくる。
「神楽……終わったんだな」
先に話しかけたのは赤城だった。EDPの終了後聞かされた神楽の話、それを聞いて初めて外の出来事が理解できた。
「ええ。……でも、余りにも犠牲が多すぎたわね……」
二つの組織の全戦力ともいえるものが、今ではたった十数人程しか残っていない。
あの戦場で起きていたのは、本当に戦いと言えるものだったのだろうか、今ならそれも疑問に思えてきてしまう。
「でも私は嬉しいわよ、赤ちゃんが生きているんだもの」
そう言うと神楽はそっと手を伸ばし赤城の頬に触れると、今度は微笑みかけながらミシェルの方を向いた。
「勿論ミシェルちゃんもね」
優しくミシェルの頭を撫でる神楽に、ミシェルもまた笑みを見せると嬉しそうに頭を撫でられる。
その時、格納庫に入ってきたアストロス・アギトの胸部のハッチが開くと、中から魅剣愁が降りてきた。
「っ……」
愁の姿を見て咄嗟に目を逸らしてしまう二人。今この中で一番辛い人間のはずだからだ。
数多くのSVの兵士達が死に、シャイラとアリスを守れず、葵とエコまで救えなかった。
残されたSV親衛隊は彼一人、いや、もう親衛隊でもなんでもない、ただの一人の青年だ。
「赤城さん!良かった、無事だったんですね。それにミシェルも」
赤城とミシェルの姿を見て安心した様子の愁、その表情に辛そうな感情は見えなかった。
「ああ、なんとかな……。愁、お前こそ大丈夫か?お前が地下に行っている間に、地上にいた皆は───」
「大丈夫です、皆はここにいます」
心配そうな赤城をよそに、愁は笑みを見せると自分の後方に立っているアギトに視線を向けた。
「肉体は消えても、皆の思いはここにある……だから大丈夫です、心配はいりません」
愁は無理などしてもいなければ、その場しのぎの事を言っているわけでもない。
本心だった、そして実際、愁の機体には皆が存在している。
赤城もその外見の変化したアギトを見つめ、機体の各場所に埋め込まれたレジスタルを見ていた。
すると今度は神楽が赤城の方に向くと、二人に話し始める。
「赤ちゃん、前に甲斐斗が言ってたじゃない。レジスタルは人の中にある物って、きっと何らかの力が働いて命を失った人達をレジスタルに変えたのよ。そしてそれが今、アギトの中にある……」
「魔法か……愁、お前は魔法が使えるのか……?」
「魔法……いえ、それはよくわかりません。ですが今の俺にはレジスタルがあります」
アギトを見つめたまま愁は言葉を続ける、それにつられて赤城もまたアギトの方に目を向けた。
「感じます、胸の奥底から込み上げてくる力の感覚。とても暖かい」
そう言って笑顔で赤城の方に振り向くと、愁は疲れ果てている兵士達の元に向かおうとした時、1機の機体が格納庫に荒々しく入ってきた。
機体、それは甲斐斗の乗る魔神だった。魔神は格納庫に入った途端すぐに立ち止まり、胸部のハッチを開けると、中から甲斐斗が現れる。
「出て来いアビアぁッ!」
……今の甲斐斗に、声を掛けられる雰囲気でないことはその場にいた者ならすぐにわかった。
明らかに焦り、苛立ちを感じる。赤城や神楽の事など目もくれず、必死に辺りを見渡しアビアを探している。
「なーにー?」
すると、羽衣から最後に出てきたアビアが姿を見せると。甲斐斗は機体の胸部に立ったまま話し始める。
「俺は帰ってきた。今すぐ真実を教えろ!神の事も、魔法の事もな、なんで魔法が使える奴がいたりするんだ?全部教えろッ!!」
アビアを睨み返答を待つ甲斐斗、赤城は無意識にミシェルの手を強く握ると、ミシェルはそれに反応して心配そうに赤城の方を見上げていた。
いつものように笑みを見せながらアビアは羽衣から降りてくると、甲斐斗も胸部から飛び降り軽々と地面へ着地する。
殺気をも漂わせる甲斐斗、赤城や神楽の事など眼中に無く、アビアをただ一人を睨みつけたまま視線を逸らさない。
「アビアはね、最初知らなかったんだー」
「あ?……何をだ?」
アビアは落ち着いた様子で歩き始めると、赤城達と甲斐斗のいる間まで歩き足を止め甲斐斗に背を向けた。
「甲斐斗が、カイトだって事」
そう言いながらアビアは僅かに舌を出し自分の唇を舐めると、後ろに振り返りいつもの笑顔を見せる。そのアビアの言葉に甲斐斗は眉をひそめアビアを睨んだ。
「お前、俺が何者なのか、知ってるのか……?」
「今はねー。最初はただのアルトニアエデンの人と思ってたけど、色々見せてもらったもん……でも、まさかカイトが……んふふ。複雑だね」
最後の方は呟くように言うと、一人でまた笑みを浮かべ笑ってみせるアビア。
「色々ねぇ……まぁ、今はそんなのどうでもいいんだよ。それより教えろ、この世界について」
御託はいい、甲斐斗は自分の中にあるもどかしい気持ちを早く晴らしたくて苛立っている。
「じゃーまず、どうして『今』この世界では魔法が使えないか教えてあげる」
後ろに手を組み甲斐斗の方を向くアビア、そして甲斐斗に微笑みかけると、首を少し傾けてみせた。
「魔法を使うには何が必要でしょーか?」
「魔力、つまりレジスタルだな。それがどうした?」
質問を質問で返すアビアだったが、甲斐斗は何の躊躇いも無く言ってみせる。
「それがないだけだよ」
そんな甲斐斗の質問に呆気なく、そして簡単に返事するアビア。
「ふざけんじゃねえぞ……」
一瞬場の空気が硬直したが、甲斐斗は納得のいかない表情を浮かべ再びアビアを睨みつける。
「ふざけてないよ?魔法が使えた人は、レジスタルがちょびっと体内に残ってたからだもん」
アビアの言葉を甲斐斗は簡単に信じはしない。しかしここでアビアが本当に嘘を言っているのだろうか……それもまた納得ができなかった。
「SVは魔力を制限されてるって思ってたみたいだけど。それも間違いじゃないからねー結果的に使用量は制限されてたもんなんだし」
「使用量に制限っておい、魔力は普通回復するもんだろ」
「所が~この世界でレジスタルは回復しませーん。消費すれば消費しただけ消えてなくなるの、無いのに無理して使うと簡単に死んじゃうのは甲斐斗も知ってるよね?」
「それじゃあ、魔力さえあれば魔法が使えるのか?」
「使えるよ?テトが使ってたのがしょーこ!」
たしかにテトは平然と魔法を使っていた、しかし魔力が回復しないとなればテトがどれだけの魔力を持った実力者なのかがよくわかる。
「回復しないのはアビアにもわからない。一番自然なのは神の仕業って考えることなんだけどねー。あ、でも甲斐斗って第1MGの力で魔法が使えないよね……ね、なんで第1MGがいると甲斐斗が魔法使えないか知ってる?」
「ミシェルが俺の力を抑えている理由?たしかそれは、神が俺の力を抑えるために送り込んで……」
「アビア言ったよね?別に神が第1MGを送り込んだ訳じゃない、第1MGが逃げてきただけって。神は甲斐斗の力を抑えようとして第1MGを解放した訳じゃないんだよ?」
「あ、ああ。そう言っていたな……」
甲斐斗の疑念を晴らす答えが少しずつ近づいてくる。
神は第1MGが甲斐斗の力を抑えている事を知っていたのだろうか……いや、そもそも何故第1MGの力で甲斐斗の力を抑えられているのかもわからない。
テトは言っていた、この世の秩序を守る為に強力すぎる魔力を持つ甲斐斗の力を抑える役割が、第1MGなのだと。しかしこれが偽りとしたら……?
「じゃあ甲斐斗の魔法はどうして使えないのか。とっても簡単なこと!」
そう言ってアビアはミシェルを指差すと、甲斐斗の視線も自然に指先の方に向いた。
「第1MG……ううん、『ミシェル』の意思で、カイトの力を抑えてるんだよ」
───「……は?」
数秒の間が開いた後、慌てた様子で甲斐斗が声をあげる。
アビアの言葉の意味が理解できず、何度もアビアの発した言葉が脳内を駆け巡る。
第1MGの意思、つまりそれはミシェル本人の意思で甲斐斗の力を抑えている事になる。
「あ、いや、おいまて!なんでミシェルが俺の力を抑える!?おかしいだろ!!」
意味がわからない。もしミシェルにそれだけの力があったとしても、何故ミシェルは甲斐斗の力を抑える必要があるのか。
ミシェルが危険な時はいつも命を懸けて甲斐斗が守ってきた、それに今までこの世界を一緒に過ごしてきた仲。信頼だって厚くお互いがお互いを必要としていたはず。
傷ついた甲斐斗にミシェルは優しく微笑んでくれる、そして自分の事を純粋に見てきているものだと、甲斐斗は信じていたが……。
「おかしい?そんなことないよ、凶悪で危険な力を封じたいって第1MGが思ってるだけだもん」
アビアの話は構わず続けられていく、甲斐斗は愕然としたまま信じられない様子で話を聞いていた。
目を見開き、固まったまま赤城の後ろに隠れるミシェルを見つめ続ける。
「え……って、ことは……ミシェルが、自分の意思で俺の力を抑えているだけなのか?」
「うん、そだよ」
たった、それだけのことだったのか。
今まで魔法が使えず散々苦労してきていた、どうやって力を取り戻し、どうすれば過去に戻れるのか。
この世界に来て長い日々を過ごしてきたが、まさか、そんな簡単で、単純な事で魔法が使えるようになるなんて、甲斐斗は思ってもいなかった。
「じゃ、じゃあ、今からでも、ミシェルが俺に力を使わせてくれたら、俺はまた魔法が使えるようになるんだよな……?」
「うん。でもそれはありえないかな」
「何故だッ!?」
「最強の力を持った邪悪な魔神を、野放しにしたいと思う?」
「ミシェルは、俺をそんな風に見ているのか……?」
「うん、そして第1MGは今の甲斐斗の心情を分析して理解してる。だからああやって弱気で、笑顔をすれば甲斐斗が自分にやさしく接してくれるって知ってるんだもん」
「ありえねえ……そんな訳ねえだろ?ははっ、それじゃあミシェルの今までの態度は全部作り物とでも言うのか?」
「今更気づいたの?」
そのアビアの口調は強く、既に顔からはいつもの笑顔が消えていた。
アビアは嘘を言っている……そう思っていた甲斐斗だったが、アビアのその真剣な態度に見る見る表情が曇っていく。
「そう、第1MGは最初からそのつもりだよ。甲斐斗に見せてた笑顔の裏はね。軽蔑して、罵って、嫌って、早く消えて欲しい……そう思ってたんだよ?」
「ありえねえ……」
「本当姑息で汚いよね、それなのに甲斐斗にいつもべったりついてきてさ、『私を守って』ってアピールしてるんだもん」
「死ねばいいのに」
そう言って冷たい視線をミシェルに向けるアビア。
話を聞いていた甲斐斗は既に放心状態に陥り微動だにできず、立っているのもやっとだった。
「ありえねえって……」
自分の心臓の鼓動が大きく感じ、段々と速さが増していくのが甲斐斗自信にもわかった。
アビアの言っていることが嘘偽りなく、全て真実なのだとしたら。
甲斐斗はミシェルの手のひらの上で踊らされていたことになる、なるが……今までのミシェルとの思い出が全て作り物だったとは未だに甲斐斗には思えなかった。
神、そうだ。神の存在はどうなるというのだろう。
あの時の『観察者』はあの時の『ミシェル』は何だったというのか。
あれも全て演技だったというのか。あのまま神が甲斐斗に勝てていればそれで良い、もし負けそうになればまた甲斐斗と側に近づき力を封じて死を待てばいい、と……。
「あえりえない……」
だがもし、神との戦いでMGの思惑通りに進めば甲斐斗とミシェルの仲は絶対に切れない絆が生まれるはず。
そうなればもう甲斐斗の矛先がミシェルに向くことは無い、例えミシェルが甲斐斗の力を抑えていると知っていても、甲斐斗はミシェルを傷つけないだろう。
ミシェルの本心で、力を抑えられていると知るまでは───。
「第1MGにとって最大の脅威はERRORでも人間でもない。甲斐斗の持つ……最強の力なんだよ」
「アビア」
そう一言呟いた甲斐斗は、肩の力を抜き脱力した状態で俯いていた。
「ははっ……お前の話……どこまでが本当なんだ……?」
そんな甲斐斗の問いを、アビアは笑顔を止めて小さく呟き答えた。
「甲斐斗。全て真実だよ」
初めてミシェルに出会った時。甲斐斗は運命というものを感じた。
自分の名前も知らないか弱い不思議少女。甲斐斗が咄嗟に考えた名前を気に入ってくれて、いまではそれが本当の名前かのように呼んでいる。
そしていつの日かその少女が第1MGだという事を知る。
最初は戸惑っていたが、MGだろうとなんだろうと関係ない、ミシェルには生きる喜びを教えると言ったのだから。今まで通り二人は接する事が出来ていた。
「ん……そうか」
可愛くて優しくて健気なミシェル、戦いに疲れ寝ている時、いつもミシェルが側に来て添い寝してくれた。
たった数ヶ月の期間だが、甲斐斗とミシェルとの思い出は今では数え切れない程存在する。
そしてこれからもその思い出は、時間と共に増えていくはずだった。
───アビアの返事を聞いた瞬間、甲斐斗は顔を上げると右腕を伸ばし瞬時に黒剣を出現させた。
だが、その黒剣はいつもの剣と違ってい剣全体から異様な黒い光を放っている。
「ック、ククク…ふふ、あひゃ、あひゃひゃひゃひゃッ!!」
笑みを浮かべ赤い瞳を光らせる甲斐斗は先程とはまるで雰囲気が違い、変貌していた。
その変わり様にその場にいた誰もが困惑すると、すかさず愁が神楽と赤城の前に移動する。
「信じては駄目だ甲斐斗さん!あの人の言っていることは間違っている、正気に戻ってください!」
間違いない、黒剣を握り締めた甲斐斗がこれから何をしようとするのか。
それを推測するには余りにも簡単で容易だ、その剣先が振り下ろされるのは、ミシェルしかない。
「貴方が一番よく知っているはずだ!ミシェルが貴方にそんな事するはずがない、それに甲斐斗さんだって───」
違う。今自分の目の前に立っているのは、愁が知っている甲斐斗ではない。
異質な雰囲気を放ち、甲斐斗の背後からは黒い殺気のオーラが溢れ出している。
そしてその赤く光る瞳はもはや人間のものではない、それこそ悪魔、魔神に等しいものだった。
「甲斐斗……さん……?」
人間じゃない。愁がそう思った瞬間、突如甲斐斗は愁との距離を縮め懐に入ると、右足を振り上げ愁の腹部を蹴り上げる。
「ぐがっ───!?」
吐血が甲斐斗の顔にかかるものの、甲斐斗は表情一つ変えず今度は左足を振り上げ愁の頭部を狙った。
すかさず愁は右腕を振り上げ甲斐斗の蹴りを防ごうと身構えたが、甲斐斗の足が愁の腕に触れた途端軽々と蹴り飛ばされ格納庫の壁に叩きつけられた。
「かはっ……」
EDPで既に力を使い果たしていた愁に、今の甲斐斗を止められる事はできない。
それ所か甲斐斗は衰弱していたはずなのにEDPでは感じられなかった程の『力』を感じる。
「ひゃひゃヒャひゃヒャッ!あアァぁあ?魔法ガ使エるぐらイで調子乗ってンじゃネえぞ餓鬼がァ!?」
壁にもたれ掛かり動く事の出来ない愁に言葉を吐き捨てる甲斐斗、その様子を見た神楽は一歩後ろに下がると、動揺している赤城の前に静かに立った。
「あひゃひゃひゃ!友ジョウ?あイ情?ンなもんで世界ヲ変エるダぁ?結局ダレも救エてねえジャねえかァッ!?あおイ?エコ?シャイラ、アリス!?お前ハ救エたのかァ!?アひゃひャひゃ!」
今まで溜め込んでいた感情を爆発させるかのような甲斐斗の発言。
その甲斐斗の言葉に悔しさが込み上げるものの、今の愁には何も言い返せない。
たしかに救えなかったのは事実。しかし、それでも愁は明日の為に立ち上がり、戦い続けている。
「救エネえ『力』に価値はネえヨッ!ひゃひゃヒゃ!!」
そう言うと甲斐斗は再びミシェルの方に顔を向けるが、前方に立っている神楽のせいでミシェルの姿が見えない。
甲斐斗を止めたい、そしてミシェルを殺させたくない。その思いで甲斐斗の前に立った神楽だが、もう一つ理由はある、こんな甲斐斗の姿をミシェルに見せたくなかったからだ。
「ドけよ神楽ァ、オ前の望み通リ、過去ニ戻って世界を変エてきテやるんだゼぇ?」
そのどす黒いオーラは神楽にもハッキリと見える、先程から足の震えが徐々に増していくのが自分でもわかっていた。
「ええ、でもね甲斐斗。もし貴方がその剣をあの子に振るえば、必ず後悔するわよ……!」
それでも神楽は強い眼差しで甲斐斗を見つめ訴えた、自分の言葉で今の甲斐斗を変えられることを信じて。
「アヒゃヒゃひゃ!後悔ダぁ?ソウだなァ、最後の最後デ剣を振らなカった事ニ後悔するかモなァ!」
もはや今の甲斐斗に言葉は通じないのだろうか、それでも神楽は甲斐斗の前に立ち塞がり一向に動こうとしない。
すると、後ろから肩に手を置かれ過剰に反応してしまう神楽。すぐに後ろに振り向くと、そこには落ち着いた様子の赤城が小さく頷いた。
「大丈夫だ神楽、心配ない。道を明けてやってくれ」
赤城から恐怖などが何も感じられない……神楽はそんな赤城の態度と言葉に無意識に甲斐斗の前から離れてしまった。
そして、とうとう赤城とミシェルの目の前にまで近づいてきた甲斐斗。
赤い眼光、鋭い眼差しがミシェルに突き刺さると、ミシェルは目から涙を零しながら大きく体を震わせ赤城にしがみ付いていた。
「ミ゛シェル……よクもテメエ、俺様を騙シやガったナァ……」
「あ、う…ああ……っ……」
恐怖の余り喋ることすら出せないミシェル、そんなミシェルの頭にふと赤城の手が乗ると、ミシェルは驚いた様子で顔を上げた。
そこには焦りも緊張もしていない、普段通りの赤城が薄らと笑みを浮かべ見つめてくれている。
「ミシェル、甲斐斗を見てやってくれ」
そう言うと赤城は視線をミシェルから甲斐斗に向けると、甲斐斗は右手で握る黒剣を強く握り締め口を開く。
「俺ガ今まデどんな思イデお前を助ケてきたノかァ、ワかッてンのカァ?……今かラでもイイ……俺ノ力を解キ放て、大丈夫ダぁ……ソウすレば殺シはシネエ……」
甲斐斗がそう言うものの、ミシェルは先程から怯え震え泣くことしかしていない。
「かいとぉ……こわい゛よぉっ!……うぅっ……」
明らかにミシェルは甲斐斗に怯えている。今まで自分に暖かく接してくれて、助けてきてくれた甲斐斗が今では剣を片手に自分を殺そうとしている。
そこに立っているのは悪魔でしかなかった、邪悪な力を持った、悪魔……。
ミシェルの体は恐怖で硬直しもう走って逃げる事もできない、必死に赤城にしがみ付き何とか立っているような姿だった。
しかし対称的に赤城はしっかりと甲斐斗を見つめその場に立ち止まっていた。
「ミシェル、どうして甲斐斗が怖いんだ?」
「えっ……?」
赤城の言葉にミシェルが反応するが、目の前に立っている甲斐斗からの邪気は更に増し続けている。
「ソろそろドイてクれねえか赤城ィ、邪魔なンダヨォ……マとめてブッ殺スゾ……?」
脅しでも何でもない、ただ邪魔だから殺す。既に甲斐斗にとってはこの場にいる人間など眼中にないのだろうか。
「ああ、かまわん」
本来なら誰もがその場から逃げるに違いない。それなのに赤城はその場に留まったままじっと甲斐斗を見つめたまま視線を逸らさない。
「アヒゃひゃひゃ!ワカったァ、安心しロ、一瞬で殺シテやル。別にイイだロ?俺様ガ過去に帰リゃあ全テ済むンだからヨォッ!ひゃヒゃひャヒゃッ!!」
だが甲斐斗もまた赤城の態度に困惑することもなければ、言うとおりに右手に握り締める巨大な黒剣を振り上げ、赤城とミシェル目掛けて簡単に振り下ろした。
「赤城!?お願い早く逃げてッ!!」
「駄目だ……赤城さん、早く逃げ……っ……」
その思いもよらぬ赤城の行動に神楽が声を上げる、愁も起き上がろうとしながら必死に腕を伸ばし逃げるように伝えるが、赤城は一向に逃げる様子も、剣を避ける気配も無い。
「嫌ぁああああああ────!!」
殺される。神楽も愁も、その場にいた兵士達は皆そう思った。
愁は手を伸ばしたまま目を見開き、神楽は腰が抜けその場に座り込んでしまうものの、赤城に手を伸ばし最後まで赤城を逃がそうとした。
───神楽の悲鳴の後、格納庫内は静寂に包まれていた。
誰も声が出せず、目の前に広がる光景をじっと見つめたまま動けない。
「ミシェル」
赤城の声にミシェルが赤城の方に顔を向けると、赤城は前を見つめたまま言葉を続けた。
「目は瞑らなかったか?」
その赤城の問いにゆっくり頷いてみせるミシェル。
「しっかり見ていたな?」
今度は力強く何度も頷くと、赤城はミシェルの頭にそっと手を乗せ優しく頭を撫でた。
「そうだ、それでいい。そして分かってやってくれ、甲斐斗という一人の男を」
甲斐斗の振り下ろした剣は、赤城の頬に触れる寸前で止められていた。
それを見て赤城は一歩前に出ると、腕を伸ばし甲斐斗の頬をそっと手の平で触れた。
「甲斐斗が、私やミシェルを殺すはずがないだろう?何も心配することなど無い」
そう言って赤城が笑みを見せた瞬間。甲斐斗は驚くように後ろに下がると、左手で自分の頭を抑え俯いてしまう。
「ソう、ダヨね……!」
ヨロヨロと体を揺らし、足元が覚束ないものの、ゆっくりと赤城から離れていく甲斐斗。
「僕ハ、ボくは……っ……」
そのまま背を向けると、剣を引きずりながら一人東部軍事基地の中へと姿を消していく。
それからすぐに神楽が起き上がると、赤城の前に立ち両手で肩を掴み前後に大きく揺らした。
「バカっ!何であんな危険な事するのよ!」
「危険?いいや、私はそうは思わなかった」
この場にいたただ一人赤城だけが甲斐斗の見方が違っていた。
周りからは魔神だの悪魔だの恐れられる甲斐斗だが、赤城にはいつも一緒にいる甲斐斗にしか見えなかった。
だがいつもと違うのは、今の甲斐斗を見ていると心の奥から悲しさが自然に込み上げてくること。
「私は甲斐斗を信じている、それだけだ」
そんな赤城の言葉に、神楽は唖然としていたが、何かを悟ったかのように赤城の方から手を離す。
「甲斐斗が心配だ……私は先に基地に行って甲斐斗を探してくる」
「ええ、でも気をつけて赤ちゃん。今の甲斐斗は危険よ……」
神楽の言葉に赤城は頷くと、自分の体に引っ付いているミシェルをそっと体から離しミシェルの手を取ると、神楽の手を握らせ後ろに振り向き一人東部軍事基地へと向かって行く。
「あーあ……」
その一部始終を見ていたアビアは、つまらなさそうな表情でその場にいた神楽達を見つめていた。
すると視線を感じた神楽はそのふてぶてしいアビアの態度に苛立ってしまう。
「貴方ね、自分が何を言ったのかわかってるの!?」
「甲斐斗が話せって言ったから話しただけだよ。アビアは何も悪い事してないけど?」
「嘘もいい加減にしなさいよ。これ以上甲斐斗を惑わす事は言わないで……」
「……じゃあ嘘って思ってればいいよ?別にアビアはそれでもいいもん」
甲斐斗以外は眼中に無いのだろうか、アビアはそう言い残し甲斐斗の向かった基地へと歩いていこうとした時、ふと愁がアビアの前に立ち塞がる。
「今のでハッキリと分かった。ミシェルは甲斐斗さんを恐れているんじゃない、甲斐斗さんの持つ未知の力、魔神の……『最強の力』を恐れているだけだと」
「んー、さぁ、それはどうかな~?第1MGは甲斐斗の力を封じているだけであって魔神の力を封じている訳じゃないんだけど」
「やはり……甲斐斗さんの持つ力と魔神の持つ最強の力は別物と思ってもいいわけですね」
「……第1MGから見れば一緒のようなもんだけどねー。貴方は最強を知らないからそんな態度かもしれないけど、『最強』がいかにすごい存在かわかってるの?」
アビアに言われてみたものの、『最強』とは何なのかを考えた事もなかった愁。
そんな愁の様子を見てアビアは溜め息を吐くと、愁を見つめながら人差し指を愁の頭に指し口を開いた。
「想像してみなよ。例えば甲斐斗と、もう一人別の人間がいて、素手同士で戦わせる。すると甲斐斗が勝ち残るよね?そこに今度は機関銃を持った人間と勝者を戦わせる。結果はどうなるか、普通は機関銃を持った人が勝つと思うけど、最強の存在の甲斐斗はこれに勝つ」
甲斐斗なら素手や機関銃相手になら最強がどうこう以前に余裕で勝てそうな気もするが、愁は黙ってアビアの言葉を聞いていく。
「じゃあ次、今度は国一つを滅ぼせる程の力を持った存在と甲斐斗を戦わせる。結果はどーなると思う?簡単だよね、甲斐斗の方が強いんだから甲斐斗が勝つ」
「国一つ……?」
次にアビアが甲斐斗と戦わせたのは、国一つを滅ぼせる程の存在だった。
これは先程までの相手とは遥かに強さが増しているのがわかる、そもそも国を一つ滅ぼせる存在といったらどんな力を持っているのか、愁には想像もつかない。
「じゃあもっと上に行こうか、惑星を一瞬で消せる程の存在と甲斐斗が戦う。結果は……言わなくてもわかるよね」
今度の例えもまた格段に甲斐斗の敵の強さが増す、が……惑星を消す程の存在と効いても、愁はいまいち理解できない。
兵器や魔法等を使って消すという意味なのだろうか、だとしても、そんな存在が甲斐斗と戦えば普通は甲斐斗が負けるはずだが……。
「それでも甲斐斗さんが、勝つと言うんですか……?」
「当たり前じゃん。『最強』なんだから。後はそれを延々と繰り返していくといいよ」
延々と繰り返す。つまり今度はその惑星を消せるほどの者より、更に強い者と甲斐斗を戦わせるということになる。だがこれにも甲斐斗は勝つのだろう、とすれば、今度は先程戦った者より更に強い者を戦わせる必要がある。
延々と想像してみてほしい、限界が来るか?想像する人間の脳に限界があるだけで、『最強』に限界は無い。
「神なんて簡単に超越してるんだよ。貴方達みたいな底辺の存在である『人間』が想像できるわけないんだけどね」
一瞬だけ、愁を見つめていたアビアの瞳の色が変化していた。
ただ愁が瞬きをすると、またいつもの瞳の色に戻っており相変わらず笑みを浮かべて立っていた。
「それじゃ、アビアはもう行ってもいいかな?」
「……はい、でも甲斐斗さんの所には行かないでください」
愁を避けて一人基地に歩いていくアビアだったが、愁の最後の言葉に足を止めると軽く後ろに振り向いてみせた。
「どーして?」
「今は赤城さんと甲斐斗さんを二人っきりにさせてあげたいんです。それと、もしよければアビアさんからもっと話しを聞きたい、ミシェルや甲斐斗さんの事、そして貴方自信についても……!」
アビアの正体、これが一番の謎と言えるかもしれない事に愁は気づいていた。
しかしそれだけでアビアの話を聞きたいと思っている訳ではない。
何故甲斐斗と行動を共にしたり、先程のような話を甲斐斗にしたのか、一体何を考え、何の為に動いているのか。愁は知りたかった。
愁は後ろに振り向きアビアの返事を待った、だがアビアの方はまるで愁の心境を見透かしているかのような不適な笑みを見せると、前に向きなおし愁から目を逸らす。
「欲張りすぎは身を滅ぼすよ?ほどほどがいいってーこういう話は……それに、後はどーするかは甲斐斗次第だもんね。甲斐斗の所にはまだ行かないよ、アビアは一人でゆっくり待つとするよー」
そう言って一人基地に向かって歩いていこうとするアビア。
「待ってください!」
だがまた愁に呼び止められ、小さな溜め息を吐いた後めんどくさそうに振り向いた。
「もぉー、なにー?」
「貴方は甲斐斗さんの本当の力が見たいと言っている。それなのに何故貴方はミシェルに手を出さないんですか!?貴方の力なら簡単なはず……!」
たしかに、それだけ知っているならアビアがすぐにミシェルを殺せばいいだけの話。
アビアの持つ力なら一瞬でミシェルの命を奪えるだろう。しかしアビアは未だミシェルを殺しておらず、ずっと甲斐斗の行動を見ているだけだった。
甲斐斗の力に拘るアビア、それなのに何故……。
神楽も愁と同じ事を思っていた。二人は無言でアビアを見つめ答えを待っていると、アビアはまたいつものように笑顔を見せて答えた。
「MG殺して……それで甲斐斗は、アビアの事を好きになってくれると思う?」
「えっ───」
愁の思っていた答えとはまるで違っていた……これが、アビアがミシェルを殺さない理由なのだろうか。
時分が求めてきた答えよりアビアは今、甲斐斗の気持ちを優先している。
その一途な思いを知って愁は再認識させられた、この女性もまた一人の人間であり、本気で甲斐斗を愛しているのだと。
「……じゃ、ばいばい」
そしてアビアは行ってしまった、今までアビアとの会話をしたことがなかった愁にとって、アビアがどのような人物なのかが大体分かってきていた。
「アビアさん、貴方はどうしてそこまで……ん?」
ふと時分の足元に視線が下りると、先程までアビアが立っていた場所に一冊の本が置かれていた。
まるで新品のように傷や汚れは一切見当たらない綺麗な本……こんな場所に落ちていなかったはず……そう思いながら愁は本を手に取ると、無意識に本の1ページを捲っていた。
そこにまず描かれていたのが、両面のページを使って盛大に書かれた宮殿の全体図だった。
普通に見てみればただの宮殿の図だろう、だが愁は宮殿の壁に描かれていた記号を見て顔色を変えた。
「どうしてこの記号が……」
宮殿の壁に描かれていた記号、それは以前甲斐斗と戦った神の表面に無数に刻まれていた記号と同じものだった。
そして更に次のページを捲った時、愁はそのページに描かれているものを見て目を見開いた。
宮殿の正面が描かれた図、宮殿の正面には巨大な門が聳え立っているが、その門にはある物が描かれていた。
大きく、巨大な剣……それはまさに、先程甲斐斗が握っていたばかりのあの黒剣の絵だった。