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第105話 真、降臨

───「これがELBの威力……人間の扱える代物じゃないわね……」

ELBの起爆後、ERRORの猛攻を受けながらも何とか爆発範囲内から離れる事に成功した羽衣。

その機体の操縦席では神楽が状況を確認しようとするものの、辺り一帯の地域は強力な電磁派によりあらゆるレーダー装置が正常に機能せずにいた。

そして……羽衣の内部にある部屋、その空間にいた兵士達はELBの爆発の振動で壁に縋りより必死に耐えていたが、揺れが収まると皆体の力が抜け横たわっていく。

一つの歓声も、喜びの声も出やしない。ELBが起動したということは、この戦場で人類は勝利したというのに、誰一人笑みを見せるものもいなかった。

「あの、すいません」

ミシェルを抱き締めながら壁にもたれかかる赤城の前に、一人の青年ロアが現れた。

「戦いは……終わったんですか……?」

ロアの質問に赤城は顔を上げるが、また顔を下げると口を開く。

「終わったはずだ。ELBの起動はERRORの敗北を意味する……神楽、聞こえるか?」

その赤城の言葉に、何処からとも無く神楽の声が部屋の中から聞こえてくる。

『ええ、聞こるわよ。今の状況が知りたいんでしょ?』

恐らくこの場にいる者全員がそうだろう、今戦場は、どうなっているのか。

『戦場はELBで何もかも消し飛んだわ、恐ろしい光景よ……あと、残念だけどELBの影響でレーダーは使えないの。まぁ、これ程の威力なら生き残った兵士もERRORも皆いないわね』

「甲斐斗は……愁はどうなった?葵とエコだって、今どこにいるかわからないのか?」

『あの子達を信じるしかないわね。一応辺りを探してみようと思うけど───』

その時、ふと神楽達の乗る羽衣が揺れた気がした。

地震?いや、地上から浮いている羽衣には通じない。

また揺れる、響いてくる、何度も、何度も機体を揺らしていくその振動は徐々に大きくなり始めていた。

「なっ、この揺れは何だ……」

ズドン、と。何度も何度も、まるで何かを打ち付けるような轟音が聞こえてくる、だがこの音の正体は赤城達にはわからない。

だが神楽は見てしまった、この音、そして振動の正体を。目を開けたままただ見つめ続ける神楽、その光景にを前にして視線を逸らすことができなかった。

『うそっ……何よ、これ……』


───空気、空間を伝ってくる衝撃。その音のする方を見れば、振動が地上を伝い地面を裂き、空気がまるで震えるかのように波が見える。

そして、そこに奴はいた。

巨大な赤く四角いERRORを、ただひたすら左右の拳で交互に殴り続けるアストロス・アギトの姿が。

何度も、何度も、何度も、アギトは決して諦める事なく、その偉大な拳を思う存分ERRORに叩きつけていく。

「砕けろ、砕けろっ、砕けろッ!砕けろッ!!砕けろぉッ!!」

微動だにしないERROR、だがその時、一本の小さな亀裂がERRORに入ると、次々に小さな亀裂が拳の衝撃で広がっていく。

勝てるッ!何の抵抗も見せないERRORだが、それなら全力で殴らせてもらうまでのこと。

「トドメだ!」

渾身の力をアギトの右手の拳に込め、勢い良く振りかぶった巨大な拳は更に巨大な衝撃波を発しながらERRORに直撃した。

亀裂は表面全てに達し、最後の一撃と共にバラバラに砕け散っていく。

赤い破片が飛び散り、原型が崩れていくERROR。それは愁の目にもはっきり見えた、一つ一つの欠片が宙を舞う光景を。

そして、その破片が全て液体になるように丸みを帯びると、一瞬にして欠片同士が引かれあい合体していく現実を。

「なっ!?」

アギトの目の前にいたERRORは四角く、たしかに砕け散ったはずだった。

しかし数秒後には、丸みを帯びた液体のような形になっており、その表面は柔らかそうに波をたてている。

「液体化に再生能力!?くそっ!」

もう一度、アギトは拳を大きく振りかぶると、先程と同じように右腕の砕く拳をERRORに叩き付ける。

すると拳は簡単にERRORの体内に入り何事も起こらない、まるで血溜まりの中に腕を入れただけかのように、何の変化も起きない。

衝撃が全て吸収されている。次々に拳を繰り出すアギトだが、その拳は全て液体になったERRORの前には通用しなかった。

蹴り、拳も、幾ら高速で殴っても、液体化したERRORにダメージは与えられず、少し液体が飛び散ろうともまた引かれあい合体していく。

(考えろ!どうすれば、どうすればいいんだ……ッ!?)

液体化したERRORが突如形を変えていく、そしてアギトの前にはまるで金槌のような形になったERRORが立っていた。

……今まで一番大きい衝撃、そして轟音が辺りを吹き飛ばすかのような勢いで波動が伝わった。

赤い金槌は振り下ろされていた、それも地上に亀裂を走らせ、地面をへこませる程の強力な勢いで。

ゆっくりと振り上げられる赤い金槌、叩きつけられた場所には、間接の方向が見るも無残に曲がり機体の所々に亀裂の入ったアギトが横たわっていた。

目を開けたまま閉じられない愁、全身の筋肉が硬直し体を動かす事はおろか、思考すら覚束ない。

「あ、あ……」

今まで体験した事の無い感覚。この危機的状況に置かれた愁は、何とかERRORの攻撃を避けようと機体を立たせようとするものの、ERRORの攻撃は容赦なく続いた。

何度も、何度も、何度も。赤い血のような金槌がアギトに向けて振り下ろされる。

その時、一本の青白いレーザーが金槌の側面に直撃すると、軌道が僅かにずれアギトの真横に落ちた。

『しっかりしなさい!何なのよアレ……まさかERRORだとでも言うの?』

羽衣の攻撃、その隙に愁は何とか機体を立ち上がらせると出力全開で一気にERRORから距離を取る。

全身が痛い……それも意識が遠のいてしまうほど。

顔から何か違和感を感じる、下を見れば自分の足元に血が滴り落ち、咄嗟に頭に触れるが流血しているものの滴り落ちてはいない。

ぽたぽたと、愁の鼻から血が滴り落ちる。それに気づくと愁は少し鼻を押さえると顔を上げ正面を向いた。

「は、はい……あれは間違いなくERRORです……。それに、あのERRORの女性がそう言っていました、オリジナル、と」

『オリジナル?まさか、あのERRORが親……』

赤い金槌の形状を保っていたERRORは、アギトが離れるとすぐにまた液体状に戻りはじめる。

「神楽さん、あのERRORに物理的な攻撃が効きません。ですが時間を稼ぐ事なら可能なはず。その間にバリオン砲の準備をしていてください」

愁は一度見た事がある、羽衣が放つあの大都市すら一撃で無に変えた力を。

幾ら再生能力を持つERRORとてあの攻撃に耐えられるとは考えにくい。

『……その間に貴方が死なない保障はあるのかしら?』

「死ぬ気はありません、それより早く準備を───」

愁も神楽も、戦いに集中していなかった訳ではなかった。このERRORに勝つにはどうすればいいか、今それを必死に考えている。

だがその時生まれた小さな隙が、戦場では命取りになる。

液体化したERRORが、突如猛スピードで羽衣へ近づいてくる。それも、まるでガラス板の上を水滴が滑るかのように速く。

『あら、私を先に狙うなんて賢いわね……!』

羽衣がERRORに両手を向けると、手の平から巨大なレーザーを砲を放ち忽ち接近してくるERRORを飲み込んだ。

『でもただ真っ直ぐ進むだけじゃ、賢いなんてやっぱり言えな───っ!?』

レーザー砲を撃ち終えた後、何事も無かったかのようにERRORは滑るように羽衣まで接近していた。

このままではまずい……。すぐにでも羽衣はERRORから離れようとしたが、今から後退したのではあのERRORの速度ではすぐに追いつかれるのは目に見えている。

「俺が止めるッ!」

何とか間に合いERRORの前に立ち塞がるアギト、右手の拳を振り上げ、ERRORが目の前に来た瞬間振り下ろす。

が、ERRORは何事も無くアギトを飲み込んだ後、そのまま通り過ぎていく。

「え……?」

液体化したERRORの前に成す術もない、1秒も、一瞬もERRORを止められず、振り向けば羽衣のすぐ目の前にまでERRORは接近してきていた。

死ぬ……レーザー兵器も打撃も通用しないERRORに、殺される。

「また俺の目の前で、人が死ぬのか……?」


───その時だった、一本の黒い物体が上空から落ちてくると、液体化したERRORを貫いた。

羽衣に触れるその手前にまで来ていたERRORが、何かに刺さったのを反応して暴れ始める。

だが幾ら動いてもERRORはその場から動けずにいた、その隙に羽衣は後退し、何が起こったのかわからないアギトは蠢くERRORを見たまま立ち尽くしている。

突き刺さった物体、愁はそれが何なのかをようやく理解した瞬間、一体の機体から通信が繋がった。

『おい……愁ぅ……』

モニターに映し出された甲斐斗、だがその姿は余りにも痛々しく、弱々しいものだった。

力強く自分の胸を手を当て、苦しそうに呼吸をしながら何かに耐えているかのように表情を歪ませる。

「甲斐斗さん!?まさかあれは、貴方の剣で……」

愁の思った通り、ERRORの動きを止めていたのはあの甲斐斗の持つ黒い剣だった。

だがまだわからない事がある、アギトが直接触れて止められなかったERRORを、何故甲斐斗の剣で止められたのか。

ERRORの体諸共黒い剣は地面に深く突き刺さっており、まるでそのせいでERRORは動けないような状態。

一体甲斐斗が何をしたのか、それを聞こうとした時、甲斐斗は苦しそうに両手で頭を押さえると俯き唸りはじめた。

『ぐっ、くう……クソッ、あの、糞化物、がァ……!』

立ち上がる魔神。足は既に吹き飛んでいたはずだというのに、目に見える程の再生能力で魔神は再び元の姿に戻ろうとしていた。

蠢いていたERRORも、その魔神の再生に気づくと、刺さっていた剣を地面から抜き取り吹き飛ばすと、また滑る程の勢いで魔神に接近していく。

『この俺様を、誰だと思ってやがる……?』

魔神が手を出した瞬間に吹き飛ばされたはずの黒剣が手元に現れ、それを握り締めた魔神もまたERRORと同様に走り寄っていく。

『最強だ。俺は、最強の男、最強なんだよ……てめえみたいな化物如きが、この俺様に勝てるわけねえんだよぉおおおおおおッ!!』

甲斐斗の叫び声と共に、魔神は黒剣を大きく振り上げERROR目掛け振り下ろす。

するとERRORは魔神の振り下ろした剣に触れないように自らの液化した肉体の形状を一瞬で変形をさせ、魔神が振り下ろした剣は何にも触れる事無く地面に突き刺さる。

『ぐッ!?』

そしてERRORは、まるで魔神を取り込むかのように液化した肉体を大きく広げ魔神を包み込もうとしていた。

「甲斐斗さんッ!!」

間一髪、飛び込んできたアギトが一瞬にして魔神を捕まえその場から離れERRORとの距離をとる。

二人とも息が荒く、意識は朦朧としていた。だがそれでも、今目の前にいるERRORとの決着をつけなければならない。

どうする……液体化したERROR、拳は効かず、レーザー兵器も通用しない。だが、甲斐斗がいつも使っていたあの剣はERRORに効いていたはず……。

「教えてください。あのERRORには攻撃が効きません、ですが甲斐斗さんの剣はたしかにERRORの動きを止めていました。……奴に勝つには、甲斐斗さんの剣が必要なんですか……?」

『……レジスタルだ』

「レジスタル?」

愁にとっては聞き覚えの無い言葉だが、通信を聞いていた神楽には理解できた。

光学電子磁鉱石、機体の燃料であり原動力を作る物体。そしてそれは、人間から生み出される物……。

『光学電子磁鉱石の事だ。これを使えば奴に攻撃が通用する……お前、魔法使えたか?』

「い、いえ。俺には……」

『じゃあ無理だ。今すぐ羽衣と共に引け』

余りにも呆気ない結果に、愁は歯を食い縛り操縦桿を強く握り締める。

当たり前だ、ここまできて魔法が使えないなら戦えないなどと、そんな事を言われても納得がいかない

「なっ……俺には、何も出来ないんですか!?」

何か、何かあるはず。そう思い甲斐斗に聞こうとするものの、甲斐斗は冷静な面持ちで愁を見つめていた。

『仕方無えだろ……それにな、俺とERRORとの戦いは、まだ終わっちゃ……っ……』

いない……これからまたERRORと戦い、そして勝つ。

それが甲斐斗の描いていた未来の図だった。だが現実は、そんなちっぽけな未来など知りもしない。

『……あ?』

見えない。目の前が霞み、今まで広がっていた光景がおぼろげになっていく。

『おいおいおい、おい。ンだよこりゃ』

少し慌てたものの、甲斐斗は小さな笑みを見せて目元を擦るが、それでも視界が元に戻る事はない。

段々と焦り始める、何度擦っても何度擦っても、視界は白くぼやけハッキリ見えてこない。

「甲斐斗さん……?」

甲斐斗の不振な行動に愁が声をかけるものの、甲斐斗の呼吸は更に荒く加速していく。

こんなに、こんな大事な時に、体は悲鳴を上げ、目は霞み、侵入され、少しずつ、消えていく。

甲斐斗の力、生命力、魔力が……まるで込み上げてこない。

『だ、だからどうした……俺は……負けねえ……!』

再び剣を握り締める魔神、今度こそ確実に攻撃を当てる。そう思い剣を構えてみせたものの、その魔神の姿に愁は愕然としていた。

ERRORに背を向け剣を構える魔神……既に甲斐斗には、どこにERRORがいるのかすらわからなかった。

これが、こんな姿が、本当に最強と言えるのか……今の甲斐斗には、何の力も感じられない。

このまま戦いが続けば、確実に魔神は、甲斐斗は───死ぬ。

その時、二人の操縦席に神楽の声が響いた。

『───甲斐斗!愁!今すぐ引きなさい!バリオン砲を発射するわよッ!!』

「っ!了解ッ!」

神楽の声に愁はすぐさま機体を走らせ魔神を捕まえると、全速力でERRORから離れ始める。

肝心のERRORの方は、離れる魔神を確認した後、遠くの方から攻撃態勢に入っている羽衣の元にまた滑り寄りはじめる。

『最大出力は撃てなくても、あのERROR一匹掻き消すぐらいの威力なら……ッ!』

エネルギーはまだ完全に集まった訳ではない、だが出力を最大に出来る程の時間の有余など1秒も無い。

羽衣の胸部に集う何千もの黒い稲妻、球形に圧縮されていくその黒き雷電を放つ空間を、目の前に迫ってきているERROR目掛けて解き放つ。

『貴方達の負けよ!消えなさい!!』

引き金は引かれた、羽衣の胸部から放たれたバリオン砲は真っ直ぐERRORの元に向かって行く。

直撃すれば勝利は望みから確信へと変わる。これで今度こそ、この戦いに決着を着けるッ!

アギトがERRORのいた場所から走り去る間からもそれは見えた、バリオン砲がERRORに向けられて放たれそしてERRORがいとも簡単に飲み込まれていく光景を。

「よしッ!」

思わず右手で小さくガッツポーズを取る愁、見ればERRORは一瞬にして飲み込まれると、周囲にあるもの全てを引き寄せて凝縮されていく。

その間にERRORは何もする事が出来ない、苦しむかのように色々と蠢き逃げようとするものの、バリオン砲の前に成す術は無い。

『そう、これがデルタの力。直撃すれば最後、消し炭すら残させはしないわ』

それ程にまで神楽は羽衣の攻撃に絶対的な自信があった。それは愁も同じ、今広がっている光景を見れば勝利も確信へと変わる。

……だが、もしもこの一撃にERRORが耐え抜いたらどうなるか。それも脳裏の何処かには考えていた。

考えにくいが、万が一の事もある。最悪の場合だって想定しておかなくてはならない。

そして、それは神楽も同じ。絶対的な自信を持ちつつも、心の奥底では恐怖が微かに滲んでいる。

それでも撃ち、勝ち、勝負を決するしかない。これが最後の切り札とも言えるものなのだから───。


───バリオン砲が全て吸い込み、全て吹き飛ばす。

強烈な波動が辺りの大地を裂き、空間を捻じ曲げる程の速い勢いで衝撃波が拡散していく。

その衝撃波は羽衣、アギトにも伝わるものの。二機は決して後退することなく、ある一点を集中して見つめていた。

愁、神楽もまた息を呑みじっと見つめ続ける。そこに、『ERROR』は存在するか、しないか……ただそれだけを確認する為に。

「……終わり……ましたね」

その現実をもう一度再認識し、確認する為に愁はあえて一言言葉を漏らした。

もうそこに、あの赤い物体は、ERRORは……消えてなくなっているのだから。

ERRORはいない……それが確認できても神楽の緊張が未だに体を硬直させている、それを紛らわせようとするかのように震える手でポケットから煙草を取り出すと、火を付け吸い始める。

『ええ、終わったわね……』

終了。

戦いは終わった、それは勿論ERRORの敗北、人類の勝利という形で。

多くの犠牲を払いそれでもERRORに勝つ事が出来た、人類は掴みつつある、平和な世界を。

そうやって人間は勝手にそう思い込んだ。

勝手に戦いは終わったと判断して。

勝手に勝ったと判断して。

勝手に安心して。

勝手に絶望へと落ちる。

戦き、思考が停止して、現実との区別がつかなくなる。

目の前の光景に言葉も出ない、抵抗する気すら起こらない。


───バリオン砲の直撃後……一滴の赤い液体が地上に落ちた。

その瞬間、瞬く間に液体は膨れ上がり形を整えていく、たった一滴の液体が、百メートルを軽く超える程の大きさに。

そして気づく、今までの丸い形ではない、また新たな形にERRORが変形している事に。

その見覚えのある赤い液体、『ERROR』の姿、形は。人類滅亡に相応しいものだった。

『赤い羽衣』液体化してあるERRORが綺麗にその機体の姿を真似て作り完成させる。

そして赤い羽衣の両腕を前方に突き出すと、胸部から出てきた赤い剣、その剣先に何百、何千もの稲妻が走り始めた。

その行動が何を意味するか……分かったにも関わらず、もうどうする事もできない。

『嘘よおぉッ!!ありえないッ!ありえないぃッ!!』

神楽が加えていた煙草は簡単に足元に落ちると、目の前の機器に両腕を何度も振り下ろし必死に叫び始める。もう神楽には、ERRORの意味がわからなかった。

吹き飛んだはず、消し飛んだはず、バリオン砲は直撃したのに、奴は今、生きている。

しかもそれだけではない。何故あのERRORが、緻密に計算され、最高の技術力で作り上げたこの羽衣と、全く同じ事をしようとしているのか。

現実で起こりえるのだろうか、こんな事が……あの赤い羽衣の構え、どう見てもバリオン砲の発射準備に取り掛かっているとしか見えない。

それもハッタリやフェイクなどでもなく、正真正銘のバリオン砲を───。

「逃げてください神楽さん!早くッ!!」

愁が叫ぶものの、無駄だった。この距離からではもうどうする事も出来ない。

それなら今バリオン砲の発射準備を進めているあのERRORが作り上げた羽衣に直接攻撃を与える必要があった。

『行きなさい!フェアリー!!』

当然、神楽の乗る羽衣は攻撃の手を緩めようとしない。とりあえず、攻撃してERRORの攻撃を阻止する必要がある。

羽衣の後部から放たれる無数のフェアリーは、一斉に羽衣の形をしたERRORの元へ向かいレーザー攻撃を仕掛けていく。

『そんな見せ掛けの紛い物、今すぐ破壊してあげるわよッ!』

フェアリーは一瞬にしてERRORを取り囲み攻撃を放つ。

もう回避は不可能、全てのレーザーがERRORに直撃する……はずだった。

当たらない、フェアリーから放たれた青いレーザーは全てERRORに当たる前に曲線を描き軌道が逸れていく。

それは紛れも無く、羽衣本来の力だった。その本来の力を今、ERRORがいとも簡単に発動し攻撃を全て回避する。

それでも神楽は攻撃を緩めようとしない、羽衣本体からの攻撃、フェアリーの攻撃、次々に攻撃を放ちERRORを止めようとするものの、全ての攻撃は掻き消され、軌道を曲げられ、ERROR本体には何一つ攻撃が当たらない。

『何でよ……何で当たらないの!?どうして!!』

既に神楽の思考はまともじゃない、混乱し思うように考える事が出来なかった。

無理もない、NFの最高傑作の機体が、ほんの数秒でERRORに再現されたのだ、能力も、性能も、全て。

信じられる訳がない、そんな事が出来るはず無い……。

もうどうしていいかわからない、焦りと困惑に、気づけば神楽の目から涙が零れ落ちはじめていた。

すると、ERRORで作られた赤い羽衣の元へ拳を構えながら走り寄るアギト、例えダメージを与える事が出来なくとも、バリオン砲の発射を止められる事は可能なはずだった……その拳が、羽衣に触れられればの話だが。

今ERRORは羽衣の同じ能力が使える。つまりアギトが幾ら近づこうと接近しても、強力な磁力によりアギトの機体は羽衣に近づけず、拳を当てる事が出来ない。

それでもアギトは近づこうと機体を進めようとする、諦めない、諦めてたまるか。ここまで来て、そんな簡単に終わらされる訳にはいかない。

たった一人、愁だけは吼え続ける。どんなに絶望的な状況に立たされようとも決して諦めない。

その思いが通じたのか、愁の乗るアギトは本来近づけないはずの距離にまで足を進めていた。

一歩ずつ、確実に……だがアギトの頑丈な装甲が次々に剥がれ吹き飛ばされていく、いつ機体がバラバラに散ってもおかしくない状況。それでも愁の闘志が消える事は無かった……。

赤い羽衣が、バリオン砲を発射しようとしたまでは。

「やめろぉおおおおおおおおおおおッ!!」

全て消え、全て終わる。この一撃を放たれたら最後、羽衣に乗っている人間は皆死ぬ。

神楽も赤城も、生き残った兵士達、仲間、ミシェル……皆、消える。


───が、その時だった。青空に広がる一つの太陽から、一体の機体が加速しながら落ちてくると、その機体はERRORの力で軌道が反れる事無く赤い羽衣の胸部に現れた。

その機体に愁は見覚えがあった、魔神ではない、穴の開いた盾、折れた片手剣を握り締め、そして今、折れた剣で羽衣の胸部を突き刺す。

「アストロス・ナイト……ゼスト、さん……?」

赤い羽衣の胸部に突き刺さった剣、バリオン砲は発射寸前までエネルギーを溜めていたが、剣が刺さった事によりけたたましい量の電気を放電し始めると、空間を歪める程の爆発と同時に眩い閃光がその場にいる者達を包み込んだ。


───「……ここは、どこだ……?」

真っ白な空間で一人、愁は立ち尽くしていた。

思うように頭が回らない、たしかアギトに乗ってERRORと戦っていたはず……。

まさかまたERRORが自分に幻覚を見せてきているのではないか、ふとそう思ったものの、何故かこの空間にいると心が安らいでいくような感じがする。

「まさか、死んだのか?俺……」

バリオン砲の誤爆により爆発に飲み込まれたんだ、死んでいてもおかしくない。

白い空間にいる理由はわからないが、愁は既に己の死を覚悟しており、焦る気持ちは消えていた。

「ばーか、死んでねーよ!」

すると、突如誰かに背中を押される愁。その声を聞いてすかさず振り返ってみると、そこには腕を組みこちらを見つめる葵が立っていた。

「葵!?」

「お前は生きてる、諦めんなっ!」

咄嗟に葵に手を伸ばす愁、だが次に瞬きした瞬間、目蓋を開けばもうそこに葵の姿は無かった。

「っ!……」

死んだはずの葵がたしかに目の前にいたはずだった、それに声だって……。

「愁」

今度は左からエコの声が聞こえてきた、すぐに顔を向けると、そこには先程の葵と同じように澄んだ目をしたエコが立っており、愁をじっと見つめていた。

「エコ!!」

今度こそ……そう思って愁はエコに手を伸ばす、するとエコもまた手を伸ばし、二人の手は簡単に触れ合えた。

「大丈夫、だからね」

暖かい手の温もり。たしかにエコの手に触れていたけど、エコの一言が聞こえた時にはもうエコの姿は消えていた。

「魅剣、ERRORが……怖いか?」

懐かしい声、それもずっと前に聞いた声、ラティスの声が聞こえてくる。

「ラティスさん……いえ、恐れていません」

「それで良い。お前はもう、迷わないのだろ?……それなら、信じろ」

「信じる……?」

ラティスの言葉に、愁は自分の力を信じればいいのだろうかと思った。

だけど自分が信じた力は今、ERRORに何も通用しない。そこには無意味で無力な自分しかいなかった。

「いいえ、そんな事はありませんよ」

優しい声でシャイラが愁の側に立っている。もう不思議に思いはしない、愁は自分の本音を淡々と語り始める。

「でもシャイラさん、俺はあのERRORに勝てなかった……結局俺は、誰も守れていない……」

「愁様……私は守りたい人を最後まで守れませんでした。もう私には、何も出来ない……けれど貴方は違う、貴方にはまだ守る力が、命があります」

愁は幾度と無くその可能性を自らの力で掴もうとしてきた、しかし全て手からすり抜けていく現実に、薄々と心の中にある希望が薄れていくような気がしてきた。

「貴方は生きている、だから守れるのです。それを忘れないでください」

「待ってください!生きていれば守れる……それなら今俺は、何を守れば良いんですか!?」

シャイラに手を伸ばす愁、しかしもうそこにシャイラは立っておらず、そこには怒ったような表情をしたアリスが立っていた。

「約束に決まってるでしょ!」

情け無い愁を見て怒っているのだろうか、アリスは不満気にそう言うと愁は手を下ろし何かに気づかされたかのように目を見開いていた。

「約束……」

「そう、約束。……大丈夫よ、皆ついているんだから!だから……ね、皆で守ろうよ、愁」

優しそうな笑みを薄らと浮かべアリスが微笑んでくれる。すると愁も自然に笑みが零れた。

久しぶりに笑ったような気がした……愁がふとそう思うと、目の前には鋭い目付きで愁を見つめるゼストが立っている。

「ゼストさん、俺は───」

「何も言うな」

多く語る必要は無い、今までの事を思い出していけば、何れにせよ辿り着くはず。

「お前は今までその目で見て決断してきたはずだ……今もまた、一つの決断をするだけのこと」

それだけ言うと、ゼストは愁に背を向け一言も喋らない。

それでもゼストの思いは愁に伝わっていた、段々と体に力が入ってくる、先程まで諦めかけていた自分は、もういない。

背を向けていたゼストは、何も言わないまままた振り向くと、ゆっくりと愁に近づいてくる。

そしてゼストは自分の拳をそっと愁の胸元に当てると、最後に一言だけ呟いた。

「良い拳だったぞ」

その言葉を聞いて、愁は微かにゼストが笑ったような気がした。

そんな気がしただけだ、もうゼストは目の前にいない、また自分だけが白い空間に一人だけ立っている。

「皆が、いる」

自分は……一人じゃなかった……。

見える、愁には見える、この白い空間に、大勢の兵士達が自分を見つめてくれている、応援してくれている。

聞こえる、皆の声が、言葉がしっかり耳に届いてくる、そこには先程まで自分に声をかけてくれていた葵にエコ、ラティスにシャイラ、アリス、そしてゼストも立っていた。

胸が熱い、ふと俯き自分の胸元を見てみると、優しく、そして強い光の塊が自分の胸の前に出ていた。

それを手にとってみると更に感じてくる。SVの、皆の力の鼓動が。

「愁、それが貴方のレジスタルですよ」

聞こえてきた声に愁は目を見開くと、すぐに顔を上げてみせる。

皆の一番前、そして自分に一番近い距離に、フィリオは立っていた。

「それは心、それは意思、それは力。皆のレジスタルを、合わせましょう」

そう言ってフィリオは愁に近づいてくると、今愁が握り締めているレジスタルにそっと手を翳した。

「私も愁と共に行きます」

感じる、伝わってくる。フィリオの暖かさが、自分の中に入ってくる。

心が満たされていく、熱い思い、優しい思い、信じる思いが、全身を漲らせる。

「ありが……とう……!」

愁はそう言って目の前にいるフィリオを強く抱き締める、目の前のフィリオは消えず、抱き締めてくれる愁を抱き締め返す。

そしてフィリオと愁が同時に腕を解くと、今度は愁は皆の前に立ち叫んだ。

「ありがとう!みんな、みんな……ありがとう……ッ!」

涙が止まらない、目の前にいる皆は優しそうに微笑み愁を見つめ、信じてくれている。

すると葵が勢い良く拳を前に突き出すと、親指を立たせ叫び返した。

「勝てよ!愁ッ!!」

涙を流していたって、愁は笑みを浮かべその葵の言葉に対して自分もまた拳を突き出し親指を出す。

その葵と愁の表情は───最高の笑顔だった。


───バリオン砲の誤爆により周囲は一変していた、爆発の衝撃で羽衣は地に落ち、所々間接から火花を散らしている。

「どうなったの……ERRORは、消え、た……?」

砂塵や煙は爆発と共に全て吹き飛ばされており、神楽の知りたい結果はすぐにでも目視で確認できた。

もう何も残されていない、負傷した羽衣で勝つのは不可能、それにもう、神楽の心に限界が来ていた。

「生ぎ……てる……っ……う゛ぅ……」

『赤い羽衣』ERRORは、無傷でそこに立っていた。

そして何事も無かったかのように落ち着いた様子でERRORは再びバリオン砲の発射に準備に取り掛かり始めた。

涙でよく見えないものの神楽にはわかる。今度こそ……殺される。

「伊達君、ごめん……赤城……ごめんね……」

信じてきたもの、意思、約束などERRORの前では何事もなく消される。

悔しさと切なさで涙を流しながら神楽は謝りつづけた、ここで終わりになって、ごめん、と。

もうアギトも、魔神の姿も無い。皆消えた、皆死んだ、そして自分達ももうすぐ死んで消える……。

が、神楽のその不安は一瞬にして消え去ってしまった。

風が通り過ぎていったかのように今抱いている感情が流されていったのだ。

「えっ?」

不安じゃない、死ぬとも思えない、負けるとも思えない。

逆だ、勝つ、この戦い、必ず勝てる。

「でも、誰が……?」

そう、だれが勝てると言うのか。ELBもバリオン砲も通用しないあの化物に、誰が勝てるのか?

だから答えを知る為に、神楽は眼鏡を外し涙を拭う。

そして見た、その答えが、何なのかを。


───アストロス・アギト。

宙に浮き、右腕を空へと高らかに上げ、その姿を露にしている。

すると大地から次々に光る鉱石のような物が次々に浮かび上がってくると、まるでアギトに引き寄せられるかのように集っていく。

レジスタル。ここで命を失った兵士達のレジスタルが今、具現化して現れている。

ここで命を失った葵、エコ、アリス、シャイラ、ゼストのレジスタルもまた、アギトに元へ行く。

ラティスのレジスタルは既にアギトの中に存在している、フィリオも今、愁と共にいる。

膨大な数のレジスタルだった、埋もれていたはずの物も全て、アギトの元へと向かっていくのだから。

そして集められた全てのレジスタルがアギトの右腕に集うと、大きく右腕の拳を広げた。

「皆が……揃ったッ!!ぅぁああああああああああ─────────ッ!!!」

愁の咆哮と共に広がる大地、漂う空気、そしてこの大空を震撼させる。

その大地、大空には超巨大な魔法陣が浮かび上がり光を発しながら互いに引かれあうと、アギトの右手に集ったレジスタルが共鳴するかのように光を放ちはじめる。

アギトを囲むように増え続ける魔法陣、それも複雑で高度なものが、互いに重なり合い、更に光の鼓動を加速させていく。

ERRORがそれを止めようとはしなかった、まるでこれから起きる事に興味があるかのように、赤い羽衣はバリオン砲の発射の準備をしつつアギトを見つめたまま動かない。

気づけば、大地と大空に浮かび上がった魔法陣は既にアギトの足先と頭上にまで来ている。

そして二つの陣が重なった瞬間、アギトの右手に集っていたレジスタルが太陽の如く強烈な光を放った後、アギトの右手から光が跡形も無く消えてしまった。

……が、決して消滅した訳ではない。あの集ったレジスタルは今、愁と、アギトと共にいる。

その光景の一部始終を見ていた神楽は目を見開いたままその場を見つめ続けていた。

「あれが……アギトだって言うの……?」

似たような現象を経験した事がる、前々回のEDPの時、甲斐斗の乗る機体が覚醒したあの時のように今、宙に浮いていたはずの時のアストロス・アギトはもういない。

そこにいるのは……覚醒し、本当の力を持つ者の姿……。


───真・アストロス・アギト。

先程までと違い、アギトの形状は一変していた。

機体の装甲には所々レジスタルが埋め込まれ、機体がやや大きくなっている。

闘神、覇王……とでも言うのだろうか、その姿は鬼神や魔神などとは決して違う属性を感じる。

右腕の砕く拳と、左腕の貫く拳の形状も変化しており、その機体からは只ならぬ闘志、そして覇気を感じる。

だがその時だった、赤い羽衣が溜めていたバリオン砲の照準をアギトに合わせると、躊躇い無くバリオン砲を放った。

するとアギトは、右腕をゆっくりと前方に突き出すだけで一向に避けようとしない。

「何してるの!?早く逃げなさいッ!」

神楽が咄嗟に呼びかけるものの、愁の乗るアギトは微動だにせずただただ接近してくるバリオン砲を見つめている。

愁が避けないのには理由がある、アレだけ驚異的な力を振るうERRORが怖くない、恐れていないのだ。

信じている、自分を、仲間達を、アギトを。

次の瞬間、アギトの目の前にまで来ていたバリオン砲がアギトの拳に触れた瞬間、一瞬にして砕け散ると、何の力も発動されないまま無となり消えていく。

「……は?」

何事も無かったかのようにアギトは立っていた、だがその現実に頭の整理がつかない神楽。

普通ならバリオン砲の力が発動し全ての物を吸い込み巨大な爆発を起こすはずのバリオン砲が、何事も無く消えていた。

圧縮された巨大なエネルギー、それが解放されることなく無となり消えた事事態、この世の科学では説明のしようがない。

常識を超越した存在、真・アストロス・アギト。その圧倒的な力は今の光景を見ただけでわかる。

しかしERRORは何事も無かったかのように攻撃態勢に入ると、今度は背部から無数の赤いフェアリーを生み出し始める。

そして赤い羽衣がもう一度バリオン砲の発射準備に取り掛かろうとした時、既にアギトはERRORの視界から消えていた。

目標を確認できず周囲を見渡そうとするERROR、だがその必要は全く無い。

既にアギトは赤い羽衣の懐に入り込み、強力な一撃を与える為に拳を構えていたのだから。

「み……見えなかった……」

神楽の目に、アギトが一瞬で赤い羽衣の懐に入っていることなど見えない。

気づけばアギトはその場から消えており、そしてふとERRORをみればそこに立っていたのだ。

この速さ、アステルの乗っていたあの黒いリバインにも引けを取らない。

そして放たれるアギトの『砕く拳』、その強力な一撃は赤い羽衣を軽々と殴り飛ばすと、周りに漂っていたフェアリーが全て砕かれ塵となっていく。

殴ったのはERRORだけではない、あの空間そのものを殴り衝撃を与えたのだ、その証拠に拳の先にあった雲でさえ穴を開け吹き飛ばされている。

だがERROR本体は、この一撃に耐えて見せた。

殴り倒され宙に浮いているものの、赤い羽衣の形をしていたERRORはまた液化し球体のような形になると、アギトに覆いかぶさるように上から落ちてくる。

するとアギトはまた拳を構えると、今度は左腕にある『貫く拳』を高らかに振り上げた。

触れていないにも関わらず、その衝撃波でERRORに巨大な空洞が作られ液体が弾け飛び散っていく。

アギトの攻撃はたしかに強力でERRORに触れる事が出来る、しかしERRORに物理攻撃が通用しているのかがわからない。

ERRORは穴を開けたままアギトの元に落ちてくると、まるで筒の中にアギトを閉じ込めたかのように形を変えていく。

筒の中に作られていく夥しい程の刃の数、歯車のような刃が何百枚も重なり、電動ののこぎりのように一斉に回転し始める。

刃が次々にアギトの装甲に触れていくと、その鳴り響く耳障りな音に神楽も何が起きているのかは理解できた……が、それも束の間。アギトの身動きを封じていたはずのERRORは一瞬にして砕け散り辺りに四散していくと、先程まで攻撃を受けていたはずのアギトは平然と立ち尽くしていた。

四散したERRORの破片、勿論再び集合し一つの塊になっていくと、今度は赤い金槌の形となり、再びアギトに襲い掛かる。

「ERROR……もう無駄だ」

ERRORがもし優秀で知能が高いならわかるはずだった、この戦い、もうERRORに勝ち目のない事が。

地面を強く蹴りアギトからERRORの元に向かうと、拳を一撃振るうだけでまたERRORはバラバラに散り姿が崩れていく。

すると、再び再生したERRORがまたも見覚えのある物に変形しはじめる。

LRBを握り締める機体、それは普段赤城が乗っているリバインの形だった。

が、問答無用。変形した途端にアギトの拳がリバインの胸部を殴り飛ばす。

その時、ERRORを殴り飛ばしたはずなのに、何故か赤城の悲鳴が聞こえてきた。

そしてまたERRORは形を変え、今度は我雲となりアギトに襲い掛かる。

これもまたアギトは殴り機体を粉砕させると、先程とは違う、今度は彩野の悲鳴が聞こえてくる。

それから何度もERRORは変形を繰り返した、無花果、白義、ハルバード、神威、エンドミル、アストロス、ライダー、ナイト、大和……だが、アギトの拳が躊躇う事は決してない。

ERRORが生み出し、勝手に作り上げた機体に、自分の精神を揺さぶるような攻撃をしてこようとも、今の愁にそんなもの通用しない。

数々の変形と再生を繰り返してきたERROR、砕け散り、またも再生を試みようとした時、思うように再生が行われず、それ所か機体に変形する事すらできないでいた。

あれだけ蠢いていたはずのERRORもまるで疲れ果て力を失っていくかのように弱々しくなり、何とか時間をかけて変形してみせた機体はあの『魔神』の姿だった。

「まさか……」

神楽の脳裏にまた一回目のEDPの時の光景が蘇る。

魔神の姿をしたERRORはゆっくりと体勢を立て直すと、前方にいるアギトに向けて右腕を突き出す。

魔神の右手に現れる無数の魔方陣、ERRORの突き出した右手には黒い光が集まり雷光を纏っていく。

「ERRORが……魔法を……?」

間違いない、あの構えは以前甲斐斗の乗る機体が魔法を発動した時のものと同じ。

一瞬にして数千、数万のERRORを掻き消し、神の右腕すら吹き飛ばせる程の強力な魔法。

それを今、ERRORが発動しようとしている。

ただ地を這い蹲り人々を襲うだけの化物がこれだけの力を持っている、これがERRORの進化した結果なのか?これ程までにERRORという存在は、計り知れない存在なのか……?

ERRORの放つ魔法に飲み込まれれば羽衣だろうと一瞬にして塵と変わり消えるだろう、だが今更回避する事も出来ず、抵抗する事も出来ない。

だとすれば頼るしかなかった。今、自分達の目の前に立ち、その拳を振り上げる男を。

アギトが天へと右腕を高らかに伸ばすと、拳を中心に巨大な光の魔方陣が描かれると、次々に拳の周りに陣が描かれ、その陣から放たれる光がアギトの右腕に集まっていく。そしてそれは一本の光で形成されていく巨大な右腕を作り上げていった。

天を貫き、雲を散らす程巨大で神々しい拳。

「ERROR、俺は神でもなければ最強でもない。たった一人の人間なんだ」

気づけば愁の目からは涙が流れている、それでも構うことなく愁はERRORを見つめた。

アギト拳からは眩い光が放たれており、その光は周囲を全て飲み込み一瞬にして白く輝く空間へと変貌させる。

真っ白な空間だった、青空や大地、何の物もない、真っ白な世界。

羽衣に乗る神楽は手で光を遮りながら必死にアギトの後ろ姿を見ていたが、次第に操縦席までもが白い光に飲み込まれていく。

「そんなたった一人の人間でも、皆が側にいてくれる」

そして魔神の姿をしたERRORもまた光に飲み込まれようとした時、魔神は無言のまま更に勢い良く右腕を突き出すと、辺りの白き光を一瞬にして覆い隠し飲み込む程の巨大な黒き波動を放った。

「だから俺は……戦える!」

愁はそう言うとアギトが黄金の拳を構えてみせた、目の前からは巨大な黒き光が向かってくるが、愁は冷静な面持ちで見つめ、拳を振り下ろす。

巨大な拳は軽々とERRORへと振り下ろされる、だがERRORの放つ魔法がアギトの拳を触れると、その覆いかぶさるように振り下ろされた拳を弾き返そうとする。

が、アギトの拳は決して揺るがない。ERRORの姿をした魔神の足元に地面に亀裂が走ると、両足が徐々に地中へと埋まっていく。

「だから俺は、こんなにも強くなれたッ!」

だがERRORも抵抗を見せ始める、右腕から放つ強力な魔法でアギトの振り下ろされた巨大な拳を徐々に鈍らせ、止めに入ろうとしていた。

魔神の放つ波動、アギトの振り下ろす拳は互いにぶつかりあい、白と黒の空間が極限まで歪められていく。

「俺の強さは孤独じゃないこと、それが俺とお前の差だ」

その時だった……ついにERRORが限界に達した。

右腕から放っていた魔法が突如消え、ERRORは力無くその場に跪いてしまう。

そうなればアギトの拳がERRORに直撃するはずだった……が、何故か、先程まで迫ってきていたはずの拳が無い、それ所がアギトの姿も見えず、辺りは白い空間から一変して先程の荒野が広がる景色へと変わっていた。

まさか……アギトにも限界が来ていた……?

互いの力は相殺され、また元の状に戻ったのか?それならまだERRORに勝機はあった。

だが現実は違う。ERROR、生命の危機から脱出した訳でもなければ、戦いに勝った訳でもない。

魔神の姿をしたままのERRORは、跪きながらもふと頭上を見上げた。

眩い光、太陽が自分の下に落ちてくるかのような光景を見てはじめてERRORは理解できた。

高らかに飛翔したアギトが、ERRORの上空から一直線に拳を振り下ろした状態で向かってきている事に。

「奴の全てを砕き散らせぇええッ!アギトォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!」

ERRORに光の鉄槌が下ろされた。拳に触れたERRORの肉体に巨大な亀裂が次々に走ると、白い光りのような塵となり跡形も無く消えていく。

もはや再生能力など無意味。砕かれ、散っていくERRORに成す術は無い。

あれだけ人間を殺し、何度も生き返ってきた最悪の生物も、終わりは呆気ないものだった───。



───全てを終えた後、アギトはゆっくりと大地に下りて着地した。

拳が触れたはずの大地には、亀裂所か傷一つ入っておらず、アギトの右腕にはもう先程の光りは無い。

ただそこには真の姿をしたアギトが立っているだけ、そしてこの目の前に広がる大地と大空を見て、愁は疲れた表情を見せながらも涙を流しながら口元だけ笑って見せた。

「EDP、終了……」

脳裏に浮かぶ皆との思い出……もう失った笑顔を取り戻す事はできない、見る事もできない。

愁は俯き目から涙が零れ落ちるが、それでも顔を上げると愁は涙を拭うことはなく広大な青空を見つめ続けた───。

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