表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/184

第104話 盾攻、剣守

───地上の部隊は壊滅し、葵とエコの乗るアストロス・ライダーは地下へと降りていたが、その光景は地上と然程変わらぬものだった。

仲間同士の機体が次々に同士討ちに遭い、ものの数十分で地下部隊の兵士達もほぼ全滅していたのだ。

無駄な命としか言えない。各兵士達は希望を胸に降り立ったというのに、この有様。

悔しくて涙が止まらない葵とエコ、だがそんな顔をして戦場になど立ってはいられない。

二人は涙を拭いELBの反応する場所へと進み続ける、そしてそこで漸く出会えた、ただ一人生き残っていた青年、愁に。

だが愁はまだ知らなかった、地下で起きた出来事も、地上で起きた出来事も……。


───「嘘……だ……」

そして地下へと降りた葵から言葉を聞き放心状態の愁、帰る場所が無い……葵のその言葉が何を意味するのかは大体愁には予想がついた。

操縦桿を握る愁の両手は小刻みに震えはじめる……いや、腕だけじゃない、体も、足も……駄目だった、体がまるで動かないっ───。

嘘か、これは現実なのか?もしかすれば、まだ幻想を見せられているのかもしれない。

今の愁は目の前の現実からどうやって逃げようか考えていた、だってそんなっ、目が覚めたら、こんな状況になっているなんてありえない……。

「あ、葵!どういう意味だ!?地上には皆がいるはず!そう簡単に負ける訳がっ───」

「お前が地下に行ってる間に地上にいる部隊は壊滅したんだよ!……なぁ愁、お前が信じられないのはわかる、わかるよ……でもな、今はお前に一々説明してる暇なんてねえ……」

二人が会話を続けている間にも洞窟の穴という穴から次々にERRORが現れると、二機を見つけた瞬間全力で近づいてくる。

「もうやるしかねえんだ、このまま奴等に負けて終わる訳にはいかねえ。このELBが今の俺達にとって最後の希望なんだよッ!だから早くこれを、奴等、のぉ……うぅッ!!」

最後の希望……もう残された手はこれしかない、これを巣の奥で起動させ、この地域一体の全ERRORを消す。

近づいてくるPerson態を対処しようとライダーが踏み込もうとした時、突如葵は俯き苦しそうに胸に手を当ててしまう。

「葵!?」

咄嗟に愁の乗るアギトがライダーの前に立ちPerson態を薙ぎ払っていくが、葵は俯いたまま機体を動かせずにいた。

後方に座っているエコはすぐに身を乗り出し葵の側に行くと、心配そうに肩に手を置いた。

「葵……ごめん、私が力不足で……」

「そんな事ねーよ……へへっ……だいじょう、ぶ……大丈夫だ……俺はぁ……」

今にも泣き出しそうになるエコに葵は軽く笑みを見せ頭に手を置くと、ゆっくりと操縦桿を握り締め機体を立ち上がらせる。

「それより愁、早くELBを巣の奥にもって行くぞ。俺達親衛隊の力を奴等に見せ付けてやろうじゃねえか!」

威勢の良い言葉はいつもの葵だが、愁には葵の弱りきった姿が鮮明に見えていた。

心身ともに力を使い果たそうとしている葵、でも必ずERRROに勝つ、その闘志もまた本物。

「っ……わかりました、俺が先頭を走ります。ライダーは後ろから着いて来てくださいッ!」

勿論二人に無理はして欲しくなかった愁だが、その葵の闘志を無駄にしてはいけないと思い葵達と共にERRORの巣の最深部へと向かう決心をし機体を発進させる。

前方から溢れんばかりにERRORが向かってくるもののアギトは決して止まらない、立ち塞がる全ての敵を、たった二つの拳で道を切り開いていく。

その勢いは加速し続けた、Person態だろうと、Beast態だろうと、新種のERRORが現れようとも、今のアギトを止められる者はいない。


そしてついに三人は辿り着く、巣の最深部へと。

肉で出来た洞窟を抜けた場所、そこには地下とは思えぬ程の巨大な空間が広がっていた。

そこもまた何かの体内かのように地面、壁、天井は赤い肉と血管で覆われ、赤い灯りを発しているが僅かに確認できる。

「ここが……最深部……?」

きっと数多くのERRORが待ち受けているに違いないと思っていた三人だったが、その予想は大きく外れた。

洞窟や通路などでは自分達を止めようと必死にERRORが立ち塞がり出現していたというのに、この広い空間には一匹のERRORすらいない。

罠かと思い二機は警戒しながら慎重に進んでいくが、後方から追ってきていたはずのERRORも姿を見せなかった。

「愁、本当にここが巣の最深部なのか?ERRORが一匹もいねえぞ」

「そのはずなんだけど……場所は間違いないんだ!ERRORが何かしら動きを見せる前にELBを設置する!」

そう言うと愁の乗るアギトは最深部の中央に引っ張ってきたELBを設置すると、パネルを開きELBの起爆コードを打ち始める。

「ELB設置完了後防護システムを起動、起爆制限時間最長の15分にセットするよ。葵、後はここから全速力で離れる準備を……」

そう言って最後の数字を押した瞬間、アギトの手が止まった。

只ならぬ気配を後方から感じる。既にライダーは後方に振り返っており、アギトも同じように後ろに振り向くとその気配を放つ者を確認した。

「機体?」

そこに立っていたのは一機の機体、ERRORでも何でもなく、そしてそれは、SVの人間なら皆知っている機体だった。

黒色の装甲、赤い瞳に剣と盾を構えるその姿に、愁、葵、エコの三人は驚きを隠せずにいた。

「アストロス・ナイト……!」

どうして、なぜここにゼストの乗っていたはずの機体があるのかがわからない。

だが三人はその疑問を抱くよりも早く、機体の体勢を整え戦闘の構えに入る。

この状況、そしてこの場に現れたのであれば、理由は一つしかない───。

「葵!エコ!ここは俺に任せて先に地上に戻るんだッ!あの機体は俺が相手する!」

敵だ。アストロス・ナイトの姿を似せたERROR、それしかない。

「馬鹿野郎!どうしてそういつも自分を犠牲にする考えしかできねえんだよッ!一緒に戦って一緒にお前と生きて地上に戻るからなッ!」

「そうだよ愁。ここまできて、それはないよ!」

葵もエコも味方を見捨てて敵前逃亡などできない。それに、もしここで愁を置いて自分達だけで地上に戻れても、そこにはもう何も無い。

「一緒に戦おう、愁。大丈夫、アギトとライダーがあれば、勝てるよ……!」

葵とエコ、二人はまだ……まだ戦える、手足が震えたって、胸が苦しくったって、まだ───ッ!

「二人とも……わかったよ。一緒に戦おう、でも俺達は一つ目の任務を終わらせたんだ。今からは二つ目の任務、生きて地上に帰る事を実行する。良いね?絶対だッ!」

必ず生きて地上に帰る。例えそこに何も無くても、希望が無くても、生きてこの作戦を終わらせる事が自分達に課せられた任務であり、使命。

「「了解ッ!」」

目の前に立ちはだかるアストロス・ナイトを必ず倒さなければならない訳ではない、生きて帰る事が第一優先。早く地上へと戻り、そしてELBの爆発範囲内から逃げなければならない。

制限時間は十五分、その間に全てを終わらせる───。



『リミッター解除。アストロス・ナイト。再起動開始』

アギト、ライダーの前に立ちふさがるアストロス・ナイトが突如黒き光を発し始める。

その見た事の無い光景に愁は目蓋を閉じそうになるものの、微かに目を開きその姿を見つめていた。

「これは───っ!?」

発していたかと思うと、一瞬で機体から光は消え元の明るさに戻る。

だがそこに立っていた機体は愁の知るアストロス・ナイトではなかった。

握り締めていた剣と盾は形を変え、機体までも先程の面影を残していながらも変形している。

黒き甲冑とヘルム、微かに靡く赤きマント……まさに『騎士』そのもの。

「どうなってんだよ……おい……」

その機体の姿を驚愕したまま目を見開く葵とエコ、存在してはならないはずの機体の姿を自分の目で見てもなお信じられずにいた。

「どうしたんだ葵!?あの機体を知っているのか……!」

「知ってるも何も、あれはゼスト自身が機体のリミッター解除しねえと発動されない力だぞ」

「リミッター?それって……」

アストロス・ライダーと同じ、リミッター解除により力を解放した機体本来の姿。

しかし、それは誰もが発動できるものではない。

「愁、今俺とエコの乗っている機体も姿を変えているだろ?これは機体に選ばれた人間じゃねえと発動する事が出来ねえ力なんだ。それなのに、あの機体は力を解放してやがる」

選ばれた人間、つまりゼスト以外が機体の力を解放させる事は不可能ということ。

「うん、葵の言う通り。それに、魔力をもたないERRORみたいな化物が、発動させられるはずがない」

それでも今、三人の前には力を解放し全力全開のアストロス・ナイトが降臨している。

「ちょっと待ってください!という事は、あの機体に乗っているのはERRORじゃなくてゼストさんじゃ───」

「そんな訳ねえだろッ!?か、仮に。ゼストが生きていたとしてもだ、何で俺達の前に立ちふさがる!?」

「わかりません。ですが、俺や武蔵さんのようにERRORに利用されているだけで、まだ意識があるかもしれない!」

激しい口調で愁と葵が互いに言い合う中、エコは息苦しい自分の胸元を押さえながら二人に呟いた。

「愁、葵……もう止めよう。相手が立ち塞がる以上、戦うしかないよ……!」

エコの言葉に二人の口が止まると、愁と葵は操縦桿を強く握り締めアストロス・ナイトを見つめる。

「エコの言うとおりだ愁、もうここまできてぐだぐだ言い合うのはやめて。任務を終わらせるぞッ!」

「わかりました、時間も余りありません。速攻で行きます!」

そう愁が言った途端、アギトとライダーは二手に分かれ左右同時にナイトへ接近していく。

アギトは右腕の砕く拳を振り上げ、ライダーは大きな爪を光らせながら左腕を振り上げた。

「「速攻で───ッ!」」

二機の目にも留まらぬスピードに、ナイトはただ立ち尽くしたままの状態。

そのナイト目掛けて二機は渾身の一撃を同時に振り下ろすと、今まで動きを見せなかったナイトが手に持っていた剣と盾を僅かに動かしはじめた。

ほんの僅かな移動……ただそれだけで、アギトの拳は盾に弾かれ軌道を逸らし、ライダーの爪が砕け散る。

愁が気づいたのも束の間、アギトの体勢を立て直そうとした瞬間ナイトに頭部を横から蹴られ更に体勢を崩される。

更にナイトは攻撃の手を緩めることなく、今度はライダーに接近すると爪を砕かれ動揺した隙を狙い胸部に向けて剣を突き出した。

「んな攻撃、当たるかよぉおおおおおッ!!」

ライダーの素早さは伊達じゃない、瞬時にナイトの剣先を回避すると、右手に残された爪をナイトの胸部目掛けて振り下ろす。

だが、まるでその動きを見透かしていたかのようにナイトもまた瞬時に避けると、ライダーの右をすれ違うかのように通り抜け背後へと回り込む。

「なっ……」

本当にたった一瞬の隙で終わってしまう。ライダーとナイト、その力の差は歴然だった。当たり前だ、心身ともに傷つき、力を使い果たそうとし弱ってきている葵とエコに、覚醒したナイトを止められる術は無い。

それにもし今戦っている相手が本当にゼストであれば、例え力が残っていても葵とエコには勝てない。

それだけゼストが強い事を知っている、だから今の二人では勝てない事ぐらいわかっていた。

「たしかに俺とエコだけじゃ勝てねえかもしれねえ……でも、俺達には仲間がいるッ!」

ライダーは瞬時にしゃがみ込み体勢を低くすると、ナイトの目の前には目を光らせ左腕を振り下ろしたアギトの姿があった。

タイミングは完璧だ、後はアギトの拳がナイトの胸部を貫ければそれで良い。

きっとライダーに止めを刺そうとナイトは剣を構えているはず、愁はそう思っていたが、目の前のナイトは全く違っていた。

右手に持っていた剣は無く、背部に付けていたはずのレーザー砲を握り締めそして今、アギトに向けて引き金を引く。

銃口から放たれた巨大な赤い光は一瞬にしてアギトを飲み込み軽々と吹き飛ばす。

「愁ッ!!」

赤い光は射線上にある物体、血肉の壁にすらも巨大な穴を開け、銃口から光が消える頃にはもうそこにアギトの姿は無い。

アギトの硬度を考えればまだ機体は破壊されていない、だが壁に出来た巨大な穴から出てきたアギトの装甲は複数の傷が付き、肩や腹部が焼き焦げ黒ずんでいた。

「俺のアギトが……がっ、ぐ……」

ダメージを受けたのは機体だけではない、機体に乗り組んでいた愁にも及んでおり、先程の衝撃で全身に痛みが走る。

口からは血が滴り落ち、それでもなお操縦桿を握る愁、この程度で負けていられない、倒れてはならない……そう思うものの、ナイトから受けた強大な一撃は余りにも大きく、愁は機体も思うように動かせずにいた。

「あ……ぁああ……てめぇ、よくも……よくも愁をぉおおおおおおッ!!」

しゃがみ込んでいたライダーはすぐさま立ち上がり振り向き様に右手の爪でナイトに襲い掛かるが、軽々と持ち替えた右手の剣で薙ぎ払われると、接近してきたライダーの胸部目掛け盾を突き出す。

「止めろ葵!一機だけじゃ危険すぎるッ!!」

その愁の言葉が通じたのか、果敢に攻めようとしていたはずのライダーが突如後方に飛び上がりナイトとの距離をおく。

その行動に一番驚きを見せたのは葵だった、自分の意思で下がった訳ではない、後ろに座っているエコが機体を下がらせたのだから。

「なっ、おい!何で機体を引かせた!?俺はまだ───」

戦える……そう思っていた葵が後方に振り向いたのと同時に、後ろの席に座っていたエコはその場に崩れるように倒れた。

「エコ!?」

すぐさま席を立ちエコの元に向かう葵、そこにはもう衰弱して呼吸も小さい弱々しいエコが虚ろな目で葵を見つめていた。

「あおい……」

もうエコには何の力も残されていなかった、まだ体調も回復していないにも関わらず、ライダーの力を解放してここまで戦えてこれた事が奇跡に近い。

「今まで……ありが、とう……」

目に涙を浮かべるエコのその言葉に、葵はすぐにエコを抱かかえると、エコの額の汗を拭き取り先程まで座っていた席にゆっくりと座らせる。

「やめろよ!何だよ急に……嫌だからな俺は……絶対にお前と生きて地上に戻るんだ、そうだろ?エコ……」

帰る場所が無くたって必ず生きて戻る、前々から二人は約束していたはず、命令だって出されたんだ。

平和な世界が無ければつくればいい……そして必ず生きて、共に平和な地で暮らす───。

「あと少しで平和な世界になるんだ。約束しただろ?一緒に平和な世界に行くって……」

葵だって苦しくて、痛くて、辛いはずなのに、それでもエコに笑みを見せてくれる。

そうしてエコを席に座らせた後、エコの目の前にあるモニターの電源を消った葵は席に戻り操縦桿を握り締めた。

「あおい、まって……一人じゃ、ライダー……はっ……」

二人ですらもう満足に動かす事が出来ない機体を、葵一人で動かす事には無理があった。

もういつ葵が倒れてもおかしくない。顔色も悪く、汗の量も増え、意識だって朦朧とし始めているのに……。

「エコ、少し休んでてくれ……必ずお前を連れて行ってやるからな、平和な世界に───」

……葵とエコの乗るライダーはナイトから離れた所に移動していた。だが、既にナイトはライダーとの距離を縮めてきていた。

そう、葵が操縦席に戻る頃には、ナイトが剣を振り上げライダーに止めの一撃を振り下ろそうとしている状況だった……。


───「葵……エコ……二人を、絶対に……死なせない!」

ナイトの剣を左手で受け止めるアギトがそこにいた、間一髪間に割り込みライダーを守る事が出来たが、ナイトは左手の盾をアギトの胸部に押し付けてくる。

「う゛あ゛ぁああああああああああああッ!!?」

強烈な電流は機体と愁を襲いその全身に流れる激痛で断末魔を上げる愁だが、決してナイトの剣を放さない。

それ所か右腕を振り上げると、その巨大な手でナイトの左腕を掴むと更に自分の機体に盾を押し付ける。

「行けえ葵いぃッ!早くここから離れるんだぁッ!!」

モニターに映し出された愁との通信状態は悪く、映像は乱れたままよく見えない。

だが愁のその言葉ははっきりとたしかに聞こえた。しかし、それを聞いても動揺している葵は未だに動けずにいる。そんな葵の様子を見て愁は更に声を上げた。

「二つ目の任務を忘れたのか!?生きて地上に帰る事を実行しろぉッ!!」

もう、何も言えない。愁の思いを無駄にすることはできないのだから、葵は黙って機体を走らせるしかなかった。

「愁……愁ぅ……ごめんな、俺達に、力が無くてぇっ……くっ……」

共に戦いたい、共に行きたい、それなのに……それが叶わない。今の自分達の力ではどうする事もできないのだから。

悔しくて涙が零れる、だがこれは愁は作ってくれた最後のチャンス、地上に戻るなら今しかない。

後ろを振り向けばエコが目を閉じ苦しそうに呼吸している、息使いも荒く危険な状態。

一歩機体が後ろに下がった後、ライダーは勢い良く走り先程通ってきた通路に入っていった。

「そんな事は無いよ葵……二人はよく頑張ってくれた……だから後は、全て、俺に」

愁を一人、最深部へと置いていく、残り十分でELBが起動してしまうのに───。

それを見ていたナイトは、ライダーを止めようとアギトの胸部に蹴りを一撃当てると、強引にアギトを引き離しライダーの後を追おうとする。

だが、それを愁は決して許さない。アギトは離れようとするナイトの左足を掴むと、渾身の力を込めて地面へと叩きつけた。

「お前の相手は俺だ……っ……葵とエコは絶対に俺が守るんだ……殺したければ先に俺を殺してみろ……」

その愁の言葉が通じたのだろうか、ナイトは自機の足を掴む手を振り払うと、剣と盾を構え体勢を立て直した。

「そうだ、それで良い……そして来い。俺に止めを刺しに……来い───」

両手を下ろし無防備な状態を晒すアギト、そんな状態の機体を前にして、ナイトが動きを見せないはずがない。

愁の息の根を止めに、剣先を確実にアギトの胸部に向け一瞬で懐に飛びかかる……それでも、最後までアギトは何の動きも見せなかった。

操縦席に座る愁も動揺などしてない、目の前から剣先が向かってこようとも、愁は瞬き一つせず見つめている。

そして一言、剣先がアギトの装甲に触れる直前に愁は呟いた。

「壊せるものならな」

砕け散る音と共にナイトの剣は剣先から折れていく、特にアギトが何かをした訳ではない。

ナイトも予想外だったであろう、これ程の速さでご自慢の剣を機体の最大の急所である胸部に突き出したというのに、その刃はいとも簡単に砕け散ったのだから。

「お前の剣は折れた……終わりだ……」

速攻で拳を構えるアギト、瞬時に右腕を突き出しナイトを殴り飛ばすと、アギトは地面を強く蹴り飛ばし吹き飛ばされるナイトの目の前に現れる。

その行動にナイトは左手に残された盾を構えるが、アギトが攻撃を躊躇う事は無い。

「貫け、アギト」

アギトの突き出す左手の拳は盾に触れた瞬間激しい火花を散らしたものの、簡単に盾に穴を開けそのままナイトの腹部を貫いて見せた。

そのまま地面に叩きつけられるナイト、腹部、そして盾から激しい火花を散らすものの抵抗する動きを見せようとしない。

ナイトも理解したのだろうか、この状況ではもう、抵抗した所でどうする事もできない事が。

力無く横たわるナイトから、アギトはゆっくりと拳を引き抜くが油断はせず動かないままのナイトを見つめていた。

後はすぐにも地上に戻ればいい、だがアギトは左手をナイトの胸部に伸ばすと、胸部の装甲を剥ぎハッチを無理やり開け始めた。

「一体誰が機体を……」

胸部のハッチを取り外し、その場に投げ捨てると、愁はカメラをズームさせ操縦席のいる者をモニターに映し出す。

そして、そこに映し出された映像を見て愁は思わず息を呑んだ。

「ゼスト……さん……?」

間違いない、そこにいるのは紛れも無くゼスト本人だった。

だが、これは飽くまでもERRORが姿を似せているだけに過ぎないかもしれない。

動揺を誘う為か、それとも他の、違う意味でゼストの姿に───。

『俺もここまでか……』

音声をマイクが拾う、その声もまたゼスト本人の声……愁は驚きを隠せず戸惑ったまま何もできない。

『ERROR、貴様らは何れ負ける。それも、そう遠くない未来でな』

ERROR?ゼストはアギトを睨みつけながらたしかに言った、だがアギトはERRORでもなく、ゼストの言葉の意味がわからない。

『愁、フィリオとアリスを……頼んだぞ』

「えっ?」

今度は自分の操縦席についてあるモニターを見つめながらゼストは喋った、たしかに愁の名は出たが、愁のモニターにゼストは映っておらず、通信すら繋げていない。

「何で俺の名を……ゼストさんは、誰と喋っているんだ……っ!?」

ゼストは言葉を告げると、操縦席の横置いてあった拳銃を手に取り銃口を自分の頭に向けた。

「止めろ!!」

止めさせないと……そう思ってアギトが手を伸ばした瞬間、ゼストは躊躇い無く自分の頭目掛けて引き金を引く。

「───ッ!?」

弾丸は簡単に頭部を貫き血が噴き出すと、ゼストの手から力無く拳銃が落ち目を開けたまま息絶える。

どういうことなのか……今、愁の目の前で何が行われていたのか……。

段々と理解し始めていく、前にも見たであろう光景の一つ一つが、脳裏で一致された。

ERRORの巣へと降りた部隊の自滅、自分が見せられた幻、それらから結びつくものは、一つしかない。

「そんなっ……」

機体に乗って戦う兵士達は、もしERRORに襲われ死にそうになった時、拳銃で自らの頭を撃ち抜く。

今ゼストは何と戦っていたのか、何の為に戦っていたのか、ゼストの言葉、行動によって理解できる。

理解できるが、愁は震えていた、そして自分の口元を手で押さえ、モニターに映り続けるゼストの死体を見た。

「ERROR、なのか……これは全部、ERRORが……仕組んで……」

寒気が全身を覆い、恐ろしさで身の毛がよだつ、これ程までERRORに恐怖を感じた事はない。

気づくと自分の目から涙が零れ落ちていた、何粒も何粒も、悔しさで涙が止まらない。

「ゼストさん……任せて、くださいっ……フィリオの夢、SVの夢……必ず叶えてみせます」

そう言った後、ふと愁がELBに目を向けると、正常に稼動し爆発までの時間を表示している。

それを確認してアギトはナイトに背を向けた、もうここに用は無いのだから……。


───1機だけで地上へと戻るアストロス・ライダー、来た道を辿りただひたすら進み続ける。

この戦いが終われば平和な世界へと近づける、そして最後の戦いにも勝ち、平和な世界で暮らしていく。

葵とエコ、また一緒に学んで、また一緒に遊んで、また一緒に笑って……楽しみでしょうがない、アルトニアエデンにいた頃のように、また楽しく暮らしていく。

友達も増える、恋人も出来る、家族も出来て、親友と一緒に幸せな世界で生きていく素晴らしい人生。

そんな世界を前にして……辿り着けなかった。

崩れ落ちるアストロス・ライダー、その場に跪き勢い良く倒れこんでまい体勢を崩すと機体の機能が停止していく。

「あおい……?」

意識が朦朧としていたエコもその機体の衝撃で目を覚ます。

ふと前を見れば椅子に座ったままの葵の後ろ姿が見えた。

エコには何が起きたのかわからない、ふと瞬きをしてもう一度葵の姿を見ようとした時、葵の体は力無く横に倒れた。

「えっ……?あおい?あおい……?」

倒れた時頭は強く打ちつけ、そのまま動かない葵を前に、エコの顔色は見る見る青ざめていく。

名前を呼んでも反応しない。エコは衰弱しきった体を一生懸命起こすと、その震えるか弱い足でゆっくり立ち上がり一歩ずつ葵に近づいていく。

「起きて……あおい、平和なせかいに、いくんだよね……」

葵の側に座り込み倒れている葵の肩を揺さぶるエコ、それでも葵から返事がこない。

「約束、したよね。皆と、たくさん……ほら、甲斐斗とも約束した……必ず、戻ってくるって……」

肩を揺さぶりながらエコは話し続ける、それが葵の耳に届いているかはわからないが、エコは決して止めない。

「だからっ……あおいだけでも、生きて……ゃっ!?」

その言葉を葵が聞いた途端、突如体の向きを変えると横に座っていたエコを抱き締めた。

「エコ……生きろ、よ……」

葵の口から聞こえてきた言葉はとても弱々しく、か細いものだった。

エコの目から涙が止まらない、抱き締めてくれているはずの葵の腕からまるで力が感じられなかった。

抜け殻のように軽い葵の体、そして抱き締められているのに、葵の肌は氷のように冷たくなっている。

「平和な世界で……幸せになるんだろ……?弱音、吐くなよ……絶対に、諦めるなよ……」

ゆっくりとアストロス・ライダーが立ち上がろうとしていく、エコの意思ではない、葵の最後の意思と力で、必死にエコを地上に帰そうとしていた。

「まってよあおい……わたしを、一人にしないで……もう一人は、嫌ぁ……」

ライダーは立ち上がる、回りにはERRORの死骸や機体の破片が散乱する中、一歩ずつ歩き進んでいく。

自分達が今どの辺りにいて、どの通路を選び、あとどれだけ歩けば地上に帰れるかなんて、今の二人にはわからない。

その時、ライダーの右腕に亀裂が走ると、歩いた衝撃で崩れ落ちその場で塵へと変わっていく。

次は左腕に亀裂が走る、崩れ落ちはしないが、機体は徐々に色を失い塵へと変わりつつあった。

魔力が枯渇し枯れ果てていくかのように機体の崩壊が始まる、だがそれでも葵は歩かせ続けた。

エコを、平和な世界に連れて行く為に。

「……ねぇ、葵……私の幸せ、知ってる……?」

エコの幸せ───遠のく意識の中でも、葵の頭の中には残っている。

平和な世界で楽しく暮らしていく事。

エコの過去は知っている、だからこそ葵はエコに教えたかった、伝えたかった。苦しい日々だけではない、辛い毎日は無い……楽しくて、幸せな日だってあることを……。

そんな感情が生まれたのは、葵がエコと初めて出会ったあの時から始まっている。

まだ終わらない、人生を、まだ終わらせる訳にはいかない。エコの幸せを叶える為にも。

……それでも、次のエコの一言で。ライダーはふと足を止めてしまった。

「葵の側に、いられることだよ」


ああ、そっか───。

同じだ、それなら葵も、同じだ……。

一番の幸せは、こんなにも近い所にあった。

当たり前のようにいつも一緒にいられること、それが二人にとって、一番の幸せ。

別に忘れていた訳でもない、知らない訳でもなかった。

幸せだったんだ、ずっと。アルトニアエデンを出てこの世界に来た時も、世界の為にERRORと戦っている時も、エコが側にいてくれたから、葵が側にいてくれたから幸せだった。


───自分をずっと抱き締めてくれる葵を、エコは放そうとはしない。

葵の座っていた操縦席のモニターを見れば、映像は繋がらないものの、愁の声が微かに聞こえてくる。

『葵!エコ!聞こえるか!?ナイトは俺が倒した!ELBも無事に作動!後はもう地上に帰るだけだッ!』

……良かった、愁は無事なんだ。それなら後は、無事に地上に帰るだけ。

「うん、わかった……愁。私も葵も、もう地上にいるから、早く、上がってきてね……」

何も心配はいらない。これで愁は無事地上に戻り、エコは一人幸せに浸れる。

動かなくなった葵をそっと抱き締めるエコは目を瞑ると、段々と呼吸が小さくなりはじめた。

「葵……大好きだよ……」


───見る見る塵へと変わり果てていくアストロス・ライダー、色も失い灰色の装甲が崩れ散っていく。

すると、そんな壊れかけの機体を1機の機体が抱かかえると、一直線に洞窟の中を進み始めた。

「諦めちゃダメだ、死んじゃダメだ……生きて、生きて生きて!皆の分まで生き抜いていく事が一番大切な事じゃないのかッ!?葵ッ!エコッ!!」

地上へと帰っていた愁、エコとの通信を聞いた時から怪しいと感じていた。

聞こえてくる声はエコの声しか聞こえず、葵の返事がまるでない、それに、あの時のエコの言葉を聞いた時の只ならぬ不安は愁の、アギトの足を止めさせたのだ。

レーダーを頼り必死に辺りを探してきたアギト、幸いにもライダーは地上へと上る通路から近く、後はこの地上にまで伸びる巨大な穴から浮上し脱出するだけだ。

「俺は絶対に諦めないッ!二人が立ち止まるなら、俺が無理やりにでも平和な世界に連れて行く!」

アギトの腕の中で朽ち果てていくライダー、既に両腕は崩れ落ち、両足もまた亀裂が走ると色を失い塵へと変わっていく。

あと少しだった、出口に近づいていくと太陽の光はアギトとライダーを強く照らしだしている。

地上はもう、すぐそこに───。


───そして、ついに地上へと生還した愁、空は地下に行く前と変わらず澄んだ青空が広がっていた。

素晴らしい世界、毎日見ている空が今、こんなにも美しいと思った事はないだろう。

その青空の下にある、地上の光景を目にするまでは。

辺りに散らばる無残な機体の残骸、ERRORに侵食され破壊された艦隊、そして愁が穴から出てくるのを待っていたかのように数千匹のERRORが地上に広がっていた。

上を見上げれば青い空が広がっているというのに、下を見れば赤い空が辺り一面に広がっている。

……何だろう、ふと葵の声が聞こえたような気がした。

エコの声も、聞こえてきたような気がした。

その二人の声を聞いて、ゆっくりと抱き締めているライダーに目を向けるアギト。

抱き締めていたはずなのに、側にいたはずなのに……もうそこに、アストロス・ライダーは存在していなかった。

「葵……エコ……?」

葵もエコも、もうどこにもいない。アギトの腕に僅かに積もる塵も風に流されていき、愁はアギトの腕を静かに下ろした。

「俺は……諦めないよ、皆。SVの夢、皆の願い……絶対に、絶対に俺は、俺はぁ……っ……」

わかってはいても涙が止まらない、もう迷わないと決めたのに、皆を絶対に守ると決めたのに、まるでそれが果たせない。

非力な自分がここにいる、いや、力はあるのかもしれない。だがその力で愁は、未だに人を守れず、人を救えない。

全ての人を守り、救うには、絶対的な力が必要なのだろうか?それも、『最強』と言われる程の完全無敵の力を。

「最強……」

地上はどうなっていたのか、愁には詳しい事がわからない。

「甲斐斗さんは……?」

愁は地下に行く前に、地上を甲斐斗に託したはず……それなのに、この有様は……。

その時、突如視界に入っていたERRORの大群が吹き飛び、肉片が宙を舞う。

そこに魔神はいた、黒き剣を豪快に振り回し、魔神に近づくERRORが次々に散っていく。しかし魔神は自分の周りにいるERRORなど眼中にないかのように、何かを見つめ続けていた。

甲斐斗はまだ戦っている、それに気づいた途端に愁は甲斐斗との通信を繋げると、即座に叫んだ。

「甲斐斗さん!ELBの設置が完了しました!今すぐこの場から離れて……っ!?」

モニターに映し出された甲斐斗の姿を見て愁は言葉を止めてしまう。

頭や口から血を流し、虚ろな瞳をした甲斐斗が力無くそこに座っていたからだった。

地下に行く前、あれ程覇気のあった甲斐斗が、まるで死ぬ一歩手前にまで、追い詰められている。

「うぅ……よお愁、どうやら……無事、みたいだなぁ……」

まるで力を感じられない、それこそ葵やエコのように。いつ死んでもおかしくない程に。

地上で一体何が起きたのか、何故甲斐斗がここまで追い詰められているのか、愁にはわからない。

だがここで迷い、立ち止まれば。自分達が死ぬという事だけはわかっている。だから理由を聞く前に、まずは安全な場所に向かう必要があった。

「しっかりしてください甲斐斗さんッ!ELBは後二分で起動します!早くここから逃げないと!」

すぐさまアギトは魔神の側に駆け寄ると、肩を貸し跪いた魔神を立ち上がらせ、出力を上げその場から走り去っていく。

「くっ……俺が運びます!しっかり掴まっていてください!」

「あ?……あぁ、わかっ……た……」

アギトが走り去る間にも、周りにいるERRORは次々にアギトに向かって襲い掛かる。

愁の乗るアギトだけならこの場から離れるのは何の問題も無い、だが今魔神に肩を貸していてはERRORの避けれる動きも避けられずにいた。

次々にPerson態が魔神とアギトに飛びつき張り付いていくと、魔神の装甲だけを噛み千切り剥がしていく。

「このままでは間に合わない!?クソッ!!そこをどけぇえええええええッ!」

今はもう気にしている暇は無い、一刻も早くこの場から離れなければならなかった。

一か八か、アギトはERRORを避けるのを止め一直線に特攻しはじめる。

高速で接近するアギトを次々に止めにかかるERROR、だがアギトの勢いは止まることなく突き進んでいく。

衝撃が次々に二人を襲うものの、ERRORの攻撃でアギトが傷を追う事はない、だがアギトの側にいる魔神は次々に腕や足、肩が吹き飛び、後はもうアギトを掴む一本の腕と、甲斐斗のいる胸部しか残っていない状態にまできていた。

「ぐううぅッ!……耐えてください甲斐斗さん……!最強が死ぬには、まだ早すぎる!」

ERRORの群れの中を突き進むアギト、幾ら突っ切ってもERRORが広がっている光景しか見えない状況の中、モニターに映し出されていたカウントが『0』を示した。

「ELBが……起動する!」


───愁と葵、そしてエコの設置した人類の希望『ELB』。

地下の最深部にいたERROR達はELBを15分以内にELBを止める事は出来なかった、破壊を試みようとDoll態が射撃しようとも弾丸は全て蒸発し、Person態が近づけば体内の血液が一瞬で沸騰し肉体が破裂する。

その理由はELBに搭載されている防護システムによるものだった。

超強力なマイクロ波を放ち如何なる外敵からの攻撃を防ぎ、近づかせない。そして起動の時が来た今、ELBは真の力を発揮する。

ELBを覆っていた硬く厚い装甲が花開くかのように剥がれ落ちると、そこには巨大な光学電子魔石が姿を露にした。

とても美しく、その透き通るような透明度の魔石の中に眩い光は凝縮されていくと、溜められた力は突如解放された。



───光の速さ、真っ白な光が一瞬にして洞窟内の全空間に飲み込んでいく。

何も、誰も抵抗することはできない。光に飲み込まれERRORの姿が次々に消えていく。

その光の矛先は地上にいたERRORにも向けられた。巨大な穴を中心とした亀裂が次々に地面に広がっていき、眩い光は天を貫く程巨大で、空に広がる青い景色すら白く覆う。

空気、空間が振動していくのがわかった。それも高速で、波動のように広がっていく。

その振動は愁の乗るアギトにも伝わってくる、爆発範囲内から何とか逃れたものの、その想像を絶する程の威力は愁の予想を超え、波動はアギトのいる距離にまで伝わった。

また全て消えていく。前回のEDPのように、憎きERRORと共に仲間達は消えていく。

多くの兵士達が死んでいった、皆それぞれ心があり思いがあったのに、一人一人生きていたというのに。

跡形も無く、そこでは本当に戦いが行われていたのかもわからない程の無残な結果だけが残る。

……これで良かったのか、それはわからない。ただERRORには勝利できた。それこそがここで散っていった兵士達へのせめてもの償いになれるのだろう。



───ELBは無事起動し使命を果たした。

ERRORの本拠地が在ったとされる場所には、まるで隕石が落ちたかのように巨大なクレーターが出来ており、その地表からは幾つもの白い煙が昇っていた。

そして、そのクレーターが出来た範囲から少し離れた場所に、力無く横たわる魔神と、アギトの姿があった。

二人ともELBの衝撃に気を失い動きをみせないが、愁はふと目蓋を開けると、ゆっくりと機体を起こし意識が朦朧とする中機体の状態と周囲の状況を確認していく。

「やったんだ……」

レーダーに反応無し、完全にERRORの反応は消えている。

周りからは何の物音も聞こえてこない、目の前にはただ青空が広がり、眩い光が自分を照らす。

愁には未だにERRORに勝利した実感が湧いてこない、嬉しさや達成感も込み上げてこなかった。

「何人、死んだ……?」

余りの多すぎる仲間の死。勇猛果敢に戦った彼等はもういない。

生きる為に、世界を守る為に、今の、この未来の為に……人は消えていく。

何も成し遂げる事無く死んでいった兵士だっていた。

これからも生きていたかったのに、生きられなかった兵士もいた。

「葵、エコ……ごめんね……俺に……力が無くて……」

考えるだけで苦しくて切なくなる、余りにも生き残る人間が少なすぎるこの現実。

むしろこれだけの犠牲を払ったからこそ、勝利に価値が出るのか……?

……もういい。何にしろ、これで未来が開かれたこともまた事実。

傷ついた機体を立ち上がらせる愁、そこに広がっていた光景は、本当に先程まで自分達が戦っていた場所なのかわからない程跡形も無く消えていた。

ERRORの死体も、機体の残骸も、何も残されてはいない。

愁は目を瞑りその光景に背を向ける、そして隣に倒れている上半身だけが残った魔神を拾おうとした時、突如目の前のモニターに一人の女性が映し出された。

「なっ……貴方は……」

そこにはアリスと同じ艦に乗っていたはずのERRORの女性、エラが映っていた。

涼しそうな表情を浮かべたまま愁を見つめるエラ、その後ろには愁が見ていたのと同じ青空が映っている。

『おめでとう。と、言えばいいのかな?お前は人類の目標の一つである、巣を完全に消滅させたのだから』

エラの言葉に、愁は黙ったまま聞き流していた。

不安な気持ち、何故ここでERRORである女性が自分に通信してきたのか……。

『お前達人間の力は不思議だな。とても興味深い、もうじき私も理解しつつある。……それにしても、お前達人間は余りにも力の差が離れすぎている。それ故に今、この場に生き残っているのはお前達二人だけとなった』

たしかに愁と甲斐斗は他の人々より強い力があるかもしれない。だからといって、今ここに生き残っているのは二人だけの力でもない。

力……人間は様々だが、ERRORの場合はどうなる。ERRORには生まれてこないのだろうか、強弱という差のある生物が……。

『心配というのをしなくていい、我々も同じだ。人間と同じように強弱が別れている。

しかし……人間の「強さ」と、我々の「強さ」には、決定的な違いがあった』

そうエラが言った瞬間、エラの背後を巨大な影が通り過ぎていく。

何が通ったかはわからない、黒く巨大な物体……その時、背後から地面に何かが落ちた衝撃と轟音が同時に体を伝ってくる。

……ありえない。全てのERRORはELBにより完全に消滅したはず、それにレーダーにもERRORの反応は無い。

だったらこの衝撃は音は、何だと言うのか……振り返るしかない、確かめるしかない。

意を決して愁はアギトを振り返らせる、そして見た、自分達の前に何が現れたのかを。

「なんだ……これはっ……」

赤い箱、それも機体の大きさを軽く上回る程の巨大で真っ赤な四角い箱がアギトの前に落ちていた。

よく見れば赤い箱の表面は動いており、そこには所々に黒い点のような模様が浮き出ている。

そしてその姿を見た途端に、愁は言い知れぬ不安とプレッシャーに覆われていた。間違いなく目の前に現れた巨大な物体は敵……だがどうして、何故目の前にいるのか、まさかこれに、甲斐斗は負けたのか……?

様々な思考が脳裏に飛び交う中、まるで愁を起こすかのようにエラが口を開く。

『どうした人間。戦わないのか?』

「戦えと言われても……これは、まさかERRORなのか……?」

『ああ、そうだ。お前達の言うERRORで間違いない。しかも、こいつは『オリジナル』だ』

「な……ということは……っ!?」

『人間ならわかるだろ?この意味が』

オリジナル。その言葉を聞いて思い浮かぶ事は一つ、これがERRORの正体であり、本物の姿。

この赤い箱が、ERRORの生みの親であり、世界の破滅を齎す元凶……。

「これが、ERRORの本当の姿……なのか……?」

だが愁は未だに理解できない、目の前にある物体……いや、生命体なのだろうか、この存在が本当にERRORであるのかが。

『本当の姿?どうした人間、我々に本当も嘘も無い、お前達は言うだろう、ERRORと』

そんなエラの愁を惑わしからかうかのような発言は、更に愁を混乱させていく。

「ERROR……!」

其の時、現実が愁を襲う。考えている場合ではないのが、何故わからない。

今自分の目の前にいるのは、全人類の敵、仲間達を残酷に殺してきた化物だということを、自覚しなければならない。

あれだけの犠牲を払い、起動したELB。それでもERRORは消えず、こうして目の前に現れた。

それも最悪最強の生命体がだ、たった一人の人間の前に、現れたのだから……。

『さぁ人間、いよいよだな。今から思う存分始めるといい……「EDP」を』

絶望。

それしか言葉がみつからない。この状況に立たされた人間は普通、思考がまともに働かない。

噴き出す汗、零れ落ちる涙、絶望に飲み込まれ顔を押さえつけながら絶叫するだろう。

エラは知っている、人間とはどういう生物なのか、何せ理解しつつあるだから、人間という生物を……。



───「愁だ」

『……ん?』

一言、そう聞こえてきたエラは首を傾げ理解できずにいた。

すると、そこに言葉を付け足すように愁は更に言葉を続ける。

「俺の名は愁、SV親衛隊隊長。魅剣愁」

アストロス・アギトが拳を構え、目を光らせる、その真っ直ぐな視線は目の前に立ちはだかるERRORを睨みつけた。

戦いの闘志は消えていない。それ所か先程より増していた、愁の闘志がERRORを目の前にして消える事は絶対に無いであろう。

この世に平和を齎す神になろうとは思わない。最強の男になろうとも思わない。

だが、もし平和な世界がその存在を必要とするなら……なるさ、神にだって、最強にだって。

皆の願いを、気持ちを、意思をぶつける格好の敵の登場だ。皆の希望が詰まった、この震えの止まらないこの拳を今、解き放つ。

「今からお前達を消す人間の名だ」

愁の眼差しは衰えない。

その強く鋭い視線にエラは眼を輝かせニヤニヤと笑っていた、鳥肌というものが立ち、全身を巨大な何かが飲み込むような感覚、新しい、感覚。

言葉に出来ない、だがエラはとても満足していた、そしてその眼でエラは見届けるだろう、この戦場での最後の戦いを。

「ERRORの生存を確認、これより……EDPを続行する」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ