第103話 本性、命運
───「へー、この本を持ってきてるってことはさ、やっぱりそうなんだねー」
アリス達の乗る艦内のとある一室、部屋の隅でシーツに包まり震えるミシェルをよそに、アビアはミシェルから取り上げた一冊の本に目を通していた。
部屋の外から聞こえてくる銃声と悲鳴にミシェルは目に涙を浮かべ震えているが、アビアは余裕の笑みを浮かべて本のページを捲っていく。
「ねえねえ、これからどうするの?」
そう言って呼んでいた本を閉じその場に投げ捨てると、ミシェルの元へ頭を左右に揺らしながら近づいていく。
「死にたいの?死にたくないの?守りたいの?守りたくないの?どっちなのー?」
笑顔で近づいてくるものの、今のミシェルから見てアビアは恐怖の対象でしかない。
アビアは唯一知っているのかもしれない、ミシェルの思惑、神の存在、Deltaについて……。
ミシェルの前にまで来るアビア、その場にしゃがみ込みミシェルを見つめるものの、ミシェルは目を逸らして目を合わせようとしない。
「ふーん。アビアはねー甲斐斗の側にずっといて、甲斐斗の力をずっと見たいの。分かる?」
アビアがそう言った途端、何処からともなく小さなナイフを取り出すと、その刃先をミシェルに向けた。
「ひっ!あ、ぁっ……!」
それを見て涙を零し怯えるミシェル、逃げようとしても部屋の隅にいる為これ以上下がれず、アビアはゆっくりと刃をミシェルの顔に近づけていく。
「今のあなたはすーっごい邪魔なの、殺しちゃおっかな?」
その時だった、突如部屋の扉が開くと、アビアの背後に素早く回り刀を首先に突きつける者がいた。
「貴様、何をしている」
少し呼吸が荒い、恐らく走ってこの部屋にまで来たのだろう赤城がそこにいた。
咄嗟に刀を抜きアビアにその刃先を向けてしまったが、赤城には今の状況がよくわからずにいる。
アビアはゆっくりと後ろに振り返り赤城を見つめると、小さな笑みを見せ再び前を向いた。
「今すぐナイフを仕舞え、妙な真似はするなよ。私はただその子を安全な場所に連れて行くだけだからな」
「安全な場所ー?」
「そうだ、ここはもう安全ではない。艦内にERRORが侵入した、早くしなければ───っ!?何をする!」
赤城が話していた時、突如振り向き様にナイフを振り回すアビア。
咄嗟に後退しナイフを避ける赤城だが、すぐに刀を構えなおし体勢を立て直す。
「じゃーま。ねぇ、あなたは甲斐斗とキスしたことある?」
アビアは薄らと笑みを浮かべながらナイフを片手に赤城を見つめてくるのに対し、赤城は困惑した表情でアビアの様子を窺っていた。
「は、はぁ?何を言っている、訳がわからんぞ!」
「最近甲斐斗の周りに邪魔がいーっぱい、皆ここで消えてくれたら、案外良い結果になるかもー」
「来るか……ッ!」
ナイフを握り締めこちらに向かってこようとしたアビアを見て赤城は刀を構え応戦しようとした時、ふとアビアは顔を上げ声をあげた。
「って、あー……甲斐斗と約束してたんだった。ごめんごめーん、今の無しー」
アビアがそう言うと片手のナイフは既に手元から消え、照れ笑いしながら自分の頭を撫で始める。
「な、何?約束……?」
先程まで感じていた殺気がアビアから感じられない、赤城は刀の刃を少し下げるとアビアの話に耳を傾けた。
「うん、約束。だからアビアも一緒に逃げるの手伝うよー」
「……信じて良いんだな?」
「もっちろーん。アビア約束は守るよー」
先程襲ってきたのが嘘かのような振る舞い、疑問は残るもののここに長居するのは危険な為に赤城は刀を鞘に仕舞いミシェルの元へ歩み寄る。
「なら良いんだが……」
アビアを警戒しつつも怯えるミシェルに手を差し伸べる赤城、するとミシェルはすぐに手を伸ばし赤城の手を握り締めると、ぴったりと赤城に引っ付きアビアには近づこうとしない。
「大丈夫だ、お前は私が守る。さぁ、行くぞ」
優しくミシェルにそう言い聞かせた後、赤城はミシェルを抱き上げ走って部屋から出て行く。
部屋に一人残されたアビア、このまま部屋にいてもつまらないので部屋に捨てたあの本を拾った後、すぐに部屋を出ると赤城の後を走って追いはじめた。
───赤い蛭は次々に艦内に侵入し兵士達を殺していく、拳銃を赤い蛭の群れに発砲した所で数匹死ぬ程度、機関銃で一掃しようとしてもそれは赤い蛭の進行を僅かに遅らせる時間稼ぎにしかならない。
そしてそれは艦内の格納庫でも起きていた。震えるロア、周りにいた兵士達が次々に赤い蛭の餌食となり殺されていくのを見て腰を抜かし立ち上がれない。
「終わりだ……もう終わりだぁっ!人類はERRORに負けたんだ、皆殺されるんだ……!」
抵抗する兵士達は諦めず戦い続ける、だがロアが回りを見渡せば兵士達は次々に殺され、悲鳴を上げながら醜く死んでいく。
そしてその波は今、自分の目の前にまで迫ってきていた。
その時、息吹かれた炎がロアに迫ってくる赤い蛭を一瞬にして灰にしていく。
例えロアが諦めようとも、この龍は決して諦めようとはしない。次々に襲い掛かってくるERRORをその火炎で焼き殺し、後方から近づくものならその鋭く巨大な尻尾でERRORを吹き飛ばす。
「マルス、もう無理だよ……外はERRORに囲まれてるんだ……どうせ僕達は死ぬ運命なんだよ!」
そんなロアの弱音が聞こえてきた時、前方から一人の女性の声が少年の耳に届いた。
「諦めてはなりません!死ぬ運命なんてもの、私は認めないッ!」
何かが動き始める音が聞こえる、ロアは咄嗟に上を見上げると、天井のハッチが徐々に開き始めていた。
太陽の日が格納庫内を照らし始める、それを見た龍は尻尾を使い青年を自分の背部に座らせると、大きく翼を広げた。
その時、青年がふと前を見つめると。そこにはハッチを開閉させるスイッチを押すシャイラの姿があった。
頭からは未だに血が流れ、その手には銃を握り締めている……。
「さぁ、行きなさい。外には仲間がいます……諦めてはなりませんよ、私達人類は生き続けられるのですから」
それだけ言い残しシャイラは背を向けると一人走り去っていく。
「ど、どこに行くんですか!?貴方も早くマルスに乗ってください!」
それを見てロアは大声で叫ぶが、シャイラは振り向く事無く一人艦内を走って行く、その時には既にハッチは完全に開いており、龍はその大きな翼を羽ばたかせ上昇していった。
一方、シャイラは体の痛みに耐えながらも必死に走り続けていた。
行く先は一つ、アリスの元に。息を切らし吐き気を催しても、ただひたすら走り続ける。
通路は既に血で汚れ、前方からはERRORによって変異した嘗ての仲間が殺しに来る。
申し訳ありません……そう心の中で告げるシャイラは、邪魔するERRORを次々に手に持った銃で撃ち抜いていく。
それでも足を止める事はない、頭の中は既にアリスの安否で一杯で、涙まで滲んできていた。
ラティスが消え……ゼストが消え……フィリオが消え……次々に仲間が消えていく……。
故郷のアルトニアエデンを離れ世界の希望を背負いこの地に降りたSV。その役目を果たそうと行動したものの……今の結果に至り、希望が消えようとしている。
でも、まだ消えたわけではない。消えようとしていたが、その希望の光は未だに輝き続けていた。
アリスのいる司令室にまで残り僅かの所にまで来た時、前方から押し寄せる赤い蛭の大群にシャイラは腰に着けていた手榴弾を外すと、スイッチを押し全力で赤い蛭の大群へと投げ込む。
それでもシャイラは立ち止まる事無く、物陰に隠れることもしなかった。投げられた手榴弾は赤い蛭の前方に落ちた瞬間、強烈な爆発を起こし赤い蛭の群れを吹き飛ばす。
強烈な爆風、そして破片は走り続けるシャイラの身をも傷つけていく。体に破片が突き刺さり、肩や足に無数の傷跡がつくが、それでもシャイラは止まらない。
だからこそ辿り着けた、アリスのいる司令室に───。
シャイラが扉の前に立つと、扉は自動的に開きはじめる。そして、その司令室の光景は余りにも酷かった。
床や壁、椅子には生々しい血が付着し、天井からも血が滴り落ちている。
人気も無く、もはや生き残っている兵士の姿はどこにもない。その異様な静けさの中、部屋の隅に一人の少女の後ろ姿が見えた。
「アリスお嬢様ぁ!」
アリスの姿を見た途端すぐに駆けつけるシャイラ、そしてアリスの肩に手を置くと、アリスは驚いた様子で後ろに振り返った。
「シャイラ……シャイラぁっ!!」
涙を流し共に名を呼び合う、胸に飛び掛ってきたアリスにシャイラは優しく抱き締めつつもアリスの体に目をやり怪我がないか確かめる。
軍服は汚れ、少し血が付着しているもののアリス自体に怪我は見当たらない。それが確認できて、初めてシャイラは安心して涙を零せた。
「ああ……良かったぁ……本当に、ご無事でっ……!」
アリスを救えた、アリスを失わずに済んだ……後はこの艦を脱出するだけ、そう思いシャイラは体からゆっくりとアリスを放すと、少し微笑みながら口を開いた。
「さぁ、アリスお嬢様。早くこの艦から出ましょう、外には味方の機体が待機しております、もう心配は───」
震えていた。
微笑みかけるシャイラを前に、アリスは恐怖で全身を震わせ、大粒の涙をボロボロと零しながら泣き続けていた。
「シャイラぁ゛……私、死にたくない……死にたぐないよぉ゛ッ!!う゛わ゛ぁあああああああああ!!」
泣き叫び跪き頭を抑えるアリス、何が起きたのかわからず困惑するシャイラだが、すぐに跪きアリスに手を伸ばすと、アリスは涙を流し声が嗄れながらもシャイラに訴えてきた。
「ERRORがっ、あの赤いのがぁっ……私の、私の口の中の入っでぇ、いっぱい吐いたのにい゛!出てこないよお゛お゛っ!!」
ERRORが……口の中に……?
シャイラはアリスが先程いた部屋の隅に目をやると、そこにはアリスの吐いたものであろう嘔吐物が広がっていた。
「シャイラ゛!助けてよぉ゛!助けてっ、助けで……たす、け……う゛うっ、ぁ゛ぁあ、熱い、熱いぃい゛ーーー!!」
胸元を押さえ苦しみ始めるアリスに……もう、シャイラにはどうすることもできなかった……。
あの頃の笑顔を見たのはいつだろう、ああ、今のアリスの表情は死にゆく兵士達が残したものと同じだった。
虚ろな目を大きく開き、苦しみもがく姿、軍服は床についてある血で見る見る汚れ、呼吸が覚束なくなっていく。
「怖い゛よお!死にたくない゛!い゛い゛あ゛……っ───!」
だがアリスは息を呑み、動かしていた手足をピタリと止めた。
シャイラがゆっくりと手をさし伸ばしてくれて、優しく抱き締めてくれたからだ。
その温もりに、胸元の熱い痛みは少しだけ和らいだ気がする。
「私は、いつまでもお側にいます……アリスお嬢様の受けるその痛み、悲しみは、私も、共に……」
……シャイラは、これだけはこの世の神に問いたかった。
どうして?なぜ、彼女にこれ程の罰を受けさせたのか。一体彼女が、何をしたというのか……。
平和を望む事はそれ程まで悪なのか?人類は、本当に消えてしまう存在なのか?
死ぬ運命は……本当に必要なのか───?
「お嬢様……」
「う、ん……?なぁに、シャイラ……」
「申し訳ありません……私は、私はアリスお嬢様を───っ」
それ以上言わせないように、アリスは自分の唇でシャイラの口を塞ぐ。
「ばかっ……シャイラはいつも謝ってばかり……私だって、いっぱい謝りたいのに……」
生まれた頃からアリスの世話をしてきたシャイラは、兄や姉よりもずっと一緒にいる時間が多かった。
アリスが不満を言うと、いつもシャイラは謝りながら機嫌をとろうとしてくれる。
いつも気を使ってアリスの事を守ってくれたシャイラの姿に、アリスは日々感謝してて、そして心の中で謝っていた。
だけど、それをシャイラが分かっていたとは、アリスも思っていなかっただろう……。
ふとシャイラが視線を横に向けると、司令室の扉は開いたまま壊れて止まっており、その通路の奥からは夥しい数の赤い蛭がこちらに向かってきているのが見えた。
床、壁、天井を泳ぐように近づいてくるERROR……シャイラはふと腰に着けていた手榴弾を手に取ると、それを自分とアリスの間に持ってくる。
「ねぇ、シャイラ……」
優しいアリスの声、不安と恐怖で心の中は一杯でも、自分をいつまでも抱き締めてくれるシャイラの温もりに体の震えは消えていた。
「はい」
シャイラもまた優しい声で返事をする……その時、既に赤いERRORの大群は司令室の扉を超え、覆いかぶさるようにアリスとシャイラの二人を飲み込もうとしていた。
「あっちの世界は、きっと平和だよね……」
「……はい」
───何とか艦から抜け出す事が出来た赤城、抱かかえたままミシェルを操縦席に連れてくると、赤城は席に座り機体を起動させる。
それに続いてアビアも操縦席に入っていくと、赤城が機体を起動させ発進しようとした時、突如葵から通信がかかってきた。
『おい!アリスとシャイラは助かったのか!?』
「それは……すまない、あの二人はわからない。ミシェルを助け出す事で精一杯だった……」
出来れば艦内をくまなく探し生き残った兵士達を助け出したかった赤城だったが、その余りにも危険な事にミシェルを巻き込む訳にはいかなかった。
『っち、わかったよ!じゃあ俺達が探しに行く!」
そう言うと葵の乗るアストロス・ライダーが向きを変え艦の元へ行こうとした瞬間、無残にも、アリス達の乗っていた艦は巨大な爆発を起こし吹き飛んでいく。
甲板の上に機体を止めていた赤城の乗るリバインは爆風を直に食らい凄まじい揺れと共に機体の装甲を吹き飛ばしていくが、何とか全壊はせず機体の体勢を立て直していく。
その爆風は遠く離れていた葵とエコにも感じられた、間違いなくアリス達の乗っていた艦は今、爆発した。
二人の思考が停止し、一瞬静寂に包まれたものの、葵の後ろに座っていたエコが肩を震わせると、両手で顔を覆いその目から涙が溢れ始める。
「そんな……そんなぁっ、シャイラぁ……アリスぅ……!こんなのって、ないよぉ……ッ!」
エコの泣き声を聞いて葵は止めてしまった機体を走らせた、だが到着した場所にはもう艦など無く、四散した艦の残骸と破片しか残っていなかった。
すると葵は直ぐに羽衣と通信を繋げると、冷静な面持ちの神楽に口を開いた。
「か、神楽!お前の機体にシャイラは、アリスは避難したんだろ!?」
『……いいえ、あの二人は見てないわ……』
「っ───!」
その言葉を聞いてもなお、葵は諦めない。次は近くにいた友軍機に全てに通信を繋げ声を荒げた。
「おい誰か!?シャイラとアリスを助けた者はいないのか!?本当はいるんだろ!?おい、おい!……何とか言えよッ!!聞こえているかシャイラ!?無事なんだろ!……アリスッ!」
……誰も、何も答えない……目の前の装置に力強く拳を振り下ろす葵、何度も何度も、その怒りと悔しさをぶつけていた。
「嘘だ嘘だ嘘だ!……嘘……なんだろ……?なぁ、誰でもいいから……そう言ってくれよ……」
もう二人に会えない、もう二人を見れない、もう二人と、平和な世界に行けない───。
悲しみに浸っている場合でも、状況でもないのはわかっている。それでも、二人の目から溢れる涙は止まらなかった。
フィリオの意思を引き継ぎ、SVと共に、世界の平和の為に動き始めたというのに……これから新しい平和な世界で、SVを纏めていくはずだったのに───。
───『何やってんだお前等ァッ!?さっさとこの場から離れろって言ってんだろがぁあああああああッ!!』
そんな二人を、雰囲気を、吹き飛ばす程の怒鳴り声が聞こえてくる。
通信が繋がれモニターに映し出された甲斐斗、呼吸が荒く、頬や額には汗が流れていたものの、何とか無事でいた。
「甲斐斗!シャイラと、アリスの乗る艦が爆発したんだよッ!あの二人は、もう───」
葵が次の言葉を言おうとしたが、その面を見た甲斐斗は再び声を荒げはじめる。
『だからどうしたぁッ!?お前等はまだ生きてんだろうがぁッ!このままここに残って死ねばそれで気が済むのかッ?泣いて悲しめば良いのか!?違うだろ!あいつ等の意思を引継ぎ、あいつ等の分まで生き抜く事じゃねえのかよッ!?』
甲斐斗の放つ一つ一つの言葉が、葵とエコ、そして赤城や神楽の胸に深く突き刺さる。
『俺がこの化物の相手をしている内に早く離れろッ!愁だって必ず作戦は成功させる、もし駄目だったとしてもお前らが離れた後に俺が地下に潜ってELBを起動させてやるよ。だから早くこの場から───』
「だったら!俺とエコは地下に行く!俺の機体はまだ無事だし、さっきから地下にいる部隊に通信を繋ごうとしても繋がらねえ。行って確かめてくる……!」
今度は甲斐斗の言葉を遮るように葵が口を開く、葵のその目には薄らと涙を浮かべていたものの、力強い視線は甲斐斗の目を真っ直ぐと見つめていた。
『お前……』
「地上はお前に任せるぞ甲斐斗……だから、地下はSV親衛隊の俺達に任せてくれ」
『……やれやれ、こればっかりは止めても無駄そうだな。でもな、任せた以上は必ず作戦を成功させて戻って来いよ?俺との約束だからな』
「わかった、ありがとな!必ず巣を破壊して愁と一緒に帰って来る!それじゃ……頼んだぞ!」
そう言って葵はすぐさま機体の向きを変え1機で巨大な穴の中に降りていった。
『行ったか……』
それを確認した後、甲斐斗は少し冷静さを取り戻して赤城に問いかけた。
『赤城、ミシェルは無事か……?』
「安心しろ、助け出して今私の隣にいる」
甲斐斗の声にミシェルが反応し、カメラに映るように顔を出すと、甲斐斗は少し微笑み息を吐いた。
『そうか、ありがとな。代わりに助けに行ってくれて』
「礼には及ばんさ……それとな、甲斐斗。私も一つお前に聞いていいか?」
『ん?』
「お前は今戦ってるERRORに、勝てるのか……?」
赤城の意外な質問に一瞬だけ間が空いたが、甲斐斗はいつものような強気な態度で答える。
『おいおい、俺が負けるわけねーだろ!大丈夫だ、もう直決着がつく。それじゃあな』
「ま、待て!……くっ、勝手に通信を切りおって……神楽、甲斐斗が何と戦っているのかわかるか?」
「いいえ、相変わらず砂塵で何も見えないわ。甲斐斗の乗る機体が常に動き続けているのは確認できるんだけど……でも、ここは甲斐斗に任せましょう。私達がここに残っていても甲斐斗に不安を与えるだけよ」
そう言って神楽は羽衣を動かし戦場から離れていく。
甲斐斗が今、どんなERRORと戦っているかはわからない。だが神楽と赤城には大体の予想は出来た。
ミシェルを助けに行かず、ERRORと戦いに行った訳。その答えは一つしかない。
あの時甲斐斗がミシェルを助けに行っていれば、地上は間違いなく全滅していたからだ。
羽衣の機体の中にある広いスペースには、たった数十人の兵士しかおらず、そこには艦から逃げ出したロアとあの龍の姿もあった。
そして新たに赤城とミシェル、そしてアビアが入っていくと。生き残った兵士達を乗せた羽衣は全速力でその場から離れていく。
……兵士達に悔しさだけが残る、何も出来ず、ERRORに敗れ、自分達は何もできない。
後は託すしかない、今できる事といえば、作戦が無事成功する事を祈るだけ……そう、祈りとは……力の無い人間がすることなのだと、今になって思い知らされる。
戦場に残る機体の中にはまだ生き残った兵士達も大勢いた、だが次々に仲間が殺され、艦隊が爆発し破壊されていく状況。
ERRORによる大量虐殺……戦意を失い、力尽きていく兵士達。生きて帰るはずだった、勝って帰るはずだった……最後に残された時間ではもう、自らの命を絶つ事しかできない。