第101話 天国、地獄
───全く、一瞬目を疑っちまったよ。
羽衣の目の前に現れ、一瞬にして周辺にいたERRORを八つ裂きにして殺した。
戦場に降臨した一体の機体……いや、一体の獣という言うべきか?
俺は機体の中からその様子の一部始終を見ていたが、余りの素早さと機動力に驚かされるものの、自然と笑みが零れてしまう。
久々に俺の心が震えた。勇ましく、強い、その獣の姿に。
「すげえじゃねえか!葵!エコ!」
俺がそう言ってやると、二人は余裕の笑みを見せ応答する。
「へっ!当たり前だ!俺とエコが力を合わせりゃ敵無しだからなッ!」
話し合いながらも次から次へとERRORは俺達に襲い掛かる、だが今の俺の眼中に醜い化物など入らない。
意識してなくても勝手に機体はERRORを殺し続ける、まるで呼吸をするだけのような簡単なほどに。
そして俺は葵とエコの乗る機体から目が離せなかった、もっと見てみたい、あの二人の力を───。
っと、熱くなりすぎるなよ俺。今は葵達の他にも注意しなけりゃいけねえことがあるだろ。
「応答しろ神楽ッ!大丈夫か!?」
葵とエコの乗る機体が羽衣の胸部に張り付いていた肉片を吹き飛ばした後、羽衣を侵食していた血肉は次々に黒ずみ地面へと落ちていき、羽衣の中にいた神楽は頭を抑えると俯いたまままだ顔を上げない。
「っ……え、え……だいじょうぶ、よ……」
頭を抑えながらもゆっくりと顔を上げる神楽、どうやら先程より意識は安定しているみたいだが……どう見ても大丈夫そうには見えなかった。
頭からそっと手を離した神楽はすぐさま機体に異常が無いか調べていくものの、その額には汗が滲み息も荒くなっている。
「羽衣に異常無し……問題無し、よ。作戦を続行して……」
羽衣が体勢を立て直し始めると、近くにまで来ていた機体が羽衣に向けて一斉に銃を向ける。
無理もない、先程までこちらに攻撃を仕掛けてきたんだからな。
俺が止めようと通信を繋げようとしたが、それより先に既に赤城が通信を繋げ兵士達に呼びかけていた。
「羽衣を撃つなッ!既に機体からERRORは取り除いている!各機目の前の敵に集中しろ!」
小さな油断が命取りになる、戦場はそんなもんだ。ほら、今まさに羽衣に余所見した機体がERRORに襲われようとしている。
大丈夫、俺が助ける必要は無い。既に気づいていたんだからな、地に落ちたフェアリーが一斉に飛び交っていくのを。
一斉にERRORを撃ち抜いていくフェアリーの群れ、どうやら羽衣のSRC機能はまだ使えるみたいだな。
そしてそのフェアリーの動きを司る羽衣を破壊しようと、ERRORが次々に向かうが、既に羽衣の周りに到着したアギトとリバイン、そして葵とエコが乗るライダーにより一掃されていく。
「大丈夫か神楽、無理をするなよ。機体が無事でもお前の身が危ういなら今すぐ下がれ」
赤城は羽衣の状態より神楽の体調を心配している、勿論俺もだ。ERRORが機体を侵食する光景はかなり前に見た事はあった、俺の機体もそうだからな、だがあの神楽の不可解な笑みに羽衣の攻撃、一体神楽の身に何があったんだ……。
「ありがとう、赤ちゃん……。でも、下がるわけにはいかないのよ……」
そう言って神楽は俺と赤城、そして愁とシャイラと葵とエコの5機と通信を繋げる。
只ならぬ表情で神楽が俺達を見つめる眼差しは、例えモニターの向こうからでもハッキリと感じられた。
「貴方達、今から私の言うことをよく聞いて……。ERRORは……羽衣を制御した訳じゃない」
なっ……羽衣を制御していないと言うのか?そんな馬鹿な。
羽衣は俺達に攻撃を仕掛けたのは間違いない、勿論それはERRORが羽衣に取り付き俺達に攻撃させたんだからな。ERRORが羽衣に張り付いた理由はそれしかないはず……。
「ERRORが制御していたのは───私よ」
───その神楽の一言で、俺は先程まで神楽に何が起きていたのか理解できてしまった。
皆も感づいてくるはずだ、神楽の言葉の意味に。
SRCを使用するには必ず操縦者のデータを必ず入力しなければいけない……そして操縦者の脳波を直接機体に読み取らせ機体に指示を送り操作を可能とするの。
つまりERRORが直接機体を動かしていた訳ではなく、SRC機能を使い羽衣の全てを操る神楽を制御しコントロールしていたんだ。
それでも疑問が一つ残る、一体ERRORはどうやって神楽を制御し、俺達を攻撃させるように仕向けたのか。
「でもね、私は肉体をERRORに操られた訳じゃない……貴方達を攻撃したのは、全て私の意志よ……」
お、おいおいどういう事だ。操られた訳でもないし、俺達を攻撃したのは本当に神楽の意思だって言うのか?
その時、神楽の表情が段々と変化していくのがわかった。何かに耐えるように微かに震え、左手で自分の右腕を強く握り締めていく。
「奴らはね……あの化物共はね……私の感覚、知覚……欲求を……弄ってきたのよ……ッ!」
……ああ、そうか……涙を零す神楽を見つめていた俺はやっとわかってやることができた……神楽は今、悔しさで震えているんだと。
「必死に抗ったわよ!……でも、無理だった……押し寄せる欲求を満たしたくて、私は……貴方達に引き金を───」
「ああ!よくわかった!んじゃあの化物共をぶち殺しに行くぞッ!」
何でだろ、耐えられなかったのかな、俺は。
涙を流し説明してくれている神楽の言葉を最後まで聞かず、俺は声を荒げていた。
「全ての原因はERRORだ、やられっぱなしってのは性に合わねえだろ?神楽、お前の力も奴らに思う存分見せてやれよ、そして勝利を掴み取ってこんな場所からさっさと帰ろうぜ」
許せねえんだよ、言い知れぬ怒りが込み上げてきやがる。あの化物共、どれだけ俺を苛立たせれば気が済むんだ。
俺にとって大切な人や仲間を傷つけやがって……この戦い勝つだけじゃ満足できねえ、あの化物共全員ぶち殺す。
すると、俺の言葉を先頭に赤城や愁も言葉を続け神楽に話しかけていく。
「大丈夫ですよ神楽さん、ERRORの仕業には変わりありません。貴方は何一つ悪くない」
「そうさ神楽、お前は何も悪くないし、私達に何もしていないだろ?……行くぞ」
俺だけじゃない、怒りに震えているのは赤城や愁もだ。
その気迫は相当なものだ、これ程まで怒りのオーラに満ちた赤城もそう見たことが無い。
それに赤城なら当たり前か、俺達よりも遥かに神楽の苦痛をわかってやれる。
「貴方達……ありがとう……」
「それに、私にこんな下劣な方法を使ってきたERRORを放っておけないものねぇ……」
な、何だ。先程まで涙を見せていた泣き顔はどこにいったんだ、またいつもの表情に戻ると、まるで先程のお返しをするかのように羽衣の攻撃はより一層激しさを増していく。
羽衣の復活により戦場はまた人類が優勢となっていく、すると、葵達の乗る機体がある箇所に立ち動きを止めると、全機体に通信を繋げ声を上げた。
「作戦開始地点に到着ッ!全部隊編成を整えこの地点に集結しろ!」
あ、あいつ、もう一機であの場所まで到達したのかよ!?
恐らく葵とエコが殺ったのだろう。荒野の中心、作戦開始地点に到着するまでの道のりがERRORの死体だらけになっている。
本当に大した奴らだ、たった1機の機体だけでここまで戦況が変わるなんてよ。
「アリス!例の物を頼むぞ!」
「ええ、任せて。既に発射の準備はしてあるわ!」
例の物、そう言えば俺はまだ見た事も聞いた事も無いぞ、その地上に穴を開ける装置を。
各機作戦指示通りに動き葵の機体を中心に巨大な円を描くような陣形を組んでいく。
遅れている機体や艦隊は羽衣に助けられ、何とか今残っている全ての戦力が揃い始めていた。
すると、アストロス・アギトの元に艦隊から発進されていく見慣れない黒い機体が次々に集まっていく。
「いよいよ始まるんですね……準備は万全、降下部隊は俺に続いて降りてきてくださいね」
愁の言葉で何なのかがわかった、なるほど、ここに辿り着くまでに破壊されては意味がないからな、艦内で待機してんだろう。
おっと、艦から出てきたのは機体だけではない、何かの装置のような物体が艦隊から円の中心に向けて発射されていく。
それを見て葵達はその場から引くと、装置はまるで何かに吸い寄せられるかのように次々に合体していき、一つの巨大な円盤のような物が完成するが、あんなUFOみたいなのが穴を開ける装置だっていうのか?
まぁ見ていればわかるか、あの装置がどれだけの力を発揮してくれるのか。
「愁、俺もお前達と一緒に降下する。奴らに家に行って暴れまわってやろうじゃねーか」
「……すいません甲斐斗さん、自由に動いて良いと前に言いましたが、貴方はここに残っていてください」
「はあっ!?何でだよ!お前俺の力が劣るとでも───」
「違いますッ!その逆なんですよ、貴方にはこの場に留まってもらいたい、そして皆を守っていてほしいんです」
「てめえ、そうやって言えば俺がここに留まるとでも本気で思って───」
いや待て……俺は今、何の為に戦っている。
前にこいつに言われたよな、怒りや憎しみで戦うなって。まぁあれだろ、要するに、熱くなりすぎるなとでも言いたいのか。
「……ったく、わかったよ。俺はここで守りを固める、だからお前は絶対にERRORの巣を根絶やしにしてこいよ」
俺にしてはすんなり受け入れた方だ、本当なら俺だけでもERRORの巣に乗り込んでるはずなのに。
「ありがとうございます、必ずこの任務、成功させます」
愁がそう言うと、円の中心で浮いたままの円盤型の装置が緑色の光を放ちながら回転しはじめた。
緑の光は次第に大きさを増し、始めに見たときよりも遥かに巨大な円盤となり、砂塵を上げず超高速で回転し続ける。
そして一度上昇した後、円盤は回転しながら垂直に落下していく。円盤を覆う光は触れた土や砂を次々に掻き消し地下深くまで潜っていく。
そして出来上がった巨大穴を見て、俺や他の兵士達は驚いていた。こんなに綺麗で歪みのない穴が地面にあいているんだもんなぁ。
すると穴が開いた途端にNF、SVの降下部隊が次々に底の見えない穴の中に降りていく。
「甲斐斗さん、地上は頼みましたよ……それでは」
一言告げた後、愁の乗るアギトは穴の中へと降りていく。
赤城の乗るリバイン、葵とエコの乗るライダー、そして神楽の羽衣に、この俺様ッ!
地上の戦力は十分にある。あるんだが、ERRORの巣を落とさなければ意味がなく、かなり多くの部隊が地下へとおりている。
地獄に下りて、一体何人戻ってこれるのやら……。
───地上は甲斐斗さんに任せたんだ、きっと大丈夫。それより今はELB(電子光化爆弾)をERRORの巣に設置しなければならない。
この地下がどのような構造なのかは既に調べられてある、後は目標地点へと向かい仕掛けるだけだ。
俺はアギトを加速させ地下深くまで降りていくと、メインカメラを暗視モードに切り替え見渡してみる。
そしてふと上を見上げると、あれ程大きかったはずの穴が消えてしまいそうな程に小さくみえた。
「必ず皆の元に帰る……各機俺に続いてください!行きますよ、ERRORの本拠地にッ!」
巨大な洞窟はERRORにとって進行するには都合が良いが、それは俺達も同じ、一気に攻め落とすッ!
各機加速し更にERRORの巣へと近づいていくと、それにつれて土で出来ていたはずの洞窟の壁が血肉へと変わっていく、周りは赤い肉で覆われ、血管がそこら中に伸びている。だが、そんな異様な光景など既に想定済み、何も驚く事は無い。
そして俺達の進行を防ごうと穴から次々に這い出てくるPerson態、だがそれも、予想通りの展開にすぎない!
兵士達は一斉に構えていた銃をERRORに向けて引き金を引き、先頭にいる俺のアギトが前方から向かってくるERRORを次々にその拳で殺していく。
今この場に集まっている者達はどれだけこの時を待っていただろう、あれだけ人類を苦しめてきたERRORを、この手で追い詰めることが出来るのだから。
作戦通りに実行していく、丁度俺の機体がこの位置まで進んだ時、一人の兵士が言ってくるだろう。
『魅剣隊長!レーザー兵器準備完了しました!』
予想通り、そして丁度ERRORの大群が前方から押し寄せてきた所、完璧なタイミングだ。
後方に巨大なレーザー兵器を準備していて正しかった、ERRORを一掃するのと同時に一直線上にERRORの巣へと向かう事が出来るのだから。
他の機体が出来ない事、俺の機体に出来る事……無謀と思えるかもしれないが、俺のアギトだからこそ成功する。
「放てぇッ!」
指示通り、巨大なレーザー砲は閃光を放ち一瞬にしてERRORを飲み込んでいく。
勿論俺の機体も例外じゃない、ERROR同様光に飲み込まれた。
周りのERRORは悲鳴を挙げながら消えていく状況で、俺は更にアギトを加速させ真っ白な光の中を走っていく。
もう誰も俺を、アギトを、人類を、止めることなんて出来ない。
人類の勝利は、目前にまで来ているのだから───。
───「ほら、早く起きて!愁ったらぁ!」
白い光の中に飲み込まれた俺の耳に、誰かの声が聞こえてくる。
目の前に広がる光景は全て白く、頭の中も段々と白くおぼろげになっていくのを感じた。
とても体が軽く、暖かい、俺は今どこにいて、何をしているんだ……?
「授業始まるって!……あ、あー私もう知らないからね……」
さっきから何を言っているんだろう、授業なんて、俺には何も関係無───痛っ!?
誰かに頭を叩かれた、俺は俯けていた顔を上げてみると、そこには本を丸めて俺を見下ろすセーシュさんの姿があった。
「愁、授業が始まる前から居眠りとは良い度胸をしているな。死ぬか?」
「セーシュさん……?どうしてここにい───いたいいたい!叩かないでください!」
「何だその態度は!それに教師が教室に来なくてどうやって授業を始めろと言うんだ!?寝ぼけるのもいい加減にしろ!」
セーシュさんが教師?ここは、教室?
教科書で頭をぽかぽかと叩かれた後、不機嫌そうにセーシュさんが教卓に戻り大きな黒板に文字を書いていく。
「だから言ったのに、大丈夫?」
わき腹をつつかれ横を振り向くと、そこには可愛らしい制服を着てこっちを見つめてくるエリルが座っていた。
「エリ、ル?そんなっ、どうして───」
突如教室の扉が開く、そして一人の青年がカバンを肩に教室の中に入ってきた。
「穿真……!」
「いや~実は道端で困っている老人がっ……ってぇ!?今日一時間目セーシュかよ!……あばよ、皆」
弾丸の如くセーシュさんの手からチョークが投げられると、穿真は薄らと笑みを浮かべたまま吹き飛ばされ教室から姿を消した。
「穿真、貴様は罰として一時間バケツでも持っていろ。私の授業を受ける資格など無い」
そう言うとセーシュさんは何事もなかったかのように新しいチョークを手に取り授業を再開しはじめた。
「愁、お前も穿真みたいになりたくなかったらちゃんと起きとけよ」
後ろから聞こえてきた声に俺は微かに震えた、すぐに後ろを振り向くと、思っていた通り、そこに彼はいた。
「お、おいおい。そんな急に振り向くなって、驚いただろ……」
羅威……なんで君がここに、それだけじゃない、エリルも彩野も、穿真も、なんで皆ここにいるんだ……!?
「一体どうして、なんで……俺は一体どうなったんだ!?何で皆ここにいる!ERRORは、戦いの行方は───」
俺は立ち上がると羅威に問いかけていた、今俺は夢を見ているのか?意味がわからないッ!
だけどその時、俺の背後に誰かが立つのを感じた。
只ならぬ殺気、目の前に座っている羅威も少し怯えた様子で俺を見つめていた。
「貴様等ぁ……人の授業を、何だと思ってるんだぁぁぁああああっ!!」
それから、俺と羅威と穿真の三人は一時間廊下に立たされることになった。
「ざまーねえな羅威、愁。お前達も立たされるなんて」
「やれやれ、どうして俺までこんな目に……」
俺の隣には羅威、そして穿真が文句を言いながら立っている。
この世界は何なのだろうか、俺はたしか、この世界とは違う別の世界で、何かと戦っていたはず……。
あれ?何だったんだ、俺は、俺のいる世界は、どこだった……?
すると一時間目終了のチャイムが鳴り、羅威と穿真は教室に戻っていくけど、俺はその場に立ったまま動く事が出来なかった。
駄目だ、頭の中が混乱していく。俺は、俺はこんな所でのんびりしている場合じゃなかったはずだッ!
「お、愁じゃん。なに、また立たされていたのか?」
また聞き覚えのある声が聞こえてくる、俺は咄嗟に声のする方を向くと、そこには見覚えのある女性が二人立っていた。
「葵に、エコ……?」
間違いない、SVの親衛隊の服を着てはいないけど、絶対にあの二人だ。どうして二人が、こんな場所に……。
「どうしたの……愁、大丈夫……?」
俺の顔色が悪いのにき気づいたエコは心配そうな表情を浮かべ俺を見つめてくる。
「あ……うん。大丈夫だよ……あはは……」
何で俺は愛想笑いなんてしている。それより二人に事情を聞かないと……!
同じ戦場にいた二人なら何か知っているはずかもしれない、俺は咄嗟に喋ろうとした時、葵とエコの背後から近づいてくる一人の女性と目が合った。
「ありえない……」
し、死んだはずのラティスさんが、書類を両手に俺の目の前に立っている。
「ん?どうした魅剣、何がありえないんだ?」
俺の言葉にラティスさんが反応したが、逆に俺は固まったまま何も言えなかった。
どうして、何でラティスさんがここにいる、わからない、わからない、わからない───ッ!
………結局俺は何も聞けなかった。
一人校舎の屋上に来ていた俺は目の前の広がる光景をじっと眺めている。
町があり、家があり、ビルがあり、人がいる。ふと空を見上げると、澄んだ青い空を一機の飛行機が飛行雲をつくりながら飛んでいた。
銃声も聞こえない、悲鳴も聞こえない、争いのない、平和な世界……。
何をしているんだろう俺は、一人で勝手に混乱して、一人で勝手に悩んで。
教室にいる皆はとても楽しそうに笑っていた、エリルも、羅威も、穿真も、彩野も、皆。
それに葵達だってそうだ、毎日が充実しているんだろう、きっと。
この世界では皆生きている、平和な世界で、楽しく暮らしている。
もしかして、俺が家に帰れば、死んだ母さんや弟も妹も生きているのではないだろうか。
そうだ、皆生きている、皆幸せに生きている、俺の望んだ世界、俺が作りたかった世界が、今ここにあるんだ……!
何をそんなに悩む必要がある、これで良いんだ、この世界で俺は皆と、また一からやり直せるんだから!
「愁、ここにいたのですね」
この声……ああ、そうだ、死んだ人なんて誰もいない、皆生きているんだ!
俺は何も失っていない、何も失わない!皆と平和な世界で生きていくんだ、これから、ずっと!
「フィリオッ!」
俺は彼女の名を呼んで笑顔で後ろに振り返った、きっとフィリオは笑顔で俺の元に来てくれる。
フィリオとまた話せる、これからずっとフィリオの側にいれるんだ、期待と嬉しさで俺の胸は躍っていた。
───そのフィリオの、真剣な表情を見る前までは。
「え……?」
どうして、何でフィリオは笑っていないんだ?
皆笑っていた、皆楽しそうに、皆愉快に……それなのに、どうして目の前に立っているフィリオは、こんなにも悲しげな目をしているんだ……。
「どうしてフィリオは笑ってないんだい?この世界は、こんなに暖かくて幸せなのに……」
不思議でならない、俺が聞いてみても、フィリオは大きく首を横に振るだけで答えてくれない。
「俺はこの世界で生きていくよ、フィリオも一緒に行こう。ここなら皆がいて、平和な世界が広がってるよ」
何も恐れることはない、争いが無いんだ、それに皆一緒にいる、もう誰も悲しむことはない。
「いいえ、愁。この世界はただの幻想です、現実ではありません」
そんなのもうどうだっていい、幻想?現実?今ここに広がっている世界は平和、それは事実だ。
「思い出してください、貴方には帰る場所があり、使命があるはずです」
うるさいうるさいうるさいうるさい。どうしてフィリオは笑わない?何故平和な世界が広がってるのにそれが満足できないんだッ!?
「愁ッ!」
っ───……フィリオが俺の名を叫んだ。
何故だろう、この世界が一瞬歪んだ気がする、この平和な世界が。
「貴方は仲間達と共に人類の命運を決める戦いをしていたはずです」
一歩ずつ、ゆっくりとフィリオが俺に近づいてくる。
一歩、また一歩、近づいてくるたびに、この平和な世界が終わりを迎えるような感じがする……。
「平和な世界は今、貴方の手にかかっています。例えその平和な世界に私がいなくとも、貴方には掛け替えのない仲間がいます。そして今、貴方の帰りを待っているのです」
フィリオは俺の目の前に立っていた、とても綺麗で、美しく。その長髪は風で微かに靡いていた。
「貴方は一人ではありません、一緒に行きましょう。本当の、平和な世界の為に───」
無意識に俺はフィリオの顔の位置にまで頭を下げていた、そしてフィリオは優しく手を差し伸べてくれると、互いの額を重ね合わせ、目を閉じた───。
───「うっ……」
ここは、どこだ……真っ暗で何も見えない、機体の機能が停止している……?
咄嗟に機体の再起動を行い操縦席に光が戻ると、モニターに映し出された映像に俺は目を疑った。
何十匹ものPerson態が俺の機体に齧りつき、必死に機体を破壊しようとしている。
その状況を見てすぐに機体を立ち上がらせた俺はすぐに機体に張り付くERRORを引き剥がしていく。
「一体どうなっているんだ、俺は何故気を失って……っ!?」
機体に張り付くERRORを全て離した後、ふと洞窟の先に視線を向けると、そこには降下してきたはずの機体達が見るも無残に四散し辺りに散らばっていた。
既にPerson態に食い散らされた後、兵士達が持ってきたELBにも無数のERRORが齧りついている。
「くそっ!アレだけは絶対に破壊されるわけにはいかないんだッ!」
急いでELBの元に向かおうとした瞬間、突如背後から銃撃を食らいはじめるアギト。
すぐに機体を振り向かせてみると、そこには降下部隊の機体が立っていた。
「何をしている!?俺は味方だぞ!」
呼びかけても機体の攻撃は止まらない。狙いはERRORではない、間違いなく俺の機体に攻撃してきていた。
ERRORか!?いや、違う!人間の生体反応を確認、あの機体には人が乗っている!どういう事だ、何故俺を攻撃する、アギトには特に変わった様子も無いし、俺の身も何も変わりないのに……。
『いひ、ひゃはは……あはは、あははははははッ!!』
「なっ……!?」
明らかにおかしい、機体に乗っている兵士達が笑いながら攻撃をしかけてくる。
まさか、これが神楽さんの言っていたERRORによる『制御』だとしたら───。
その時、俺に銃を構えていた機体が一瞬にして切り刻まれると、一機の機体が俺の前に姿を現した。
「何やってんだ愁ッ!てめえここに何しにきたのか忘れたのかぁッ!?」
「あ、葵!?どうして君がここに……!」
「仕方ないだろ!降下部隊はほぼ全滅状態だッ!地下に降りた途端味方同士で撃ち合いになりやがったんだよ!」
ぜ、全滅……?そんな馬鹿なっ、俺達の部隊は皆順調に進んでいたはずなのに……。
「強力な念波を感じる……気持ち、悪い……っ……」
エコはそう言うと苦しそうな表情を浮かべ虚ろな目をしていた。
エコと葵の言葉が本当なら、やはりERRORの力で俺は幻想を見せられていたというのか……?
「愁!急いでELBを運ぶぞ!まずはあの周囲のERRORを引き離す!」
「は、はい!了解しました!」
俺のアギトと葵のライダーならPerson態なんてどうにかできる、ELBに齧りついていたPerson態を引き離すと、俺はアギトの拳でその巨大なELBを引っ張って行く。
それにしても、さすがELB、対ERROR用の兵器だけはあって頑丈に作られていて傷はあるがまだ十分使える、後はこれを最深部に運ぶだけだ……。
「葵、俺が地下に行っている間地上はどんな状況だったのか教えて」
「……ああ、相変わらず激戦だ。神楽と甲斐斗がいるから何とか現状維持できてるけどいつまで持つか分からねえ、だからとっととこれを設置しに行くぞ」
やはり地上ではあの二人の存在が強力になっている、甲斐斗さんを残してきて正解だったな。
「わかりました、後は俺一人でELBを設置しに行きます。葵とエコは地上に戻ってください」
「ば、馬鹿言うんじゃねえ!お前1機じゃこの先どうなるかわかんねえだろ!俺達も行くからな」
「駄目です。葵、エコ……二人とも自分でわかっているはずだ、既に肉体と機体に限界がきていることを」
誰が見たってわかる、二人とも顔色が悪いし息が上がっている、それに汗の量だって尋常じゃない。
大体今の葵とエコは不思議な事だらけだ、何故葵達の乗る機体は羽衣に近づけたのか、それにあの機体の素早さは明らかに機体の限界を超えている。
これ以上二人を戦わせる訳にはいかない。俺が一人でERRORと決着をつけに行く。
「死で得る勝利を望んではいけない。大丈夫、俺を信じて。必ずERRORの巣を破壊して皆の元に帰ってくるから」
こんな地獄の中にいるというのに、俺は微かに笑みを見せて二人を返そうとした。
またあの時と同じように俺を信じてくれればいい、そうすれば必ず無事皆の元に帰ってこれる。
きっと葵も分かってくれる、そう思っていた俺だったが、葵は俺の言葉を聞いた途端、突然俯き肩を振るわせ始めた。
只ならぬ雰囲気、まるで何かを堪えようと必死に体を震わす葵の姿を見ていると、その後ろに座っていたエコがその力無い眼差しを俺に向けた。
それで初めて俺は気づいた……二人が俺に、何かを隠している事が。
言い知れぬ不安、空気が重く、気が付けば俺の額にも汗が滲んでいた。
何かとても嫌な予感がする、胸騒ぎがしてならない、俺が気を失っていた間、まさか───。
「愁……」
「は、はい」
俯き震える葵に俺の名を呼ばれ咄嗟に返事をするが、その二人の態度を見ていてすぐ最悪のケースが頭を過ぎる。
俺は願った、勘違いであって欲しいと。今俺が考えている最悪の状況にならないために。
「ごめんなぁ……」
「もう俺達に……帰る場所はねぇんだよぉ……っ……」
───悔しさに涙を流し歯を食い縛る葵、そして後ろに座るエコは脱力して遠くを見つめながら動かない。
葵の言葉の意味、愁になら簡単に想像がついた。が、これは想像などではない現実。
今、もしかすればこの瞬間も夢なのかもしれない。いや、夢であってほしいが、この胸の苦しみは自分が現実にいるという事を刻み付ける。
「嘘……だ……」
目を見開き愁は信じられない様子で葵達を見つめるが、既にその眼は正気を失っていた。
夢と現実を選択し、夢から覚めたら現実が待ち受ける、もう愁は帰れない、あの最高の日常に。
そう、最高の世界から目を覚ました愁を待っていたのは、最悪の世界だった。