第100話 奇跡、助長
───突如現れた新種のPerson態、瞬く間に前線にいる機体に取り付き兵士を殺し壊滅状態にすると、そのまま一気に艦隊へと近づこうとしていた。
だが簡単に近づかせはしない。無数の誘導ミサイルと青白いレーザーが進行してくるPerson態を次々に撃ち殺し阻止していく。
アストロス・ガンナーの攻撃は飛び跳ねる敵に対しても絶対的な命中率を誇っていた。
『取り乱してはなりません!落ち着いて照準を合わせるのです!各機後退しても構いません、ERRORが接近してきたら直ちに引きなさい!』
この状況で無理に前線を上げようとしてもERRORの餌食になるだけ、一度部隊を引かせまた体制を整える必要があった。
次々に負傷し後退してく機体達、それを追うPerson態をすかさずアストロス・ライダーが鉤爪で切り裂いていく。
「シャイラの言うとおり一時後退しろ!命を無駄にすんなよ!」
そう言って葵は後退していく部隊の中、たった一人で前に出ると飛び掛るPerson態を次々に切り裂き、腰に付いてあるレールガンで吹き飛ばしていく。
「なんて数だ、それに今までのPerson態とは全然違う……!厄介すぎるんだよッ!」
無造作に跳んでくる生命体、その異様な光景は誰もが戸惑い、幾ら殺してもERRORの数が減った気がしない。
その時、一体のPerson態がライダーの足元に飛びつくと、その巨大な口で足を噛り付きはじめる。
「くそっ!引っ付いてくんじゃねえよ!」
すぐさま足で振り払おうとしたが、周りから押し寄せるPerson態は次々にライダーに飛び掛り身動きを封じていく。
「や、ばっ───!?」
体勢が崩れ地面へと倒れるライダー、それでもPerson態は次々に飛びつきライダーの身動きを封じると、次々に機体に噛み付き装甲を破壊していく。
もう視界には笑みを見せるPerson態しか見えない、必死に機体を起こそうとするがまるで動かず、周りからは機体が齧られていく音が絶え間なく聞こえてきていた。
「だ、誰か!?はやく、早くこいつ等を引き離してくれ……ッ!」
葵の呼びかけが誰かに聞こえただろうか、自分の身を守るだけで必死な今の状況で、仲間を助けられる程の兵士は葵の周りにはいなかった。
一気に押し寄せてくる恐怖、身の毛がよだち、どうしていいかわからなく混乱してしまう。
誰も助けてくれない、涙が込み上げ、機体が動く事を必死に願いながら何度も何度もレバーを動かしていく。
「愁!シャイラぁっ!う、嘘だろ……た、助けてくれよ、助けてくれよぉっ!」
見る見る顔色が青ざめていき、目に涙を浮かべてしまう。
震えが止まらない、突如直面した死に、葵は理解できず必死に希望にすがるが、目の前にある機体のハッチが音を立てはじめるのを聞いて涙を零した。
「ああああぁぁぁあっ……!!!」
喰い殺される喰い殺される喰い殺される喰い殺される。
まさか?自分が?こんな所で?まだ何もしてないのに?死ぬ?
───死ぬ。
───アストロス・ライダーに張り付いていたPerson態が次々に吹き飛ばされ、瞬く間にバラバラにされた肉片が散っていく。
葵の視界からERRORが消えていく、そして機体が起こされると、一人の男の姿がモニターに映し出された。
「ったく、何勝手に死のうとしてんだよ。最初に言っただろ?俺の力が必要になったらいつでも呼べって」
そこには平然とした様子の甲斐斗が半泣き姿の葵を見つめていた。
「かっ、かい、と……?」
葵の口から上手く言葉が出ない、たった数秒前に死の恐怖の味わったのだ、まだ落ち着きが取り戻せていない状態なのは仕方がない。
「見ればわかるだろ。さて、酷く機体をやられたみたいだな、俺が艦まで運んでやるよ」
魔神は手に持っていた黒剣を背部に仕舞うと、両手でライダーを抱かかえ艦隊の方に飛んでいく。
そこで葵はようやく落ち着きを取り戻し、咄嗟に口を開いた。
「あ、ありがとな……。助けてくれて……」
「助けるのは当たり前だろ。お前とは色々あったが、今俺とお前は仲間。そうだろ?」
敵に回せば厄介かつ強大な相手になるであろう甲斐斗だが、何だかんだ言いながらも今はこうして皆と共に戦っている。
何せ甲斐斗は知りすぎてしまった、この世界で生き抜き戦っていく人々の姿、生き様を。
「もっと俺を頼れよ。何せこの最強の男が人類の味方になって戦ってるんだぜ?」
その言葉を聞いて葵の表情が笑みに変わると、目元の涙を拭い口を開いた。
「わかったよ!俺はお前を頼る、だからお前も俺を頼れよな!一人じゃない、俺達は力を合わせてあの化物に勝つんだからよッ!」
「勿論だ、最強の俺が頼るんだぞ、しっかり頼むぜ」
「ああ、任せろ!機体を修理したらすぐに俺も戦場に出てサポートしてやるからな!それまで死ぬんじゃねーぞ!」
強がる葵を見て笑みを見せる甲斐斗、「当然だ」と言わんばかりの表情に葵も安心した表情を浮かべた。
甲斐斗の乗る機体は負傷したライダーを艦の格納庫に乗せると、背部に仕舞っていた黒剣を片手に戦場に向かう。
飛び掛るPerson態を薙ぎ払い、切り刻み、吹き飛ばす。魔神の黒剣は以前よりも速さが増している、いや、戦場に出るたびに魔神の、甲斐斗の力は上がっているだろう。
───侵食され続ける羽衣、あれから微動だにせず、赤城は通信を繋ぎ必死に神楽に呼びかけるが何も返事はない。
「神楽ッ!応答しろ!一体何が起きたんだ……!」
無音が続いている、恐らく気を失っている。一刻も早く羽衣から神楽を救出しなければ神楽諸共あの血肉の塊に侵食されるだろう、そう考えた赤城は艦を守る役目を部隊の兵士に託し、たった一人LRBを両手に羽衣の元へ向かっていた。
「一人で特攻なんて危険です赤城さん!後退してください!羽衣の周りにはまだ多くのERRORがいるんですよ!」
無茶な特攻を続ける赤いリバインを見た愁はすぐに通信を繋げ赤城の説得を試みるが、今の赤城には神楽の身の心配しか考えられなかった。
「そんな事はわかっている!だが……神楽を、このまま見捨てられる訳が無いだろッ!」
飛び跳ね襲い掛かるPerson態をその大剣で次々に斬りおとしていくリバイン、だがPerson態は次々に飛び掛りLRBを振った後の隙を狙われ、次第にリバインはその勢いに押されはじめていく。
そして完全に隙を作ってしまった瞬間、一匹のPerson態がリバインの背後に飛びかかった。
「見捨てろなんて言いません。俺は貴方が一人で行くのは危険だと言ったんです、だから……俺と共に行きましょう」
リバインの背後に着地するアストロス・アギト、飛び掛るPerson態に左腕を突き出しその肉体を簡単に貫いてみせる。
「私の背中をお前に預けろと言うのか?」
「……いえ、貴方を預かります」
『─SRC発動─』
一斉に飛び掛るPerson態、赤城はすぐさま応戦しようとLRBを構えるが、それよりも早くアギトは飛び出していくと、超高速で拳と蹴りを繰り出しいとも簡単にPerson態を薙ぎ払う。
オーガよりも素早く機敏に、そして強固で強力な力。アストロス・アギトこそ、愁に、英雄に相応しい機体。
「俺のアギトは、その為の機体です」
血肉の破片が次々に地面に落ちていく中、アギトは堂々とリバインの前に立ち赤城に背を向けていた。
その光景に赤城は一呼吸おくと、少し落ち着きを取り戻した様子で口を開く。
「……わかった、共に行こう。そして絶対に神楽を救出するぞ、いいな?」
「了解です」
守りたい、救いたいという気持ちは愁も同じ。焦る気持ちを抑えながら二機は侵食されていく羽衣の元へと向かって行く。
跳びかかるPerson態を華麗に避け、次々にLRBで斬りおとし突き進むリバイン。
アギトは対照的に跳びかかるPerson態を避けず向かってくる相手を次々に蹴散らしながら進んで行く。
「愁、お前の機体で羽衣の胸部に取り付いているあの肉塊を取り除けるか?」
「はい、俺とアギトに任せてください。根こそぎ引き剥がす自信があります」
強気な愁の態度、そしてアギトの戦闘力に赤城も次第に愁の後姿は大きく感じる。
「ふむ……頼もしいな───ッ!?」
巨大なERRORの反応に赤城と愁がすぐさま機体を動かし瞬時にその場からは離れると、二人を狙っていたかのように槍のような鋭く白い物体が二本突き刺さる。
突如上空から降りてきた一体のERROR、50m程はあるだろう、目はついていないがPerson態同様に歯茎を向きだして笑みを見せながら長い二本の足で地面に着地すると、肩から伸びる二本の腕についてある巨大な鎌をふら付かせ、背部からは先端の鋭い8本の触手が蠢かせていた。
そして腹部の両端から二本の太い腕が生えており、その異様な光景に二人は機体を止め見つめてしまう。
「なっ、何だあの化物は!?」
ニタニタ笑いながら触手と鎌を蠢かせ、腹部の左右から生えている腕はこちらに向けて指を動かし始める。
「来ますッ!伏せてください!」
愁の声に赤城はすかさずLRBを構えると、両足を折りたたんだERRORは突如バッタのように地面を強く蹴り飛ばし一瞬にしてリバインの前に現れる。
「うっ───!」
擦れ違うERROR、リバインの握っていたLRBが宙に舞い地面に突き刺さると、赤いリバインはその場に跪き動きを止めてしまう。
「見切れなかった……だと……?」
間一髪、擦れ違い様に振り下ろされた鎌をLRBを使い直撃は免れたが、そのスピードとパワーに赤城は困惑していた、今までこれ程までにDシリーズを上回るERRORが現れた事など無い。
呆然と戦場で立ち尽くしてしまうリバイン、跳びはねたERRORはすぐに地面に着地すると、すぐ様向きを変え赤いリバインの方に振り向いてしまう。
だが赤いリバインの前には既にアギトが到着しており、リバインに顔を向けるERRORに向かって拳を構えていた。
「このERRORは危険です、ここは俺に任せて……」
愁が最後まで言おうとしたが、地面に突き刺さったLRBを引き抜きアギトの横に並ぶリバインの姿を見て言葉が止まってしまう。
「だからこそ二人で倒すのだろ?もう遅れは取らん」
鋭い目付きでERRORを睨む赤城、その姿を見て愁もまたERRORに視線を向けると、操縦桿を強く握り締めた。
「……わかりました。倒しますよ、あのERRORをッ!」
再び足を折り曲げ地面を蹴り上げるERROR、その勢いに任せ跳びかかるが、リバインとアギトは瞬時に左右へと別れERRORの振り下ろす鎌を避ける。
その隙を狙い左右同時にERRORへと飛びかかる二機、だがERRORの背部から蠢いている触手が一斉に二機の方に向くと、次々に機体を狙い突き出される。
「そんな物、俺のアギトには通用しない」
次々にアギトに命中する触手、しかし触手はアギトの装甲に傷一つ付けることも出来ず弾き返されていく。
赤城に向けられた触手はLRBの一太刀で斬り落としアギト同様にERRORの間近に接近していく。
それでもERRORは笑顔で後ろに振り向いてきた、その身に刃が突き刺さり、拳が肉体を抉ったとしても。
「醜い、な」
赤城がそう呟くと、ERRORは大きく口を開け一瞬にしてアギトに噛み付き機体を喰い千切りにかかる。
「まだ生きるか化物!?」
アギトを助けようとすぐさまリバインはLRBを振り上げようとしたが、斬り落とした触手がすぐに再生され次々にリバインに襲い掛かる、対応しようと触手にLRBを向けるリバイン、だが赤城は気づかない、足元から接近してくる二本の触手の存在に。
「───ッ!」
機体を掠める触手、間一髪で回避に成功したが前方から突き出された一本の触手がリバインの握るLRBを弾き飛ばす。
完全に無防備な状態に残りの触手が高速で機体の胸部を目掛け襲い掛かる、リバインはすぐさま背部に付けてある二本のLRSを手に取るが、その数と速さで襲い掛かる触手を避けながら後退していくことしかできない。
「待っていろ愁!すぐに私が助け出して……なっ……」
赤城が顔を上げ巨大なERRORの方を見ると、そこには顎から上の無いERRORが夥しい量の血を噴き出しながら停止していた。
何が起きたか分からない赤城だったが、血を噴き出すERRORに背を向けこちらに歩いてくるアギトを見てようやく理解できた。
「向こうから俺のアギトに食い付いてくるなんて、お陰で近づく手間が省けました」
無傷のアギトの姿は逆に不気味に見えたかもしれない、ERRORの攻撃の前に全く傷付けられることなく次々にERRORを処理していくのだから。
だからと言ってこの戦い、無事に終えられるはずもなく、常に死は迫ろうとしていた。
「馬鹿者がッ!」
赤いリバインは手に持っていたLRSを咄嗟に前方に投げ飛ばすと、腰に付いている手榴弾を手に取り前方に向かって勢い良く投げる。
リバインの動きに愁はすぐにアギトを振り向かせ後方を見ると、既に目の前にまで迫っていたERRORの大きな鎌が微かに震えながら止まっていた。
ERRORの両肩に突き刺さるLRSが両鎌の動きを邪魔し、投げられた手榴弾はERRORの胸部に触れた瞬間強力な爆発を起こしERRORの胸部を抉るかのように吹き飛ばす。
「ERROR……頭部を破壊しても動けるなんて……」
辺りに肉片が飛び散り、腰から上のないERRORの肉体がゆっくりと後方に倒れていく。
「背後には常に気を配れ、幾ら機体が頑丈であろうと命を落とすぞ」
そう言って赤城はERRORの肉片が散らばる場所から二本のLRSを回収し背部に戻すと、ERRORに弾き飛ばされ地面に突き刺さっていたLRBを抜き取りに向かう。
「す、すいません。ですが何とか倒せましたね。急ぎましょう赤城さん。早く神楽さんを助けない……と……」
ERRORは笑う、人間なら理解できるはず、でも人間はわからない。
目の前に広がる光景を見て言葉を失う愁、アギトの構えていた拳が少しだけ緩み指が開いていく。
先程アギトとリバインが協力して倒したはずのERRORが、Person態の群れの中に次々に降りてくる。
何処からともなく上空から降りてきたERRORは次々に数を増やし、ニタニタと笑いながらこちらに顔を向けてきた。
ERRORを倒し、進んでいるはずなのに。次第に絶望が込み上げ不安を煽る。
まだ開始地点に到着してもいない、羽衣は停止し、艦隊や部隊はPerson態の攻撃に困惑している。
幾らこちらが勢いづけ攻めようとしても簡単にあしらってくるERROR、次から次へとERRORが変わり、常に優勢を誇示している。
変異したBeast態の次は進化したPerson態、そして現れる巨大ERROR、一体次に何が待ち受けるのか……考えたくもない。
このERRORの広がる光景、果たして本当に地球上で起こっていることなのか疑問にも思えてしまう程だ。
しかし、それでも人類はやり遂げなければならない、逃げ場など無く、決められた選択肢はただ一つ───。
「行くぞ愁ッ!私は言ったはずだ、例え戦場が地獄であろうとも、絶対に勝たなければならぬとッ!」
LRBを強く握り締め戦陣を突っ切っていく赤いリバイン、その後ろ姿を見た愁はすぐにアギトを発進させるとリバインの横に並び共に進んで行く。
「それでこそ赤城さんです。俺達は諦めない、どんな敵が現れようとも、どんな状況に立たされても、勝ち進むッ!」
───新種のERRORにより押されていた軍隊、確かに形勢は悪いものの、艦隊は徐々に作戦地点へと近づいてきてはいた。
だが近づくにつれて負傷した兵士達が次々に艦に運びこまれていく、そんな光景を格納庫の一室で見ていた葵は焦りながら機体の修理を待っていた。
「ちくしょう、まだ修理は終わらねえのかよ……こうしている内にも仲間が殺されてるっていうのに……!」
ソファに座り俯いたまま足を揺すり気を紛らわせようとするものの、その行動が自分の焦りを更に引き立てているような気がしていた。
無理もない、次々に現れる新種のERRORに戦場は混乱し、兵士達が次々に殺されていくのだから。
しかし、それでも兵士達は何とか突き進み作戦地点へと向かっている。これ以上死人を出さずにこの戦いを終わらせるのなら、早急に作戦地点に向かい事を済ませるしかない。
「使うしかねえ、アレを……」
「そう、それなら……私も行く」
葵が呟いた後、一人の少女が扉を開けて部屋の中に入ってきた。
SV親衛隊のパイロットスーツを身に纏い、前のような弱々しい足取りではなく葵の前に歩いてくる。
「一人で無理ばかりしないで、私達、パートナーでしょ……?」
葵が顔を上げるとそこにはエコが立っていた、だが葵は驚いた様子も見せず俯いてしまうと小さく口を開く。
「エコ、戦いたい気持ちはわかる。でもお前の体じゃまだ無理だ……」
由梨音を助ける為に使った魔法の後遺症は未だにエコを苦しめている、それにもし今の状態でアレを使えばエコの命が更に危うくなる。
「葵、アリスは言ってたよね……必ず生きて帰れって。命令、無視するの……?」
エコにはわかっていた、アレを……アストロス・ライダーのリミッターを解除すれば、操縦者に大きな負担を与える事を。
二人で起動させたとしても危うくなる事を葵は一人で実行しようとしていた、それをエコが許すはずがない。
「葵一人でもだめ、私一人でもだめ、だから、私達は二人いつも一緒……葵は、いやなの?」
そのエコの言葉を聞いて葵は立ち上がると、エコと目を合わした後、一歩前に踏み出し優しくエコを抱き締めた。
「嫌なわけないだろ……」
当然の返事だった、葵がエコを嫌うはずがない、嫌なはずがない。
エコもそれは十分分かっていた。分かっていたが、今の素直な気持ちを言葉にすることがどんなに大切で、大事な事か葵に伝えたかった。
「葵、信じ合おうよ、私達の力を。私は葵を信じる、だから葵も、私を信じて……お願い……」
葵に抱き締められながら涙を流すエコ……もう限界は来ていた。
この戦いをただ見届けるだけなどエコには我慢できない、共に仲間と戦いたい、そして勝利を、人類の勝利を掴み取りたい───。
「……ばかだなぁ、エコは」
葵はそう呟いた後、自分の体からそっとエコを離すと、エコの頭に手を当て優しく頭を撫ではじめた。
「信頼は頼まれてされるものじゃないだろ?俺はエコを信じてるよ。今も、そして……これからもな」
頭を撫でていると、その可愛らしく幼い少女の姿をしたエコがとても愛しく思えてくる。
もしかすると、こうやってエコの頭を撫でるのは今日で最後になるかもしれない。
絶対に生きて帰れる保障などもうこの世界には存在しない、そう思ってしまうと、葵はよりいっそうエコの頭を撫で続けた。
……絶対に死なない、死んでたまるか……必ず生きて平和な地に帰ってくる、絶対に───。
───「おいおい、何で戦場に戻ってきたらERRORが増えてんだよ!おまけにでけえ!」
飛びかかる巨大ERRORの攻撃を擦れ擦れでかわし大剣で頭を跳ね飛ばす魔神、甲斐斗にとっては小さな敵より大きい敵の方が割りと戦いやすい。
「俺が剣を出してりゃ向こうから勝手に頭突っ込んできやがる、楽だな」
近づいてくるERRORを簡単に蹴散らしながら甲斐斗が羽衣の元へ向かっていると、既に羽衣の近くに来ていた赤いリバインとアギトの姿が見えてきた。
たった2機の周りにはPerson態や巨大ERRORが次々に集い近づいていくが、息のあった二人の動きは次々にERRORを消していく。
「あいつ等良い動きしやがって……俺も混ぜろ!」
もはや楽しんでいる甲斐斗、勿論神楽を救出する事は忘れていない。
停止したまま動かない羽衣の元へ一番に行こうと魔神が飛ぼうとした時、今まで何の動きも見せなかった羽衣が徐に顔を上げはじめた。
「ん、神楽の奴気が付いたのか?」
とにかく通信を繋ぎ神楽と話してみるしかない、通信を試みると先程までは繋がらなかったものの今回はあっさり通信が繋がった。
モニターに映し出される俯いた神楽の姿、特に変わった様子も見られず甲斐斗が口を開いた。
「大丈夫か?変な塊が機体に張り付いてんだぞ……神楽?」
俯いたまま顔を上げず微かに肩を震わしている神楽、その様子を更に甲斐斗が声を掛けようとした時、神楽を顔を上げると手を伸ばし操縦桿を握り締めた。
「ふふっ、は……あはっ…あはは……あぁ……」
口元がニヤけ、神楽は微かに笑っていた。先程と全く様子が違う、顔には僅かに汗を滲ませ、目は何かに動揺しているかのように開いたままだ。
「かっ、神楽!おい!しっかりしろ!!」
咄嗟に声をかけるものの神楽から返事はこない、それ所か神楽はますます不自然な笑みを見せていた。
羽衣が動き始める、左腕に光を放つ雷が集い攻撃態勢に入ると、その腕を躊躇いも無く甲斐斗の乗る機体に向け攻撃を放った。
「嘘だろッ!?」
機体を急加速させ一気に上昇していく魔神、間一髪で何とか羽衣の攻撃を交わせたものの、付近にいたERRORや後方から来ていた味方の部隊が次々に光に飲み込まれかき消されていく。
それでも羽衣の攻撃は終わらない、羽衣の背部から次々に放たれるフェアリーは一斉に魔神に向かい攻撃を開始する。
もはや喋る暇も余裕も無い、地上に降りた魔神はERRORを盾にしながら無数のフェアリーの攻撃を必死に回避していく。
その異変に気づいた愁と赤城はすぐに羽衣の元へ向かおうとしたが、甲斐斗同様に無数のフェアリーに襲われ羽衣に近づくことが出来ない。
「ERRORが、まさか羽衣を制御して攻撃を仕掛けてくるとは───ッ!」
周りには無数にERRORがいるとう状況でフェアリーに狙われ続けるリバイン、幾ら赤城であろうとこの状況は余りにも危険すぎる。
「すまない愁、どうやら私では神楽の元には……っ!」
リバインでは明らかに難しく不利、だがアギトは違う、例え羽衣の放つフェアリーだろうとその攻撃で機体に傷を付けることはできない。
「任せてください!もうすぐそこまで来ています!」
アギトが一番羽衣との距離が近く、既にアギトは高く跳び上がると手を伸ばし真っ直ぐ羽衣の胸部に向かって飛んで行く。
だが……アギトが羽衣に触れる事はできない。
猛スピードで羽衣に飛び込むものの、見えない力が羽衣から放たれアギトの軌道は簡単に曲げられ、弾かれていく。
「……そうか、羽衣は弾丸やミサイルを強力な磁力で軌道を捻じ曲げる、それで機体も同じように───ぐっ!?」
軌道を曲げるだけではない、羽衣の放たれる磁力によりアギトはいとも簡単に浮き上げられると、弾丸の如く弾き飛ばされてしまう。
「って!?俺の所に飛んでくるなよ!!」
咄嗟に剣を盾にしてアギトを受け止めようとするものの、アギトの力が止まる事が無く魔神諸共吹き飛ばす。
大きく砂煙を上げながらも何とか踏みとどまった魔神、すぐに愁は甲斐斗と通信を繋ぎ口を開いた。
「す、すみません甲斐斗さん。大丈夫ですか?」
意外と冷静な愁とは裏腹に甲斐斗は小さく溜め息を吐き苛立っている様子だ。
「大丈夫だ、それよりお前の機体でもあの機体に近づけないのか?」
「あの力、俺のアギトでも不可能に近いと思います……」
今までどの戦場も軽々突破してきたアギトも、羽衣の力の前ではどうすることもできない。
羽衣の前に人間の作り出した兵器など通用しない、それは今までの戦いを見てきたらわかることだった。
「無理もねえか、あの機体はお前の機体以上に化物だ。だが、このまま黙ってみてる訳にもいかねえ!」
どうにかしてあの血肉の塊を羽衣から引き剥がすしかない、だが接近する事は愚か、銃弾や砲弾、レーザー兵器すら通用しない。
「……って……どうすりゃいいんだ……?」
まさに無敵、最強ともいえる機体が今自分達の敵になっていることを漸く真剣に理解した甲斐斗。
羽衣なら容易いだろう、たった1機で、今目の前に広がる兵士達の部隊を壊滅させることなど。
───そう、既に勝敗は決していた。
だが皆はまだ気づいていない……いや……ただ、気づきたくないだけだろう……。
時間が立てば薄々気づいてくる、もし羽衣の力が今作戦地点目前へと近づいてきている艦隊に向けられたどうなるのかを。
一瞬で消し飛ぶ、人も、機体も、艦隊も、希望も、未来も、全て───。
人類が生み出した最終兵器で、人類が終わりを迎える。
───「俺とエコを……頼りな」
今解き放たれる真の力。アルトニア・エデン、魔科学兵器の真髄が発動された。
その時、一瞬何かが羽衣の前方を通過した気がした。よく見えず、分からないが、ただ一つだけ先程と違う所があった。
羽衣の胸部に張り付いていた血肉の塊が綺麗に切り取られ、血飛沫を上げながら羽衣の胸部から崩れ落ちる。
すると羽衣の周りを浮遊していたフェアリーが次々に地上に落ちていくと、目を光らせていた羽衣から光が消え、俯きながら停止していく。
「もう情けない面は見せない。何たって俺は、最強の男に頼られてんだからよ」
羽衣の周りにいたERROR達が次々に切り刻まれていく、それも常人の目では追えぬ程の速さで。
たしかに、何かが動いているのはわかる。だが次々に血や肉が四散していくその現場の状況に思うように目が追いつかない。
「うん……大丈夫、私達なら出来る。この機体、私と葵、そして皆がいれば、必ず、必ず……───」
ただ1機の機体を除いて、まるで別次元のように周りがスローモーションに見える。
今まで見てきた機体の速さとはまた別の速さ、甲斐斗達もその光景にただただ呆気をとられることしかできない。
「この世界を───」
「「救えるッ!」」
宙に待っていたERRORの残骸が次々に散り地面へと崩れ落ちていくと、羽衣の周りにいたはずのERRORは全て血肉の塊となり地面に転がっていた。
辺りが静寂に包まれ、その状況に周辺にいたERRORでさえ足を止めるものだった。
そして、停止した羽衣の前には1機の機体が腕を組みながら立っていた。
アレだけ無数のERRORを殺してなお、1滴の血も機体に触れることなく、その荒々しくも綺麗な青緑色の長髪靡かせる機体、その眼は緑に光り鋭い視線を真っ直ぐ向けたまま動かない。
一点を見つめる場所、作戦地点は目前にまで来ていた。残るは艦内に収容されている装置を取り出し、起動させる。
「あ、あれがっ……アストロス・ライダー……?」
SVにいた愁も今まで見た事がなかった、全く別の機体へと容姿が変わったライダーの姿、存在に。
そして知ることになる、三大神機と呼ばれる機体の、本当の力を。
「エコ、俺達の力、奴らに見せ付けてやろうぜ。真の姿を得た、アストロス・ライダーの力をな」
そう言って笑みを見せる葵に、エコはいつものように冷静な面持ちで操縦席に座っていた。
額に汗を滲ませながら、微かに、笑みを見せて───。
祝100話、活動報告にて読者様にお礼を言わせていただきます。