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第10話 心、不能

(僕はまだ生きているのか。ここはどこ? 熱い、痒い、痛い、苦しい。何でこんな目にあわなければいけないんだ……どうして……僕は沢山人を殺した……だから死ななくちゃいけないの? 罪を償う為には苦しみながら死なないといけないの? 人を殺したら罪人? 僕は罪人? 僕は殺人鬼? 僕は……何をしたいの?僕はただ姉さんと平和に、二人で、楽しく過ごしたかっただけだよ。それなのに、その生活を壊したのは誰だ……人間だ、姉さんは殺されたんだ。だから僕が姉さんの仇をとったんだ、姉さんを苦しめた奴を皆殺しにしたんだ。僕はしてはいけない事をしたのかもしれない。でも憎かった、殺したかった。僕は悪くない。悪いのは全て───)

「だ、ま、れッ……」

「えっ、今何か喋った……?」

 甲斐斗の治療をする為に薬品などを探していた女性、『アリス』は声のした方を振り向く、ベットの上で横になっている男はピクリとも動いていない。

 薄暗い医務室には心電図の短調な音しか聞こえない。

「たしかに喋ったような……気のせいかな?」

 その瞬間包帯に巻かれていた男が起き上がった。

 何の物音も建てず、ただ起き上がったのだ。その行動を見て少し驚く。

 男は包帯が巻かれた指で右目を隠している包帯を千切ると目玉だけがギョロギョロと動かして部屋を見回す。

 目の動きが止まった。部屋の片隅で、驚いている女性を見つめている。

 その目は不気味にも思え、恐る恐るアリスが声をかける。

「あ、あの。気が付きましたか……?」

 男は何も答えない、その無を見つめているような目玉だけがアリスを見ている。

「助けて……」

 声なのだろうか、機械から流れるような音、無機質な声が彼女の耳に届いた。

「助けて……助けて……」

 それはまるで、壊れたテープレコーダーの用に、ひたすら同じ声で喋りかけてくる。

 アリスはその場から逃げ出したいという感情が溢れてきた。

 男はベットの横の机の上に置いてあるメスを一つ取る。

 銀色の光沢を光らせたメスを握り締め、ベットから降りる。

「ま、待って。落ち着いて、私は貴方の治療を!」

 人間とは、こんな簡単に壊れるものなのだろうか。

 いや、すでに壊れていたのかもしれない。この男の場合は。

 苦しまない為には壊して殺すしかない、そうしないと自分がもうもたない。

 一人になれば怖くない、一人なら、誰もいないから傷つきはしない。

「止めて! 来ないで!」

 だが甲斐斗が止まる事は無い、甲斐斗はゆっくりとメスを振り上げていく。

 だがそれと同時に部屋のドアが開き、愁がこの部屋に入ってきた。

「アリスさん!」

 包帯だらけの甲斐斗がメスを振り上げアリスに襲い掛かかろうとしている。

 愁はすぐさまその男の腹に蹴りを入れる、だが男は怯む所か全く動じずに目だけを動かして愁を見つめてくる。

「愁!危ない!」

 甲斐斗は何事も無かったかのようにメスを愁に振り下ろす。

 愁はそのメスを避けようとしたが、刃先が肩を掠り肩から血が滲み出してい。

 甲斐斗の目を見れば一目で正気では無い事がわかる。何故自分達に襲い掛かるのか理由も分からない、混乱しているのかと思ってしまう。

 愁が考えている間も男はメスを振り回して近づいてくる。

「待て! 俺達は敵じゃない! 落ち着くんだ!」

 言って聞いてくれれば最初から苦労はしない。

 男は聞いてはくれない。なおもメスを振り回してくる。

 腹部を蹴っても気絶しない甲斐斗をどうやって止めれば良いのか愁には分からず、かくなる上は拳銃を使いしかなかった。

「えいっ!」

 すると、何かが突き刺さる音が甲斐斗から聞こえた。

 さっきまでメスを振り回していた甲斐斗の動きがピタリと止まり、気を失うようにして倒れこむ。

 ふと愁がアリスの方を見てみると、今まで見た事の無い程でかい注射器を両手で持っている。

「アリスさん、それって……」

「はぁ~、怖かった。聞いてくれなかったのでこの特製の麻酔で眠らせたよ!」

 アリスは自慢気に注射器を見せてくるが、その注射器の大きさは明らかに人間に使っていいような代物ではない程巨大だった。

「明らかにその巨大注射器で刺すと致死量になるような……」

「大丈夫です、私は医者だよ?」

 そう言って腕を組み自信満々な態度をとると、愁が苦笑いしか出来なかった。

 そして倒れこむ甲斐斗を視線を向けると、愁は少し残念そうな面持ちを浮かべてしまう。

 結局の所、詳しい事情も聞くことが出来なかった。甲斐斗とミシェル、二人がどのような関係であり、何者なのかが未だに不明であり分からない。

「この事は紳さんに話しておくべきかな?」

「あの方に話す程の事でも無いと思いうけど、私は軍の事良くわからないし……」

「うーん、そうだ。先ずは羅威に話してみるよ」

 愁は医務室を後にし、羅威の元へ向かった。




 時を同じくして、愁のいるBNの基地にある格納庫ではある事が起きていた。

 薄暗い格納庫に何機もの我雲が並べられており、その並んでいる我雲とは別に、赤紫色をした機体が立っていた。

 それはエリル専用の光学明細付きの新型の機体だった。

「ぼ、僕の開発した機体がぁ……っ」

 一人の眼鏡を掛けた青年がその機体を見て目を見開き唖然としていた。

 すると、機体の胸部にある操縦席の扉が開くと、その中からはエリルが姿を見せ、ワイヤーを使いゆっくりと降りてくる。

「ラース、無花果のシステムを確認してみたけど異常無しだったわよ!」

 その言葉に更に大きくため息を吐いてしまう青年『ラース』。

「異常無しって……ステルスフレームを破壊されてるじゃないか!?」

「それを直すのがラースの仕事でしょ? さっさと直しちゃってね~」

 ラースの慌てぶりにもエリルは暢気にそう答えると、ラースの中で何かのスイッチが入り急に早口で語り始めた。

「君は鬼か!? ステルスフレームをさっさと直せだって!? エリル、言っておくけど無花果の装甲は我雲より薄いんだよ。機動性・回避重視に設計されているんだ! だから無花果には様々なオプション機能がついている。それを有効活用する事によって本来の力を発揮する事が出来る、この機体を操縦する以上は被害を最小銀にしてくれないと──」

 一人腕を組みながら下を俯いてブツブツと語りだしたラース、あの語りモードになると誰の話も聞きはしない。

 ラースの話なんて真面目に聞いていると耳にタコが出来てしまう。

 その事を知っている為、エリルはラースに気づかれないようにそそくさとその場から離れていった。

 格納庫から出たエリルは自分の部屋に戻ろう通路を歩いていると、見慣れた後姿が見える。

 気づかれないように後ろからゆっくりと近づいていくと、思いっきり青年の背中を突き飛ばした。

「やっほ!」

「うわっ?!」

 後ろから突然押されてしまい青年が前に倒れこんでしまう。

「愁、大丈夫?」

 その青年というのは愁の事であり、倒れてしまった愁はゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払い落としていく。

「エリルさん、突然なんですか。痛てて……」

「いやー、何ボーッとしてるのかなーってね。ほら、森に行ってきたんでしょ? 何かあったの?」

「うっ、それは……」

「何その分かりやすいリアクション。何かあったの? 何々? 教えて教えて」

「な、なんでもないですよー」

「何で棒読みなのよ、それに喋り方ぎこちないし」

 愁が嘘をついているか、ついていないかなんて。顔や喋り方を見ればすぐにわかってしまう。

 エリルは愁に顔を近づけて更に歩み寄る。

「ほぉーらー教えなさいよー、何があったの!」

「別に何もないって、本当に!」

「お前等何やってんだ」

 声のした方向に二人が向いてみると、そこには羅威が立っていた。

「羅威! 愁が何かを隠してるのよ、だから今それを吐かせようとしてるの」

「俺はなーんにも隠してなーい!」

「その変なカタコト喋りで嘘だって事がすぐにわかるのよ!」

 愁の胸倉を掴み、押したり引いたり繰り返していくエリル。

 すると、愁とエリルの間に羅威が割り込んでいく。

「エリル、少し落ち着け。別に愁が隠し事しててもいいだろ。お前だって人には言えない事が山ほどあるはずだ」

「山ほどって何よ、たしかに言えない事もあるけど……」

「そういう事だ、行くぞ愁」

 羅威はフラフラな状態の愁の襟を掴み、廊下に引きずりながら連れて行ってしまう。

「助かったよ羅威、エリルってああなると早々止めれないからね」

「引きずられながら喋るな、立って歩け。それで、話があるって言ってただろ」

「ああ、うん。実は俺とアリスさんが森に探索に行ってよね。その時に森に人がいてさ」

「人がいただと? あの森にか?」

「青年と少女の二人、事情を聞こうにも青年は重傷で意識不明、少女は何も喋ってくれなくてね」

 愁から軽く事の状況を聞きながら羅威は愁と医務室に向かってみる。

 羅威から見れば焼き焦げた死体が横たわっているようにしか見えなかった。

 全身包帯に包まれ、心電図には弱々しい心臓の鼓動が表示されている。

「生きてるのか、これ」

「ちゃんと生きているよ、でもちょっとした事がきっかけで意識がまだ戻らなくて……」

「ちょっとした事?」

「いや、その……何でもないよ」

 明らかに何かをしでかしたに違いない、愁の顔を見ればよくわかる。

 それにしてもこれだけ外傷が酷いというのによく生きているものだと羅威は少し不気味に思っていた。

「それで、少女の方は何処にいるんだ」

「別室で休ませてる。今アリスさんが詳しい事を聞こうと色々話してると思うけど」

 早速羅威達は医務室を後にして少女がいる別室に移動する。

 羅威と愁が別室の中に入るとアリスと少女と……もう一人、女性の姿があった。

「えっ、セーシュさんがどうしてここに!?」

 そのもう一人の女性『セーシュ』を驚いた様子で愁が見ていると、アリスが申し訳なさそうに両手を合わせた。

「ごめん愁! バレちゃった」

「別にバレたらいけない事なのか?」

 羅威がそう問いかけると愁は苦笑いしながら答えてきた。

「いや、この事がセーシュさんに知られるって事は絶対に紳さんにこの事が知られてしまうと思って……」

 すると、さっきまで黙っていたセーシュが突然口を開く。

 その表情は不満気そうであり、若干愁を睨んでいる。

「何だ? 私に……いや。若様に知られてはそんなにマズイ事なのか?」

 セーシュはじっと愁の目を見つめながら喋っているが、愁は目を合わそうとはしない。

「いや、別にマズくはないけどさ、俺がする事やる事はいつも紳さんに怒られてばかりだから……」

「何だそれは、若様を侮辱しているのかッ!」

 いきなり懐から拳銃を取り出そうとするセーシュ。

「待って、何でそうなるの! 俺がいつ紳さん侮辱したの?!」

 というか既に拳銃を取り出して狙いを定めている。

「誰であろうと若様を侮辱する者は許さんッ!」

「落ち着いて! まずは落ち着いてーっ!」

「お前等二人とも落ち着け」

 羅威が愁とセーシュの頭を叩いたおかげで何とかセーシュも愁も落ち着きを取り戻した。

「セーシュ、子供の前で銃なんて出すなよ」

 自分が今拳銃を握っている事にようやく気づくセーシュ。

 後ろを振り返ると涙目でこちらを見ている少女がいた。

 体は微かに震え、不安な表情を浮かばせている。

「ふむ、これは失礼した」

 セーシュは急いで手に持っている拳銃を懐に戻す。

 怖がっている少女を優しい笑みを浮かべて抱きしめるアリス、優しく頭を撫でてあげている。

「それで、この少女の事もあの男の事も紳さんに話すのか?」

 羅威がセーシュに問いかけると、即答が返ってきた。

「当たり前だ、どんな些細な事も伝えろと若様に言われているのでな」

「だとさ、愁。諦めるんだな」

「え、何。何で俺が、俺何か悪い事した?」

 羅威が頭をかきながら小さくため息をついて、話を続けてきた。

「お前さ、普通何かあったら報告するのは当たり前だろ。確実に呼び出し食らうな」

 そしてセーシュが更に愁に追い討ちを掛けてくる。

「当然だ、お前は軍の命令に違反している、前の戦いの時も命令違反をしたそうではないか」

「そ、それは……」

「最早若様が手を下す事でもあるまい。その時は私がお前の命をもらう!」

「縁起でも無い事言わないで下さい、貴方の場合冗談なのか本気なのかわからないんですよ!」

「おいセーシュ!」

 羅威が怒鳴ったような声でセーシュの名前を呼ぶ。

 さすが羅威、いくら冗談でもそんな事を言っているセーシュを叱ってくれるんだ。

「愁は俺の友達だ、せめて俺に殺らせてくれないか」

「何、なんでそこで羅威も加わるの。もうこの話止めよう?」

「そうだな、それなら愁の始末は羅威。お前に任せる」

「無視するなって! てかおかしいよ! この会話おかしいって!」

 愁が羅威とセーシュの話を聞いていくたびに心に余裕が無くなってくる。

 段々二人の会話が冗談に聞こえなくなってきた。

「アリス助けて、このままだと本当に俺の首が飛ぶかもしれない!」

「その時は私が一生懸命治療してあげるから大丈夫!」

 彼女は首の飛んだ愁をどう治療するのだろうか逆に気になってしまう。

「俺、自分の部屋に戻るね……」

 愁は一言そういい残すと部屋を後にした。死ぬ前に部屋の掃除しないといけないからだろう。

 部屋から愁がいなくなり、部屋には羅威達が残されていたが、腕組みをしている羅威の口元が少し笑っていた。

「本当、愁はからかい甲斐のある奴だ」

 その言葉にセーシュも笑みを漏らし、呆れたような口調で答える。

「全くだ。あれだけ冗談を真に受ける奴もいないだろうに、見ていて飽きないな。さて、早速若様に伝えに行くか」

「え?」

正式名MFE-無花果いちじく (Back Numbers製)

全長-16m 機体色-赤紫 動力-光学電子磁鉱石

エリル・ミスレイアの専用機体である。

ステルスフレームにより機体の色を自由自在に変化させる事が可能。

色だけでなくその場の景色に溶け込める為、初めは偵察用に開発された機体だった。

装甲を少なくする事により機体を軽量化に成功、より素早い動きが可能となっている。

特徴:右腕に搭載されているマルチプルランチャー。

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