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手紙

2003に執筆した作品です。

当時高校生でした。


10年前のちょうど今頃書いたので。

  カタリ。

 ポストのふたが閉まって、乾いたいい音がしました。郵便配達夫のトネリは今日も手紙を人から人へ、ポストからポストへ、運んでは笑顔を振りまいていました。

 トネリは今年で数え年22歳。家に帰れば先月まではとても優しく温かなお母さんが迎えてくれましたけれども、今はたった一人でガランとした家に住んでいるのです。トネリは寂しく思っていました。けれどもたった一人で居るほかはないのです。トネリはそれでも不幸ではありませんでした。毎日いろんな人達のために幸せな手紙を運んでいるのは決して悲しいことではなかったからです。

 カタリ。

 カタリ。

 トネリがポストに手紙を入れるたび、ポストはありがとう、といい音をさせるのです。そうして、たまに庭に出ていた人達に出くわしたなら皆トネリに向かって優しい声と笑顔をくれるのでした。

 「おおい、トネリ君。いつもすまないねぇ。これからも頑張ってくれたまえよ」

 「あらあら、トネリじゃないのさ。今日もたいへんだねぇ」

 そうしていろんな人からいろんな言葉をもらえると、トネリはもう嬉しくなって、悲しいことなど忘れてしまうのでした。そうしてトネリは毎日ニコニコしながら一生懸命働くのですから、誰一人としてトネリのことを悪く思う人などいないのでした。

 だけれどトネリにもやはり寂しくなる時はあるのでした。それは何と言ってもやはり夜です。夜になると、トネリはしん、と静まり返った家に一人で居るのですから、普段よりも肌寒くって、心の隅のほうからじわじわと寂しさがわいて来るのでした。ひどい時には涙までもがじわじわとしてきて、お母さんの分トネリの心に空いたぽっかりした穴にとっぷりと溜まって、そこの方を暗く隠してしまうのでした。トネリは眠るのは好きでしたけれども、夜に起きているのは正直好きになれませんでした。

 そうして夜があけました。さて、今日もトネリは帽子をしっかりとかぶって郵便配達です。トネリがいつも通り一生懸命に配達をしていると、いろんな人達もいつも通りに声を掛けてくれたので、トネリもまたいつも通りに明るく元気に配達をできるのでした。

 配達鞄の底に残った最後の一通の手紙をポストに入れれば、今日の仕事は終わりです。いつもの通り郵便局の局長さんにニコニコしてもらって、お給料の入った袋を受け取るのです。トネリは鞄の底をくるくるとさぐって最後の一通を手に取りました。そうしてギョッとしました。最後の一通はトネリ宛ての手紙だったからです。トネリは先月お母さんが無くなってからというもの、手紙など見たり触ったりする事はあっても、もらったりした事など無かったものですから、もうドキドキしてしまって胸のあたりをしっかりと抑えておくのにたいへんでした。そうしてトネリは自分の家までいくと、少し埃っぽくなった自分の郵便ポストのふたを押し開けて、手紙をくぐらせました。しばらく喋っていなかった郵便ポストは少しぎこちなく、ありがとうと音をさせて閉まりました。

 それからはもうたいへんです。トネリはいつもよりも大急ぎで郵便局に帰ると、局長さんがニコニコしているのにニコニコし返す余裕も無く、お給料の袋を受け取ると、大急ぎで家まで戻りました。いつもならほんの少し憂うつな帰り道が、いつもとは全く違う意味で長く感じられました。

 トネリはさっき自分で配達した手紙をポストから取り出すと、これまた大急ぎで自分の部屋に戻って、大事そうに手紙の封筒を何度も何度も見返しました。手紙には大きくて不思議な字で

 『トネリ様へ  ポルタより』

 と書いてありました。トネリはポルタという名の知り合いなんて居たかしらと思いながらも、そのポルタさんに心の中で何度も何度もありがとうを言いました。トネリが封を開けて中の手紙を見てみると、そこには次のようなことが書いてありました。

 『トネリさん。突然のお手紙申し訳ありません。おそらくトネリさんは私の事をご存じないでしょうが、それを承知でお手紙申し上げました。私はいつもトネリさんがニコニコとお手紙を配達するのを拝見させていただいております。そのトネリさんのあまりに一生懸命なお仕事ぶりに感動いたしまして、このたびお手紙申し上げようと思い至ったわけです。簡潔に申し上げますと、私はトネリさんに文通相手になって欲しいのです。こんな面識も無いようなモノに突然このような事を言われて驚いたかとも存じ上げますが、どうかこの私のお願いを聞いてください。もしも私とお手紙の交換をなさってくださるのでしたら、どうか下記の住所宛にお返事を下さいませ。良いお返事を期待申し上げております。  ポルタ』

 そうして手紙の最後には几帳面な、しかしやっぱり不思議な字で住所が書き記してあるのでした。そこはトネリがいつも配達をしている地域のうちでも、比較的賑やかなところにあるお家でした。トネリはもちろんポルタを知りませんでしたけれども、お手紙を見て何とはなしに悪い人じゃなさそうだなとも思いましたし、何よりもトネリと文通をしたいと言ってくれた事が嬉しかったので、早速ポルタ宛にお返事を書くことにしました。

 『ポルタさんへ。お手紙ありがとうございます。突然のお手紙で驚きはしましたが、同時にすごく嬉しく思いました。私は今まで文通などしたことが無く、また、文通して欲しいなどと言われた事もなかったので、この度のポルタさんのお手紙には本当に感動いたしました。至らない点も多い私でありますが、こんな者でよろしかったら是非とも文通相手になってください。ポルタさんからのお返事をお待ちしております。  トネリ』

 トネリはその日の夜を、とてもわくわくした気持ちで過ごしました。こんな夜は、1月ぶりでした。早く明日になって、この手紙をポルタのもとに届けてやりたいと、強く強く思ったのです。そうしてトネリはドキドキした気持ちのまま、いつもよりも何倍も温かい布団の中で眠りについたのです。

 次の日、トネリは自分で書いたポルタ宛の手紙に切手をきれいに貼り付けると、こっそりと仕事場まで持っていきました。そうしていつものように配達鞄に今日の分の手紙を詰めると、その中にそっと自分の手紙を混ぜました。トネリはまだ誰にもこのことを知られたくはありませんでした。そうしていつものようにニコニコしながら郵便局を出ると、トネリはいつものように配達を始めました。

 トネリはいつものように手紙を次々に配達していきました。庭に出ている人や、お店から顔を出している人達と、笑顔と言葉のやり取りをして、元気に配達をしました。そうして、ふとある手紙を手にとって足を止めました。手紙は、トネリがポルタへと書いたものでした。トネリはちょっとためらってから、まっすぐにその手紙に書いてある住所のところまで行きました。普段何気なく通っていた道にその住所はありました。トネリはいつもよりも何十倍も緊張して、その手紙をポストにくわえさせました。ポストは小さく軋んでカタリと音を立てました。トネリは確かにその手紙を配達したのです。トネリは名残惜しそうにその家の二階の窓を仰いでから、また次の手紙を鞄から取り出しました。

 トネリがそれから仕事を終えたのは、辺りが何となく暗くなった頃のことでした。トネリはいつも通りに局長さんと一緒にニコニコしてから、お給料の袋を受け取って家路に着きました。トネリは今日もやっぱりはやる気持ちを抑えられませんでした。知らずに足は速くなります。そうしてちょっぴり早く家まで帰りつくと、空のはずのポストをチラリと見てから、そそくさと家に入りました。布団にくるまって、今頃はポルタが返事を書いているかしら、と考えていると、何とはなしに嬉しい気持ちで一杯になるのでした。明日はきっとトネリのうちのポストにポルタからの手紙が入っているはずでした。トネリはまた今日も嬉しい気持ちで、温かくなった布団と眠りました。

 次の日になって、やっぱり嬉しい気持ちのままトネリは仕事に行きました。そうして配達鞄をよいしょと背負って、いつものように配達を始めました。トネリはニコニコと配達をしながらも、ドキドキとしているのでした。何と言ってもこの鞄の中にはポルタからの手紙が入っているはずだったからです。トネリはいつもよりもニコニコして配達をしていましたので、周りの人達もいつも以上にトネリに笑顔をくれました。それが嬉しくてトネリはまたニコニコするのでした。

 果たして、また最後の手紙を鞄の底から取り出すと、そこには『トネリ様』宛の手紙が入っていました。トネリはもう嬉しっくってしょうがなくって、急いでその手紙を自分の家まで配達しました。そうしてまた郵便局まで戻って、局長さんのニコニコにニコニコを返すどころじゃなく、お給料の袋を手に取るとすごい勢いで家まで帰りました。

 ポストと開くと、ほんの少しぎこちなく無くなったポストがカタリと挨拶をしてくれました。トネリは食事をするのも忘れてポルタの手紙の封を切りました。手紙にはこう書いてありました。

 『トネリさんへ。お返事ありがとうございます。文通相手になってくれると書いてあるのを読んだ時は、本当に嬉しくて飛びあがりそうになりました。私も文通の経験は無く、実は色々と心配な事があったのですが、トネリさんも初めてだと知って、何となく安心いたしました。これからお互いに少しずつ慣れていきましょう。さて、それではまず、晴れて文通相手となったわけですから、ちゃんと自己紹介をしておきましょう。私の名前はポルタです。それはもうご存知ですね。私は一人暮らしをしています。先月唯一の肉親が他界いたしまして、今はたった一人なのです。ご存知の住所に一人で住んでいます。さびしい身空ではありますが、トネリさんとの文通で最近は楽しくて仕様がありません。職業は、文章に携わる事を少々やっています。こうして文通という形での交流を思いついたのもひとえに職業のせいなのかもしれません。でも今はそういう職業をしていてよかったと思います。何と言ってもトネリさんへの手紙で書くことには困りませんから。ありすぎて困るくらいではありますけれども。今思いつく私の事はこれくらいですが、トネリさんはいかがでしょうか?もしかしたら年なども近いのかも知れませんね。お返事をお待ちしております。  ポルタ』

 トネリは手紙を読んでびっくりしました。ポルタはトネリとよく似ているところがあったからです。トネリは早速そのことを手紙に書くことにしました。

 『ポルタさんへ。お手紙を拝見してびっくりしてしまいました。私も実は、先月唯一の肉親におくれてしまい、今は一人暮らしをしているのです。同じような境遇の方にこのような形で出会えるとは思っても居ませんでした。しかも何と同じ月です。これも何かの運命でしょうか。ところでポルタさんは文章に携わるお仕事をなさっているのだそうですね。もしかしたら作家さんか何かなのでしょうか。私は、もちろんポルタさんも知ってはいると思いますが、郵便配達をしています。毎日手紙とポストに囲まれて生活するのも悪くはないですよ。私はポルタさんの姿を拝見した事はないので年齢がどの位だかは想像に難いのですが、私自身は22という歳です。ポルタさんはいかがでしょうか?これからも色々とお互いの情報をやり取りできるといいですね。お返事をお待ちしています。 トネリ』

 それからと言うもの、トネリは毎日をポルタからの手紙の事を考えながら過ごしました。表ではいつも通りニコニコしていましたが、内心ではこの手紙のやり取りの事を誰かに知られやしないかとびくびくしていました。トネリにとって、このポルタとの手紙交換を他人に知られると言う事は、ポルタとの文通の終わりを意味するに等しかったのです。このやりとりを秘密にしないと、ポルタが傷付くかもしれないし、何より秘密にしている事が何となくくすぐったくて、楽しいのでした。

 本当なら、郵便局の仕分けを担当している人くらいはポルタとトネリとのやり取りに気付いてもおかしくないところです。しかし、トネリはポルタからの手紙がいつも正確な周期で送られてくることを誰よりもよく理解していましたから、早めに郵便局に行って、ポルタからの手紙をそっと抜いておくのでした。そうして自分の配達鞄の中に滑り込ませて誰にも見られないようにしているのでした。

 ある日、いつものようにトネリは配達をしていました。ちょうどポルタへの手紙をポストに入れ終わって、さぁ帰ろうと郵便局に戻ってきた時でした。トネリは昔はそうではなかったけれど、最近ではいつものように、今頃ポルタは手紙を見ているだろうかと考えていました。トネリは、また最近ではいつものように、表だけで局長さんにニコニコを返しました。トネリがニコニコを返すと、局長さんはふといつもトネリに向けてくれているニコニコをしまってしまいました。

 「あー、コホン。トネリ君?最近、君、どうしたのかね?」

 局長さんに聞かれて、トネリはどきりとしました。

 「どうしたとはどういう事でありますか、局長?」

 「いやいや、大したことではないのだが、その、最近の君はちょっと、何だ。えー、まぁ、変わった、というか何というか、だ。」

 トネリはまたまたどきりとしました。

 「変わった、と、申しますと?」

 「いやぁ、ね。まま、そう気にしないでくれたまえよ。いや、何だ。あれだ、ほら。何といえば良いのか、そう。そうだ、最近疲れるようなことでもあるのかね?」

 トネリはどきどきしていました。

 「疲れること?いや、そんな事はありません。むしろ最近では楽しい事があるくらいであります。」

 「む?いやそうかね。ならいいんだ。ん、気にしないでくれたまえよ。」

 局長さんはそういうと、いつものようにお給料の入った袋をトネリに手渡してくれました。そうしてトネリが郵便局を出て家に帰ってからも、まだトネリのどきどきは止りませんでした。

 「ばれる訳にはいかない。ポルタとの手紙の事だけは、誰にもばれる訳にはいかないんだ。」

 トネリはその日、久々に寒い布団で眠りました。もう心臓がどきどきいって、とても眠れそうにはありませんでしたけれど、それでも目をぎゅっとつむって横になっていると、いつのまにか眠ってしまっているのでした。トネリは朝を迎えました。ですが、トネリはまだ重い心のままでいたのでした。

 トネリはその日、いつものように郵便局に早く行きました。ポルタの手紙が来ているはずだったのです。手紙の収集箱をガサガサとやってからポルタの手紙を手に、トネリは自分の配達鞄のところまでいきました。いつもの時間になってトネリは鞄を肩にかけ、今日も郵便配達です。そっとポルタの手紙をしのばせると、昨日のどきどきが帰ってきました。誰にも、ばれてはいけない。

 いつものようにトネリがニコニコと配達をしていると、いつものように庭に出ている人々に笑顔をもらいました。しかし、トネリの心の中は黒くてどろどろした不安でいっぱいで、いろんな人にもらった笑顔も、トネリを嬉しくさせてはくれませんでした。トネリの頭は鞄の中に入れた手の、指先に集中していました。指先には最後の一通が触れていました。それはまさしく、ポルタからの手紙だったのです。

 トネリが郵便局に帰ると、今日は局長さんは何もいわず、ただいつものようにお給料の袋をニコニコと一緒に手渡してくれました。昨日の局長さんとのやりとりなど全くなかったかのように。トネリはニコニコとしていました。しかし、トネリのニコニコは局長さんのニコニコとは違いました。

 トネリは家に帰ると、早速ポルタからの手紙の封を切りました。ポルタからの手紙は、手紙と言うには少し小包に近い感じでした。

 ポルタとの手紙は、最初こそ便箋一枚程度のものでしたが、今では手に重たい、長い長い手紙になっていました。トネリとポルタはとても似ていました。トネリもポルタもお互いの似ている事に驚き、じゃあこれも似ているのか、これはどうかと、色々な思い出を書くのでした。そうしてその内容が読めば読むほど似ているので、トネリとポルタはどうしてこんなに似ているんだろうかと考え、自分の意見を書くのでした。きっとそれは親が似ているんだとか、まわりの環境がどうだとか、突拍子なものではトネリとポルタは血が繋がっているんじゃないかとか、とにかく考えられるだけのことは書きました。トネリもポルタもそうして意見をぶつけ合うのが楽しくって仕方ないのでした。誰にも何一つ文句は言って欲しくないのでした。こうしてこのままずっとトネリとポルタで文通を続けられたらどんなにいいかと思いました。しかし、トネリもポルタも、お互いに顔をあわせようとは書きませんでした。合わせられない事はよく分かっていたし、あわせる必要など無かったからです。

 長い長い手紙のやり取りは、ずっと誰にもばれずに、ずっとトネリとポルタだけの間で、長く長く続きました。気付けばトネリはもう22歳では無くなっていました。

 今日もトネリは郵便配達です。目の下につくった大きなクマが少しも不自然でないほどにトネリはほっそりとしていました。トネリが手紙を配達しながらたまに出会う人に笑顔を向けると、皆いつものように少し困った顔をしてから、笑顔を返してくれるのでした。トネリはそうした人々の表情を見ながら、なぜか悲しい気持ちになりました。自分でもどうしてだか分からないけれど、とても空しい気持ちになったのでした。

 局長さんは相変わらずニコニコとお給料袋を渡してくれました。だからトネリもニコニコと返すのです。いいえ、ニコニコとしか返せないのです。トネリのニコニコは、もうトネリの顔にくっ付いて離れなくなっていました。どんな人にどんな笑顔をもらっても、トネリの心の中はもう何にも感じなくなっていました。ただ一つ、トネリが「嬉しい」と思えるのは、ポルタからの手紙を読んでいる時と、ポルタへの返事を書いているときだけなのでした。

 そうして長い事トネリは手紙を配達し続けました。そうしていくつも季節が過ぎた、ある寒い日に、ついにポルタからの手紙は届かなくなりました。それは突然の事でした。

 トネリはポルタからの手紙が届かなくなったその日、一人で布団にくるまって横になっていました。ポルタ関連の手紙はそれまで、ずっとトネリが自分で運んでいました。トネリはその日、郵便局にはいかないで横になっていました。他の郵便配達夫はもちろんいますけれども、その日、ポルタからの手紙が届く事はなかったのです。

 そうしてあくる朝を待たずに、トネリはその寒い布団の中で、雪と同じように真っ白な顔をして、雪と同じように冷たく、寂しく息を引き取りました。トネリがその日、そうして横になっている間は誰も訪ねてこなかったし、誰一人として手紙を届けに来る人もありませんでした。さらに次の日になって、初めてトネリの家の戸を叩いたのは、他でもない、局長さんなのでした。

 局長さんは鍵のかかっていない戸を開けて、外と変わらない気温の室内に、トネリが横になっているのを見つけました。そのときトネリはあのいつもの張り付いたニコニコではなく、ずっと前にいつもトネリが見せていた、本当のニコニコを浮かべていました。それを見て局長さんは、とても複雑な気持ちになりました。人の幸せは、人それぞれなのです。こみ上げてきたものをかみ殺そうとトネリから顔を背けて初めて、局長さんはその膨大な量の手紙に気がつきました。

 手紙は、トネリの使っていたと思われる机の、脇にある手紙ホルダーから溢れ出て、とても信じられない分量になっていました。そうしてその押しのけられた手紙の中に一枚の便箋を見つけました。それはどうやらトネリが横になる直前まで書いていたらしいものでした。脇に押しのけられた手紙も、机の上に一枚だけ置いてある便箋も、全て同じ筆跡で色々と綴られていました。そうして手紙の山を呆然と眺めるうちに局長さんはあることに気がついて、その場に凍りつきました。

 一枚だけの便箋にはこう書かれていました。

 『わが親愛なるトネリへ。トネリ、トネリ、どうやら私はもう長くは無いようだよ。君の病気は大丈夫かい?私はもしかしたら次に来る君の手紙に返事がかけないかもしれない。もし君の手紙に私の返事が返ってこなかったら、もう私はこの世に居ないと、そう思ってくれ。君と続けた3年間の文通は非常に楽しかったよ。私は本当に君という人間に触れられて嬉しく思っている。思えば3年前に母を無くしてからは、君だけが私の世界の全てだった。ああ、本当に名残惜しいよトネリ。どうして私はもう少し長く生きられないんだろうか。トネリ、私はまだ君との文通を続けたかったよ。君はどう思っているんだい?君も、私と同じ事を考えているんだろうか?是非とも君の返事が見たいよ。返事を待っています。いつまでも  ポルタ』

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