にじ色のほのお
私のおばあちゃんは、寒い寒い北国の中でも
いちばん寒い、みずうみのすぐ近くに住んでいました。
「にじ色のほのおって、知ってるかい?」
パチパチもえるだんろの前で、おばあちゃんがわたしに言いました。
「おそらに見えるオーロラのこと?」
わたしは、にじ色のほのおは見たことがなかったけど、
ほのおみたいに、ゆらゆらゆれるオーロラなら見たことがあります。
「ちがうね、空にみえるオーロラじゃないんだよ」
おばあちゃんは、にこにこしながら、わたしの答えをまっています。
こういうときのおばあちゃんは、問題を出す先生みたいで
すぐに答えを教えてくれません。ちょっといじわるです。
「うーんうーん」
わたしがふかふかのじゅうたんに転がって、なぞなぞの答えを探していると
おばあちゃんは、人さし指をぴたりと立てて、言いました。
「おばあちゃんがまだ小さかった頃に、一度だけ見たの」
そのまま、すいと人差し指が、まどのほうをむきました。
まどのそとは、ゆきの風がびゅうびゅうふいて、カタカタとまどをゆらしています。
はれていれば、キラキラひかる氷のみずうみが見えるけど、
今はゆきにかすんで、なにも見えません。
「あの氷のみずうみが、ぜーんぶにじ色のほのおでもえてしまったんだよ」
「えー!」
わたしは、みずうみの氷がもえてしまうなんて、そうぞうもつきません。
でも、もし、もえてしまったら、
いつもみずうみをほって、わかさぎをつっているおじさんや
氷の上をわたるどうぶつたちが、こまっちゃうなと思いました。
「でもね、おばあちゃんは何十年もここに住んでるけど、
その一回だけしか、みたことがないんだよ」
おばあちゃんはわたしの頭をなでながら、にっこり笑って言いました。
つぎの日、わたしはがっこうのともだちに、
おばあちゃんから聞いたおはなしを教えてあげました。
「すごーい!」
「僕もみたいなー!」
みんなも知らないお話で、びっくりしたみたいです。
何だか、ちょっとほこらしげな気持ちになりました。
「でも、おばあちゃんも一度しか見たことないんだって」
わたしがそういうと、一人の男の子がニヤニヤしながら言いました。
「おまえのばあちゃん、みずうみの近くに一人で住んでるんだろ?」
「そうだよ」
わたしがうなずくと、男の子は大きな声で、馬鹿にしたように笑いだしました。
「なによ!」
「だって、おまえのばあちゃん、だーれもいないみずうみの近くに
一人でずっと暮らしてる変わりものだって、先生たちがいってたぜ!」
わたしはすごくはらがたって、大きな声で言いかえしました。
「変わりものじゃないもん!やさしいおばあちゃんだもん!」
「どうせ、にじ色のほのおなんて、うそっぱちにきまってらー!」
「うそじゃないもん!」
「ならいつ見れるんだよ?」
わたしは言いかえせなくなってしまいました。だって、わたしはおばあちゃんから
いつ見れるかなんて、聞いてません。
「やっぱり嘘だ。おまえのばあちゃんは、嘘つきばあちゃんだー!」
男の子は言いながら、教室を走り回まわりました。
「うそじゃないもん……!」
わたしは、くやしくてくやしくて、男の子の背に思いっきりさけびました。
でも、それしか言いかえせなくて、ぽろぽろと涙がこぼれでてきました。
がっこうがおわると、わたしは走っておばあちゃんの家にむかいました。
きょうは村のお祭りで、焼き菓子や飴菓子の屋台がいっぱい並んでいたけど、
わたしはそんなものより、にじ色のほのおがいつ見れるのかで、
あたまがいっぱいでした。
おばあちゃんの家に着くと、わたしはそりを引っ張るオオカミ犬みたいな勢いで
おばあちゃんに質問しました。
「おばあちゃん、にじ色のほのおって、いつ見れるの!」
わたしがあんまり勢いよく聞いたせいか、おばあちゃんは少しびっくりしてから、
わたしを落ち着かせるように、ゆっくりと言いました。
「いつかはだれにも分からないよ。神様だけが知ってるのさ」
わたしはがっかりしました。それじゃあ、がっこうの男の子に言い返せません。
馬鹿にされたことを思い出して、わたしはくやしさがこみあげてきました。
「でも、もしかしたら……」
ふいに、おばあちゃんが何か思い出したように言いました。
「もしかしたら?」
わたしは、おばあちゃんのことばをじっと待ちます。
「きょうは空のかみさまがお祭りを見におりてくるから、
特別に見せてくれるかも知れないね」
「ほんとに!」
おばあちゃんは人差し指で空をさしながら、にっこり笑いました。わたしは嬉しくなって、ぴょんぴょん飛び跳ねました。
「ほんとうさ。でも、かみさまのごきげんがよくないと、見られないかも」
「じゃあ、わたし、いっぱいかみさまにお供えする!」
わたしはいそいで家にかえって、お供えのお菓子をもってこようと思いました。
「それじゃあ、遅くならないうちに、おばあちゃんの家に戻っておいで」
「うん!」
わたしはおばあちゃんの家を飛び出し、村のほうへ走りだしました。
かみさまが来るまえに、しっかり準備しないといけません。
とちゅうで一度ふりかえると、おばあちゃんは楽しそうに、
わたしに手をふっていました。わたしも大きく手をふってから、
村の家へとかけだしました。
その日のよる、わたしはおばあちゃんの家におとまりして、
にじ色のほのおを待つことにしました。
「まだかなー?」
「どうかねえ」
わたしは、まどのそとをじーっと見ているけれど、なかなか、にじ色のほのおは
すがたを見せません。けれど、きょうはよく晴れていて、くらい空に大きなオーロラが
ゆらゆらとうかんでいます。
「もしかして、かみさまはもうお空に帰っちゃったのかな」
「大丈夫だよ。お供えたくさん用意したから、まだまだ帰らないよ」
小さなレンガの段には、わたしの持ってきたお菓子ときれいな色の小石、
それと、おばあちゃんが作ったお料理やお人形がならんでいます。
わたしも晩ご飯でいっぱい食べたけど、おばあちゃんのお手製のごちそうなら
きっとかみさまも、のこさず食べてから帰るはずです。
「ふわあ……」
でも、わたしはもう、おなかいっぱい食べてしまったので、
すっかり眠たくなってしまいました。
「あらあら、眠くなっちゃったのかい?」
「うん……」
わたしはがんばって起きようとするけど、目がかってにとじられてしまいます。
「おばあちゃんがかわりに見てるから、寝ちゃっていいよ」
「……」
おばあちゃんの声が聞こえた頃には、わたしはもう、まどのわくに手をついたまま
ゆめのなかに飛び立っていました。
わたしは夢のなかで、うすぐらい、みずうみのほとりに立っていました。
なぜか、みずうみの氷のうえにもわたしがいて、あたりをキョロキョロと
みまわしていました。
すると、とつぜんみずうみがもえだして、あっという間に、
みずうみにいるわたしは、にじ色のほのおに包まれてしまいました。
ほのおは、わたしの体よりもずっと高くて、みずうみのわたしが、
すっぽりかくれて、見えないくらいです。
わたしはわたしを助けようと、にじ色のほのおに手をのばしました。
すると、すっとほのおは消えて、みずうみのわたしもいなくなってしまいました。
わたしは、何だかすごく悲しくて、なみだが止まらなくなっていました。
「……きて。おきて」
ゆさゆさとゆさぶられて、わたしはねむけに閉じられたまぶたの扉を
ゆっくりと開きました。
「まどの外をみてごらん」
おばあちゃんの指差した先で、みずうみがにじ色にもえあがっていました。
わたしはいっきに目がさめ、まどガラスにぴったり顔をくっつけました。
にじ色のほのおは、みずうみをすっぽりおおうように、たかくたかく、もえています。
「すごい……!これがにじ色のほのお?」
「そうだよ。間違いない」
おばあちゃんが嬉しそうに言いました。
「ね、おばあちゃんの言ったとおりだったでしょう?」
「うん!」
わたしもうれしくって、おばあちゃんと二人でえがおになりました。
そのまま、よるがあけて、ほのおが消えてしまうまで、
おばあちゃんとわたしは、にじ色に光るふしぎなほのおを、
にこにこしながら、ながめていました。
おしまい