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恐らく正しい勇者召喚

作者: 無糖
掲載日:2026/08/13

いつもの通学路を歩いていた俺は、突然視界がブレて見え始めた事に驚き足を止めた。


「……な、なんだ?」


……え、何かヤバい病気でも発症した?

その割には、痛いとか苦しいとかは感じない。

戸惑っているうちに、ブレが収まり始め……。かと思うと、焦点を結んだ風景は屋内としか思えない光景だった。


「……は?」


いや、屋内というだけならまだマシだ。

マシと言っても全く良くはないが、それよりも問題なのは、防護服の様な物を着た集団に取り囲まれている事だった。

何だこれ!?何かヤバい宗教団体とかに拉致でもされたのか!?

余りに意味の分からない展開と状況に恐怖を覚えていると、集団の方からのざわめきを耳が拾った。


「……おぉ。成功した。」

「勇者様だ。これで世界が救われる。」


……勇者?もしかして俺の事か?

えっ?これもしかして勇者召喚的なアレなの?

昨今流行りのサブカルを多少なりとも履修している俺は、状況からそう類推する。


一先ず、勇者という言葉を聞いた事と、少なくともすぐに襲われたりはしなさそうな雰囲気という事で多少恐怖感が薄れるが……。

その、なんだ、勇者召喚ってもっとこう、お城とか神殿とかでお偉いさんが見守る中儀式が行われるとかいうイメージなんだが。

俺の直面している現実はどうだ。


病室みたいな、ツルツルした床と壁。

窓はない。

そのくせ壁には、金庫室かシェルターにでもありそうな馬鹿でかい金属のハンドル。

足元には召喚陣なのか、円に色々な模様が走った物が広がり。

……そして最後に、俺を取り囲む防護服の集団。


勇者より悪魔の方がまだしも似合いそうな程に絵面が酷い。

普段の俺なら勇者召喚されたと知ったらもう少しテンションが上がったかもしれないが、全くそんな気になれない。

……テンプレというべきか、なんでか言葉は通じる様だし、黙ってても仕方ないので事情を聴いてみるか。


「……あの。」

「ようこそお越しくださいました、勇者様。話の前に、まずは服を脱いで下さいますか?」

「……え?」


話しかけようとしたら、向こうの代表者なのか、先頭にいる人が言葉を発した。

コミュニケーションをとる意思がありそうなのは良いのだが、言葉の内容は理解できても、文脈というか、意味が全く繋がらない。


「聞こえませんでしたか?服を脱いで下さい。と言ったのです。」

「……何で?」


どうやら聞き間違えではなかったようだが、召喚されていきなり服を脱げとはどういう事なのか。

実は勇者とは思い描いている様な物ではなく、奴隷とかそういう扱いに近いのだろうか?

作品によってはそういう展開もありうる……。またちょっと怖くなってきた。


「あ、あの!せめて説明してください!何で服を脱がなきゃならないのですか!?」

「検疫です。」

「……検疫?」

「はい。異世界から召喚された勇者様には、この世界では未知の病原菌や微生物が大量に付着している恐れがあります。まずはその分析が最優先です。」


ただの高校生でしかない俺には乏しい知識しかないが、言いたい事は分かる、多分対応としては間違ってないのだろう。……俺の心情を除けばな!

というか、防護服なのはその性で、壁や床が病室の様だと思ったのはもしかして……。


「あの、もしかしてこの部屋って……。」

「隔離病棟です。」


やっぱりか!


「過去の経験からこの世界では勇者召喚のマニュアルが用意されております。それによると、勇者の最初の仕事にして、最も重大な使命は――全裸で検査を受ける事である。とあります。」

「念のために申し上げておきますと、この世界の微生物に対して、あなたの免疫系が十分な耐性を持っているとは限りませんし、逆に、この世界の生物があなたの持つ微生物に耐性を持っているとも限りません。そのための処置だとご理解下さい。」


なんて嫌なマニュアルなんだ……。

でも恐らく正しい対応なので文句も言いにくい。


「その、何で呼ばれたのか分かりませんが、魔王とかを倒しに行ったりしなくて良いのですか?」

「はい。確かに魔王はいますが、その必要性はありません。まずは全裸で検査を受けて頂ければ、その後は何もして頂かなくて結構です。」

「……えぇ?」

「くれぐれも外に出ようなどとは考えないでください。下手をしなくても死にますよ?理解出来たなら早く服を脱いでください。」


押し問答で段々苛立って来たのか早く脱げという圧が凄い。

仕方なく俺は渋々と服を脱いだ。人前で全裸になるとか何の罰ゲームなんだ。


「ありがとうございます。……急いで分析に回してください。」


防護服の一団から数名が進みでて、俺の服と私物を厳重に梱包しはじめたが、

俺の服を梱包していた一人の手が止まり、服に付着していたのか、綿毛の様な物を示して言ってきた。


「……勇者様。これは何ですか?」

「……タンポポですかね?」

「タンポポとは?」

「ええと、花の種子だったかな?」


ざわり。集団から大きなどよめきが上がる。


「これは……未知の植物です!」

「勇者様!こいつの繁殖力は!?」

「……いえ、流石にそこまでは分かりませんが。」


普通の高校生はタンポポの繁殖力がどの位かなんて知らないと思うんだ。

というか、仮に知っていたとして、そもそも何と比較して答えを返せばいいんだ?

これ、俺は悪くないよな?


「慌てずに!勇者様の私物については、元の手はず通り、異世界召喚者対策特殊分析棟へ!種子は二重隔離の厳封区画へ送って下さい!」


先頭の人が指示をして一先ず騒ぎは収まり、何名かが厳重に梱包した荷物を運んでいった。

えぇ……?タンポポでこんな大騒ぎする?

というか、何か無茶苦茶大仰な施設名が出たんですけど、召喚するのに何年計画なんですかね?

いや、杜撰な感じで呼び出されるよりマニュアルが整ってる方が絶対良いとは思うんだけどさ、これは何か違くない?

よくあるラノベ的な勇者召喚のイメージがどんどん死んで行くのを感じる。


「こほん。失礼しました。勇者様。……続いて、毛髪及び皮膚表面の検体を採取します」


また一人が進み出てきて、俺の毛髪と、皮膚をこそいだ物をシャーレの様な物に入れた上で厳封した。


「それでは、慎重に、弱めに洗浄をお願いします」


浄化魔法なのか、柔らかな光のカーテンの様な物が俺に降り注いだ。

ここだけ見るとファンタジーだが、先ほどまでのやり取りがどちらかというと科学よりだっただけに、違和感が凄い。


「あの、何か不穏なんですけど、慎重にというのは……?」

「ええと……。はい。我々に使うと清潔になる訳ですが、異世界の方に使った際の効果が不明な物ですから。仮に体内の細菌や皮膚常在菌などを身体にとって不要な異物と判断して浄化してしまうと、身体の微生物環境を大きく損なう可能性がありますので……。」

「怖い怖い怖い!!やめてくださいよ!」

「最悪の場合、健康状態に重大な影響が出る可能性もあります」

「今、それいいます!?」

「いえ、でも、ほら。神聖術ですから。人に害は与えないはずですし、現になんともなさそうですからね。」

「結果論じゃないですか!?」

「はい。そこは申し訳ないのですが、仮に消毒液の様な物を使うとしても、どう反応するのか分からないのは変わらなかった物で、最も安全そうな手順を採らせて頂きました。」


ここまでで初めて言い淀んだかと思うと、凄い怖い事言い始めたんですけど!?

じゃあ、他に代替手段を示せと言われると確かに困るけど!


「次に、洗浄後の検体も採取します。」

「……何で?」

「洗浄で何が残るか確認するためです。」


先ほどの話からすると、確かに必要性は分かるので、俺は大人しくする他なかった。

同じ人が再度、俺の皮膚をこそいで、同じように厳封処理をした上で運んでいった。


「ともかく、これで第一段階の隔離は完了です。こちらの院内着をお使いください」

「……第一段階?」


俺は渡された病人用の服と思しき物を手早く着るとともに疑問を発する。まだあんの?


「はい。これからあなたの体内・呼気などからも検体を採取して分析します。」

「……。」

「数日から数週間は掛かります。」

「……あの、何時になったら外に出れるんですか?」

「……?外に出たいのですか?」

「当たり前じゃないですか!魔王を倒さないといけないのでしょう?」

「先ほども言いましたが、それは気にして頂かなくて問題ありません。それに、元の世界に帰りたくはないのですか?」

「帰れるなら帰りたいですよ!そのためには、外に出ないといけないんじゃないですか!?」

「外に出るのはお勧めしません。先にも述べましたが、下手をしなくても死にかねません。それでも出たいと言うなら少しずつ慣らす事が出来る様に手配はしますが……。」


ずっとこんな隔離施設で生活するとか考えただけで気が滅入る。

言い方からして、帰す気自体はある様に聞こえるし、俺にどんな力があるのか分からないけど、とっとと魔王を倒して帰ってやる!


「出れる様に手配が可能なら是非お願いします。」

「安全に外に出れる様になるには、最低でも数か月は掛かりますよ?また、それはこちらの世界に順応するという事ですが、本当に宜しいのですか?」

「はい。お願いします。」

「分かりました。手配はしておきます。……少し脱線しましたが、続いて、検体を取らせて頂きますね。」


◆


それからしばらく時間をかけて、俺は体から色々採取された。


「ご協力ありがとうございました。それでは、以降は部屋を出なければ自由にして下さって構いません。」

「あの、外に出れる様に手配すると言われていたのは、どういう感じになるんですか?」

「はい。基本的には、こちらの微生物環境に少量ずつ暴露し、その後の定着状況と健康状態を確認するような形になります。また、食事も点滴式から、加熱・殺菌した現地食へ、そこから通常の食事へと少しずつ移行して行く感じでしょうか」

「もしかして、手配してなければ、ずっと点滴だったんですか?」

「そうですね。危険ですから。食物もそうですが、付着している菌類もありますし。」


……手配して貰う判断をして良かった。流石に食事がずっと点滴は勘弁して欲しい。


「そういえば、食事で思い出したんですけど、部屋を出ちゃいけないって言うけど、トイレはどうすれば?」

「はい。そちらの異世界召喚者専用魔力滅菌式汚物処理装置をお使いください。」

「……何て?」

「異世界召喚者専用魔力滅菌式汚物処理装置です。」


何か壁にある金庫室かシェルターの様なごついハンドルを指してそう言われたが、何だって?


「何か凄い大仰な名前がついてますけど、つまるところ、それって……」

「はい。勇者様のトイレですね」


名前、大仰すぎん?

そう思ったけど、説明を聞いたところ、王宮魔導具師と王宮錬金術師が総力を挙げて開発した装置であり、装置仕様としては……。

完全密閉

二重隔離

排泄物の回収

微生物の不活性化

魔力による滅却

排気・排水の浄化

装置自体の除染

故障時の封鎖機構

などが求められるとか。

……そりゃ、入口があんな馬鹿でかいハンドルになるわ。


「……そこまでして態々作ったの?」

「はい。国家予算を掛けた一大プロジェクトでした。」

「トイレを?国家予算で?」

「はい。金貨500枚ほどを掛けた最新鋭の設備です。」

「たっか!?」


貨幣価値が分からんけど、トイレに金貨500枚!?

いや、うん。少なくとも丁重に扱おうとしてくれているのは分かるのだが……。

やっぱ何か違くねぇ?


「通常の汚水処理系に流すわけにはいきませんし、万一、勇者様由来の微生物が下水に流れ込んだ場合、どの様な影響が出るか分かりませんから。」

「いや、それは何となく分かりますけど。」

「特に腸内細菌は、かなりの数が含まれていますし、何より魔力反応があります。」

「……え?」

「ですので、魔力環境に放出すると何が起こるか分かりません。」

「いや……え?俺の腸内細菌に?魔力反応がある?それは大丈夫なんですか?」

「はい。勇者様の免疫系にとっては、元々共生関係にある微生物ですから問題ないと思われます。ただし、この世界の生物にとって安全とは限りません。」

「……。」

「危険性の分析を急いでいるところです。ですので、催した際は、必ずそちらの装置をお使いください」

「……はい。」

「ああ、それと、勇者様。こちらの装置は絶対にご自身で分解しないでください。」

「いや、しませんよ!そんなこと!?」


初対面とはいえ、人を何だと思っているのか


「故障した場合も、ご自身で修理しようとはせず、必ず人を呼んでください。」

「だからしませんって、大体修理できるとは思えません。」

「先代の勇者様が、興味本位で内部を開けてしまい大騒ぎになったという記録が伝わっておりまして……。」

「えぇーー。」

「故障時の封鎖機構はその反省を基に仕様が追加されたのです。」


マジで何やってんだ。

誰か知らんけど、興味本位で国家予算を掛けたトイレを分解するなよ。


「ですので、この異世界召喚者専用魔力滅菌式汚物処理装置は3代目です。」

「ちょっと待って、1代目はどうなったの?」

「ご安心ください。1代目は老朽化及び技術発展による更新を目的として退役しました。」

「……そう。」

「現在は王都にある勇者召喚資料館に保存されています。」

「なんでトイレを保存した!?っていうかこんな馬鹿でかい物を移設したってこと!?」

「はい。貴重な資料ですから。」


聞けば聞くほど勇者召喚とは一体……。

という気分になるのが止まらないのは何とかならないんですかねぇ……。


◆


それから数か月、少しずつ現地環境の微生物が存在する部屋への短時間滞在を増やしたり、現地の食事に慣らしていき、ようやく外に出れる日が来た。

……いや、長かった。流動食や、病人食は点滴よりマシとはいえ、やっぱり食事としては微妙だし、加熱殺菌処理した現地食を食べれる様になった時には感動したものだ。


なお、隔離病棟での生活は余りに暇すぎるので、書物の差し入れをして貰った。

それも新書かつ滅菌済みという念の入れようだ。

外に出るからには王国の文化も多少は分かる様にと思ったのだが、やはり貨幣価値には衝撃を受けた。

何かというと、やや余裕のある単身者の年収が金貨4枚弱というのだ。

……やっぱりトイレの金額は異常だと思うんだ。


それとタンポポなんだが……。


「勇者様。あのタンポポという植物について伺いたいのですが……。」

「え、何です?聞かれても専門的な知識は答えられませんよ?」

「いえ、あれは危険な植物ではないのですか?」

「いや、普通のタンポポだと思いますけど……?」

「普通……ですか?」

「はい。」

「あなたの世界ではどの程度の範囲に分布しているのですか?」

「そこら中に生えてますけど?」

「……。」

「……?」

「あの、勇者様。あなたの世界では、あの様な植物がそこら中に生えている。というのですか?」

「え?はい。ごく普通の雑草ですけど?」

「風で種子を飛ばすのでしたね?」

「そうですね。」

「しかも、それが普通?」

「ええ。」

「……恐ろしい世界ですね。」


……という事があったんだが、一体タンポポに何があったというのだろうか?


何はともあれ、久々の外だ。窓もない部屋だったから太陽を浴びるのもマジで久しぶりである。


「勇者様。念のため、まだ動物には触れないでください。」

「え、外に出れる様になったら順応したって訳じゃないの?」

「はい。今のところは順調ですが、まずは水や植物からの方が良いでしょう。」

「植物より、動物の方が危険なんですか?」

「はい。動物の体内には、その種に特有の微生物が大量に生息していますから。」

「……なるほど。」


いつもの調子で付き添ってくれているのは、召喚された日に代表として応対してくれていた人である。


「そういえば、もう防護服は着なくていいんですか?」

「はい。勇者様由来の微生物について、危険性の高い物は概ね把握できましたので。」

「おお。じゃあ、防疫はもう終わったんですね?」

「いえ、人間に対する第一段階の防疫措置が完了しただけです。」

「え?」

「家畜への影響評価は継続中です。」

「え?」

「農作物もまだです。」

「え?」

「野生動物もです。」

「……。」

「水質評価も残っています。」

「…………。」

「魔力生物への影響評価も始まっていません。」

「終わる気配がしないんですけど!?」


いつ終わるのかまるで分からない防疫措置はともかく、初めて顔を見る事になったのだが……。

白銀の長い髪と、白地に深い紫色が使われた法衣。

それから声と口調からそんな気はしていたが整った顔の妙齢の女性。

神託を得る事も可能な聖女様だそうだ。

勇者召喚については、その代の聖女または聖者が神託を受けて、数年かけて取り仕切るのだとか。

勇者召喚にお偉いさんが立ち会うイメージについては正しかったという事になるが、むしろ、そこも外しといてくれよ!


……こんな美人さんに全裸を見られたのは、もうお婿に行けないとでも言えばよいのか。絶対何とも思われてなさそうなのが余計にキツイ。

そりゃ向こうは医療従事者みたいなものなんだから何とも思わないだろうけど!

ともあれ、外に出れたからには魔王討伐の第一歩をようやく踏み出せたという訳だ。


「ええと、運動はしても良いんですよね?」

「はい。それは健康のためにも推奨できます。」

「では、ある程度体力が付いたら剣技の指導とか訓練をお願いしたいのですが。」

「……?何故また剣技を?」

「いや、俺に何の力があるのか分かってないですけど、勇者なんですよね?」

「はい。」

「じゃあ、魔王討伐のためにも訓練が必要なのでは?」

「前にも言いましたが、特に必要はないです。」

「……なんで?俺を呼んだのって魔王によって人類が滅びるとかそういう理由じゃないんですか?」

「はい。しかし、その前に検疫や防疫の失敗によって疫病で滅びては元も子もありませんから。」

「いや、それはそうなんでしょうけど、その経過は順調なんじゃないんですか?」

「そうですね。……分かりました。勇者様専用居住区が出来る頃には手ほどきを受けれる様に手配しておきましょう。」

「あの、手配はありがたいんですけど、むしろ居住区が気になるんですが?」


また何か大仰な奴になってる気がひしひしとする。


「順化が順調とはいっても、やはり、そちらの世界由来の微生物がどの様に変異するか予測不能ですからね。リスク管理を考えて建設中の高度管理型居住施設です。」

「……それって、要は監獄なのでは?」

「実験施設です。」

「どう違うんです?」

「外出が許可されています。」

「ええと、それは、施設外に出れるという事ですか?」

「はい。許可が降りれば可能です。」

「許可いるんじゃないか!」

「大丈夫です。今の部屋と違って、外にも自由に出れますし太陽だって浴びれます。」

「いや、そういう問題じゃなくて。この場合の外ってそれ絶対施設内のだよね?」

「はい。それにこれは画期的なことなのですよ。」


はいって言った!やっぱ監獄じゃねぇか!


「……画期的とは?」

「勇者召喚のマニュアルにはこうあります。召喚した異世界人は少なくとも90日は絶対に外に出すな……と。」

「もう経ってるので問題ないのでは?」

「いえ、これは最低限の日数です。また、こう書かれる前には数々の失敗がある事を歴史学者や考古学者たちが石碑や都市跡などから考察しています。」

「……。」

「つまり、あなたが無事に勇者様専用居住区に移った暁には、勇者召喚マニュアルがまた一つ更新されるのです。」

「いや、それ俺自身には全く益ないですよね?」


やっぱ、この世界の勇者召喚どっかおかしいよ!


◆


王宮にて


「何?勇者様が剣技の指導を望んでいると?」

「はい。如何いたしましょう?建設中の勇者様居住区が完成したら、施設内で騎士団の方に手ほどきを受ける様に手配頂けますか?」

「……ふむ。もう十分役目は果たして貰っているからな。気の済むようにさせてやって構わんよ。」

「御意に。」


◆


それから半年近く経った時点で、俺の順応は十分な段階となり、通常生活を許可された。

それと共に、勇者様専用居住区とやらが完成し、1年近くいた隔離病棟から移住した訳だが……。

当初抱いた監獄という言葉から連想するイメージ程、住み心地が悪い物ではない。

そこは流石に考慮されていたのか、見た目は普通の住居+そこそこ広大な敷地で構成されている。

但し、巨大なサンルームに入った。と言えば、大体理解して貰えるだろうか。

つまるところ……。


外との境界部分は完全密閉

換気は全て滅菌処理

排水は専用処理系統

植物の持ち込みには許可が必要

空気の流れは自動制御

防犯機能完備

緊急時の封鎖機構あり

定期的な環境サンプリングあり

王都騎士団による定期巡回あり

聖女様監修


つまり、あれだ。


ご家族と住まいを守る、安心のホームセキュリティ。

単身女性も安心、充実の防犯とプライバシー。

一邸一邸に、オンリーワンのこだわりを。


……ってやかましいわ!


優遇されているのかと聞かれれば、間違いなく優遇されているのだろう。少なくとも、牢屋よりはずっと快適だ。

問題は、この国が俺のことを勇者として扱っているのか、それとも国家管理対象の危険生物として扱っているのか、いまだによく分からないという点である。


それはともかく、聖女様の手配は行き届いており、それから騎士団の訓練を受ける事、更に1年。

流石勇者というべきか、思った以上に剣技も上達し、騎士達ともまともに打ち合える様になってきた。

……そろそろ魔王討伐に出発しても良いのでは?

まだまだ一般人の域を出ないのは理解しているが、魔物も何も倒してない俺は、きっとまだレベル1とかなんだろうし、魔王と対峙する頃にはそれらしい実力が付いているのでは?


「大分強くなってきたと思うので、そろそろ魔王討伐に出発しても良いんじゃないですかね?」

「いえ、各方面より勇者様は王都を出ないで欲しいと言われております。」

「……各方面とは?」

「はい。まずは環境省と魔物学者達からです。」

「えーっと、もしかして防疫関係?」

「はい。地下水と魔力生物への影響評価は継続中です。原本が近づくのはやめて欲しいとのことです。」

「まだ終わってなかったの!?っていうか原本はやめてくださいよ!」


2年近く経ってるのにまだ終わってないとか、マジでいつ終わるんだ防疫。


「次に保険数理士です。」

「……あの、それはどういう職業の方なんです?」

「生命保険や損害保険のリスク分析や商品設計をする方々です。」

「えーっと、出立に反対される理由を聞いてもいいですか?」

「はい。勇者召喚関連保険商品は、勇者様が王都の管理区域内に居住することを前提として設計されているそうです。」

「そんなのあるの?」

「はい。私が勇者召喚の神託を受けて公示してから検討、設計され、今では大体の国民が入っています。」

「しかも滅茶苦茶規模が大きい。」

「勇者様由来の微生物の分析が終わった後には、予防接種の様な事もしますから、当然の備えかと。」

「ええと、つまり、俺がここから移動すると……。」

「はい。損害予測が出来ません。」

「つまり?」

「保険会社からすると、未承認の生物兵器を国外に持ち出すようなものです。ですので、止めて欲しいと。」


理屈を言われると地震保険とかより、よほど身近な脅威なのかもしれないけど、脅威にされた本人的には納得いかねぇ!


「最後に軍部です。」

「なんで!?一番必要としている所なんじゃ!?」

「いえ、周辺諸国にはこちらから情報を提供し、各国で防疫を行っておりますが、交戦状態にある魔王軍は情報共有の対象外です。」

「……何か凄く嫌な予感がするんですが、それで?」

「魔力生物に対する研究を行うのに最適な立地なので、勇者様由来の高リスク微生物を封じ込めた研究施設が、魔王領の国境付近に建設されまして。」

「待って。」

「魔王軍の攻撃を受けて、施設の一部が損壊。その後、魔王軍への感染が確認されています。悲しい事故ですね。」

「待って待って。」

「つまり魔王軍では疫病が大流行中です。その様なところに進軍するのは正気の沙汰ではない。と軍部は申しております。」

「そりゃそうだろうけど、何してんの!?」


「……それから、今、神託を受けたのですが。」

「え?」

「魔王は1週間ほど前に死亡したとの事です。」

「……え?」

「ですので、魔王討伐に出発する必要性はありません。」

「いや、……え?魔王がもう死んでる?」

「はい。勇者様のお力により。」

「え?いや、俺何もしてないですよね?」

「いいえ?全裸で検査を受けて頂いたではないですか。それにより世界は救われました。」

「意味が分からないんですけど!?」

「神託によると、勇者様の腸内細菌は魔力代謝が高く、その力で魔王の魔力を貪り尽くし、またその高い毒性にて魔王に止めをさしたそうです。」

「なんて嫌な神託なんだ……。っていうか話を聞く限り、一般的なイメージの勇者として呼出されてないですよね?」

「はい。ですが、被検者様とか、保菌者様などと呼ぶよりは良いのではないかという事になりまして。」


うん。まぁ。被検者様とか保菌者様と呼ばれるよりは勇者様の方が良いよね。

それは、そう。

……もういいや、魔王が死んだって言うなら、元の世界に返して貰おう。


「言いたい事は色々ありますが、魔王が死んだなら、元の世界に返して貰えますか?」

「……?それは出来かねます。」

「……なんで?召喚されたとき、元の世界に返すつもりがあるような事を言ってたじゃないですか?」

「はい。あのまま無菌状態で居て頂ければ返せる可能性はありましたが、今はもう不可能です。」

「……え?」

「今の勇者様はこちらの環境に順応してしまっています。返してしまったら、勇者様自身もそうですが、何よりそちらの世界が危険です。そちら側でも同様の検疫体勢を取って頂ければ大丈夫かもしれませんが、連絡も取れませんし。」


……あの時のやり取りを思い出す。


「安全に外に出れる様になるには、最低でも数か月は掛かりますよ?また、それはこちらの世界に順応するという事ですが、本当に宜しいのですか?」

「はい。お願いします。」


……ああああ!?

本当に宜しいのですか?の意味って、帰れなくなりますが問題ありませんかっていう事!?


「勇者様が外に出たいと仰いましたので、頑張って勇者様専用居住区の予算を獲得しました。」

「……。」

「ご安心下さい。生活費として年間予算に金貨20枚を付けて頂いております。」

「……ははは。」


俺にはもう乾いた笑いを上げる事しかできなかった。


「三食食べて、寝て、健康に過ごして頂く事が勇者様の大事な仕事です。此度の勇者召喚は稀に見る大成功ですよ!」


今まで一度も見たことがない、輝かしい笑顔で言われても……。

それってあれだよね。経過観察が出来る素敵な被検者って意味だよね?

こうして俺は、勇者として一生を過ごす事になったのだった。


なお、勇者召喚のマニュアルには


勇者を順応プログラムへ移行する場合は、帰還不能となる可能性及び帰還後の出身世界への感染リスクについて十分な説明を行うこと。

本人の同意を文書で取得すること。

順応プログラムは段階的に実施し、各段階における健康状態を記録すること。


という文が追加された事を付記しておく。

勇者(微生物)

サブタイトルを付けるなら、俺の腸内細菌が世界を救った話。


これなら誰が召喚されても問題ないな!ヨシ!


聖女召喚パンデミックというのも皮肉が効いてて中々宜しいが、

聖女本人が救われなさそうだったのでこうなりました。

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