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好きがわからない君へ告白したら、カント倫理学でフラれました。 ――それでも僕たちは、自律から始まる恋を続けていく  作者: 目田 不識(めた・ふしき)
第4章 関心の偏りの謎

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ep. 47 真の説明(合理的整理)

 翌週のゼミ帰り、まだ夕方の光が残るキャンパスの石畳を、真と未唯はいつものように並んで歩いていた。講義の話題はすでに通り過ぎ、二人の会話は自然と“関心の偏り”という名の、奇妙に生々しい哲学へ再び戻りつつあった。


「だからさ、俺は……その、注意が偏るのって、やっぱり説明できると思うんだよ」


 真は歩幅を少しだけ早め、未唯の前に立つように振り返った。夕日で赤く縁取られた彼の横顔は、いつもより少しだけ真剣で、未唯は反射的に足を止めてしまう。


「説明、できるの?」


「多分できる。少なくとも、“どうして俺が君を見てしまうのか”を、合理的には整理できる」


 未唯はほんの一瞬まつげを揺らし、それから視線を落とした。


「……聞かせて」


「まず、人間の注意って有限だろ。全部を見るなんてできない」


「うん。それはわかる」


「で、有限な注意は“価値があると思った対象”に向かいやすい。これは行動経済学とか心理学とか、どれを見ても同じだ」


 真の声は落ち着いていた。本人は冷静なつもりなのだろう。けれど未唯には、その冷静さこそがぎこちなく見える。合理的であろうとすればするほど、不器用さが前に出る。それが広曽木真という人間だった。


「つまりね、俺が君に注意を向けてしまう理由は、“君が価値を持っているからだ”」


 ストレートな言葉に、未唯の呼吸がわずかに止まる。


「で、その価値っていうのは別に外見とか仕草とかだけじゃない。議論するときの姿勢とか、考え込む時の沈黙とか……君はいつも、何かに本気で向かってるだろ。俺にはそれが強烈に魅力的に映るんだ」


 真はそこで言葉を切り、空を見上げた。キャンパスの上には薄い雲が溶け、空気の境界がぼやけていく。まるで、未唯への感情の輪郭が曖昧に滲み出るように。


「だから俺の注意は、いつも君の方に引っ張られる。偏ってる、というより……“奪われてる”に近いのかもしれない」


 未唯は目を伏せたまま口を開かない。けれど、その沈黙が拒絶ではないことは真にもわかった。彼女は今、言葉ではなく感覚で考えようとしている。いつものことだ。


「もちろん、これは全部俺側の説明だよ。合理的に整理してみただけ。実際のところ、理由なんてもっと複雑なんだと思うけど」


 そう結ぶと、真は少し照れたように視線を逸らす。


「……変かな?」


 問いかけは、思ったよりも弱かった。


 未唯はようやく顔を上げる。真の表情を一度確かめ、それからゆっくりと首を横に振った。


「変じゃないよ。むしろ、真くんらしい」


「らしい?」


「うん。全部、説明しようとするところ。理屈で整理して、理由を見つけて、結論を作ろうとするところ。……私は、そういうところ、嫌じゃない」


 この「嫌じゃない」は、彼女にとって最大級の肯定だ。


 けれど真はそのニュアンスを受け取りきれないまま、ふっと息を吐いた。


「そっか。じゃあ……それでいいか」


「……うん」


 二人はまた歩き出す。キャンパスの外灯が点り始め、影が長く伸びる。


 真は合理的な説明をしたつもりだった。

 未唯は合理ではなく“感覚”で受け取ろうとした。


 その差が、これから起こるすれ違いの予兆になるなど、二人はまだ知らなかった。

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