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好きがわからない君へ告白したら、カント倫理学でフラれました。 ――それでも僕たちは、自律から始まる恋を続けていく  作者: 目田 不識(めた・ふしき)
第4章 関心の偏りの謎

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ep. 45 未唯の視点から見た“真の視線”

未唯は、その日の講義後、キャンパスの端にある図書館前のベンチに腰掛け、ノートパソコンの画面を閉じた。春の終わりかけの風が吹き抜け、髪が揺れる。普段であれば、小さなため息のひとつもつくところだが、今日は違った。胸の奥で、何かがじんわりとざわついていた。


理由ははっきりしている。

広曽木真――彼の視線だ。


「また、見てた……」


声に出した瞬間、頬がじわりと熱くなる。

ほんの少し、羞恥と困惑が混じった温度だった。


もちろん、真が彼女をじっと見つめてくるのは今に始まったことではない。真は隠そうともせず、いつも未唯の言葉の温度や間の取り方、指先の動きまで追うように見てくる。それが嫌かと言われたら、違う。むしろ、嫌ではない……という事実が、未唯には余計に理解しづらかった。


「注意って……なんだろうね」


彼女はひとりごとのように呟いた。

真が今日の議論で言っていた言葉が、頭の中で残響のように鳴っていた。


――関心の偏り。

――好きとは注意の奪取。

――君のことを考える割合が、他のすべてより大きくなる現象。


(そんなふうに言われても、私は……どうしたらいいの?)


未唯はふだん、他人から向けられる好意やまなざしに鈍い。小柄で愛らしいと言われることはあっても、それを「価値承認」だとか「恋愛的な注意」だとか、そんな概念に結びつけて考えたことがなかった。そもそも「好き」という感情自体があいまいで、未唯の中ではまだ輪郭がぼやけている。


だからこそ、真の視線は不思議だった。

わかりやすいのに、理解できない。

まっすぐなのに、捉えきれない。

熱を帯びているのに、どこか静か。


まるで、形而上学の問題を真正面から突きつけられているような、そんな感じだった。


(あの人は、どうしてそんなに私を見て……)


そこまで考えて、未唯は小さく喉が詰まるのを感じた。

胸の奥に、きゅっとした痛みのようなものが走った。


「……わからない」


彼女は膝の上で手をぎゅっと握った。

真の視線について悩んでいること自体が、もうすでに注意の偏りなのだと気づきかけている自分がいる。それを認めたくないような、けれど自分自身から逃げられないような奇妙な感覚。


図書館の自動ドアが開く音がして、学生が数人出てきた。その中に真の姿はなかった。それだけで、未唯の胸はわずかに沈む。


(……私、いま、何を期待したの?)


その問いは、どこにも逃げ場がない。


頭では理解できない。

でも、何かが心の奥で微かに動いている。


未唯は、真の視線に「価値承認」の影を見ていた。

彼の目は、彼女の欠点も、未成熟さも、言語化できない混乱も、全部まるごと観察し、それでもなお何かを肯定しているように思えた。


その肯定が何なのか、彼女にはまだわからない。

好きと言われても、返す言葉を持たない。

価値承認だと説明されても、しっくりこない。


けれど——


「真くんは……なんであんなふうに、私を見られるの?」


その疑問だけが、未唯の胸の中心に残った。


感情でもなく、欲求でもなく、義務でもなく。

もっと別の、名前を持たない何か。


真の視線は、彼女の中に存在していた“注意の静けさ”をかき乱すように入り込んでくる。

それは、未唯がずっと「理解する側」に徹してきた人生のリズムを乱し、彼女自身の足元を揺らすものだった。


(怖い……けど、嫌じゃない)


初めて抱いたその矛盾を、未唯は言葉にできなかった。

ただ、真の視線が、自分の輪郭を少しだけ変えてしまったという事実だけが、彼女に新しい思考の扉を開きつつあった。


そして、彼女は気づきかけていた。


――自分の中に、真という“例外”が生まれてしまったことに。

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