家電
「ま、おう?」
少女は首を傾げる。ファンタジーとかで聞いた事が無いのだろうか?
「そうそう魔王。って知らない?悪魔の魔に、王様の王で、魔王。」
「なんだか、怖くて悪そうな名前ですね、」
どうやら、本当に初めて聞いたらしい。そんなことあるか?
「はは、そうだね。そうかもね…………」
たしかに、結構邪悪な名前だよな、
魔王、ね。
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それからの日々は、まさに地獄、いや、その表現では足りないかもしれない。
まず朝、訓練。そして昼、訓練。さらに夜、訓練。そして深夜、訓練……
あの狭い部屋からは訓練の時しか出ることが出来ない。と言っても、外という訳ではなく大きな壁に囲われた運動場のような場所なのだが。
部屋の外に出て、鎧を纏った兵士に連行される。
……その兵士が僕のことを見る目は、どこかで見覚えがあった気がする、、、
ああそうだ。昔お母さんが家に出たゴキブリを見つけた時にこんな顔をしていたっけ。
初めて見た時は驚いた。見たことの無い格好をした人が、ガシャガシャと音を立てながら歩いて来るのだから。
それを見て、思わず殺されるのではないかと震えるほどだった。
1週間、魔法の訓練を受けた後は、また1週間、今度は永遠に体を鍛え続ける。
もちろん、休みなんてものはなかった。けど、膝を着けば刻印が酷く傷んだ。燃えるように、
やりたくないとか、疲れたとか、めんどくさいとか、そういうのじゃないんだ。呼吸と同じように、僕は生きるために、人間性さえ捨て、ロボットへと成り下がった。
元々運動は、嫌いとまでは行かなくとも得意ではなかった。運動量は体感、ここに来る前の100倍は増えたように感じる。確かなのは、自分の体が前とは比べ物にならないほど強くなっていっているということだ。
でも、いくら強くなったところで関係ないのだ。抵抗しよう、逃げよう、サボろう、反抗しよう、戦おう、というようなことを考えるだけで、また強い痛みが走る。
段々と人間への憎しみは、魔人族への、魔王への憎しみへと変わっていった。憎しみの対象をなにかに押し付けないと、生きていけなかったから。人を憎んでしまうと、またあの痛みが走るから。
だんだん、だんだん、僕は、彼らの望む完璧な「勇者」へと変わっていった。いつの間にか反抗心は、勇者としての使命への、誇りへと変わっていった。
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「ファイアボール、、、」
手を前にかざし、目を閉じる。コツは、手の中を通っている血液に集中して、それに熱を与えるようなイメージ。
そうすることで、体外に魔力を放出することが出来る。魔法の形はイメージによって変わる。
こう毎日毎日やっていると、魔法は自分の目となり、耳となり、四肢となり、もはや完全に体に溶け込んだ。筋肉や骨、血液から神経に至るまで、僕は自分の魔力を感じ取ることが出来た。
巨大な炎の塊が目の前に形成される。まだだ、まだ大きくできる。形を整形しながら、炎を追加してゆく。
「……いけ、」
集中を解いた途端、人間の数倍は大きくなった炎が轟音を響かせながら訓練場の大岩へ向かっていった。
まるで太陽のように光るそれは、岩を溶かし、その奥の壁を半分貫通するまで止まらなかった。
そして、あちこちから感嘆の声がする。
最近、妙にキラキラと豪華な服を着た人達が訓練を見に来る。なんなんだろうか。
最近、最近、、か。もう、どれくらいこの場所にいたんだろう。生ぬるい時間では無いはずだ。もう取り返しがつかないほどに、長い時間が過ぎていた。
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「え?!魔法?魔法なんて使えるんですか。」
「……そうだった。君たちは使えないんだったね。」
なんだ、こんな長い話をしなくてもこれを見せれば1発で真実だって証明になるではないか。
「今は魔力がほぼ無くてね、これくらいしかできないんだけど…………」
手のひらを上に向け、少女の前に差し出す。イメージする。するとやはり、小さな炎が僕の手のひらの上に現れた。
「おおお!すごい!」
少女は目をキラキラとさせて、物珍しそうに炎を眺めている。別に炎自体はガスコンロでつける炎と変わりは無いのだけど。
「もしかして、水も出せたりするんですか?」
「……うん、できるよ。」
空になった湯のみを掴む、水滴が現れ、段々とそれが大きくなっゆく。まるで底から水が湧き上がってくるように見えるであろう。
「おおおおーー!!!すごいすごい!」
「……そ、そうか?」
「そうですよ!すごいですよ!」
すごい、すごい━━━━━━━
「……………………こんなことも出来る」
強い熱をイメージして、そのまま湯のみに流し込む。すると、少し水が揺れ、次の瞬間には勢いよく沸騰しだした。
「おおーー!!一瞬でお茶ができちゃいました!!」
だからお茶じゃないって、、
「これでもうお水を遠いところまで汲みにいかなくてもいいし、ガス缶を調達しに行かなくても━━━━━━━━━━」
ん?
「まてまて、なんか僕の事家電みたいに使おうとしてないか?魔力回復しなきゃいけないんだから、そんな無駄使いはちょっと……」
少女はちゃぶ台の向こう側から身を乗り出してくる。
「えーー、別にいいじゃないですかーーー!」
えー、僕一応勇者、なんだけどな。
じっとこちらを見てくる……頷くまで動く気がないと、その瞳が物語っていた。
でも、僕にはやらなくちゃいけないことが…………
「………………」
しかしまあ、うん、お茶のお礼しないとだしな……
「…………ここにいる間だけなら。」
「やったーー!!!」
少女は飛び跳ねて喜んだ。自分で切ったのか、少し荒くショートカットに切られた髪が風をきって大きくなびき、彼女の笑顔がよく見える。
…………まあ、いっか。
少女は、純粋な笑顔を身にまとったまま僕の手を取る。
「ありがとう!!」
「ど、、どういたしまして、、、、」
いいね、「ありがとう」か。
自分の使命も忘れて、僕はその言葉を頭の中で繰り返す。ありがとう。いい言葉だな。
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僕は、、、きっとこの少女と出会ってはいけなかったんだろう。
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