森の中で
この森は様々な植物が共生している混交林であるようで、度々物珍しい植物を発見する事がある。
そういう物を発見するのは決まってアクナだ。僕とイサノはこの数ヶ月で既に歩くことに疲れ果て、周りの環境に使う気などほぼ残っていないために、ただひたすらに前へと進むのみである。
それとは対照的に、アクナはどんな時でも気を張っていた。常に元気であり、それ故に常に辺りを見渡し、なにか面白いものが無いかと四六時中キョロキョロと首を動かしていた。
遠い昔の記憶に、両親と山登りに行ったことがある。当時僕は辺りの自然の物珍しさに興奮し、右を見たり左を見たりして目を輝かかせていた。両親には、子供は元気が有り余っていていいな。というようなことを言われた事を覚えている。
なるほど、あの時の両親の気持ちが少しばかりは理解できた気がする。
以前アクナが寝る前にずっと首が痛いと嘆いていたことがあったが、おそらくこのことが原因だろう。
そんなアクナは珍しい植物を見つける度に僕らを呼び止め、それを指さして自慢げに笑った。
そして、いつも決まってイサノはそれに目を輝かかせ、興味深そうに観察を始めるのが常だった。
その光景は僕の心も和らがせてくれるような気がした。多分アクナも同じ気持ちだっただろう。
もしかしたら、見るからに疲れ果てた様子の僕たちを元気づけるためにわざわざこんな事をしてくれているのではないかと、最近になって思い始めた。
こうもずっと森の中にいると、湿っぽい土の匂いや、動物のフンの匂い、足音、木々が揺れる音が、五感に染み付いて自分の一部になったような気がしてくる。ふと、あの牢獄の冷たい匂いを恋しく思ってしまう程だ。もちろん、あんな場所に戻りたい訳では無いが、
そもそも世界のほとんどが未開拓なこの世界であるから、森林面積は相当なものだろう。もしかしたら、この旅の大部分は森林で過ごすことになるかもしれない。そう考えるとさらに憂鬱な気分になり、なにか打開策は無いのかと思考を巡らせる。
「あのさ、徒歩以外になんか移動手段とかないのかな」
ふと思い立った事をそのまま口にしてみたが、やはり全員同じ考えだったらしい。急ぐ足を止め、真剣に考えて見ることにした。
「……空、飛んだりできない、かな、」
浮遊魔法、まあ、あるにはあるのだが、
「うーん、浮遊魔法ってさ、真上にしか飛べないんだよね、」
珍しく彼女が意見を出してくれたが、残念ながら実現は難しいかもしれない。
「なあ、高いところまで飛んだ後にめっちゃ水を発射させたら反対に飛んで行けるんじゃないか?」
「なるほど、ロケットみたいにって事?」
「そうそう、ロケット」
人間版ペットボトルロケットか、燃料は魔力、部品は人間、なら僕たちにピッタリなアイディアだ。
だが、イサノは首を傾げて聞いてきた。
「……ロケットって、なに?」
予想外の角度からの質問であった。
「知らないの?ロケット、」
「うん、知らない」
しかしよく考えればわかる話だ。彼女の元いた世界にはロケットという物が存在しなかったのだ。ここで初めて、世界間の文化の違いを実感することとなった。
「じゃあ、とりあえず見ててよ、やってみるから、」
2、3歩、その場から後ずさる。実を言うと、そのアイディアを早く試してみたくてたまらなかったのだ。
自由に空を飛ぶというのは誰もが憧れるものだ。
例のごとくイメージし、やはりそのイメージ通りに僕の体は上へ上へと浮いてゆく。鬱蒼と生い茂る木々が僕が上がるのを妨害するように立ち塞がっている。実際、木の枝の間を掻い潜るのは至難の業だった。
しばらくして森の木々の間を突き抜けた。久しぶりにまともに浴びた太陽は僕のことを優しく照らした。そして、僕は目の前に広がる光景に感嘆した。
「……大きいな」
ここで使うべき言葉は、本当は「広い」というのが正しかったのだろう。しかし、咄嗟に出てきた言葉は「大きい」だった。たが、僕は実際大きいと思い、その言葉が正しいと思ったのだ。
前も後ろもびっしりと詰まった緑の海は、地平線の先まで続いていた。それは僕が今までの人生で見てきたものの中で、最も壮大なものであった。今日は快晴だった様で、空から溢れた光が森の緑をさらに強調している。
それが、どこまでも続いていた。
そこには、森というひとつの空間ではなく、世界という大きな括りそのものがあるようなか気がした。
それは僕にとって、あまりに「大きい」ものであった。
数分そのままでいて、ふと自分の本来の目的に気づく。下を覗き込むと、二人が手を振っていた。それに僕を手を振り返し、大声で合図を送った。
「じゃあ、始めるよ!」
進みたい方向と反対側に手をかざす。今度は水のイメージ、人を飛ばすわけだから、、、かなり勢いがあった方がいいだろう。僕はそんなことをぼんやり考えながら魔力を込める。
その甲斐あってか、かなりの勢いで巨大な水の塊が連続的に放射されてゆく。それは思った以上の威力で、遠くの森に雨を降らせた。
それに伴い反作用で、僕の体もその勢いと同じ勢いで後ろに飛ばされた。
そう、同じ勢いでだ。
焦って水を止めたが、もう制御が聞かない。僕はとんでもないスピードで遥か彼方へと吹っ飛ばされた。僕は今ロケットというよりミサイル、空を自由に飛ぶというより緊急脱出だ。
防御魔法のバリアのおかげで、直接地面に叩きつけられることはなかったが、かなり飛んできてしまった。ある意味では、これは理想的な移動手段なのかもしれない、、、




