両親
間が空きましたすいません
化け物たちが現れてからこの世界は変わってしまった。変わったと言っても、元の状態の事なんてほとんど覚えていない訳だが、1年前に急に奴らが動きを緩やかにするまでは、人間はただただ蹂躙されるだけだった。
人間も抵抗したんだけど、あいつらには銃火器が通用しなかった。どころか、この世に存在するどんな武器でも、あいつらを1匹だって殺せなかった。なのに奴らは驚異的なスピードで繁殖してゆく。人にはそれを止めるすべがなかった。
あっという間に、世界は飲み込まれた。国は機能しなくなり、地域ごとで大きなスラムができていった。もちろん生活は苦しくなって、食料だってなくなる。
だから、怖いのは化け物だけじゃなくなった。いや、今は人の方が怖いかもしれない。
この世界は人が生きるのにとことん向いていない形に早変わりを果たしたのだ。でも、私はこの世界に化け物を解き放った神様を恨んでなんていない。
それよりもむしろ、感謝しているかもしれない。
………私の両親の話をしようと思う。
お父さんは大体いつも家にはいなくて、たまにいたとしてもお母さんと喧嘩ばかりしていた。お母さんはいつもなんだか忙しそうで、私に構っている暇なんてないようだった。それくらいしか、この世界が壊れる前の両親との記憶がなかった。
……だから嬉しかったな。
この世界にアイツらが現れてからお母さん、ずっと私の事気にかけてくれて、家の外で誰かの悲鳴が聞こえた時、初めて抱きしめてくれた。優しい声で大丈夫だよ。って言ってくれた。多分2人とも私の事を愛していなかった訳ではないんだと思う。ただ毎日忙しくて私に構う余裕がなかっただけだったんだ。
でも化け物が現れたから、お母さんもお父さんも仕事に外に出ることがなくなって、私の事を見る時間がちゃんと取れたんだ。
2人は相変わらずだったけど、ずっと家にいたし喧嘩もしてなかった。
多分世界がこんなことにならなかったら一生お母さんは私の事を抱きしめてはくれなかったし、お父さんはずっと家に居なかった。だからか私は神様を恨んではいなかった。
結局お母さんは私を庇って死んじゃったんだけどね。
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「一体いつまで歩けばいいんだよ……」
森はどうやら僕たちを取り逃がすつもりがないらしい。あの木を殺してから、周りにかなり大きい動物が増えた。と言っても、不思議な動物が沢山いるというより、元の世界で見たことあるような動物が所々変わったようなのが多い。
隠れていたのだろうか、大きな驚異が消え去ったことで、彼らは巣穴から顔を出し始めたのだ。
確かに、2キロ先の獲物を感知してあの攻撃をしてくるんだ。森の動物は軒並み餌食になっていただろうからな。
「おい、また来たぞ。」
目の前に飛び出してきた人の大きさほどある狼は、狼らしくなく1匹で、空腹なのか血走った目でこちらの様子を伺っている。
しかしまあ、いくら大きいからと言って、僕たちの敵では無いわけで……
今だって、敵を前にしても狼の肉は美味しいのだろうか。ということしか考えていない。
かなり沢山の敵を相手してきたことで、僕たちはすっかり自信に満ち溢れていた。現にほら、いちばん戦闘が苦手なイサノが簡単な魔法で狼を丸焦げにしてしまった。本当に苦戦したのは最初の大木くらいだろう。
魔力回路のおかげか、訓練のおかげか、僕たちは強いのだ。そんな事を最近になって認識した。
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お母さんが死んでから、もうそこに住めなくなって、お父さんに手を引かれてあの町を出た。お父さんは全然目を合わせてくれなかったけど、初めて握る大きくてゴツゴツした手は心を落ち着かせてくれた。
そしてたどり着いたのがもう日本のどの場所なのかもわからない荒地の小屋。周りには人の気配がする廃墟がポツンポツンと点在していた。
ありったけの非常食を持ってきたけど、その場しのぎにしかならなそうだ。
二人で小屋を直して、水場を見つけて、何年かそこで暮らして、でも生活はジリ貧で、ある時、朝起きるとお父さんはどこにもいなかった。
沢山探したけどどこにもいなくて、ご飯も食べないで探し回って、
それから3回目の朝日が昇った時、もうお父さんは帰ってこないことを悟った。今考えると、私のせいでお母さんが死んでしまったのを恨んでいたのかもしれない。
………今度は一人、いつもと変わらないルーティンを続けた。お父さんは食料を結構沢山持っていったみたいで、もうほとんど残されていなかった。
こんな世界になっても、物々交換にはお金を使っていて、こんなものいつ価値が無くなるか分からないし、そもそも紙切れに価値があるのかも疑問だ。でも、私と違って通貨がちゃんと普及していた時代に長く生きていた人たちの目には、どうやらこの紙切れが宝物に見えるらしい。
たしかに両親もこれのために毎日必死に働いていたから、子供をほっぽり出して必死になるくらいには大切なものだったのだろう。
そんな昔の共通認識がもう価値のない紙切れを今も皆が大切にする要因となっているのだろう。
だから、その紙切れに執着した大人が2人私の家に押しかけるのにそう時間はかからなかった。
その人達が言うには、お父さんは大量の借金を抱えているらしい。それを回収に来たと、、、
生憎と、お父さんは数日前から行方不明だ。でもまあ、その理由がわかった。借金から私を置いて逃げたんだ。なるほどね
食料も根こそぎ持っていったのを見るに、どうやら帰ってくる気も無さそうだ。
「で?お父さんいつ帰ってくんの?」
「えっと、、、」
これは、正直に言った方がいいのだろうか、正直に言っても、嘘をついても、悪い方向に行きそうなのは確かである。
「俺たちもさあ、お金回収するまで帰れないんだよねえ。まあだから、ここで待ってるわけなんだけどさあ、お父さん、ちゃんと帰ってくるんだよね笑?」
「えっと、ご、ごめんなさい、、」
いきなり私が謝った事で、2人は呆気にとられたような顔をしていたが、どうやら段々と何となく状況を理解してきたようで、その表情はかなり険しくなって行った。
「は?え?もしかしてだけどさぁ、あいつ、帰ってきてない?」
私が小さく頷くと、少しの静寂がその場を包んだ。
しかし次の瞬間、もう一人の男がいきなり力いっぱいにちゃぶ台に拳を叩きつけたあと、蹴り飛ばした。
静寂がかき消されると同時にものすごい轟音が響いた。
「クソがァ!!!!ふざけやがって!!あいつどれだけ持っていきやがったァ!!!!」
大声でそんなような事を喚き散らしながら、部屋の壁を殴ったり、ものを壊したりして暴れた。
「このままじゃ俺たちは帰れねえな、、、」
ちらりと男がこッチを見て、しばらくして口を開いた。
「おいお前、家族の借りは家族が返すのが道理だよなあ?」
1人がそういった途端、もう1人もさっきまで物に向いていたヘイトを私に向けて、血走った目でそうだそうだと便乗した。
「え、いや、私は」
「おい!こいつ連れてくぞ、あんま傷はつけないようにな、あいつが金の代わりに置いてった女だ」
2人はいきなり私の腕を掴むと、そのまま外へ引っ張り出そうとする。2人の大人に力ずくで握られた腕が潰れそうだ。しかし、私がいくら痛いと叫ぼうと2人が止まる様子はない。
どころか「うるせえ!」と一蹴されるだけだった。
外まで引っ張り出された後、本当にこのままだとまずいと、全身の力を振り絞って暴れた。
蹴飛ばしたり体をねじったりしてどうにか抜け出そうとするが、どうやらそれが思ったより効いたらしく、1人が痛そうに脚を抑えたあと、こっちを睨みつけた。
「お前あんま舐めんなよ?」
そう聞こえたのと同時に、顔に強い衝撃が走った。
数秒たって自分が殴られたのだということに気づくと、段々とそれに伴って痛みみが増してゆく。
衝撃だった。顔を拳で思い切り殴られるなんて初めてのことだった。
イラついていたのか、男はすぐに追撃を加える。
もう1人も止めはせず、程々にしとけよとだけ言っている。この瞬間に、初めから分かってはいたが、
あ、勝てない
と実感し、段々と恐怖が膨れ上がる。私はただただ一方的に殴られるだけなのだ。
そのオーバーキルにも等しい追撃にそろそろやばいと思い始めていた頃、彼が現れた。そう、どこかから歩いてきたとか、空から颯爽と現れるとかそういうのじゃなくて、ただ気がついたら目の前に現れていたのだ。
「なあ、何してるんだ?」
全員がさっきまでいなかったはずの男の存在に驚く。しかし、大人というより、まだ青年と言った方が正しいであろう見た目の男を見るなり、2人はこれなら負けることは無いと思ったのか、高圧的な態度をとった。
「あのさあお兄さん、俺たち今、とーても大切なお仕事の最中だからさぁ、邪魔しないでもらえる?」
「仕事?」
「そうそう仕事。邪魔だから消えて貰えないかな?」
助けてと声を出そうとしたが、身体中が痛いせいでうめき声しか出てこない、
「あー、僕の話を聞いてくれたら消えるよ。ちゃんと、」
「いやいや、俺たちそういうの受付てないんだよねえ、」
「……ここって日本であってるよな?なんでこんなに━━━━」
なかなか言うことを聞かない青年に、男は堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに青年を怒鳴りつけた
「お前さあ、いい加減にしてくれない?しつけぇんだよ!え、殺されたいわけ?」
「……殺す?、、」
「殺されたくなかったらさっさと消えろっってんだよ!」
しかし青年は何が面白かったのか少しだけ表情を緩めた。
「はは、君が、僕を、殺す?」
そして、私が瞬きをして目を開いた時には、青年の拳がその男の顔面にめり込んでいた。
吹き飛ばされた男は力なく仰向けに倒れた。たった一撃で変形した顔から吹き出した血でぶくぶくと泡がたっている。
倒れた男の体はピクピクと震えていて、もう一人の男が「おいっ!」と声をかけても、反応はなかった。
しかし、青年はさらにその震えが完全になくなるまで男の顔を殴り続ける。
さっきまで私のことを殴っていた男も、私も、その様子を眺めて動く事ができなくなっていた。
青年がこっちに振り返った時、やっと思い出したように悲鳴をあげ、男は一目散に逃げてゆく、だが、それも虚しく、男はすぐに追いつかれると首根っこを掴まれて簡単に持ち上げられる。
「やめろ!やめろ、離せ!や、やめて!やめてください!」
両手足を思い切りバタバタさせ、必死に抵抗していたが、さっきの私のように効果はなく、青年はその様子を眺めながら笑っていた。
「懐かしいなぁ、君のその動き、石ころにそっくりだ。」
「何言って━━━━━━━」
そのまま男の首は握りつぶされた。
倒れている私の近くにやってきて、声をかけてくる。
「……安心して、君は-まだ-殺さないから」
「…………」
「困惑してるね、君に色々聞く前に、まず僕の話からした方がいいかもな。まあ、ゆっくり話そうか、」
この時私は恐怖とか困惑とかはなくて、目の前で人を殺したこの青年を、なんだかすごくかっこいいと感じた。
これが、私とお兄さんとの出会いだった。




