第六話 王女、初めての旅と運命の出会い
次の日、いつもの様に七時前に起きた私の身支度を、これまたいつもの様にソフィが終わらせていく。
そんないつもの時間に、私の寝室の扉が、静かに二回ノックされる。
「メイドのイザーラでございます。ローアル様からの伝言を預かってまいりました。」
イザーラはこの城のメイド長であり、ソフィの上司だ。見た目はお婆さんだが、その凛とした立ち振る舞いは、美しさすら感じさせる。
「どうぞ。」
私が入室の許可を出すと、イザーラは失礼しますと一礼して入室する。
「では早速、お母様の伝言を教えてもらえるかしら。」
「はい。できるだけ早くソフィと一緒に執務室へ来なさい。出立の準備をするわよ、でございます。」
「わかりました。すぐに向かうとお母様にお伝えください。」
「はい。」
イザーラはそう短く返事を告げると、私に一礼して去っていった。
「はあ。やっぱり、行かないとダメかぁ…。」
「姫様。」
つい本音が漏れてしまい、後ろで控えるソフィにすごい形相で睨まれているのが、振り向かなくても分かる。
私の身支度はすでに済んでいるので、早速執務室に向かう。
城内はいつもより騒がしい。そりゃそうだ、今日から一週間、この国のトップが不在になるのだから。それに、私の参加が突然決まった事も少なからず影響しているのだろう。
道中、様々な方達に声を掛けられる。
「姫様!姫様もご参加なされるのですよね!流石です!」
「姫様。しばらくの間、お会いできなくなるのですね。寂しいです。」
彼ら彼女らは、皆この城の関係者だ。
私は、もっと小さい時から城の隅々をゲーム感覚で探検しては、そこにいる人たちの悩みを解決したり、遊んでもらったりしていた。
そのおかげで、私は城のもの皆に好かれている。
私はそんな方たちに笑顔で応えながら、執務室へと向かう。
途中、後ろから「天使か…」なんて呟きが聞こえた気がしたが、スルーしておこう。
執務室に着き扉を開けると、そこには元気なお父様と、明らかに眠そうなお母様の姿が。
「ああ、やっと来たのね。おはよう、テラス。」
そう言いながらも、今にも寝そうになっているお母様。
「おお、おはよう!テラスよ。」
対照的に、絶好調なお父様。
改めて、種族の差をそこに見る。
「おはようございます。お母様。お父様。それで、出立の準備とは何をすれば良いのでしょうか。」
「む?何もせずとも良い。しいて言うなら、旅先に持っていきたいものがあればソフィに伝えよ。……あまりメイド達の仕事を取ってやるなよ?」
そう言って、お父様は笑うのだった。
「じゃあ、ソフィ。よろしく。」
「かしこまりました。姫様。」
私達は一度、寝室へと戻っていた。理由は簡単で、私の日記を持っていくためである。
私は昔、城内の手先が器用な庭師さんに作ってもらった、専用の革のケースに日記をしまってソフィに渡す。この革のケースには、私が創り出した魔法の一つ、施錠をかけている。
私の日記は全て日本語で書いてあるため、最悪施錠が破られても、読めない……はず。
え?魔法の名前がそのまま過ぎるって?……うっさいやい!
荷物整理が一段落着いた後、あとはソフィに任せて、私は一人で執務室に戻った。
するとそこでは過保護モード全開のお父様が待ち構えていた。
「いいか、テラス。何かあったらすぐ我を頼りなさい!良いな!?絶対だぞ!?お前はとても可愛いから、きっと誰もがお前を狙うだろう。だが安心しなさい、この我が、絶対にテラスを危険な目に合わせないからな!」
「……うるさいわね。」
そう言って、お父様の頭に魔法で水をぶっかけたのは、お母様だった。
お母様、グッジョブ。
文字通り頭を冷やしたお父様は、びしょ濡れのまま笑顔で私のことを心配する。
「……すまんな。しかし、テラスよ。本当に何かあったら、どんな些細なことでも良いから相談するのだぞ。分かったな。」
「はい、お父様。分かっておりますから、そんなにご心配なさらないでください。」
それから数時間後。
遂に準備が終わり、出立の時が来た。
外を見ると、多くの馬車と、護衛の騎士たちが整然と並んでいる。
私達は、正午を告げる鐘の音と共に、遂に世界会議の会場へと進み始めたのだった。
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流れゆく景色を眺めながら、私は今馬車に揺られている。
どこまでも続いていそうな草原、深く静かな森、そして道中で見かける小さな村や集落。
そのどれもが、前世では決して見ることのなかった光景で、私は好奇心に目を輝かせていた。
王族用の馬車とはいえ、やはり揺れる。豪華な装飾とフカフカのソファはあるけれど、前世の乗り物に比べたら快適とは言い難い。
お父様とお母様はそれぞれ別の離れた馬車に乗っている、と表向きにはそうなっているが、実際は私の向かいにはお父様とお母様が座っている。
お父様は私と同じように外の景色を楽しんでいるが、お母様は静かに本を読んでいた。
馬車を分けるのは敵の戦力が集中しないようにするためだが、この二人の前では多少の戦力の増量程度大したことでは無いのだろう。
「ガラッシアの街は、それは見事なものだぞ、テラス!あらゆる種族が集い、活気に満ちている!きっとお前も気に入るはずだ!」
「はい、お父様。とても楽しみです。」
姫様モードで答えつつも、内心では(色んな種族がいるってことは、それだけ面倒ごとも多そうだな……)なんて考えていた。
途中、馬を休ませるために小さな町に何度か立ち寄った。
国王が訪れるとなれば、その町は自分達ができる最大限のもてなしをしようと活気づく。
その活気が街を発展させ、巡り巡って国の利益となる。そんな狙いもあるのだと、お父様が話していた。
馬車に揺られること二日。
いくつかの町を経由して、私達は遂に世界会議の会場であり、世界の縮図とまで言われるほど著しい発展を遂げている、世界都市ガラッシアへと無事に到着した。
王都とは全く違う文化。
この街は、世界会議の会場となる大きな館が中心にあり、参加国の大使館がそれを囲むように点在している。そして、それぞれの大使館の周辺には、その国独自の文化を感じさせる建物が立ち並んでいるのだ。
上空から見ると円形をしているため、私は内心「八等分された巨大なピザみたいだな」と思っていた。
私達は、そのピザの一ピースである、我が国の大使館へと向かう。
ゆっくりと馬車が減速していく。大使館に到着したのだ。
「「「「ようこそ!国王陛下、王妃様、姫様!」」」」
大使館の大きな扉をくぐると、そこで働く使用人達が一斉に私達を歓迎してくれた。
少し進むと、他とは明らかに品格の違う服を纏った初老の男性が私達を待っていた。
我が国の大使、ヴェルドである。
「お久しぶりでございます、国王陛下、王妃様。おや、そちらにいらっしゃるのが、もしや……」
ヴェルデは私を見て、少し驚いたような顔をする。
「テラス・テオフィルス・シュトラールでございます。以後、お見知りおきを。」
私の挨拶に、ヴェルデの顔に浮かんだ驚愕は、すぐに優しさを感じさせる笑みに変わる。
「なんと、これはご立派ですな。このヴェルド、感動いたしました。流石は、スルンツェ様のご子息ですな。」
そんな様子のヴェルデに、お父様が話しかける。
「そうであろうそうであろう!この子は我が自慢なのだ!その慧眼、流石はヴェルドであるな!…ところで、早速で悪いのだが、世界会議について色々と話し合わなければならん事が多いゆえ、今から会議を始めたい。良いか?」
「ええ、それはもちろん。しかし、国王陛下だけでなく、姫様にまで無理をしてもらう必要は無いかと。」
そんな言葉にお母様が横から介入する。
「あなたもお休みになって。道中、私の代わりに沢山働いてくれたのでしょう?ならば、ここからは私に任せなさい。それに、あまり無理してテラスの前で倒れる、なんて失態は見せたくはないでしょう?」
そんなお母様の言葉に、お父様はそうだな、と小さく笑った。
え、私?別に眠たくないし、良いんだけど、まあ、休めるなら休んだほうが良いよねえ。
それに、もう……。
その後、大使館の執務室前でお父様達と別れた私は、ソフィと共に案内された自室へと向かう。
そのまま入浴を済ませ、部屋に戻った。王城の私の寝室と同じくらいの質素さなので、何だか安心する。
時刻は二十四時半といったところだろうか。
ソフィが部屋を出ていくと、私は「我慢できない……!!」といった様子で、雑に魔法を展開する。
「防音、幻影、不可視、無音、地図、飛行!」
フード付きのローブを身に纏い、私は徐に窓を開け、そして夜の街へと飛び出した……!!
私は夜の街の上空を音もなく飛ぶ。
夜風が心地よい。
夜になっても明るいこの街の夜景は、本当に綺麗だった。
「すごい……。」
私はしばらくその絶景を眺め続け、その後、街を巡り始めた。
目の前に浮かぶのは、自作のオートマッピング機能付きの地図。空白の部分を埋めながら、様々な種族や文化が混じり合う街を観察する。本当に、いい街だ。
……いい、街だった。その光景を目にするまでは。
メインストリートを離れ、少し薄暗い路地の上空を飛ぶ。
この街には、成功を夢見てやってきて、そして破れた者達が住む場所がある。
空の酒瓶の横で寝ている者、全身血だらけで倒れている者、そして蛆の湧いた死体。
メインストリートが世界の光を集めた場所なら、ここは世界の闇を集めた場所だろう。
私は世界の闇を見てみぬふりしながら、地図だけ埋めてさっさと出ようと、さらに深い場所へと進む。
しかし次の瞬間、私はとある光景を目にした衝撃によって、思わず空中で停止した。
呼吸も忘れ、ある一点を凝視した。
それは、別に珍しい光景ではなかった。
ただ、卑しい者達が、自分より弱い者を蔑み、暴力を振るっているだけ。
いじめられていたのは、私と同じくらいの年齢の、一人の少女。
ひたすら石を投げつけられ、「忌物だ」と罵られている。薄汚れた白い髪を掴まれ、顔を殴られてもなお、その蒼い瞳で睨み返す、そんな強い少女。
グロテスクないじめを受けているのがただの孤児なら、きっと私は飛び去っていただろう。
一人二人を気まぐれに一回助けた程度では、いじめはますます悪化するばかりだろうから。
でも違った。
その少女は。
前世の私が、現実の全てを捨ててでも愛を注ぎ続けた、
私の、『推し』の姿、そのものだった。
コロナにかかりました




