香り
申し訳ありませんが、ナビ入れさせていただきますね。
……
では、発車します。
え? あぁ、いい匂いします?
ありがとうごさいます。
前のお客さんが降りた後、消臭スプレーをかけるようにしてるんです♪
きっと、その香りですかね?
そりゃ、ご機嫌にもなりますよ。 小さな事でも意味があったんだと……報われた気持ちになりましたから。
……
景気ですか?
確かに、タクシーの景気で、全体の景気がわかるとは言いますが、私はまだ3年目なので……
まだ、イマイチ、ピンと来ませんね。
……
え? お化け……ですか?
……
あぁ、業界用語の方ですね? よくご存知ですね。
確かに、遠距離になる高額のお客さんの事をオバケって呼んだりしますが……
まだ、とんと出会った事はないですね。
バブルの時なんか、凄かったって言いますね。
私も、先輩から金曜の夜はオバケが出るとか、聞かされましたがね……。
残念ながら、まだ出会った事はないですね。
今度は本当のお化けの話ですか?
そちらも、まだトンとないですね。
同僚とかから、それっぽい話をいくつか聞いた事はありますがね……
……
そうですね……
私がまだタクシー運転手になる前の話でもいいです?
いや、お化けっていうか……ちょっと不思議だな?って程度なんですがね、それでもいいです?
……
わかりました。
……
当時、私はちょっとした商社で営業をやってたんですよ。
まぁ、それなりに頑張ってましてね、お客さんとかから信頼も得て……自分で言うのもなんですが、バリバリ……本当、バリバリ働いてた時の事なんです。
当時は、まだ妻もいて……あぁ、すいません。 私、バツイチなんですよ。
……そう、まだ妻もいて、それなのに、いろんな女性からも言い寄られてたりして……。
あぁ、すいません。 少し自慢が入っちゃいましたかね?
で、そんな時、時々なんですが、ふと女性の香りって言うんですかね?
化粧なのか……体臭なのか、ちょっとわかんないんですが、なんかいい匂いっていうか、……明らかに『女性』ってわかるような香り。
あれが、時々、鼻につくようになったんですよ。
営業トークしてる時も、見積作ってる時も、時には一人で運転してる時も……
不意にね。 フワッと。
最初は、妻が柔軟剤を変えたのかな? って程度だったんです。
最初は、家の外だけだったんですがね、ついに家でも香るようになったんです。
あ、ここ左曲がったほうがナビより早いです?
わかりました、左折します。
えっと、そうそう、家でも女性の香りがするようになったってとこでしたよね?
で、思いきって、妻に聞いたんですよ。
柔軟剤変えた?って。
そしたらね、変えてないって言うんですよ。
ん? って思いましたね。
じゃあなんだ? この香りは? ってな感じですね。
でね、続けて言うんですよ。
そういえば、最近、家の中で変な匂いがする時があるって。
あぁ、妻も感じてるのか?ってね。
でもね、彼女……続けてこう言ったんですよ。
血の匂い……
って。
それ聞いて、なんかゾッとしましたね。
なんせ、私が女性の香りだと……なんなら少しいい匂いだなくらいに感じてた匂いが、妻からは血の匂いに感じられるって言うんですから。
その時、初めて得体のしれない事が起きている、と確信しました。
で、ネットとか見てたら、そういうの生霊なんじゃないかって思うようになりましてね。 自分で言うのもなんですが、結構、モテてたんで……
それで、営業で広げた人脈を使って、探したんですよ。 霊能者を。
で、霊能者先生に視てもらったんですがね。
それは生霊なんかじゃないって言うんですよ。
じゃあ、なんなのか? って話になるんですが、先生もわからないって、言うんですよね。
ただ、自分達がわかる言葉で、一番近いって言うと……
悪魔
って、先生が言う訳ですよ。
本人、つまり私には香り以外の実害はないらしいんですがね。 周り。 周りは酷い目に合うって……
でね、自分じゃ力になれない。 祓えないって続けるわけです。
あ、ここでいいですか?
では、停車します。
……
3080円になります。
カードも使えますよ。
え? あぁ、話の続きですよね。
確かに、このままだと気になりますよね?
で、先生が言うには、もしかすると私よりも相性のいい相手を見つけたら、そっちに移ってくれるんじゃないか? ってことだったんですよ。
目印は、香りですね。
あんまり相性が良くないと、血の匂いみたいな、ちょっと不快な匂いがするらしいんですが、相性がいいと、私みたいに女性の香りみたいな、いい香りに感じるらしいんですよ、私の傍にいると。
最初は、半信半疑だったんですがね。
妻の方にいろいろ不幸がありましてね。 こりゃ、信じるしかないか、ってなったんです。
で、一念発起して、不特定多数の人と接触できる、この仕事を選んだ…….って訳なんですよ。
いや、本当、今日はありがとうございました。
こちらも楽しかったです。 本当、お客さんみたいな方を乗せられて、ラッキーでした。
じゃあ、ドア開けますね。
あ、そうそう、最初に言ってた消臭スプレーですけとね。 あれ、無香料なんです。
……だから、本来、香りなんて残らないはずなんですよ♪
~完~