後夜
三題噺もどき―ななひゃくじゅうご。
糸のような月が浮かび、星が小さく輝く。
すぐそこでセミが鳴き、トンボがふらふらと飛んでいる。
雨が降った後の公園には、土の湿った匂いがこもり、あちこちに水溜まりができている。
「……」
シーソーからは水が滴り、小さくできていたそれを更に広げようとしている。
ジャングルジムの中心にも水が溜まり、鉄棒の下にも横に広がってできている。この時間に子供たちが居なくてよかったなと少し思った。いればきっと、バシャバシャと濡れて遊ぶところが目に見えている。
「……」
私の座るブランコの下にも、小さく水が溜まっている。
そこをよけながら軽く地面を蹴って、小さく揺らすと、きぃと、鉄のこすれるような音が響く。……確かにこの音だけが聞こえて、ブランコに人が乗っていなければ恐ろしいかもしれないな。
「……ん」
いけない。少しぼうっとしていた。
ここについてからずっと、彼らの話を聞いていたので、気が抜けたようだ。
ブランコに聞いているのかと言われた。
「……うん、なんだったかな」
仕方ないなぁと言いながら、きっと先程まで同じ話をしていただろうに。
それ以上のテンションで話し始める。この子は他の遊具に比べて幼さが目立つ。こういう所を見るとなおの事そう思う。まぁ、遊ぶのは基本的に子供ばかりだし、他の遊具に比べたら対象年齢が低いのも影響しているのだろう。
「……うん」
タイムカプセルを開きながら話を聞いている気分だ。
過去の記憶を閉じ込めたそれを開いて、あの時はこんなことがあって、この時はそんなこともあった。……最近の事を話しているはずなのに、どこか懐かしく感じるのは何だろう。
「……へぇ」
聞いていれば、それは昨日の話だった。
先日、二日ほどかけてこの辺りで大きな夏祭りがあったのだが。
その話をしているようだ。ここからでも花火が見えるのか。
まぁ、我が家からでも見えたからそれは見えるか……。
「……音は怖くなかったのか?」
何年も見てはいるだろうが、この子は幼いから驚きそうなものだが。
……そうでもないようだ。ただひたすらに、打ちあがる花火を見てはしゃぐのだろう。周りにいる他の遊具たちが、はしゃぎすぎてうるさいくらいだよとまで言っている。
普通の子供でも分かれそうなものだからな……音に驚いて花火どころではなくなるか、その後に広がる美しい花にはしゃぐか。
「……あぁ、綺麗だったな」
昨夜上がった花火は、私も見ることができた。
かなり遠くで上がっていたから、音もさほど大きくはなかったからな。ベランダからではあったので、低い場所で上がっていたのは少々見づらかったが……それでも綺麗ではあった。
最後に上がった大きなものは、かなり迫力があったな。離れた距離であの迫力なら、近くで見ている人はさらに驚いたことだろう。
「……うん」
幸いなことに、アイツも少しは見ることができたからな。
耳栓をしていたけれど。
珍しく呆けたような表情をしていたのは面白かった。まぁ、その前に祭りにも引っ張り出したから疲れていて思考がろくに回ってなかったんだろう。素直な表情が帰ってきていていいものを見れた。
「……」
しかしまぁ、ごった返すように人がいた中で、アイツの回りだけが歩きやすかったのは面白かったな。あそこまで美形だと誰も近づいてこないのが面白い。浴衣を着せたのは正解だったな……。また機会があれば着せたいところだが、もう行かないと言いそうだな。
近づく者もいないわけではなかったからな。それも大抵変な奴が近づいてくるから厄介だった。このご時世にいていいモノではない。
「……」
屋台飯というのも、なかなかに美味しかったな。
あそこまで濃ゆい味付けのものを食べることもそうないからだろうけど……しかしまぁ、どれもお祭り価格で少し手が伸びづらいところはあったな。
「……ん」
未だにあれやこれやと話し続けるブランコの声を遮るように、他の遊具が話しかけてきた。
もうそんな時間だったか。彼らと話しているとあっという間に時間が過ぎてしまう。
そろそろ帰って仕事の続きをしなくては。
「……あぁ、またな」
水溜まりを避けて、立ち上がり、帰路につく。
話し足りないと拗ね気味のブランコに手を振る。
また明日にでも来るとしよう。
「おかえりなさい」
「ただいま……何をしてるんだ?」
「なにって……お菓子を作ってるんです」
「……そんなに大量に?」
「昨日作り損ねましたからね」
「……そうか」
お題:雨・タイムカプセル・シーソー