9話 空腹
ギルドの職員が「現金でお渡ししましょうか? それとも一部お預かりしますか?」と問いかけてきた。
マコテルノは仲間たちの様子をざっと見渡す。
(全員、疲れきってる。空腹で、今は話す気力も残ってない――)
「じゃあ……一日分、百人前の外食代と一泊分の宿代は現金で」
(これで、とりあえず全員を満腹にできるはず)
職員は一瞬きょとんとした後、「十人前ですか?」と聞き返すが、マコテルノは首を振る。
「百人前でお願いします」
(今の僕らなら、それくらい食べる)
職員は目を丸くしたが、すぐに了承し、残りはギルド預かりに。
おすすめの食堂も聞き出し、五人はぞろぞろと向かった。
──
店内はまだ静か。マコテルノは迷わずカウンターへ。
(何も考えずに、一番手早く満腹になれるものを……)
「すぐ出せるものを五十人前ください。残りはこの金額でおいしいものを」
店員は呆然としつつ、厨房へ声を飛ばした。
(……いくらなんでも、この量はないだろう。でも、金はあるし……)
みんなはテーブルに突っ伏し、言葉も出ない。
(丸二日、何も食べていない。旅の過酷さより、今は腹の虫がすべて)
やがて料理が並ぶと、五人の手が次々と伸びる。
(とにかく食え――食え――食え)
特にガルディアは、一際異様な迫力を放つ。
空腹になると、顔つきがさらに険しくなるのだ。
店員がガルディアの様子にぎょっとする。
(怒らせたらまずい……!)
「すぐに追加をお持ちしますので!」
厨房ではスタッフたちが慌てて料理を用意している。
やがて五十人前が消えたころ、ようやく会話が戻ってくる。
ラグナードは食器を抱えたまま、ふと呟く。
「村の洞窟で訓練してた時は、ここまで腹減らなかったよな……」
(洞窟の加護があったからな。力を使っても、異常な空腹にならずに済んでいた――
でも、村を出てからは加護が切れて、底なしの食欲が続く)
フィーネは、人に害を与えない動物を狩るのを極力避けていた。
(食材集めは、ほんと大変だった。フィーの優しさが痛いくらい身に染みる)
旅でいちばんつらかったのは、空腹。
(これが“人間離れ”した代償なのか)
ガルディアは、空腹でもじっと我慢しているつもりだが、腹の虫の音だけはどうにも止められない。
やっと満腹感が戻った頃、自然と笑顔も会話も弾み始めた。
ラグナードは照れくさそうに、でもどこか誇らしげに言う。
「……俺たち、実際どれくらい強いんだ?」
マコテルノは迷いなく答える。
「ひょっとすると、この国で一番強いかもしれない」
その瞬間、テーブルは急に明るくなる。
ラグナード:「俺が一番だ!」
メルカニア:「まあ、私の魔法があるのだから、当然よね」
フィーネはどこか不安そうにつぶやいた。
「弱くはないと思うけど……本当にそうかな?」
ガルディアの表情がふっと和らぐ。
(このメンバーなら、大丈夫――そう思える)
店員が追加の料理を運びつつ、ぼそっとつぶやく。
(……この子たち、どこまで食べるつもりなんだ?)
やがて、話題は防具と新しい依頼に移る。
(ギルドの防具はダサいし、においもひどい。装備は自分たちで選びたい)
マコテルノ:「とりあえず剣があれば十分。お金が貯まったら防具も買おう」
やがて討伐依頼の話に――
(強い魔物。三ヶ月も残ってる依頼。
でも、僕たちなら勝てる。
それくらいの自信と、ほんの少しの不安)
「タイグルサル・セルペンス・ヌエ。トラとサルとヘビの混合魔獣。幻惑の技……でもフィーの力が上なら大丈夫」
周囲の冒険者たちの耳が一斉にそばだつ。
(魔獣の名を、子どもみたいに語るやつがいるとは思わなかっただろう)
それでも、食事と笑顔と会話は絶えない。
(明日からの新たな冒険。誰もが、胸に期待と不安を抱えていた)