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6話 王都への旅立ち

夜明け前の山里は、春の朝靄にやわらかく包まれていた。田畑の土からはしっとりとした匂いが立ち上り、まだらに残る雪が細い道の端に寄せ集まっている。その道を、五人の若者たちが歩いていた。


村の門の前には、すでに村人たちが集まっていた。誰もが名残惜しそうな表情で、これから旅立つ者たちを見送る準備をしている。


やがて、村長が一歩前に出て、よく通る声で言った。


「お前たちはこの村の誇りだ。王都に行って、世界を救ってきてくれ。絶対に生きて帰って来い!」


母親たちは、子どもを何度も抱きしめては名残惜しそうに手を離す。父親たちは、口を固く結び、ぶっきらぼうに肩を叩いた。年下の子どもたちは、五人を憧れの目でじっと見上げている。


出発の時が近づくと、ラグナードが明るく場を盛り上げようと、手を高く掲げて叫んだ。


「よっしゃ、行くぞ!みんな、今日から王都目指して大冒険だ!」


しかし、いよいよ門をくぐろうというその瞬間――


ガルディアが、まるで石像のようにその場に立ちすくんだ。


巨体が道をふさぐように仁王立ちになり、まるで土の上に根を下ろしたかのように一歩も動かない。


ラグナードは後ろから両手で思いきり背中を押してみせる。


「お前、動けよ!もうこの村にはいられないんだから。俺たちがいるから心配すんな!」


ラグナードは、わざと大げさな声で皆を笑わせようとしたが、ガルディアの体はぴくりとも動かなかった。


村人たちも、「あれ?」と息をのむ。


マコテルノは、静かにガルディアの背中を見つめていた。


その向こうで、小さな子どもたちがガルディアをじっと見上げている。


その目はどこか怯えていて、母親たちはそっと子どもの目を自分の手で覆った。長い年月を同じ村で暮らしてきたはずなのに、ガルディアの大きな体と真っ赤な瞳は、やはり子どもたちには“怖い”存在なのだった。


ガルディアはうつむいたまま、誰とも目を合わせようとしない。


その胸の奥では、重たい葛藤が渦を巻いていた。


――自分が仲間の足を引っ張るのではないか。初めての外の世界は、怖い。村を離れるのが、どうしようもなく寂しい――


けれど、その思いをうまく言葉にすることはできなかった。


土を踏みしめたまま、指先にはじんわりと汗がにじみ、ただ静かに立ち尽くしていた。


そんなガルディアの様子を見ていたフィーネが、そっと横に並び、やさしい声で語りかける。


「ガル君、大丈夫。一緒に行こう」


その声は、まるで春の陽だまりのように、ガルディアの心の奥深くに染み渡った。臆病な自分を見せるのは嫌だった。まして、淡い恋心を抱いているフィーネの前では、なおさら――。


「……一緒に、行く!」


ガルディアがついに一歩を踏み出すと、ラグナードがわざとらしく手を叩いて笑った。


「お前はフィーネに言われたら、いちころだからな!」


仲間たちは思わず吹き出した。


メルカニアも「ガルはほんとにわかりやすい」と呆れ顔で笑い、マコテルノは安堵のため息をついた。


フィーネは小首をかしげて、きょとんとしている。しっかり者のはずなのに、どこか天然な一面があった。


ガルディアは顔を赤らめてうつむき、そっとみんなの方を見る。


その大きな手を不器用に拳にし、胸元に当てて、小さくつぶやく。


「……俺が守る」


ラグナードがすかさず肩を叩いた。


「おう!ガルがいなきゃ、俺は安心して寝られねぇからな!」


フィーネもガルディアの手をぎゅっと握り、「みんな、ちゃんといるから」と静かに繰り返した。


村人たちはそれを見て安心したように微笑み、母親たちはそっと涙をぬぐう。


マコテルノはその光景を胸に焼き付けながら、静かに村の門の向こうを見つめていた。


(やっぱり、みんなといると楽しい。ずっと、このまま一緒にいたい――)


やがて五人は村の門をくぐり、湿った土の道を踏みしめて進み始めた。朝靄の中、山の稜線にはまだ雪が残り、彼らの背中には、見送りに来た村人たちの温かい視線がいつまでも残っている。


しばらく歩くと、急な斜面が現れた。枝を踏みしめる音、雪解け水が小さな流れを作り、森の空気はひんやりと澄んでいる。無言のまま険しい斜面を登っていくと、道はやがて途切れ、目の前には深い崖が口を開けていた。


メルカニアが腕を組み、やや呆れたようにマコテルノを見据える。


「本当にこの崖を下って行くつもり? 近くの町に寄る方がいいんじゃない?」


ラグナードは両手を広げて、お気楽な調子で笑った。


「まあまあ、なんとかなるって!な、テルノ?」


マコテルノはみんなの顔を順に見て、小さくうなずく。


「うん……たぶん、この崖なら、僕たちならいける」


ラグナードは改めて崖の下をのぞき込み、顔を引きつらせる。


「おまえ、これ、下見えないぞ!」


メルカニアもため息まじりに崖の下をのぞき込んでいる。


フィーネはみんなを見回し、祈るように微笑んだ。


「テルノ君が行けるって言うから大丈夫。私がちゃんと回復するから安心して」


ガルディアは崖の下をのぞき込み、フィーネが回復してくれると思うと、どこか楽しげに口元をほころばせた。


「……僕が、飛び降りる」


そう言い残すと、ガルディアは真っ先に崖へと身を躍らせた。


マコテルノも思わず声を上げる。


「メル、風魔法で着地の衝撃を弱めて!」


メルカニアは力強くうなずき、素早く魔法を構築する。


「あ、そういうことね。任せて!」


こうして五人は、まだ見ぬ王都を目指して、秘境の村に切り立つ崖を飛び降りていった。


マコテルノは心の中で決意していた。王都まで最短距離で進まなければ――早く着かないと、きっと何か大変なことが起きる、そんな予感がしてならなかった。


風を切って落ちていくとき、みんなの顔には満面の笑みが広がっていた。


「最高だ!」と誰かが叫び、他の仲間たちも笑い声をあげる。


無重力状態の気持ちよさと風を切る爽快感、そして、冒険を始めているとの実感が皆の笑顔となっていた。


そして、無事に地面に着地して時には、皆の大きな自信と変わっていた。


しばらくすると、太陽が昇るにつれ、山の空気は少しずつ温かさを増していった。


森の中、ラグナードが枝をかき分けて大声をあげる。


「おい、見ろよ!果実がなってる、でっかいぞ!」


ガルディアが地響きをたてながら太い幹に体当たりすると、幹は音を立てて粉々に砕けた。


巨大な木がガルディアの頭上に倒れかかってくるが、彼はそれを平然と両手で受け止めてしまう。


皆が呆然とする中、マコテルノだけは無表情のままだった。


ラグナードがマコテルノをじろりと睨みつける。


「なあ、俺たち異常すぎだろ。魔物がこんなに強いはずないよな?」


「さっきの崖も飛び降りて平気だったし……」


メルカニアとフィーネも、マコテルノに詰め寄る。


マコテルノの顔には、はっきりと動揺の色が浮かんでいた。


「うーん、ぼくもよく分からないんだ。でも……魔物は強いと思う」


ふと思い出したように付け加える。


「ドラゴンとか、本当に強いと思うよ」


メルカニアは呆れた顔で、やや怒ったように口をとがらせる。


「ドラゴンなんて倒さなくても、十分生きていけるでしょう?」


「洞窟じゃ壁に傷一つつけられなかったし、私たちの力なんてまだまだだと思ってた。でも、ここに来てちょっと違いすぎじゃない?」


マコテルノの顔には、さらに動揺が色濃く浮かぶ。


「それは……そうだけど……」


けれど、ふと思い直したように顔を上げる。


「強くなって悪いことはないと思う。そうだろ、メル?」


フィーネが、そっと助け舟を出すように微笑んだ。


「テルノの言うことは正しいと思うよ。強くなったんだから、それでいいじゃない」


しかし、ラグナードとメルカニアはまだ納得がいかない様子で言う。


「俺たち、“魔物を倒せるか”ってずっと聞いてきただろ。テルノは“まだ難しい”って言い続けてたのに……」


ガルディアは、まだ両手で巨木を持ち上げたまま、困ったようにみんなを見ていた。この木をどうすればいいのか、マコテルノに尋ねようと思ったのだ。


「……僕、重たいけど、これどうすればいい?」


皆がすっかり忘れていたかのようにガルディアの方を振り返り、思わず大笑いした。


「ガル、地面にそっと置いて」とマコテルノが言うと、ガルディアは巨木を優しく地面に降ろした。周りにはたくさんの果実が転がっている。


みんなはそれを集めて、輪になって座り、果実を頬張った。


「甘い……」


その一言と共に、みんなの心にも少しずつ、マコテルノの言うことも間違いではなかったのかもしれない、という思いが芽生えていった。


太陽が山の端に沈みかけ、森は紺色の影に覆われ始めていた。五人は休憩を終えて再び険しい山道へと足を進める。空気は少しずつ冷たくなり、獣の気配もどこか濃くなってきた。


――そのとき、茂みの奥から不気味なうなり声が響いた。


飢えたオオカミの群れが、じりじりと近寄ってくる。


ラグナードは、気配をいち早く察していた。


「オオカミの群れが来てるぞ。どうする?」


マコテルノは静かにうなずいた。


「僕たちには脅威じゃない。みんなに任せるよ」


フィーネが「じゃあ、ちょっと怖がらせてみるね」と優しい声で言い、ささやかな呪文を唱える。


オオカミたちは「きゃいん」と悲鳴を上げて、あっという間に逃げ出してしまった。


メルカニアはフィーネの頭をそっと撫で、優しく微笑む。


「フィーは相変わらず、優しいね」


焚火の火がパチパチとはぜ、空には満天の星がまたたいていた。その揺らめきは、まだ見ぬ冒険と希望の予感を静かに照らしていた。

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