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5話 秘境の村 15歳

春の終わりを知らせる涼やかな風が、村の田畑をすり抜けて静かに山あいの奥へと吹き込んでいた。


十五歳になったマコテルノたちは、夜明け前から身支度を整え、かつて秘密基地だった洞窟へと足を運んでいた。


幼い頃から鍛錬の場として過ごしたこの場所は、今や彼らにとって魂を磨く「道場」となっている。


彼らの表情や体つきには、少年らしいあどけなさはほとんど消え、青年の強さと優しさを帯びている。


苔むした小さな洞窟の入り口には、やわらかな緑と、朝の光が静かに差し込む。


ここ最近は訓練だけでなく、本気の模擬戦で互いの技をぶつけ合うことが常となっていた。


マコテルノが指導役で相手をするだけでは、次第に緊張感が薄れてしまう。


だからこそ、いまでは自然と二手に分かれて、全力でぶつかり合う訓練が当たり前になっていた。


この日は、男女の力比べをかけた模擬戦。洞窟の空気はいつになく張りつめ、全員の瞳に静かな闘志が灯っていた。


ラグナードは拳を握りしめ、正面のメルカニアを鋭く睨みつける。


普段の明るさは消え、勝負への静かな熱がその横顔に浮かぶ。


「男の意地、女に負けるわけにいかねぇ!」


低い声が洞窟の静寂を揺らす。


メルカニアは長い髪を肩から払い、にやりと自信の笑みを浮かべる。


「百年早いのよ、そっちが勝つには。」


視線と視線がぶつかり合い、場の空気がきしむ。


先に動いたのはラグナードだった。鍛え上げた脚で地を蹴り、音もなくメルカニアの懐へ切り込む。


狙いは首筋――鋭く研ぎ澄まされた動き。


しかしメルカニアはその気配を察し、わずかに身をひねって迎撃体勢を取る。


「甘いわね――」


その呟きとともに、ラグナードの回し蹴りが彼女の足を払った。


バランスを崩しかけるが、フィーネの魔法がすぐに支える。


フィーネの遅延魔法がラグナードへ放たれるが、すでにガルディアが間に割って入り、自らその効果を受け止めていた。


ラグナードを守るため、とっさに体を張るガルディア。その体は、幾度も洞窟の壁に打ちつけて鍛えた賜物で、遅延も弱体も攻撃魔法ほとんど効かない。


息を整える暇もなく、メルカニアは風の魔力をまとい、一気に安全圏へ跳び下がる。


その手から雷撃――青白い稲妻が洞窟を裂いてラグナードを狙う。


ラグナードは雷撃をまともに受けても、動きを鈍らせることなく、眉をひそめつつもすぐに間合いを詰めていく。


メルカニアとフィーネの連携を崩すため、鋭いステップで間を割り、計算された駆け引きを繰り広げた。


強力な魔法を発動するには、ほんの一瞬の意識の集中が不可欠だ。


ラグナードは、相手の魔法の強さを直感的に見抜けるまで鍛え抜かれていた。


その隙を与えぬよう、痛みに耐えながらもメルカニアの苦手な接近戦をしつこく仕掛けていた。


一方、ガルディアはその隙にフィーネへ距離を詰める。


分厚い拳で突進し、フィーネは咄嗟に結界を張って必死に防御するが、ガルディアの一撃は容易にそれを軋ませる。魔法の盾も、限界は近かった。


フィーネはガルディアとの技の相性が悪い。だからこそ、ラグナードがメルカニアを分断しようと動いていたが、メルカニアは風魔法で彼の動きをいなし隙を生み出す。


フィーネの援護として、メルカニアがガルディアに氷結呪文を放つ。

瞬間冷凍されガルディアの動きが一瞬止まった。


その一瞬、メルカニアとフィーネは直感で寄り添い、

「フィーネ、ラグ止めて」「うん」と声が交差する。


ラグナードとガルディアも呼吸を合わせる。「ガル、俺の前に立って突撃しろ」「任せろ」

細かな言葉はいらない。ただ戦いに没頭する。


フィーネは素早く延滞の呪文を紡ぐが、二人の距離が近づいたと感じて範囲重力魔法に変えて放つ。しかし、ラグナードは一瞬の予感で天井めがけて跳び上がり、頭上の岩を蹴って素早くフィーネの背後を狙う――だが、その進路をメルカニアの氷壁が遮った。


「くっ……」


ラグナードは歯を食いしばって静かに着地する。


次の瞬間、ガルディアが真正面から突進。フィーネは再び結界を張り、メルカニアは分身魔法で視界を惑わす。しかしラグナードは洞窟の高所から全体を見下ろし、ガルディアへ正しい合図を送る。


ラグナードもすでに背後を狙って天井を蹴る。ガルディアは迷いなく突進し、結界ごと叩き壊す勢いで迫った。


フィーネとメルカニアは一瞬視線を交わし、魔力を重ねて“結界攻撃魔法”を編み出す。


ぶつかった瞬間、炸裂――ガルディアとラグナードは思わず痛みに顔を歪める。


ラグナードは床に倒れ込み、息を荒く吐き出す。「メル、それはずるいぞ!」


「男なんだから、そんな細かいこと言わないの!」


ラグナードはガルディアをちらりと見たが、ガルディアは肩をすくめて「使いたくないな」と目で訴えた。


「ガルはフィーネには甘いんだよな」


男チームにも、独自の連携技があるようだった。


それでも、まだ力は尽きていない。ラグナードはもう一度天井に跳び上がり、重い石礫を結界へ向けて矢継ぎ早に投げつける。結界に細かな亀裂が走り始めた。


こうして一進一退の攻防は何度も繰り返される。


五人の動きは、もはや肉眼で追うより早く、誰もが高い能力で相手の動きを感じ取るほどに鍛え上げられていた。


結局、どちらも最後は立ち上がれなくなり、決着はつかずに引き分けとなることが多かった。


たとえ大怪我をしても、即死さえしなければフィーネの回復魔法ですぐに癒える――みんな、そのことを心から信じていた。


洞窟には、激しい息遣いだけが残る。


ラグナードは大の字に倒れたまま、息を切らしながら苦笑する。「また引き分けか、まいったな」


ガルディアは全身に煤のようなものをまといながら、「疲れた……フィーネ、頼む」と申し訳なさそうに言う。


メルカニアは肩で呼吸しながらも、「あなたたち速すぎ!」と頬を膨らませた。


フィーネはみんなを優しく見渡し、「お疲れさま、すぐ治すからね」と癒しの魔法で疲れや傷を瞬時に消していく。


ラグナードは少しだけ顔を曇らせて、「テルノ、俺たち本当に魔物に勝てるのかな……」と呟く。


マコテルノは厳しい顔で静かに答える。「まだ難しい。魔物の強さは想像を超えているから」


だが、その言葉の裏には、“魔物”ではなく“魔王”を倒すという――誰にも明かせぬ大きな秘密が隠れていた。


マコテルノは本当のことを言えぬまま、みんなが誰一人欠けずに魔王へ立ち向かえる日を信じて、仲間をもっと強くしたいと心に誓っていた。


ラグナードは苦笑しながら言う。


「俺たちだって相当強いと思うけどな、魔物ってどれだけ強いんだ?」


「でも、ワクワクするよ。そんなの倒せたら最高だろ?」


マコテルノは穏やかに微笑んでうなずく。「その気持ちがあれば、きっと僕たちは勝てる。これからも楽しく一緒に頑張ろう」


ガルディアはすでに壁に体をぶつけながら、「僕が必ず守る」と痛そうな声でつぶやく。


メルカニアも、ストレス発散とばかりに壁へ超強力な魔法を次々と放つ。「私の魔法で絶対に倒すわ!」


フィーネは戦いの直後に全員を癒していたため、やや疲れた様子で座り込み、そんな仲間たちをやさしく見守る。「テルノもいるし、私たちならもっと強くなれるよ」


マコテルノは暗い顔をしていた。


破滅した未来の記憶がよぎっていた。


自分は、神来しんらい 真古徒まことである。


アメノミナカヌシ――日本古来の神であること。


まだすべての力は戻らないが、魔王を倒す役目を持ってこの世界に降りてきた。


魔王を討つことでしか本来の神の力は戻らない――それだけは、確信していた。


しばらくするとみんなが集まり手を重ね、互いに目を合わせる。


洞窟の奥壁がかすかに光を帯びる。


そして、五人は声をそろえて叫ぶ。誓いの言葉――

「もっと強くなる!」


その光は、始まる新たな冒険への予感を静かに照らしていた。

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