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5話 王都への旅立ち

夜明けの気配が、ひっそりと山里に満ちていく。


春の朝もやが村をやわらかく包み込み、田畑の土は湿り気を帯びた香りを静かに放っていた。


村の門前には、すでに見送りの村人たちが集まっていた。


誰もが別れを惜しむ眼差しで、旅立ちの一行を見守っている。


村長が一歩前に出ると、朗々とした声が山間の空気を震わせた。


「お前たちは、村の誇りだ。王都で――世界を救ってこい。そして必ず、無事に帰ってこい」


マコテルノたちは、村のためにも力を尽くしてきた。


狭かった田畑を切り拓き、山をならし、水路を引く。

その働きによって村は豊かになり、誰もが食べていける生活を手にすることができた。


かつては“口減らし”のため、十六歳になると村を出る決まりがあった。

――だが、それも今では過去の話。


今年、旅立つのは彼ら五人だけだった。


しばらく進むと、道は急な斜面に変わる。

枝を踏みしめる音、雪解け水が小さな流れを作り、森の空気はひんやりと澄んでいる。


険しい坂を下りきった先で、道は突然途切れ、眼前には深い崖が口を開けていた。


メルカニアは腕を組み、やや呆れたような視線をマコテルノに向ける。

「本当にこの崖を下るの? 近くの町に寄った方がいいんじゃない……」


ラグナードは両手を広げ、お気楽そうに微笑む。

「まあまあ、なんとかなるって。な、テルノ?」


マコテルノは皆の顔を順に見て、小さくうなずいた。

「たぶん、この崖なら……僕たちならいける」


ラグナードは崖の下をのぞき込み、顔を引きつらせる。

「おいおい、これ、下が見えないぞ……」


メルカニアもため息をつきながら、崖下を覗く。

フィーネは仲間たちを見回し、祈るようにやさしい微笑みを浮かべる。

「テルノ君が行けるって言うなら大丈夫。私がちゃんと回復するから、安心して」


その言葉に、ガルディアの胸がほんのり熱くなる。

(治してくれるなら……嬉しい。それだけで体の奥に力が湧いてくる)


そしてガルディアは、自分の心に言い聞かせるように決意する。

(僕が、飛び降りる!)


そう思うやいなや、誰よりも早く崖へと身を投げた。


マコテルノは反射的に考える。

(メル、風魔法で着地の衝撃を弱めて!)


メルカニアは力強くうなずき、すぐに魔法を発動した。

(ああ、そういうことね。任せて)


仲間たちが洞窟の外で本気の力を使うのは、これが初めてだった。


マコテルノには、神の力によってある程度の予測はできていた。

だが、それはあくまで“予測”に過ぎなかった。


(もう自分の力はこれ以上強くならない。心を鬼にしてでも、仲間に試練を課す旅だ――)


こうして五人は、まだ見ぬ王都を目指し、最初の試練となる切り立った崖を飛び降りていく。


風を切って落ちていく間、五人の顔には自然と笑みが広がっていた。


(最高だ――!)


誰かの心が叫び、他の仲間たちもそれにつられるように心の中で声を上げて笑った。


無重力のような心地よさ。


空気を裂いていく爽快感。


そして、新たな冒険が始まったという実感。


すべてが、その笑顔に宿っていた。


やがて全員が無事に着地したとき、五人の胸の奥には――確かな自信が芽生えていた。


森の中を進むうち、ラグナードが枝をかき分けながら足を止める。

「見ろよ……あれ、でっかい木だ。果実もなってる」


ガルディアは肩で大木にぶつかる。幹は砕け、轟音を響かせて倒れかかる。

その巨木を両手で平然と受け止めている――自分でも信じられないほど、自然な動きだった。


みんなは呆然とその光景を見つめる。

ラグナードが思わずマコテルノを振り返る。

メルカニアもフィーネも、目を丸くしてマコテルノを見た。


(俺たち……こんなに力があったのか?)


マコテルノも心の奥で同じ疑問が浮かぶ。

(強いとは思ってたけど、これは……ちょっと、びっくりだ)


けれど、すぐに気持ちを引き締めて、心の中でみんなに伝える。

(魔王を倒すために、ここまで頑張ってきたんだ。僕たちは、きっと強い)


ガルディアは、まだ両手で巨木を支えたまま、困ったようにみんなを見ている。

(……重たいけど、これ……どうすればいいんだ?)


みんなはその様子に気づき、思わず吹き出しそうになる。

(ガル、地面にそっと置いてくれない?)

マコテルノの心の声に、

(おう)

とガルディアも無言でうなずき、木を丁寧に下ろした。


周囲には大きな果実がごろごろと転がる。

みんなで拾い集め、輪になって座り、それぞれ思い思いにかじりつく。


(甘い……)

その感動が、自然と全員の中に伝わっていく。


崖を飛び降り、巨木にも勝てた――その体験が、五人の確信を密かに、しかし力強く深めていく。


五人は休憩を終え、再び険しい山道を歩き始める。

太陽は山の端に沈みかけ、森は深い紺の影に包まれつつあった。


やがて、茂みの奥から不気味な唸り声が響く。

飢えたオオカミの群れが、じりじりと間合いを詰めながら現れる。


ラグナードはすぐに気配の異変を察知し、心の中で警戒を告げる。

(オオカミの群れが来てる。どうする?)


マコテルノは落ち着いて、みんなに意識を向ける。

(これくらいなら大丈夫。みんなに任せるよ)


フィーネはやわらかな笑みを浮かべる。

(じゃあ、ちょっとだけ……怖がらせてみるね)


ささやかな呪文の感触が手から広がり――

オオカミたちは「きゃいん」と情けない声をあげ、あっという間に森の奥へと消えていく。


メルカニアはすぐ隣にいるフィーネの頭をそっと撫でて、柔らかく思う。

(フィーは相変わらず、優しい)


五人は焚き火を囲み、果実を分け合いながら、今日の出来事を心の中で語り合う。

焚き火の火がはぜ、空には満天の星がまたたく。


その揺らめきは、まだ見ぬ冒険と希望の予感を、心の奥で優しく照らしていた。

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