4話 天之御中主神 アメノミナカヌシ
マコテルノは、己が“何者であるか”を知っていた。
――アメノミナカヌシ(天之御中主神)
日本創生における最初の神。高天原に現れし、孤高の存在。
だが今、その“神”は――
**未来を知る少年、神来かみき 真古徒まこと**の魂を宿して、この世界に生まれてきた。
その身体は、まぎれもなく“神の器”。
けれど、内に宿る心は、未来の滅びを知る少年、神来 真古徒そのものだった。
この洞窟こそが、天之御中主神が自らの力を鍛えるはずであった“聖域”――
無意識のうちにこの場所へ引き寄せられ、マコテルノは仲間たちと何度も通うようになっていた。
始まりは、幼い自分が口にした一言だった。
(――冒険者になろう)
未知の言葉に、仲間たちの目が輝くのを、どこか遠くで眺めていた。
でも、マコテルノだけは知っていた。
この世界は、いずれ魔物によって滅びる運命にある。
さらに、遠い未来――現代と呼ばれる時代にすら、核弾頭による終焉が待っている。
マコテルノの肉体は、アメノミナカヌシ神そのもの。
そしてその身に課せられたのは、“魔王を倒す”という神の使命。
でも――人の姿でなければ、人を救うことはできない。
それは、神であっても変えることのできない定めだった。
だが、神の力はすべてが戻るわけではなかった。
それは、宿った魂――未来を知る少年、神来 真古徒の存在が影響していたのかもしれない。
その代わりに、滅びゆく未来の記憶が鮮明に蘇る。
“真実”に気づきはじめたのは、幼い五歳の頃。
やがて七歳になる頃、自らの“出自”と“使命”を、より深く理解し始めていた。
ちょうどその頃、秘境の村にも“魔窟”という異形の存在が、風の便りで伝わってきた。
仲間たちとこの洞窟で日々を過ごすうちに、静かに――しかし確かに、決意が胸に刻まれていく。
(僕が、魔王を倒す)
幼い心には、あまりにも重すぎる運命。
でも、マコテルノのそばには、いつも仲間たちがいた。
ガルディア。
メルカニア。
フィーネ。
ラグナード。
共に遊び、共に笑い、共に夢を語り合う四人。
(この四人となら、世界を変えられる――)
そんな確信だけは、揺らぐことがなかった。
決意する。
この洞窟の“力”と、自分に宿る“神の力”を使って、仲間たちと最後まで遊び尽くそう、と。
笑い合い、競い合い、ときにふざけ合いながら――
遊びの中に訓練を溶け込ませて、自然なかたちで“力”を引き出していく。
努力という意識は苦手だったが、好きなことには夢中になれる――
それが、マコテルノ自身の性格であり、無意識のうちに選び取っていた方法だった。
だが、その“遊び”こそが仲間たちの成長を飛躍的に加速させていく。
笑いながら、競いながら――確かに、みんなが強くなっていった。
十歳のある日。
マコテルノは、すべてを打ち明けた。
自分が“神”であること。
未来の破滅した世界を見たこと。
そして――魔王が、この世界を滅ぼすという確かな事実を。
仲間たちは驚いた。
でも、誰一人として否定しなかった。
それぞれが“冒険者”という夢を抱き、
それぞれが――(世界を救いたい)と、心の底から願っていたのだ。
それは、運命の共有だった。
そしてその日を境に、彼らの日々は変わった。
本気の“遊び”へと――命をかけた遊びへと。
マコテルノは、仲間たち一人ひとりに宿る“才”を見抜いていた。
彼らの力は、やがて魔王に届く。――そう、信じていた。
この洞窟には、死の恐れがなかった。
傷は瞬く間に癒え、倒れても再び立ち上がることができた。
だからこそ、極限まで身体と精神を鍛え上げることが可能だった。
◆
ガルディア――仲間を守る絶対の壁。
(自分は、みんなを守るための“前衛の盾”になれる)
マコテルノは洞窟の壁に体をぶつける“遊び”を提案した。
ガルディアはその単純さと過酷さの中で、自分の体がどんどん強くなっていくことに喜びを覚えた。
何度も全身を壁に叩きつけるうちに、彼の肉体は常人を超えて進化を始める。
(攻撃も、魔法も、何も通さない。みんなの盾になる――)
◆
ラグナード――戦場の刃と閃光
(誰よりも速く、誰よりも自由に動ける剣士になりたい)
マコテルノが提案した「速く走る」「機敏に動く」という遊びは、ラグナードにとって夢中になれるものだった。
風を切って走り抜け、仲間たちの間をすり抜けていく感覚――それが楽しくてたまらない。
(俺なら、どんな敵にも先に斬りかかれる。誰よりも仲間を守れる)
その成長は、マコテルノの想像を凌駕していた。
◆
メルカニア――智と炎の魔導
(この力をどう使うか、自分でも分からない。でも、何かが“内側”から湧き上がってくる)
彼女には最初から“異質な才”があった。
魔力の流れを直感で感じ取り、誰にも真似できない魔法を扱う。
(既存の魔法なんてつまらない。自分だけの魔法を生み出してみたい)
マコテルノの導きすら不要なほど、メルカニアは自力で進化していった。
(“魔法の天才”……そんな言葉では足りない。“魔導の化身”になれる気がする)
◆
フィーネ――皆の力の礎
(みんなを癒して、強くする。その役割が私にはある)
マコテルノは彼女に回復・補助・弱体魔法の可能性を見出していた。
(毒も痛みも、全部受け止めて、全部跳ね返す。誰よりも強く、誰よりも優しく――)
自らの体で毒を試し、解毒し、仲間から攻撃を受け、防御魔法で受け止める。
皆を補助魔法で強化しながら、遊びと訓練の中心にいた。
(戦いの中心でも、きっと力になれる。みんなの“礎”になろう)
◆
こうして、それぞれの才は花開いていった。
マコテルノ――神の器。
(器を広げるには、心を鍛えなければならない)
木刀を正眼に構え、静かな集中の中で神の力を引き出す。
けれど、やがて“器”は広がらなくなった。魔王を倒すには、仲間たちの力が必要だった。
(もう、自分だけでは越えられない。彼らがいれば、きっと越えられる)
人間である仲間たちは、過酷な試練を乗り越えるほどに、マコテルノすら超える可能性を秘めていた。
(心を鬼にしてでも、育てなければ)
◆
彼らは遊びを重ね、年を重ね、成長した。
そして十六歳の春、ついに村を出る時が来た。
(迷いはない。みんなで、ここまで積み重ねてきたから)
その背中には、洞窟でのすべての日々が宿っていた。
(冒険者になる)
(魔王を倒す)
(この世界の未来を変える)
それが五人の誓い。
――ここから、世界を変える旅が始まる。
神の力と人の魂を持つ少年と、その仲間たちが歩む、“運命を超える物語”の幕が、今まさに開かれる。