3話 幼い日々
山あいに、隠れるようにして一つの村があった。
王都から遠く離れたその場所は、深い山々に抱かれるようにしてひっそりと佇んでいた。
この村では、家を継げるのは長男だけと決まっていた。
土地は肥えていたが、田畑は少なかった。
他の子どもたちは、十六になれば村を出なければならない。
それは代々続く掟であり、いつしか抗うことのできない“定め”として、子どもたちの胸に沈んでいた。
夏の朝、木漏れ日の差し込む野に、五人の少年少女が集まっていた。
マコテルノ――不思議な瞳をもつ静かな少年。
ガルディア――大柄で無口な少年。
ラグナード――快活で剣が好きな少年。
メルカニア――賢くて少しだけ勝ち気な少女。
フィーネ――優しい心を持つ、祈りの少女。
五人は、額に汗をにじませながらも、互いにどこかで繋がっていた。
「なぁ、みんな、大きくなったらどうする?」
ラグナードが腕を振り上げて問いかける。
フィーネは草に指で輪を描きながら、小さな声でつぶやく。
「……むら、でたくないな」
マコテルノは空を仰ぎ、言った。
「ぼうけんしゃになろう」
その響きに、他の四人の目がきらりと光る。
「ぼうけんしゃって、なに?」
「……まものをたおす。おいしいもの、いっぱい食べられる」
マコテルノが思いつくままに答えると、ラグナードが声を弾ませた。
「よし!ぼく、がんばる!」
剣士ごっこ、魔法ごっこ。誰かが転べば、みんなで笑い、走り、また立ち上がる。
「ラグ、わたしのほうが速いわよ」
メルカニアが髪を揺らしてラグナードと競り合う。
「おまえのかべごっこ、つよすぎだって」
ガルディアが無言で立ち塞がり、ラグナードに笑われる。
遊びに夢中になるうち、マコテルノがふと提案した。
「……どうくつ、さむいよ。みんなで行こう」
村のはずれに、“神様の棲む場所”と呼ばれる小さな洞窟があった。
村の人たちは誰もが近づくと畏怖して、洞窟から遠ざかってしまう。
だが、五人は不思議と引き寄せられるように、その場所へ向かっていた。
洞窟の入り口に立つと、空気が一変する。
フィーネがそっと呟いた。
「……ここ、気持ちいい。ふしぎ」
ガルディアは小さな手でフィーネの袖を握り、「こわい……」と呟いた。
ラグナードも「お、おばけ出るなよな……」と怖がっている。
だが、メルカニアが明るく笑って、背中を押す。
「もう〜、男の子たち、へなちょこすぎ! ほら、はやく!」
一歩、また一歩と奥へと進むと、空気はひんやりとして澄んでいる空気に満たされる。
壁には淡く光る石、誰かが描いたような模様が浮かび上がっている。
「ねえ、なんか、ここ……やさしい匂いしない?」
フィーネがささやく。
水の滴る音が、静寂に吸い込まれていく。
やがて五人は、奥の広間へとたどり着いた。
マコテルノが言った遊び方で、「ぼうけんしゃ」ごっこを始めた。
ガルディアは壁に体当たりし「いたっ」と顔をしかめ、
ラグナードは全力で駆け回る。「俺が一番速いぞ!」
メルカニアは枝を杖に「えいっ!」と叫び、
フィーネは「治れ、治れ」と真剣に手を合わせる。
マコテルノは黙って木の枝を構え、静かに立っていた。
幼い顔には似つかわしくない、不思議な気迫が宿っていた。
「世界がこわれる。守らないといけない。……ぼくの中になにか、いる」
その独白に、みんなが静かに振り向いた。
どこかで、彼だけが“異質”なのだと、誰もが感じていた。
やがて年月が経ち、ラグナードが拳を握って宣言した。
「今日はごっこじゃないぞ。本当に強くなるんだ!」
全員が目を見合わせ、真剣なまなざしでうなずいた。
ラグナード:「俺は、みんなの前を走れるくらい、強い剣士になる!」
メルカニア:「私は、魔法も、お菓子も、ぜんぶ一番になりたい!」
フィーネ:「わたし、みんなを強くする。傷も全部なおす!」
ガルディア:「ぼく、壁になれるかな……。みんなを守りたい」
からかい合い、泣き合い、ぶつかる日々。
けれど、誰かが涙を流せば、誰かがそっと手を差し伸べた。
休憩の合間、ふとした静寂の中で、ラグナードが言う。
「十六になったら、みんな村を出る」
フィーネが明るく言う。
「みんなでいこう!」
メルカニアが微笑む。
「強くなろう。甘いお菓子、みんなで食べようね」
ガルディアは目を輝かせ、強く言った。
「僕、体ぶつけるの頑張る」
洞窟の奥――
壁の模様が静かに光を放ち、五人の影をやさしく見つめていた。
やがて夕暮れ。
「また明日!」「みんなで村を出よう!」
声を掛け合いながら、彼らは洞窟を後にする。
――この洞窟こそが、五人の絆と勇気と力の原点。
ここから、“伝説”が始まる。
幼き五人の約束は、やがて世界を変える冒険の第一歩となるのだった。
そして、皆の絆はさらに深まり、この洞窟と神マコテルノの力によって、言葉を交わさずとも、お互いの気持ちが伝わるようになっていった。