22話 決戦 3
海獣レヴィアタンは、鎌首を持ち上げ、巨大な青白い目で五聖たちを恨めしげに見つめていた。身体は至るところボロボロで、尻尾も途中でちぎれている。
しかし、怯える様子は微塵もなく、力強く頭を振ると、その巨大な体全体が大きくうねり、首を振り下ろしてマコテルノたちを叩きつぶそうとしてきた。
マコテルノたちは完全に脳を繋げ、(いまだ)と一つの意思で感じ取った。
フィーネは、ラグナードとガルディアへの補助強化を止め、全ての力をメルカニアに託す。そして、マコテルノの神の力もまた、絶え間なくメルカニアへと注がれていた。
ラグナードは振り下ろされる首元を素早いせん断で斬り裂き、ガルディアは体ごと回転し、縦の回転速度を最大限まで高めていた。まるでミサイルのように、その傷口へと突き刺さる。
バリバリと硬い鱗が砕ける音が響き、魔獣の首元には大きな穴が空いた。
しかし、ガルディアはその反動で弾き返される。すかさず、ラグナードがガルディアに体当たりして右横へ弾き飛ばし、その反動を利用して自分も左横へ素早く跳んだ。
メルカニアの脳内は冷静に澄み渡り、あらゆるイメージが結晶のように明確になっていた。
「爆炎砂波!!」――強く冷静に念じる。
二人が開けた希望の穴に、その魔法が吸い込まれていく。
「飛び散れ!!」と、最大限の力で、静かにしかし確かに念じた。
極めて硬い鱗で覆われた海獣の体がみるみる膨れ上がり、絶叫も上げられず悶絶しながら白目を剥いていく。
そして、風船のように巨大な体が限界まで膨張し、地響きのような爆音とともに――
海獣は木っ端みじんに砕け散った。
仲間たちは、完全に繋がった脳で確信した。
(メル、ありがとう)(やったな、メル)(すごい、メル)(もう怖くない)(みんなのおかげ)
そして、(俺たちが勝った!!)
仲間の顔が満面の笑顔になるとともに、その場に崩れ落ちた。
マコテルノも座り込んでいる。
そして、マコテルノの警報音は消滅していた。確実に倒せたのだ。
皆もまた、警報音が消えていることを感じ取っていた。
ラグナードは大の字になり(やった、俺たちが勝った、最高だ)
メルカニアも横になり(倒せた、私の魔法で勝った、みんなありがとう)
フィーネも八の字で座り(みんな無事でよかった。本当に倒せた)
ガルディアは立ったまま周りをきょろきょろしているが、顔は笑っていた(大丈夫、怖いものはない)
マコテルノは(早く壊さないと)と立ち上がり、洞窟の奥の魔窟核に向かって神の剣を振り上げた。
御神石のように大きい魔窟核は透明で、洞窟の光を蓄えて煌めいている。
皆は、その瞬間を見逃さないように見つめていた。
(でかいな)(きれい)(心が落ち着く)(怖くない)
彼は脳を集中して(神命…刃断)と言い、剣を素早く振り下ろした。
………
………
体が硬直して動かない。そして神の器から、また警報が鳴り出した。(どうして、体が動かない)
皆はすぐさま立ち上がろうとしたが、遅かった。
(なぜ)(どうして)(警報が)(鳴ってる)
ラグナードの横に、何者かが立っていた。その者は口から強烈な炎を吐き出し、ラグナードは一瞬で炭のように変わってしまった。そして、その者の姿は忽然と消えた。
すると、人型の魔王レヴィアタンが、鱗で覆われた青白い顔に笑みをたたえ、蛇のような目で皆をなめまわすように見回しながら、洞窟の入り口に立っていた。
両手をゆっくりと合わせるように拍手をしている。
パチ、パチという音が、澄んだ空気の洞窟に響く。
「素晴らしい。あなたたちはとても強かった。私もこんなに楽しめたのは久しぶりです。ありがとう」
「でも、天之御中主神、あなたは出来損ないの神でしたね。その神の力を人に与えたのが間違いだったのでしょう。あなたが神一人であれば、私は勝てなかったでしょう」
「では、お約束通り、あなたたちには死んでいただきます」
ラグナードには意識が残っていた。ただ、体の周りを覆われ、なぜか動けなかった。
(くそ、何が起こっている、みんな、答えてくれ)
皆は、今までの極度の緊張と安堵の緩みで脳の接続が切れていた。そして、完全に恐怖に負けてしまっていた。
蛇の目は、動きを止める魔王レヴィアタンの異能の特性であり、拍手と言葉も、相手に恐怖を与える異能の力だった。
メルカニアの視界が白くぼやけていく。
体が冷たい。魔法の力が消えていく。指先がしびれて、頭がうまく働かない。
(ラグ。死んだの? 動いて。なんで。あなたは動かないの?)
フィーネの細い指先が、ぶるぶると震えていた。冷たい――自分の体温がどんどん奪われていくのが、なぜかはっきり分かった。
(ラグ君が死んだ。また、魔王がいる。守れない。怖い。誰か助けて)
ガルディアは、盾を握る手にもう力が入らなかった。
周囲の音が遠ざかっていく。心臓の鼓動だけが、やけにうるさく響く。
(なぜ、油断した。なぜ、守れなかった)
魔王レヴィアタンは、海獣の姿に変わる前に、自らの知核を魔窟核の中に隠していた。
そして、マコテルノが魔窟核に近づいたとき、自らを再生し、間近で異能の力で動きを止めた。
さらに、素早く動き、ラグナードに炎を浴びせ、蛇の粘着力で固めて黒くした。
安全を確保するため、入り口の門に立ち、いつでも逃げられるように備えた。
神は知核さえ残れば再生できる。
通常は何万年もの時が必要だったが、魔窟核の力を奪えば瞬時に蘇ることができた。
万が一、本体が消えても自身は生き残れるように、そして、相手に油断が生じることも完全に読み切っていた。
十六歳の少年少女には、それに抗える経験も覚悟も持てていなかった。
勝る意志があれば、皆なら勝てる異能の力だったが、マコテルノとラグナードの動きを封じられている残り三人は、恐怖に負けてしまっていた。
マコテルノの心も怯えていた。(え、ラグが死んだの? 僕たちも死ぬのか…)
神の器は、マコテルノに声を与え続けていたが、恐怖で怯えた心には届かなかった。
しかし、神の器は自らが動き、一拍で魔王の知核を断とうと神の剣を振るった。
だが、魔王レヴィアタンはその動きすら読んでいた。何度も神と戦った者だ。無自覚の神の動きなど、容易く見抜ける。
その剣は、まるで真剣白刃取りのように、両方の手のひらで受け止められた。
「良い剣ですね。でも、この神の剣も出来損ないでね。」
そう言うと、剣は真っ二つに折られ、マコテルノの心臓に突き刺さった。
(あれ、剣が心臓に……突き刺さっている。死ぬんだ。みんな、ごめん、僕が誘わなければよかった)
神の剣は、その者の意志の強さに比例する。戦いが終わり、今は神来真古徒の弱い心へと変わっていた。恐怖におびえていた。
フィーネの魔法では、神の器となったマコテルノは回復できない。
マコテルノはその場に崩れ落ちた。(あ、僕は死ぬのか)
すると、神の器は消え、神来真古徒の姿に戻っていた。
(テルノも死んだ。もういや、こんなこといやだ)
(あれ、テルノ君も死んでる。もうだめだ)
(くそ、何を怯えてる。僕が守らないと)
「おもしろい。実におもしろい。神どもは何がしたかったのだ、愚かなる神たちよ。」
「私はベルゼブブと違い、人を痛ぶって殺すのは趣味ではありませんので、あなた方は幸運ですね。では、死んでください。」
そう言うと、魔王レヴィアタンは口から業火を浴びせかけた。
ガルディアは(僕が守る)と皆をかばうように盾を構えた。
業火を必死に受け止めるが、盾はもう限界だった。砕け散り、ガルディアは燃え尽きた。
(だめだ、ごめん、もう考えられない)
魔王レヴィアタンは、このわずかな合間にも魔窟核の力を吸収し、急速に復活し続けていた。
そして、ガルディアを燃やし尽くすと、メルカニア、フィーネ、ラグナードも同じように業火に包まれ、焼き尽くされた。
(あ、死ぬんだ……ごめん、みんなを守れなかった)
(いや、やめて、死にたくない……ごめん、私は意気地なしだった)
(どうなってるんだ、体が焼けるように熱い……みんな生きてくれ、俺が何とかする。だめだ)
最後に、神来真古徒も燃え尽きて、真っ白な灰となってしまった。
魔王レヴィアタンは、狂気に満ちた声で洞窟全体に響き渡るように叫んだ。
「大魔王サタン様、私がこの神を倒しました。あなたの愛を私に授けてください。あなたの美しさを私に分け与えてください。」
そう言い残して、彼の姿は闇の中へと消え去った。
五聖たちは、敵の巧妙な罠にはまってしまった。
洞窟の中には、新鮮で清らかな匂いが満ち、心地よい空気が、血なまぐさい匂いさえも、何もなかったかのように消し去っていく。
まだ16歳という若者たちの心。その内には、死の恐怖というものも、実感や覚悟も、まだ本当の意味では根づいてはいなかった。
この世界を変えることはできなかったのか――未来は、やはり変わらないのか。
しかし、神来真古徒の心が天之御中主神の体に入ったのは、単なる偶然ではなかった。
そこには、あまりにも巨大な意志が働いていた。
それは、人の言葉ではとうてい言い表せないほどの、圧倒的な存在。
例えるならば――「意志」という言葉が最も近いのだろう。
その意志とは、地球だった。
地球は生物とは違い、長い時をかけてゆっくりと意志を育んでいく。
数千万年、数億年の時を経て。
核爆発によって地球を壊そうとする、神、悪魔、人間に抗うために目覚めた、地球そのものの意志だった。
五聖たちは、その意志に導かれるように、命を完全に絶やしたわけではなかった。
――本当の戦いは、ここから始まる。
神、悪魔、人間、そして地球の意志をも巻き込んだ、“その者たち”との真の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
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